Season3 Wolfs Forest Story 02
過去の女登場回
銀の祝福亭にあう、お客様を迎えるための応接室で、わたしたちは会いたいという方々が来るのを待っていました。
依頼人のご指名でもあるコーイチローさんは、熱さましの苦い薬でも飲んだかのような顔をしています。
普段、どんなことが起こっても動じないコーイチローさんには珍しく、困ったような表情です。
「……まさか、来るとはなあ」
コーイチローさんのそんな顔を見るのは初めてで、それだけ今回の会いたいというお客さんが特別な方なのは、分かりました。
(もしかして、辺境の街に来る前のお知り合い、でしょうか)
以前、伺ったことがあります。
結社からこの世界にきて、辺境の街に来るまでの間、コーイチローさんはプロフェッサーさんと二人だけで、放浪の旅人として辺境の街より更に辺境を旅していたそうです。
もしかしたら、ナナコさんなる方は、その頃に知り合った女性なのでしょうか……とてもありそうです。
コーイチローさんは困ってる女性を見ると放って置かない人なので。
「ねえ、コウイチロウ。ナナコって、どういう知り合いなの?」
どうやらベリルさんも同じことを考えたらしく、コーイチローさんに尋ねています。
一体どこでどういう知り合い方をした方なのか。わたしもコーイチローさんの方を見て、回答を待ちます。
コーイチローさんは少しだけ考えてから、言いました。
「ナナコはオレの後輩だ……『結社』時代のな」
「「結社!?」」
その言葉に、わたしたちは驚きの声を上げました。
コーイチローさんとプロフェッサーさんはチキュウなる異世界の出身で、そこには怪人が作った結社と呼ばれる組織があったそうです。
その結社の後輩ということは……
「ということは、そのナナコって女は怪人、なの?」
ごくりと唾を飲んで、ベリルさんが恐る恐る尋ねます。
「ああ。その通りだ」
その言葉にコーイチローさんは頷き、プロフェッサーさんが答えました。
「……結社のデータベースにコードネームまでは書いてなかったが、ナナコとやらはサージェントウルフ7750号だろう。
ウルフパックに属さぬサージェントウルフでは光一郎と共に任務をこなした回数が最も多いサージェントウルフだ」
「何で知ってんだプロフェッサー……実は、改造されたばっかのサージェントウルフの基礎訓練を任されたことが一度だけあってな。
そん時の生徒で一番しぶといというか、生き残るのに長けてたのがナナコだった……てか、なんで異世界に居るんだ?
転移装置は基地と一緒に吹っ飛んだんじゃなかったのか?」
「部屋が基地の自爆に耐え抜いたようだな。私を入れるためにあの部屋を作ったのは大首領だ。
基地の電力を賄っていた核融合炉のメルトダウンに耐える設計だったのだろう」
「ちなみに部屋とか装置に生体認証とかパスワードとか自爆装置とかそういうセキュリティ的なものは?」
「何故つける必要がある?」
「……マジかー」
プロフェッサーさんとコーイチローさんが異世界特有の何かについてお話をして、コーイチローさんがため息を吐き出しました。
相変わらずお二人の会話はいまいち良く分かりませんが、とにかくこの世界に来るための設備は壊れてなかったので、それを使ったということは分かりました。
正直怪人のことは自分自身も含めて良く分かっていませんが、コーイチローさんと同じサージェントウルフならば、とても強い方なのでしょう。
「で、どうするのだ?抹殺か?」
「やめなさい。冒険者とは言え仮にも紹介状持ち殺したら普通に大変なことになるわよ。
……適当に理由付けて会わないのもありと言えばありかも。ナナコって奴のことは知らないけど、連れが妖精人だってのは気になるわ」
「そうですね……妖精人の方はとてもお付き合いが難しいので」
物騒なことを言うプロフェッサーさんはともかくとして、ベリルさんの言葉には、一理あると思います。
妖精人は自分から攻撃してくることは少ないのですが、自らの命や誇り、そして住んでいる森を荒らしたものは酷い報復を受けると言われています。
……実際、冒険者の方々によれば妖精人の森に知ってか知らずか入り込んだ者の骸が不死者化しないように首だけ落とされて転がっていることが珍しくないとも聞きますし、妖精人とはおなじ妖精人の仲間がいる場合を除けば関わらないのが推奨ではあります。
実際に人間の社会に出てくる冒険者さんでも、妖精人の方は鍛冶人や人間、蜥蜴人と揉め事を起こすことが多いと習いました。
「……いや、会わんわけには行かないな」
ですが、コーイチローさんは少し考えて首を横に振って、断言します。
「オレは、結社のことも、地球のことも、知ってる」
コーイチローさんには、尖った雰囲気と……ちょっとの諦めが見えます。
「ナナコがわざわざ異世界に来て、オレのところに来るってんなら、絶対に放置できない問題を抱えているはずだ」
それはきっと、新たな事件の始まりなのでしょう。
ちょっとだけ、慣れてきました。
「失礼します。ナナコ様と、お連れの方をお通ししてもよろしいですか?」
そして、約束の時間ぴったりに、宿のメイドが応接室の扉をたたき、わたしたちに尋ねてきます。
「……ああ。通してくれ」
コーイチローさんの言葉と共に扉が開き、二人が入ってきます。
緑色の服に葉のようにとがった耳を持つ金髪の少年に、空色の上着と紺色のスカート姿の茶色い髪をした小柄な少女。
(……なるほど。あれが、ナナコさんですね)
女性と言う話ですので、見慣れないデザインの空色の服を着た少女の方がナナコさんでしょう。
そのナナコさんはまだ若々しく、一見すると成人したての駆け出しのようにも見えますが、胸元には銀で出来た認識票が下げられています。
普通の冒険者ならば死んだり怪我や老いで引退までに銀になれる方は、天賦の才と幸運に恵まれたほんのひと握りと言いますからそれだけでも只者では無いことが伺えます。
その少女は、コーイチローさんとわたしたちを驚いた顔をして見つめたあと、吐き出すように言いました。
「……どもっす。自分は、本庁怪人犯罪対策課怪人係所属の婦警。人呼んで『ハウンドコップ』ナナコっす。ナナコと呼んで欲しいっす」
ちょっと砕けた喋り方で、親し気な笑顔を浮かべたナナコさんが通り名と名前を名乗ります。
フケイなるお仕事は、少しだけ聞いた覚えがあります。恐らくですが、あの蟲人の方々が言っていた方でしょう。名前も一緒ですし。
「初めまして。勇者コーイチローとお仲間の方々。私はシャーウッドの森、偉大なる女王モリガンの末裔。
ソフィーティア=シャーウッドの息子にして次期族長。クリストファー=シャーウッドと申します。クリスとお呼びください」
続いて、妖精人の少年……クリスさんが綺麗な言葉で自らの名を名乗ります。
堅苦しくて、ちょっと緊張感を持っているその言葉通りであれば、クリスさんはとある森の王子様のようです。
妖精人は見た目で年を見極めるのが難しいので具体的な歳は分かりませんが、なんとなく旅慣れてはいない雰囲気を感じます。
逆にナナコさんは奇抜な恰好ではありますが旅慣れた様子ですから、ちょうどいいコンビなのかもしれません。
「知ってると思うが、オレは光一郎。ミスリル?ランクの冒険者をやってることになってる」
二人の名乗りに応えて、まずはコーイチローさんが一応はと言った感じで名乗ります。
「初めまして。ナナコさん、クリスさん。わたしは、アリシア・ドノヴァンと申します。
冒険者ギルドの職員で、コーイチローさんのサポートを任されています。よろしくお願いいたしますね」
それに続くようにわたしも無難に名乗ります。
「ベリルよ。コウイチローの仲間の冒険者。銅等級の魔法使いよ」
ベリルさんが家事奴隷だとか魔人だとかそういったことはおくびにも出さずに無難に名乗り。
「私のことはプロフェッサーと呼びたまえ」
最後にプロフェッサーがどうでもいい、と言うように名前だけ名乗ります。
「どもども。これからよろしくするっす。とまあ名乗ったところで本題行くっすよ」
お互いに名乗りあったところで、笑顔を浮かべていたナナコさんが真面目な顔をして尋ねてきます。
「事情は大まかにさっきセンパイに話した通りっす。で、どうっすか? センパイ的にもほっておけねえ話だと思うんすけど」
……話した? その言葉にわたしとベリルさんは思わず顔を見合わせます。
「あの、すみません。全然事情が分からないのですが」
「ナナコ。事情は全員に説明しろ。この人たちは3人とも俺の仲間だ。協力してもらうためにも、説明がいる。
俺にだけ《沈黙の命令》で言われても、動くわけにはいかん」
な、なるほど。そう言えばナナコさんはサージェントウルフでした。
相手に言葉を送ることが出来るサージェントウルフ同士ならば、《沈黙の命令》を使って秘密裏に会話をすることが出来ることに、わたしは思い至りました。
「俺の方から事情説明するか?」
「いや。自分から言うっす。平たく言うと、自分、こっちに逃げ込んだ怪人連中を追ってきたっす」
コーイチローさんの確認にナナコさんは首を横に振り、自らの任務について説明を始めました。
「逃げ込んだ?一体どうやって、ですか?」
「移動手段は本当は機密って言われてるんすけど、そこに作ったご本人がいるからさっくり言うっす。
基地から掘り出して修理した異次元転移装置を使って、この世界の調査やってた連中が、全員行方くらましたっす」
不思議に思ったわたしの疑問にもあっさりと答えてくれます。
どうやら、プロフェッサーさんが作ってコーイチローさんたちが使ったものと同じ道具を使ってこちらへ来たようです。
「……チキュウよりは、こっちのが良いって思ったってことかしら?」
「多分そうっすね。こっちでなら邪魔くせえ地球の警察や軍隊も居ねえし、自分の戦ってきた範囲だと、怪人なら大概のモンスターに殴り勝てるっす。
二重の意味で無敵っすから。で、んなもんほっとくわけには行かねえから自分がそいつら捕まえて来いと言われて、装置がぶっ壊れて帰れなくなったっす」
ベリルさんの質問に、臆面もなく言い切るナナコさんに驚きつつも、わたしは納得します。
確かに、怪人と言うのはとてつもなく強い存在であるというのは身に染みて分かっています。
何しろ名付きの上級魔人を倒し、邪教の輩を殲滅し、最強の聖騎士様を一騎打ちで破っているのですから。
ナナコさんが『連中』と言ったことは、その怪人が複数いることになります……
「シャーウッドの森に現れた正体不明の一団と、人狼。彼らがそのナナコさんが追っていた怪人たちなんだそうです。
ナナコさんが怪人の集団相手ではサジェウル一人では手に負えないと……」
ナナコさんの言葉につなぐように、妖精人のクリスさんが言葉を続けます。
どうやらクリスさんは比較的話が通じる妖精人らしく、妖精人らしい付き合いにくさはあまり感じられません。
「それで、オレたちに話を持ってきたわけか」
「その通りっす。センパイ見つけるまでに三か月かかったっす。
途中、連中の追っ手が出てきたり通りすがりで全然関係ねえバケモンに襲われたんでボコったり、
見た目からしてアイツらの用意した戦闘員かと思ったらなんかでけえ蟻の女王に仕事頼まれたり色々あったっす。
……本当に、色々あったっす」
最後の一言にはとても強い実感が籠っていました。
「それに今回のこと。自分的にもセンパイらお二人には見過ごせない状況だと思うわけっすよ」
「……そうだな」
ナナコさんの言葉に頷き、コーイチローさんは静かに話を聞いているプロフェッサーさんの方を見ます。
どうやら、その怪人の一団は、元々結社の偉い人だったらしいプロフェッサーさんを狙っているようです。
「私か。何故だ?」
「アンタが結社に居た頃、どんだけやべえもん作ってたか、バレてるんすよ。アンタさえ抑えちまえば、この世界なら世界征服だって夢じゃねえっす。
……まあ、いまだに人間のままだっつうのはちょっと驚いたっすけど」
不思議そうに尋ねるプロフェッサーさんに、ナナコさんがどこか疲れたような顔で返しました。
確かに、これまでプロフェッサーさんが作ってきたものの数々を考えると、分かる気はします。
「なるほど、相手が法律を守る気が無い無法者ならば、私が12歳以下の児童であるため罪に問われず違法な就業はさせられないという理屈が通用しないというわけか」
……プロフェッサーさんの理解は相変わらずちょっとおかしい気がします。
異世界ではそれが常識なんでしょうか?
「……いや、それは普通に通用しねえと思うんすけど。結社云々以前に」
ですが、プロフェッサーさんの言い分に、ナナコさんも何かおかしいと思っている顔で答えました。
多分、チキュウ基準でもプロフェッサーさんはどこかずれているのでしょう。
「……それで、敵の怪人の集団だっつってたな。構成は?」
こほん、と咳払いして気を取り直したコーイチローさんが、ナナコさんに尋ねます。
怪人。それも複数となると、情報が必要なのでしょう。
聞かれるのを分かっていたというようにナナコさんもすらすらと敵について教えます。
「事前に貰った情報だとB級のマッハクロウ『音殺丸』と同じくB級のダイヤモンドモール『切り裂きジャンキー』。
それと外部から雇われたバクダンとサジェウル。こっちは情報貰う前に通信不能になったんで詳しいことは分からねえっす。
んで、頭目が研究部門の奴で……A級っす」
「……A級か」
ナナコさんの言う怪人たちの名前に、コーイチローさんは困った顔をしました。
と言っても、わたしには名前だけではどんな怪人か分かるのはサージェントウルフとバクダン……バーサークタウロスだけです。
ですが、以前伺った話によれば、A級怪人はあの恐るべき狩人の魔人にも匹敵するほどに強い怪人だったはず。
それだけでも、とても危険な相手だというのは、わたしにもわかりました。
「そうっす。コードネームは一応『クレイジーソーン』って名前らしいんすけど、本人にも過去の同型にも対怪人の交戦情報が殆どねえなんで、実力のほどは良く分からねえっす。けど、とりあえず侮るな、とは樹里さんに言われたっす」
「先輩の情報か……B級と、サージェントウルフについては分かったが、頭目のA級。
対怪人の交戦情報がほとんどないってのはどういうことだ?」
コーイチローさんは流石にどんな怪人か把握しているらしく、淀みなくナナコさんに尋ねています。
「それがクレイジーソーンは、製造ナンバーが2号なんすけど、さっきも言った通り研究部門だったんで戦闘任務に参加記録が無かったっす。
んで元々戦闘評価でA評価つけた1号もすげえ前に『アレ』にぶち殺されてて……」
「おい、まさか……」
ナナコさんの言葉に、何かに気づいたらしいコーイチローさんが確認すると
「そうっす。クレイジーソーンはA級怪人『ジャック・ローズ2号』っす」
その言葉に、コーイチローさんと……何故かベリルさんが驚いた顔をしました。
というわけで今回の敵は主に怪人である




