Season1 Welcome to Sword World 07
ハックアンドスラッシュはファンタジーの華
プロフェッサーさんの、なんとも言い難い視線に耐えながら、ちょっと胃に重い時間を過ごしていると、再びどこからかコーイチローさんの声が聞こえました。
「プロフェッサー。光一郎だ。これから侵入を開始する」
「了解した。くれぐれも目撃はされるなよ」
再びコーイチローさんの声が聞こえると同時に再び光の板が現れてコーイチローさんが見ている光景が映し出されました。
この明るい部屋にいると感覚が掴めなくなりますが、いつの間にか完全に日が落ちて夜になっていたようです。
板にはちょっとだけ見慣れた冒険者ギルドの男子寮が映っています……何故か夜の闇に包まれている割にくっきりと建物などが見えています。緑色ですけれど。
「よっと」
コーイチローさんは昼のうちに辺りをつけていたのか迷いなく1階窓に近づき、中が空き部屋になっているのを確認して、静かに窓の鎧戸を外しました。
部屋にするりと入り込み、部屋の扉に鍵がかかっているのを確認すると、懐から針金で鍵を外します。
ちらりと映った腕の様子からすると人狼……もとい怪人の姿になっているようですがその動きは本職の盗賊のように手慣れていて、迷いがありません。
「ふむ。案外セキュリティが甘いな。一応は公共施設の一種だろうに」
「そりゃあギルドそのものならともかく、寮に忍び込もうなんて人は普通いませんし……」
プロフェッサーさんの言葉に苦笑しながら答えつつも、コーイチローさんの行動を見逃さないように板をよく見ます。
足音一つ立てず静かに、滑るように歩くコーイチローさんは、恐らく私室で寝ているのであろう他の職員を一切起こしません。
暗がりに潜み、息を殺すだけで時折通る巡回をやり過ごす様は、ちょっとドキドキします。
「……あ、そこです。ジョニーの部屋」
そのうち、部屋の一つの前で見覚えがある名前のプレートを見つけ、わたしはそのことを伝えます。
「了解……入るぞ」
再び針金で素早く鍵を開け、誰にも見られないうちに素早く部屋に入って内側から鍵を掛けます。
「部屋の中はベッドと机が1つずつ、それと物入れが一つ……物入れから確認する」
そう言うと同時に、コーイチローさんが物入れの申し訳程度のカギを外し、中を確認します。
中に入っているのは着替えや武器の手入れ用具、書物が何冊かにお金が入っているらしい革袋と、普通のものばかりです。
「……二重底だな」
ですが、コーイチローさんは見ただけで簡単に物入れのからくりを見抜きます。
中に入っているものを静かに取り出して底板を外すと、そこには何枚かの紙が入っていました。
「書類を発見した。画像を送る」
コーイチローさんが鞄から何か小さな箱のようなものを取り出すと、それを紙に向けたのが確認できました。
そのままコーイチローさんが素早く紙をめくって行くのを見ていると、わたしたちが見ている板とは別の板が姿を現しました。
そこに映っているのは緑色じゃない、まるで精巧に写し取ったかのような、書類の中身です。
「ふむ、観測番号1872の言語で書かれているな……これなら私にも読める」
コーイチローさんが発見したのは、王都から送られてきた、教会の焼き印付きの調書でした。
内容は……上級魔人について書かれているようです。
恐らくですが、ここ最近の魔犬の増加の背後に、上級魔人の存在を感じていたのでしょう。
そこには王都の教会と冒険者ギルドに問い合わせて手に入れたのであろう、怪物を使役することに長けたいくつかの上級魔人の名前と特徴が掛かれていました。
それらを読んでいき、今までに手に入れた情報を照らし合わせることで、わたしとプロフェッサーさんは同時にこれという上級魔人を見つけます。
狩人の魔人……
300年ほど前に発生した名付きの上級魔人、影のごとき漆黒の身体に緑色の外套を纏う人間型の魔人。
不老不死化した高位の魔術師でもあるため一般的な魔法および召喚術はほぼすべて使用可能と推定。
『狩り』と称して戦う能力を持たない人間が逃げ惑うのを嬲り殺しにすることを好む。
犬を魔犬に変えて支配する能力を持つ。また、大規模な『狩り』の際には獄猟犬を好んで召喚し使うことが確認されている。
《肉体変化》の魔術で己が殺害した人間に化けて人間社会に潜り込むことがあることを確認済。
居場所の特定が出来た場合、速やかに討伐隊を派遣すること。討伐隊には正規の叙勲を受けた聖騎士を6名以上編成することを推奨。
ここまでに襲ってきたのが多数の魔犬であったことや、ギルドの内部にいると思われることを考えると、まず間違いないでしょう。
「……調査はここで切り上げる」
コーイチローさんが宣言すると同時に、紙をそっと元に戻して物入を元に戻していきます。
「分かった。一度帰還しろ」
「了解」
最後に物入に再び鍵をかけて、コーイチローさんは部屋を出ます。
「さて、あと必要な情報は、レラジェとやらが擬態している人間が誰であるか、だな」
「そうですね……ギルドの動向を詳しく把握できてるなら、上の方の人だとは思うんですが……」
寮から出て、アジトへ向かうために森に入ったコーイチローさんを見ながら、わたしたちは話をします。
「そのことだが、これから手掛かりを得られるかもしれない」
そんな話をしていると、立ち止まったコーイチローさんが、そんなことを言いました。
「どういうことですか?」
「大型の四つ足の獣の足音が近づいてくる……普通の犬の大きさじゃないから、ヘルハウンドとかいう奴だろう」
……あれだけ気をつけてたのに、どういうわけか侵入がバレていたようです。
「ふむ、これは先ほどの情報から察するに『一般的な魔法』とやらで監視されていたか?」
その言葉で、わたしは魔術の一つに誰かが部屋に入り込むと術者に分かるようになる《警報》という魔法があることを思い出しました。
黒幕……狩人の魔人はコーイチローさんがジョニーの部屋に忍び込むのを予想していたのかもしれません。
「どうするんですか?」
「アジトの場所を知られるわけにはいかない。ここで始末する。確か、ヘルハウンドは殴れば倒せるんだろう?」
わたしの問いかけにこともなげに答えると、コーイチローさんは手の指をピンと伸ばして体の前に持ってきました。
「……来たな」
そして深く深呼吸してコーイチローさんがつぶやくのとほぼ同時に。
―――ぐるるがぉおおおおおおおおお!
森から巨大な獄猟犬が飛び出して来たのです!
「……はぁ!」
牙をむき出しにして飛び掛かってきた獄猟犬の攻撃を少し横に動くだけでかわし、そのまま鼻を真横から思い切り手のひらで叩きました。
見た目以上に強烈な一撃らしく、獄猟犬の顔が大きく捻られるのが見えます。
ですが、獄猟犬もただではやられず、コーイチローさんから一飛びで距離を取ると同時に強烈な炎の吐息をぶつけてきます。
まともに浴びれば火傷では済まない勢いの炎。それをコーイチローさんは後ろに飛んでかわしました。
炎が辺りの草木に燃え移って、明るくなると同時に、板に映る光景が緑色から、炎の赤に照らされた普通のものへと切り替わります。
そのことで、改めて黒い毛皮に覆われて口元から吐息の残滓である炎が漏れている、恐ろしい獄猟犬の姿が確認できます。
獄猟犬は身を低くして唸り声をあげ、今にも飛び掛かって着そうです。
その赤く輝く瞳から、紛れもなくコーイチローさんを殺そうとしているのが分かり、魔犬に襲われた時の恐怖を思い出して脚が少し震えてきました。
「……殴れば倒せるだけ、この前よりマシか」
それに合わせるように姿勢を低くしたコーイチローさんが、誰に言うともなく呟いたのが聞こえました。
……わたしはその様子を、息をするのすら忘れて見守っていました。
「おい、痛いぞ。その手を離せ、アリシア・ドノヴァン」
故郷の王都で、お祭りの日に見たお芝居など比べ物にならない本物の戦いの様子。
それも人間同士ではなく、怪物と人間の戦いなのです。
子牛ほどの大きさがありながら、獣の素早さを持っている獄猟犬が振り回す爪がコーイチローさんを捕らえた瞬間、わたしは思わず固まってしまいました。
「……っ」
コーイチローさんの押し殺した声と、地面に落ちた血。コーイチローさんが怪我をしたのが分かりました。
「アリシア・ドノヴァン。さっさと離せ。痛いと言っているだろう。怪人ならばあの程度の傷は数十秒で再生するのだから気にするな」
板を通じて見ているのでわたし自身は安全なのにも関わらず、身震いするほど恐ろしく、でも目が離せません。
コーイチローさんの傷が塞がって、血が止まったのが分かってもなお、握りしめる手に力が籠ります。
コーイチローさんなら勝てると思う一方で、冒険者さんと言うのはあっさり死ぬ。
コーイチローさんでも不覚を取るということはありえると怖くなります。
「だから、離せと言っている!」
「痛っ!?」
唐突にプロフェッサーさんに頭を叩かれ、わたしは固く握りしめていた手で痛みが走った額を抑えながらプロフェッサーさんの方を見ました。
「痛いじゃないですか。いきなり何するんですか」
「それはこっちの台詞なのだが?」
痛みに涙が滲んだのを感じながら、わたしはプロフェッサーさんに抗議しました。
とは言えプロフェッサーさんも不安なのでしょうか、プロフェッサーさんの目元には少しだけ涙が浮かんでいました。
「プロフェッサーさん、大丈夫です。コーイチローさんなら、きっと勝てます」
分かります。コーイチローさんが無事に帰って来れるか不安なのは、プロフェッサーさんも一緒なのでしょう。
その気持ちは、わたしも一緒ですから。
「大丈夫かどうか確認すべきはまずお前の脳みそだ。アリシア・ドノヴァン」
そんなわたしの心配をよそに、プロフェッサーさんはわたしを罵倒したあと、腕を組み言い放ちました。
「……大体、なんの経験も無いただの消耗品ならいざ知らず、光一郎だぞ。
サージェントウルフの劣悪な待遇で7年生き延び、アレとの交戦経験が四回もある奴が、あの程度で死ぬなど、あり得ん」
そう言いきると同時に、コーイチローさんはついに獄猟犬を仕留めたのが見えます。
そのことにわたしは心から安堵しました。
「撃破した。この前と同じく頸椎をへし折ったから、他の部分は無事なはずだ。これで良いか?」
「ああ、上出来だ」
満足そうに頷くプロフェッサーさんがそのまま言葉を続けました。
「そもそもだな。私の要望を聞き入れる倒し方を選択している時点で、余裕があるのは分かるだろうに」
その言葉には、わずかですが、コーイチローさんへの信頼が垣間見えたような気がしました。
「ちょっと良いか? 持ち帰る前にちょっと確認しておきたい場所がある」
動かなくなった獄猟犬の前で、コーイチローさんがプロフェッサーさんに対して確認するように話しかけてきました。
「任せる」
プロフェッサーさんはそんなコーイチローさんのお伺いに即答で許可を出し、その言葉を受けて、コーイチローさんが動き出しました。
「……うげ。洗ってない犬の匂いに血と腐った肉の匂いをブレンドか」
獄猟犬の身体に顔をうずめ、心底嫌そうに顔をしかめます。
「あ、あの……コーイチローさん?」
「ああ、そっか。アリシアさんには説明してなかったな。オレはベースが狼の怪人だ。警察犬なみとまでは行かないが、割と鼻がきく」
一体何を始めたのか分からず、困惑して尋ねたわたしに、コーイチローさんがこともなげに答えました。
鼻がきく……そう言えば、瘴毒の悪魔と出会ったときにも口元から猛毒の匂いがすると言って正体を見破っていたことを思い出しました。
どうやらコーイチローさんの鼻は、本当に良いみたいです。
「……こっちだな」
そして、恐らくはその匂いを頼りにしているのでしょう。森の中に目を向けて、一気に駆け出しました。
板の色が再び緑に代わり、すごい勢いで風景が流れていきます。
そして、わずかな時間が過ぎて、開けた場所に出ました。
「ここって……」
「先ほど倒した獄猟犬の住処だろう。手にした餌を持ち帰っていたようだな」
ちょっと広くなったそこには無数の骨と服や剣、鎧の残骸が無造作に転がっていました。
街や近隣の農村から攫われたり冒険者として挑んで食べられてしまった犠牲者の成れの果てです。
現実感があまりない、緑色一色の風景じゃなかったら、間違いなく気持ち悪くなっていたでしょう。
「よくやった光一郎。その辺に転がっている頭骨のデータをすべて送れ。こちらで解析する」
「了解」
プロフェッサーさんはそんな光景にも怯まず、コーイチローさんに指示を出しています。
コーイチローさんもその指示に従って、残骸の中から次々としゃれこうべを探し出してきます。
コーイチローさんが見つけて何やらするたびに緑色の板の周りに生々しいしゃれこうべが次々と現れる光景は……正直かなり怖いです。
「さて、アリシア・ドノヴァン。お前の出番だ」
やがてわたしたちの周囲を囲むしゃれこうべの数が20個を超えたあたりで、プロフェッサーさんがとんでもないことを言いだしました。
「この中にお前の知り合いがいないかどうか、確認してもらう」
「え!? ……その、流石にしゃれこうべだけで知り合いだったかなんて分かりません」
てっきりしゃれこうべを媒介に死者の霊から話を聞く《交霊》でもやるのだろうか、そう思っていたわたしは面食らって聞き返します。
骨の形からしてこれはあの人に違いない! なんて分かるのは本職の死霊術師くらいでしょう。わたしには無理です。
「だろうな。だから、こうする」
とは言え、それはプロフェッサーさんもわかっていたようで、手元に現れた光の板の上で何やら素早く指を動かします。
「……え? これもしかして、顔ですか?」
なんだか魔術を使う準備動作にも見えるそれと共に、辺りに浮かんでいたしゃれこうべが消えて……それと同じ数だけ髪と眉毛が無い人間の顔が現れたのです。
「そうだ。頭骨の三次元データから生前の顔を復元した。流石に毛髪類は再現できんが、判別は出来るだろう?」
浮かんだ顔は、男も女も見覚えが無い人が半分以上を占めていましたが、それでも知っている顔が混じっていることに気づいてしまいます。
ギルドで依頼を受けた後怪物に襲われて死んだと報告を受けたり行方知れずになっていた冒険者さんや、街を巡回する衛視の方、
わたしが熱さましの薬湯を買っていた、街はずれに住んでたはずの薬師のおじいさんなど、分かる顔が混じっています。
わたしもあそこで魔犬に殺されていたらこの中に混じっていたのかも知れない。
そう思うと、身体が震えてきました。
「……ああ!? これ、この人!?」
そんな考えを振り払うように髪の毛も眉毛もない、無表情の人の顔を見ることに専念し……わたしは、とても重要な顔があることに気づいて大きな声を上げました。
「……うちの街の冒険者ギルドの支部長です。間違いありません」
その中の一つに、ついこの前会ったばかりの人の顔、わたしに隣町に行けと言っていた顔が混じっていたのです。
「……ビンゴ」
それだけでプロフェッサーさんも理解したのでしょう。他人に化けることもあるという狩人の魔人が何者なのかを。
「聞いていたな。光一郎」
「ああ」
今まで集めた情報と照らし合わせれば、間違いないでしょう。狩人の魔人の正体は……ギルドの支部長です。
こうしてわたしたちはようやく、謎に包まれた黒幕の正体を暴くことに成功したのです。
証拠隠滅するなら徹底的にやりましょう。