こどもドラゴン7
特殊能力は地味かつ使いどころが限られる奴
夕日で真っ赤に燃える森の広場で、わたくしは失敗作が来るのを待ち構えていました。
結社の誂えた戦闘用の装束に身を包み、手には少し恥ずかしい『仕込み』を終えたわたくしの愛刀。
戦場を見渡せる位置にある鬱蒼と茂る樹々の上には光一郎が陣取り、わたくしの戦いをサポートする手はずが整っています。
対怪人……特に失敗作と戦う準備は完全に整っています。
擬態を解除し、腕や脚、急所を覆う鱗が夕日を浴びて、茜色に染まります。
「……来ると思いますか?」
あとは、もう一人の、獲物が来るのを待つばかり。
一方的に言い渡した約束の刻限が迫り、わたくしは囁くように光一郎に問いかけます。
アレが勝てぬと悟り逃げ出すかもしれない。それだけが不安材料です。
―――来るさ。アイツは、そう言う奴だ。
光一郎がはっきりとした確信をもって《沈黙の命令》で返してきます。
その言葉には、強い意志が感じられます。ですが。
「あら。少し、緊張しているようですね。光一郎らしくもない」
その声にかたいものが混じっていることに気づき、普段は自信満々で冷静なのに、臆病なところがあると笑いました。
「大丈夫です。失敗作は油断できるほど弱くはありませんが、決して倒せぬ相手ではありません」
そんな弱気な光一郎を励ますように、わたくしは言葉をかけます。
手合わせをして分かりました。失敗作は、なるほどA級怪人にも匹敵する実力はあります。
失敗作の触れた怪人のナノマシンを暴走させて自爆させる能力とあの体色を変化に伴った特性の変質は中々に厄介です。
己の力量を過信し、慢心して研鑽を行っていない怪人であれば、A級怪人であっても倒されるのは道理でしょう。
ですが、お師匠様の下、己の強みと弱みを把握し、強みを伸ばして弱みを潰し、選ばれし怪人の技である竜の剣を学んだのが、わたくしと兄弟子たち『竜の子』です。
わたくしとて当然自らの弱点は把握していますし、己の実力で何が出来て、何が出来ないかも理解しています。
その上で、断言できます。失敗作の実力は確実にわたくしより弱いと。
お師匠様ならば、ものの数分で切り捨てる程度の実力。正直、ここまで生き残れたのはただただ運が良かったからでしょう。
―――いいか。絶対に油断するな。奴は、勝てそうにない戦いをいくつも勝ち続けてきた。そのことを忘れるな。
「大丈夫です。わたくしとて、竜の子が一人ですもの」
そんな心配症の光一郎を諭していると、光一郎が警告を発します。
―――来たぞ。構えろ。
その言葉に黙って従うと同時に、光一郎の言葉と共に一人の男が姿を現しました。隠すつもりなどないとでもいうように。
ジーンズにTシャツという、その辺に居る少年のような姿をした、わたくしと同い年だという少年。
光一郎と比べれば貧弱で、どこにでも居そうな少年が数多の怪人を屠り、そして今夜、わたくしの手にかかって死ぬ予定である男の擬態した姿であることに気づいたわたくしは苛立ちながら問いました。
「……どういうつもりですか? 失敗作」
失敗作がわたくしに勝つ方法は、不意打ちか、例の2号なる、実力未知数の怪人を連れての共闘だろうとわたくしは考えていました。
だからこそ、不意打ちの知覚に長け、2号と戦うことが出来るであろう光一郎を連れてきたのです。
ですが、失敗作は正面から一人で姿を現しました……擬態すら解かずに。
「あなたは、わたくしと殺し合いに来たのでしょう?なぜ、そんな姿でわたくしの前に立つのです?」
怒りが一回りし、冷静になったわたくしは、失敗作に問いました。
そんなわたくしに対し……失敗作はまるでわたくしを『憐れむ』ような顔をして言ったのです。
「竜造寺、静さん……巴さんから、話は聞きました。あなたのことを、巴さんに頼まれたんです。
静を助けて欲しいって。静は、本当に優しい子で、結社の怪人になるような子じゃないからって」
「……世迷言を」
その顔で紡がれたその言葉に、わたくしは殺意すら覚えました。
わたくしが、人間に助けられる? それは、あり得ないと、わたくしは『知って』います。
心から湧き上がるのは、嫌悪と憎悪……ああ、わたくしは『改めて』思います。
人間なんて、滅んでしまえばいいと。
「そんな死人の名前で呼ばれるのは、非常に不快です。わたくしは、断じて『竜造寺静』ではありません」
人間であることなど、とうの昔に捨てました。
自らも怪人になったくせに、そんなことすら分からない、愚かで、脆弱で、残虐な、人間に味方する裏切り者。
やはりこの男は、殺すしかないようです。
「わたくしは、結社の栄えある怪人、リュウグウゴゼン1号、乙姫……さあ、擬態を解きなさい。わたくしは、弱きものの戯言に耳を貸しません」
セオリー通りならば、大幅に能力が制限されている擬態状態を見せている以上、擬態解除する前に一撃で仕留めるのが最も楽でしょう。
ですが、わたくしは全力を出したこの男を真っ向から切り刻みたい、そう思いました。
それが、誇り高き竜の子、怪人の戦い方ですから。
「……変身!」
わたくしの言葉に応えるように、独特の構えを取った失敗作が擬態を解除し、怪人の姿に戻ります。
緑色の、蝗の姿をした怪人。アサルトローカスの皮を被った、結社が作った中でも最悪の失敗作。
「悪いけど、本気で行かせてもらう!」
「問答はもはや無用。ここで、地獄へ落ちなさい!」
こうして、わたくしと失敗作の二回目の戦いが幕を開けたのです。
*
……戦いは、最初に戦った時以上、一方的と言ってもいいくらいわたくしの優勢でした。
―――右から来る!青!樹をへし折るつもりだ!
「ふっ!」
理由の一つはこの戦場を見守り、わたくしの目と耳の代わりなっている光一郎の存在でした。
サージェントウルフの真価は、そこそこ優れた知覚能力と、それを遅延なく伝えられる《沈黙の命令》だと、光一郎は言っていました。
無論、使い手が優れた情報分析能力と的確な助言が出来る戦術眼が無ければ意味が無い能力ですが、どちらにも長けている光一郎に関してはその心配はありません。
警告通りにわたくしに向かって倒れてきた樹を《旋風刃》でバラバラに切り刻み、その場を離れます。
―――それを目くらましに、赤の状態で近づいて来てる!
「分かっています!」
《山崩し》で揺れた地面に体勢を崩し、動きが止まった失敗作に、渾身の一撃を繰り出します。
「くっ!」
(……浅い!)
わたくしの一撃で斬られた肩口から鮮血をまき散らしながら真後ろに下がった失敗作に肉薄して、追撃。
―――近寄るな!脚を爆破されるぞ!
その言葉に従いわたくしの脚を狙った攻撃を薙刀の刃でもって弾き返します。
攻撃に失敗した失敗作は大きく距離を取り、荒い息と共に言葉を吐き出します。
「……強い」
全身を自らの血で真っ赤に染めながら失敗作が呟くのを聞き、わたくしは確実に失敗作を追い詰めているのをひしひしと感じました。
仮にこの戦いが一年前であったなら、わたくしとて不覚を取ったかもしれません。
ですが、失敗作より速い兄弟子や、力に長けた兄弟子、精密な動きに長けた兄弟子……そしてわたくし程度では相手にもならぬほど強いお師匠様。
失敗作に勝る部分を持つ数多の鍛錬を重ねた怪人たちと修業に励んだわたくしにとっては、失敗作は余りにも粗削りでした。
「あなたが弱いのです。あなたの動きは、わたくしには通用しません」
丹念に仕込みをした愛刀を構えたまま、わたくしは失敗作に言い放ちました。
失敗作は、今この時も徐々に、確実に追い詰められています。わたくしの特殊能力によって。
わたくしの唾液には、再生能力を一時的に麻痺させる特殊な酵素が含まれています。
その唾液が傷から入ったものは、例え怪人であっても傷の再生能力を一時的に失い、延々と流血し続けることとなるのです。
ただの人間から作られたわたくしたちを怪人たらしめているナノマシンが血液と共に全身を巡っている以上、過度の失血は怪人にとっては死に至るダメージになりうる。
わたくしの唾液を塗りこめた愛刀は、切り裂いた傷から血を奪い続ける呪いの刃。手負いの獣を確実に仕留めるための毒でもあるのです。
それは、再生能力が怪人と比べれば無きに等しく、一撃かすっただけであっさりと死ぬ人間相手には使う意味がない特殊能力でもあります。
最も役に立つのは、再生能力に優れた怪人と戦い、抹殺するときである『怪人殺し』のための特殊能力。
……わたくし自身の身体能力とこの特殊能力故に、最悪の失敗作を討ち取るために鍛錬を重ねたのですから。
「あら、降参ですか」
血を流しすぎたのかがっくりと膝をつき、血まみれのまま、緑色の本来の姿に戻った失敗作に、わたくしはにっこりと微笑みます。
無論、わたくしとて武人の端くれ。こうなったときの作法は知っています。
「……」
「せめて苦しまぬよう、介錯してさしあげますわ。さようなら」
愛用の薙刀を振りかぶり、失敗作の首を狙って、一閃すべく薙刀を振り上げた、そのときでした。
―――乙姫! 後ろへ下がれ!
強い意志を込めた光一郎の声に、わたくしは咄嗟に反応して後ろへ下がった瞬間、閃光が弾け、轟音が響きました。
(自爆!?)
轟音と閃光。己の死と引き換えの最後の自爆。
「自らの手での死を選……は?」
その一撃が敵の手には掛からぬという失敗作の意思だと思ったわたくしは、爆発した方を見て呆然としました。
「生きている!?」
そこには、表面を真っ黒に焦がしながらも五体満足の姿をした失敗作の姿がありました。
(まさか、距離を取るために……)
―――気をつけろ!色が、変わっている!
光一郎の言葉と共に、ゆっくりと失敗作が立ち上がり、体の表面から黒焦げになった表皮が剥がれ落ちていきます。
黒焦げになった表面の下から現れたのは……黄色とも、金色とも見える、記録に無い姿。
(結社の把握していない、新たな形態!?)
体表の色が変わると、身体能力と特殊能力が変化する。
失敗作の特殊能力の一つ《第二形態》が発動した今、今目の前にいるのは全くの未知に等しい存在でした。
「ぐっ……まだ、慣れない……!」
新たな黄の形態に変わった失敗作は、少しふらついているようでした。
どうやら、今までに受けたダメージはそのままなようです。
「……色が変わったくらいで!」
わたくしは驚きから立ち直り《旋風刃》を放ちました。
音速を遥かに越える速度で薙刀を振るうことで発生する真空の刃が失敗作に迫ります。
どうやらあの黄色い形態は青の形態ほど素早くはないらしく、失敗作はその場でとっさに顔を守るために身を固めただけでした。
なのに……
(無傷!?)
わたくしの放った真空の刃は失敗作の表面で弾けて霧散しました。どう見ても、ダメージを与えられているように見えません。
恐らくは昆虫型怪人の持つ骨よりも堅い外骨格装甲が今まで以上に頑丈になっているのでしょう。それが先ほどの自爆に耐えたからくりでもあるのかもしれません。
「……もうやめないか」
「世迷言を!」
どこか諭すように言う失敗作にわたくしは激高し、斬りかかりました。
どれほど堅い皮膚であろうと、外骨格であろうと、生物が動く以上必ず隙間がある。
そして、怪人の中でもトップクラスの膂力と技術を持つリュウグウゴゼンであるわたくしならば、その隙間を貫くことなど造作もありません。
「死ね!しっぱ……え」
そのまままっすぐに隙間を切り裂こうとした剣先が、ぶれました。まるで、横合いから殴りつけられたかのように。
大きくそれた愛刀が空振り、わたくしは大きな隙を作ってしまいました。
「はぁ!」
その隙をつくように放たれた、失敗作の必殺の蹴りを咄嗟によけようとして、今度は足の裏が唐突に『爆発』しました。
それによって体制を完全に崩してしまったわたくしは攻撃を避けきれません。
(な!?)
重い、重い蹴りが吸い込まれるように脚に当たり……閃光と共に消し飛びました。
「あ、ぐ……」
脚が吹き飛ばされた衝撃で無様に転がります。
脚とその場に無様に尻もちをついたわたくしは、愛刀を取り落とし、呆然と失敗作を見ました。
「あ……」
―――まずいぞ!逃げろ!
光一郎の声に反応し、わたくしは愛刀を杖代わりに立ち上がろうとして、転びました。
まだ、脚を一本失っただけです。動きは大幅に制限されますが、戦えるはずです。
お師匠様は厳しい方でした。わたくしの両手両足全部切り落とすまで稽古を辞めないことすらありました。
そして怪人たるもの、死のその瞬間まで戦い抜けと教えてくださった方でもありました……
なのに、わたくしは動けなくなってしまいました。
今更ながらに気づいたのです。どれほど厳しかろうと、殺す気が無い訓練など、所詮は訓練であると。
ザリッ、と音を立てて怪物が……失敗作が近寄ってきます。
「い、いや……こないで」
わたくしは、人間のように後ずさることしかできませんでした。涙すら零して。
そんな無様なわたくしに、失敗作は近づいて……
「……ここまでです。もう、辞めてください。竜造寺さん」
しゃがんで、そんなことを言い出しました。
「え……」
「ボクは、あなたを助けたいんです。結社になんて、居ちゃいけない」
何を、言っているのか良く分かりませんでした。
「アイツらは、人間のことも怪人のことすらも道具か何かとしか思っていない……
そんな奴らに、無理に従わなくてもいいんです。ボクと、人間のみんなが守ってくれます」
ですが……もしかして、ここで頷けば助かる?
そんな考えが頭をよぎります。
ならば、わたくしは……
「お断りします」
はっきりと言い切りました。
命惜しさに、こびへつらう。それだけは、『二度と』するわけにはいかないのです。
それをしてしまえばわたくしは『今度こそ』壊れてしまう。それは、死よりなお怖いことでした。
「わたくし、人間が大嫌いなので」
「……そう、ですか」
……わたくしの答えに失望した様子で失敗作が立ち上がりました。
「分かりまし……分かった。ならば、僕は」
空気が変わるのを感じました。わたくしに情けをかけようとした『人間』から、すべての怪人を抹殺する『怪物』へと変わったのです。
(ああ、これが、終わりですか……)
ここで死ぬというのに、わたくしは不思議なことに安堵を覚えました。
きっとこの戦いで得られた情報は、もう逃げ出したであろう光一郎が持ち帰ってくれるでしょう。
結社は、その情報で持って、失敗作を抹殺する新たな計画を立てるはずです。
……わたくしはもう、戦う必要が無いのです。
そして数多の怪人を屠ってきた死の脚が迫りきて……黒い影がわたくしを横から攫いました。
「知ってるか? まだ生きてる上司を見捨てて逃げるなんて真似するサージェントウルフは、生きてる価値が無いんだぜ?」
わたくしを抱きかかえ、光一郎は失敗作を睨み返しました。
サージェントウルフにとっては逆立ちしてもかなわぬ恐ろしい存在……なのに、光一郎はそれを恐れる素振りすら見せず、言い放ちました。
「サージェントウルフ?」
「ああ、そうだ。最悪の失敗作。見破らせてもらったぞ。お前の新しい能力……それは『自分のナノマシン操作』だ」
「なっ!?」
唐突に乱入した光一郎の姿に困惑していた失敗作が驚いた声を上げました。
まさか、見破られるとは思っていなかったのでしょう……わたくしも、そこまでは分かりませんでしたし。
「……当たりか。ま、他の怪人のナノマシンを操れるんだ。自分のナノマシンを操れても不思議じゃない。
自分の血液に含まれるナノマシンを自爆させるのと……他人に自分のナノマシンを注入してアサルトローカスに『改造』する。
それが、出来るようになったんだろう?」
「……お前は一体何者だ」
「ただのサージェントウルフさ……そして、お前を殺そうと思ってる男だ」
警戒心も露わに問うてくる失敗作に堂々と言い切った直後、光一郎は《沈黙の命令》で叫びました。
―――今だ!ニート!ぶち込め!
その言葉と共に、まっすぐに巨大なトラックが突っ込んできます……失敗作を横合いから貫くように。
如何に頑健であっても、人間程度の重さしかない怪人と、質量そのものの桁が違うトラック。
それは失敗作を弾き飛ばし、押しつぶしました。
トラックからはカオナシとニートの二人が飛び出してきました。
そして、ニートが叫ぶように《沈黙の命令》を飛ばして、二人して遠くへと逃げていきます。
―――すぐに逃げろ!結社特性の高性能爆弾が積んである!1分後に爆発する!巻き込まれるぞ!
―――了解!恩に着る!
一瞬でニートとの会話を終えた光一郎がわたくしを抱え上げ、ニートとは違う方向に脱兎のごとく駆け抜けていきます。
瞬く間に、トラックが遠ざかり……きっかり一分後に轟音が鳴り響きました。
「また、負けたか。けどまあ、今度は助けられた。それだけでも、十分だ」
そして、わたくしの顔を見て、安堵したように『光一郎さん』が言いました。
2戦目、上司と共に敵前逃亡により敗北




