こどもドラゴン5
6……一体何者なんだ
アイツに、本庁でも正体が掴めない謎の情報屋『6』からのタレコミが入ったのは、数日前のことだった。
結社は竜造寺巴を狙っている。
たった一文だが、とても重要な情報だった。出所も含めて。
6は半年ほど前から『アイツ』に独自の情報網で掴んだ情報を寄越すようになった情報屋だった。
なんでも『よりよい世界を作るためには結社の怪人を倒せるようなヒーローが必要だから』だとかで、俺たちに情報という形で協力している。
……死ぬほどうさんくさいし、やべえ奴に違いないと俺の刑事としての勘が告げている相手だ。
だが、結社という、恐ろしい化け物である怪人を束ねる訳の分からん連中と戦うには、6の寄越す情報は必要だった。
6は電子メールやら郵送、雑誌や新聞広告など、様々な形で、俺たちに接触せずに情報を寄越してくる。
絶対に尻尾を掴ませないし誰も顔を合わせたことも無い……恐らくは、どういう経緯で潜り込んだのかは分からないが結社の『内部』の人間だろう。
怪しげな、だが外したことが無い結社に関する情報。その情報が無かったら防げなかった犠牲だってある。
だからこそ、俺たちは6の正体や思惑なんてものには目をつぶって、その情報を信じて動いている。
人間と社会を結社から守る。それが俺たちにとって一番大事なことだからだ。
竜造寺巴は、この街にある全寮制の女学院の学生だ。あの竜造寺家のご令嬢で、文武両道の天才。生徒会長らしい。
双子の妹がいたが、一年ほど前に街中で不良と揉めていた同級生を逃がしたの最後に行方が分からない……恐らくだが、結社に攫われたんだろうと言われている。
結社が人間社会にとって重要な人間を殺したり攫ったりすることは珍しくはない。今回もその一環なのだろうとは思う。
……アイツとそう歳が変わらない美少女を守るということに、アイツは珍しく張り切っていた。
あの学校は女学院の上に全寮制と言うだけあって、出入りできる人間は限られる。
結社が狙ってくる以上、来るのは怪人なのは間違いない。
出所も怪しい謎の情報一つで軍隊は動かせない。俺の権限で動員できる程度の警察じゃあ護衛につけても無駄に虐殺されるだけなのは、すぐに分かった。
それならば『俺たち』で何とかするしかない。
そう結論づけた俺は人間にとって唯一と言っても良い、結社の怪人と互角以上に渡り合える存在であるアイツと組んで竜造寺巴を守ることになった。
(……あっちは大丈夫なのか?)
アイツの方は早期に決着をつけるため、囮になると言い出した竜造寺巴を見張っている。
結社の不意を打つには、こっちも多少の無茶はしないといけない。
アイツが竜造寺巴を守っている間に、俺は俺で女学院の敷地から離れた山の中、聞こえてくる不快な音を頼りに分け入っていく。
夏の日に聴きなれた、甲高くてうっとおしいあの音を大きくしたような不快な音……恐らくは人間には聞こえない高周波だ。
だから近所迷惑なんて考えずに森の中で垂れ流しに出来ているし、こうしてその音を頼りに俺が追跡出来ている。
(確か、音で人間を操る怪人がいたはずだ……)
黙々と歩きながら、俺は本庁がまとめた怪人についての情報を思い出す。
結社の怪人の起こした犯罪の数々。
人間ではまともに理解することすら難しい超能力としか言いようがない能力を持つ、科学に喧嘩売っているような連中だが、それでも過去の事例から、いくつかの怪人は名前と特殊能力が判明している。
俺はその中に今回の事例に該当しそうな怪人がいることに気づいていた。
確か、ヴァンプキートとか言う、蚊をベースにしたと思われる怪人だ。
動機も何もない、本人がやったことすら覚えていない通り魔事件や傷害、殺人事件。
その中でも結社に危険視された人間が結果的に『被害者』になったそう言う事件のいくつかに関わってる可能性が高いと言われている。
記録を見るに戦車を素手で破壊出来るとか言う冗談みたいなパワーを持つバーサークタウロスやコンクリートの壁を豆腐みたいに切り分けたと言われている『怪盗』ジャック・ローズ、俺が『アイツ』と直接関わることになったあの事件の時に戦った、戦闘員の群れに隠れて鉄を飴みたいに溶かす酸を吐く妖怪蟻ジジイ。
そして自衛隊の中隊を刀一本だけ引っ提げて壊滅させたとか言う冗談としか思えない強さのタイラント・オブ・タイラントと言った連中に比べればまだ戦いようはある。
だが、その能力のヤバさと、人間社会で目立たないという知恵を備えた奴らは、非常に怖い。
恐らくだが普通に事故として処理されたような事件や失踪、そして魔が差したとか思えないような動機の無い不可解な自殺……
能力のことを考えればそう言った事件もいくつかはヴァンプキートの仕業だろう。
なんでも結社の怪人の中では弱い方らしいが、それでも十分に人間の手には余るし、そもそもヴァンプキートは撃退は出来ても倒したという記録は無い。
もしも俺が『まだ』人間だったらアイツと合流してから動くか、普通に応援を呼んでいただろう。
……こうして単独で動けるようになったのは、ほんの1か月前に死にかけて以来の話だ。
音を頼りに獣道と見分けがつかない細い道しかない林の中を分け入っていくと、少し開けた場所に出た。
普通なら、まともな人間はまず入り込まない場所に、不審な男が二人いた。
黒スーツに黒シャツを着た若い男と、シャツにジーンズという恰好をしたそこらにいくらでも転がってそうな若い男のコンビだった。
「警察だ。お前たち。こんなところで何をしている? 少し話を聞かせて貰うぞ」
先ほどまで響いていた不快な音が消えたことに警戒しながら、俺は懐から警察手帳を取り出し、言い放つ。
あの音が響く場所にいる時点で、善良な市民って奴じゃあ絶対に無い。
「……えっと、その、ちょっと散歩をしてただけです」
「お前、何者だ。どうやって、ここまで来た?」
その言葉に、ジーンズの男の方は人間らしく誤魔化そうとしたが、スーツの男の方は俺をまっすぐに見据えながら、一方的に問うてくる。
……恐らく、スーツの男はプロなんだろう。ヤバい匂いがする。
「だから、警察だ。実はここいらで事件が起きててな。悪いが署までつきあってもら……くっ!?」
いきなりあの不快な音が強くなった。騒音を通り越して拷問と言っても良いほどの音が脳みそをかき回す。
「そうかい。警察なら銃も持ってるだろ。それで死にな」
その音に合わせて、しわがれた女の声がして、新しい怪人が姿を見せる。
ガスマスクみたいに口の部分がデカい管と、異様にデカい目が付いた蟲の顔、まるで針金のように細い、独特の光沢に覆われた体つき、背中に生えた折りたたまれた長い翅……間違いなく、資料で見た怪人、ヴァンプキートだった。
……俺はその翅から響く音に操られたフリをしながら、懐から拳銃を取り出す。
それを見たスーツの男が、警戒を強めたのが分かる……どうやら普通の警官が持つものとは違うと気づいたようだ。
対怪人用に特別に許可を貰って所持している、大型拳銃。人間だったら腕や足に当たっても致命傷になりうるデカブツ。
俺は震える手でそれをこめかみに押し当て……隙をついて新しい怪人の持っている通信機らしき機械に向けて撃つ。
パァン!
遠くまで響くような発射音と共に、弾丸が打ち出されて、狙い通りに命中する。
奴の持っていた機械は貫通した……体の方にも命中したはずだが、そちらは身体の表面が少しえぐれただけで穴すら開いていない。大したダメージは無さそうだ。
とどのつまり、コイツを銃で倒すのは、ちょっと無理らしい。
「クソっ!? 人間にアタシの催眠音波が効かないだと!? 対策でもしてきたってのかい!?」
完全に不意を打たれたことにいら立った声を上げながら、怪人が文字通りの意味で飛びかかってくる。
折りたたまれた翅を広げて、耳障りな音を立てながらまっすぐに飛んでくる。
アイツほどではないが、かなり早い。まるでキスでもするみたいに伸ばされた管……ぶっ刺されたら、あっという間に干からびる羽目になりそうだ。
(……やるしかない、か!)
正直不安がある。何しろまだ俺は身に着けたばかりの『力』に慣れていない。もう中年に差し掛かる年になったおっさんは、新しいことを覚えるのが苦手なのだ。
「……変身!」
ガキの頃から鍛えた空手の構えを取りながら、大声で叫ぶ。
これは、儀式だ。俺がまだ『人間』であることを、断じて怪人じゃないことを知らせるための言葉。
身体が一気に膨れ上がり、力が漲る。安物のシャツが内側から破けて、くすんだ緑色になった肌が露わになる。
静かに呼吸を整えて、目の前の怪人を見据える……今の俺はアイツと同じ『怪人』そのものの姿になっていた。
「がふっ!?」
慌てて方向転換してよけようとしたそのまま突っ込んできた怪人の顔に一発、正拳を叩き込む。人間相手に空手の技はご法度だが、怪人相手なら問題ない。
そのまま追撃しようとして、慌ててしゃがむ。ついさっきまで俺の顔面があった場所を、豪速球の石が通り抜けた。
「……そりゃあ、ここに居るのは全員怪人か」
やったのは、いつの間にか怪人の姿に変身した黒いスーツの男だった。
どういう構造なのか先ほどより一回りデカくなっているにも関わらず破れる様子が無いスーツを着た、スーツの色と同じ真っ黒な毛皮に覆われた犬の怪人……サージェントウルフ。
結社の怪人の中では最も弱いと言われる怪人だ。よく、戦闘員を引き連れている。
だが、さっきの不意打ちから考えて、間違いなく戦い慣れている。こっちを見据える金色の瞳からは微塵も油断が見えない。厄介な相手だった。
となりには黒いのと同じくサージェントウルフがいる。こっちは茶色と白が交じり合った、柴犬みたいな色あいをしている。
こっちは、余り戦い慣れてないらしく、少し怯えが見える。
(こいつらだけか?)
俺は辺りをすばやく戦闘員が潜んでいないことを確認する。
アイツと違い触っただけで爆発させるなんて芸当は出来ない俺は、数の暴力と戦うのにはあまり向いていない。
ただでさえ3対1なんて状況で、戦闘員まで相手をする余裕はない。
「……お前、何者だ」
俺の姿を見て、スーツの男が抑えた殺気を放ちながら問うてくる。
スーツの男はどこかで見た構えを取りながら、隙を伺っているように見える。
どうやら逃がす気は、無いらしい。
「俺は、立花藤二……そうさな、お前ら風に言うなら『2号』ってところだ」
俺はゆっくりと構えながら、目の前の男とどう戦うかを考える。
三対一。どっちも怪人。少しでも数を減らさねえと勝ち目が見えないどころか撤退もおぼつかない。
まずは頭数を減らす必要があった。ヴァンプキートが痛みから復活する前に。
(一番、倒しやすそうなのは……!)
俺はまっすぐに柴犬色のサージェントウルフに突っ込む。間違いなくこの中では一番弱いはず。
「ぎゃん!?」
まさか自分に来るとは思ってなかったのか、柴犬色のサージェントウルフが情けない悲鳴を上げて吹っ飛ぶ。
「はぁ!」
……そのままぶちのめそうとしたが、スーツの男が割り込んできて、綺麗なフォームで掌を突き出してくる。
掌底! 怪人の膂力で放たれるそれは、コンクリートを、そして今の俺の骨を砕くほどの威力があった。
(同じ技!)
その動きに、俺は一年前に戦ったサージェントウルフを思い出してギリギリかわし、一旦距離を取る。
ついさっきまで俺の居たところを、奴の腕がブンっと風切り音を立てて通り過ぎた。
(なんとか、かわせたが……)
今まで職業柄何度も怪人たちには殺されそうになったが、その中でも最大級にヤバかった時のことを思い出す。
アイツと直接知り合うことになった時に俺を殺そうとした、デカいサージェントウルフ。
亮介……少し更けてたが何年も前に行方知れずになったかつての同僚と同じ顔をした怪人が、似たような動きをしていた。
(コイツは、厄介な奴とやりあうことになった……ぐが!?)
そうして、目の前の黒いサージェントウルフに集中した……それが、間違いだった。
がしりと、肩を後ろから捕まれ、首元に鋭い痛みが走る。
(しまった!ヴァンプキート!)
先ほどまで悶絶していたはずのヴァンプキートが後ろから迫っていたのだ。
音もなく、素早い動きで。
「……うるさいよ。アタシに指図するんじゃあない。サージェントウルフ風情が」
ヴァンプキートが低い声で呟きつつ、動き出す。
「アタシの熱いキスであの世に逝けるんだ。喜びな!」
その言葉と共に、首元からすごい勢いで血が抜けていく。
(吸血!?)
予想外の動きであると同時に妙に納得した。蚊がベースならそりゃあ吸血もするだろう。
間抜けな状況だが、ヤバい。この様子だとあっという間に全身の血を抜かれて干からびるだろう……多分、そうなったら怪人でも死ぬ。
(ちっ!出来れば使いたくなかったが!)
迷ってる暇は無いし、命には代えられない。俺は『切り札』を使うことにした。
「うおおおお!」
『気合』を込めた雄たけびを上げて、裏拳をヴァンプキートの顔面に叩きこむ。
(3!)
その勢いは、先ほどの正拳よりもはるかに速くて、強い。
「ぐぎゃ!?」
必殺の裏拳がヴァンプキートのデカい目にめり込んで、ポンプみたいな口の管がへし折れて、血が抜ける感覚が消える。
人間だったら即死してる一撃。だが、怪人はそれでも仕留めきれない。絶叫を上げて手で潰れた右目を抑えつつも顔は拘束から逃れた俺を見ている。
無機質な、何を考えているか分からない蟲の目……そこから殺意が漂ってきやがる。少しでも油断したら……間違いなく殺される。
それを防ぐには。
(仕留めるしかねえな! 2!)
俺は一瞬深く腰を落として逃れ、そのまま拳を鳩尾に叩き込む。
ガキの頃から何万回と繰り返してきた動作だが、今の俺の怪力で放ったら、それはただの凶器だ。
車の鉄板に拳サイズの穴を開けられる本気の一撃が怪人の細い身体をくの字に折り曲げて……顔が下に下がる。
「1! でりゃぁ!」
そこにぶち込むのは……頭を狙うハイキック。今の俺の最大の武器は、手じゃなくて脚だ。
この姿は、脚力が本気でヤバい。軽く試してみた限りじゃあ時速100㎞を越える勢いで走り、蹴り上げただけで廃車になった車を縦回転させるほどの蹴りが放てる。
『気合を入れた』状態ならば、まだアイツほど使いこなせてない素人同然の俺でも、必殺と言ってもいいキックが放てる。
この身体で使う空手の技は、文字通りの意味で怪人をも殺せる。
「ぐげ」
少し間抜けたな声を残して、ヴァンプキートの首から上が吹っ飛んだ。
アイツと違い、必殺の蹴りで爆発四散させる、なんて芸当は出来ないが即死の一撃だ。
(……0)
残心中にがくりと力が抜けて全身に痛みが走った。
『気合』はきっかり3秒しか持たない上に反動がある。なんていうか、筋肉痛がいきなり来る感じだ。
この身体になってから痛みには随分強くなったが、この痛みは慣れない。試しに二回連続で使ってみた時には、そのまま死ぬかと思った。
「……ぐお!?」
その痛みに気を取られていたせいか、反応が遅れた。
……まるで俺の『気合』が3秒しか持たないと知っていたかのように、黒いサージェントウルフが攻撃をしてきたのだ。
全力を込めた、脛蹴り。痛みでまともに動けなかったせいもあり、足の骨が折れた。
(コイツ、俺の能力を知っている!?)
立っていられなくなり、俺は膝をつきつつも、俺は驚いた。
俺自身がまだ把握しきってない俺の身体の能力と3秒後に来る弱点。それをコイツは知っているようだ。
(伊達に結社の怪人じゃないってところか……)
なるほど、怪人の巣窟たる結社の怪人である以上、怪人のことはお見通しというわけだ。
俺はゆっくりと立ち上がって、片足をかばいながら構える。
幸い、この身体だと痛みは薄いし脚の骨は数分もすれば治るが、逆に言えばその数分は片足でコイツとやりあうことになる。
ここはもう一発切り札を切って、なんとかしのぐしかないかもしれない。
そう思いつつ、睨み返した直後だった。
「……ここまでだな」
それだけ言い残し、黒いサージェントウルフは背を向けて林の奥へと消えていく。
気が付けば柴犬の方もどこかへ居なくなっている。
(追う……のはやべえな)
俺はその場に座り込み、一つ息を吐いた。
見逃すのは業腹だが、二対一での殴り合いじゃあ分が悪いし、罠の可能性もある。逃げた先に別の怪人が居たらそれこそ命の保証が無い。
俺の勘も、追えば命は無いと告げている。命を守ろうと思うなら、今は1匹仕留められただけで良しとするしかない。
(……アイツの方はどうなっている?)
あの三人は女学院の敷地外にいた。アイツらの動きからして恐らく女学院の方には竜造寺巴を攫うための別動隊がいるはずだ。
そっちはアイツに任せておけば大丈夫だとは思うが……
(クソっ!何時になったらアイツの重荷を下ろせるようになるんだ……)
俺はごく普通にアイツを、戦力としてあてにしていた。その事実に歯噛みする。
アイツはまだ、17歳のガキだ。そんなガキが、家族を、友人を、知り合いを殺されて、結社と毎日のように戦っている。
怪人とまともに渡り合える人間が他に居ないという理由で、人間の社会を守るために怪人を殺す仕事を任せる羽目になった。
それは大人であり、警察官でもある俺にとっては許しがたい事実だった。
(早く、力が欲しいな……)
刑事としては結構な場数を踏んでる俺も、怪人としては成り立てで未熟だ。
条件があるのか何なのか、俺は怪人を蹴った直後に爆発四散させることは出来ないし、アイツのように赤や青、そして『金』色の姿に変わって戦い方を変える、なんてことも無理だ。
(ま、訓練あるのみ……か)
結局のところ、それしか無いだろう。
アイツの助けになる。そしていつか、まだ子供のアイツが戦わずに済むようにする。
それがあの日、手遅れの状態から金色に輝くアイツに血を流しこまれて怪人の身体で蘇った俺の、恩返しで義理ってやつのつもりだ。
金色形態は他2つとはまた違うヤバさがある




