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チート・クリミナルズ  作者: 犬塚 惇平
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こどもドラゴン4

非戦闘型の怪人は大体厄介な特殊能力持ちである。

キーンコーンカーンコーン……


下校時刻を告げる鐘の音を聞きながら、わたくしとカオナシは竜造寺巴を探しに向かいました。

「……はい。どうぞ……」

カオナシが当然のように取り出した生徒証を確認し、うつろな目をした守衛がわたくしたちを通してくれます。

携帯用の小型スピーカーから響く、マダムの催眠音波による影響です。

小型スピーカー経由でも半径数mほどですが有効になる、と言うのは中々に便利だと思います。


光一郎によれば、ヴァンプキートは『吸血鬼』という異名を持つ蚊をベースにした怪人で、人間なら10秒ほどでミイラに出来てしまうほど素早く血を吸い出す吸血能力と翅の羽ばたきで生み出す催眠音波が特徴だそうです。

この催眠音波、普通に使うとかなり広範囲に影響が出るため、拉致任務では人気のない離れたところで全力で催眠音波を流し、それを拾う小型スピーカーを持ったサージェントウルフなどの他の怪人が近づいてターゲットのみを催眠状態にして連れ出すのが必勝パターンだそうです。

そんなわけでマダムとニート、光一郎はここから《沈黙の命令》がギリギリ届く、数㎞離れた学園の敷地外の森の中で待機しています。

わたくしたち以外の三人はこの女学院に居ては目立つので、数日前に誘拐してから入れ替わった生徒会の書記の姿に化けて情報収集を行っていたカオナシと、この学校の制服を着ていれば竜造寺巴にしか見えないわたくしが捕まえてくることになったのです。

「こっちです。この時間帯、部活が終わって部員が全員帰った後も竜造寺巴は一人でトレーニングをしてるはずです」

手にしたメモ帳を確認しながらカオナシの案内に従い、わたくしは女学院を歩きます。

「あ、会長。お疲れ様です」

「この前はありがとうございました。お陰で助かっちゃいました」

「あ、会長。忘れものですか?」

途中、この学院の生徒と何度かすれ違いますが、挨拶をかわしてそれで終わりです。

(なんだか、覚えがある場所ですね)

全く記憶には無いのに、どこか見覚えがある光景に歩き慣れた道に戸惑いを覚えます。

いえ、恐らく前世で体験していたことだからなのでしょうが。

(……わたくしも、怪人にならなければここでごく普通に女子高生、というものをやっていたのでしょうか……)

そう考えると少し不思議な気と、ほんの少しだけ寂しさを覚えます。

怪人になったことはとても素晴らしいことですし、偉大なる結社の一員に加わったことは名誉だとは思いますが、それはそれというものです。

「……普通にうるさいですね、それ」

そんな気分を振り払うため、わたくしは今の同輩であるカオナシに声を掛けます。

カオナシの持つスマートフォンからは、ひどく不快な音がしています。ヴァンプキート3号ことマダムの発する催眠音波の音です。

人間には感知できない高周波である催眠音波は、人間より遥かに鋭敏なわたくしの可聴域に入っているらしく、さっきから不快な音が響いているのが分かります。

「まあ、うるさいのは確かですけど、捕まえるのには便利ですからね……」

その音が不快なのはカオナシも同じらしく、苦笑して見せます。

その顔は、擬態した姿も相まって同い年くらいの少女のように見えました。

「……カオナシは、本来はどのような姿なのですか?」

そんな顔を見たせいでしょうか。ターゲットの居る場所に向かう途中、人気が途絶えたのを確認してから、わたくしは尋ねました。

思えばわたくしには歳の近い女子の怪人の知り合いはいません。お師匠様も兄弟子も男性ばかりでしたし、タカコはわたくしより大分年上ですので。

だから、その……少しは親しくなれるかもしれない。そう思ったのです。

「いやいや、それ聞いちゃいます?一応性別年齢一切不明がラクーンゲンガーの基本なんですけど……ま、十代の乙女なんですけどね」

わたくしの問いに少しだけ笑った後、カオナシはポツリと言いました。

「そうなのですか?」

近しい年ごろと聞き、わたくしは驚きました。

ここまでに見た様々な演技が、同じ年ごろの少女のものだとは思えなかったのです。

「ええ、14の頃に怪人になって、それから3年、なんとかかんとか生き残ってますから、今年で17歳ですかね。

 いや、最初は大変でしたよ。見た目は特殊能力で弄れても中身はそのままですし。

 おっさんとか、ジジイとか。それっぽい演技、必死にテレビとかで覚えました。同期も結構、人間に正体ばれて死んでますしね」

思わず黙り込んでしまったわたくしに気づいているのかいないのか、カオナシが言葉を続けます。

「わたしみたいな、例の失敗作どころかライフルで撃たれると死ぬような弱い怪人はいつも必死ですよ。結社は弱い怪人と使えない怪人には容赦ないですから」

……その言葉で、わたくしはこれまで、至らぬところがあったので処分したサージェントウルフたちのことを思い出しました。

最初の痴れ者以降は、あれは犬だと思いました。誰が主人なのか教え込まねばつけあがると。


反抗的だったり怠惰だったりしたものはすべて処分しましたし、稽古のつもりでやり過ぎたこともありました。


そのお陰で師匠から光一郎という良い部下を得られたので、結果だけ見れば最良だったとは思います。

しかし、もう少し穏当な手で追い出すことも出来たのではないか……とも今は思います。

(……いけません!今は任務の最中です!)

そんな暗い考えを慌てて振り払い、わたくしは気持ちを切り替えて目の前を見ます。


学園の外れの方にひっそりと建てられた剣道場。

そこが今回のターゲットがいる場所でした。


―――えいっ! はっ! たあっ!


「……いる、みたいですね」

中からは気合を込めた声と、踏み込む音が聞こえます。竜造寺巴の自主練習の声です。

なんでもこの女学院には、顧問の教師含めて竜造寺巴にかなう人間は既にいないため、部活の時間は後輩の指導に徹し、それから自主練習をしているそうです。

「……他の人間は、少なくとも近くにはいませんね」

伏兵がいるかもしれない。そう考えて念のため目をつむり、辺りの音を探ってみましたが、既に部活を終えた人たちも既に寮に戻ったらしく、周囲には竜造寺巴以外の人の気配はありません。

「どうやら、おあつらえ向きに一人のようです」

「……わたしが連れてきます。乙姫様はこちらで、誰か来ないか見ていてください」

「ええ。お任せしますわ」

わたくしの言葉を受け、心持ち緊張した声でカオナシが道場へと踏み込んでいき……少しして、戻ってきました。

暫く、道場内部で争う音がして……後ろには鏡に映したかのようにわたくしと同じ顔をして、道着を着込んだ少女……竜造寺巴はマダムの催眠音波の影響を受けてうつろな目でついてきました。

「……あっさり片付きましたね」

「一応、これでも怪人ですから」

あとはこのまま光一郎たちと合流して基地まで竜造寺巴を連れ帰れば任務は成功です。

ごくあっさりと終わってしまったことに、安堵と、少しの不満を覚えます。

分かってはいます。今回は拉致任務向けの怪人を雇うことが出来たからこそ、これほどまでに楽に決着がついたことは。

しかし、光一郎が随分と色々言っていたので警戒したのに、こうもあっさりと終わっては心配して損をした、そう思ってしまうのです。

「まあ、簡単なお仕事、というや……!?」

光一郎の口癖をまねての軽口……それが、酷い油断だったと気づいたのは、それからすぐのことでした。


パァン!


カオナシの持っていたスマートフォンから唐突に何かが弾ける音が響きました。

そしてそれっきりスマートフォンが沈黙しました……マダムの催眠音波が途絶えたのです。

「ん……?ここは……」

元々催眠音波で操られていただけの竜造寺巴が意識を取り戻しました。このまま騒がれでもしたら、面倒なことになります。

突然の事態の変化に混乱しつつも黙らせようと動こうとして……


―――気をつけろ!敵が来るぞ!


頭の中に《沈黙の命令》による光一郎の音無き声が聞こえました。

「て、敵?」

光一郎の声に戦闘経験は余り無いのであろうカオナシが不思議そうな顔をするのと、わたくしの耳が音速を越えた風切音を捉えたのはほぼ同時でした。


……カオナシを狙った、上空からの空襲!


そう判断したわたくしは咄嗟に狙われているカオナシを蹴り飛ばします。

「ぐぇ!?」

敢えて全力が出せない擬態状態で攻撃を加えたのが功を奏し、カオナシは内臓と骨が少し砕ける程度の怪我をしながら吹き飛び、地面を転がります。

その直後、さっきまでカオナシがいたところを青い影が突き刺さりました。

「……来ましたね。失敗作」

つい先ほど、カオナシを問答無用で殺そうとしていた男がゆっくりと立ち上がります。

「おやっさんの言ってたとおりだった。竜造寺さんは渡さないぞ。怪人……!?」

第二形態を解除し、青から緑へと色を変えてわたくしの方に向き直り、男は少しだけ驚いたように見えました。

顔の半分ほどを占める真っ赤な複眼に映ったのが、自分のすぐそばでへたり込んでいる人間の女と全く同じであることに驚いたのでしょう。

ですがわたくしにとっては、この一年の間、戦う日を心待ちにすらして待っていた存在。

数多の怪人を葬り去ってきた結社の最重要抹殺対象。

「……逃げなさい!ここはわたくしが引き受けます!」

それだけでカオナシは全てを理解したらしく、顔を歪め、脇腹を抑えながらも必死にひと気のある方向へと走り去りました。

(失敗作は、人間を巻き込むのを、嫌う)

それは、結社の怪人たちが失敗作と戦う中で見出した。奴の弱点の一つ。

奴は人間を巻き添えにすることを酷く嫌うのです。己も、怪人でありながら。

一度擬態した状態で他の人間に溢れる場所に潜り込んでしまえば見つけるのは困難でしょうし、何よりもこのわたくしを無視して追撃することを許しません。

「……お前も、怪人か」

やがて、小さくなっていくカオナシの追撃を諦めたらしく、わたくしに向き直り、構えました。

わずかな時間とは言え、心をかわした仲間。

それが目の前でゴミのように殺されそうになったこと。

その血も涙も無い怪物の所業と、それ以上に己の不甲斐なさに、わたくしは、激怒しました。

目の前の、残虐無比な怪物を必ず殺さねばならぬと考えたのです。

腕に巻いていた腕輪を愛用の薙刀へと変えて構えると同時に擬態を解除。わたくしの全力で持って一撃を放ちます。

「なっ!?」

その鋭さに失敗作も面食らったのでしょう。とっさに飛びのくのが精一杯だったようです。

刃はかわされましたが、音速を遥かに越える一撃により発生した真空の刃まではかわし切れず胸元に切り裂かれた傷が入りました。

「……お前は、さっきのとは違う怪人なのか」

胸元からだらだらと血を零しながら、失敗作がわたくしを見て、不思議そうに言います。

どうやら擬態を解除したわたくしが、狸の怪人であるラクーンゲンガーでは無いことに戸惑っているようです。

その隙を見逃さず、わたくしは追撃を加えます。

「……っく!?」

わたくしの速さを見て、通常形態では勝ち目が無いと見て取ったのでしょう。

一瞬で失敗作の姿が青へと変わり、高速で距離を取りました。

そのまま、一度上空へ上がり、わたくしに向けてまっすぐに突っ込んできます!

「……かわされた!?」

並の怪人であれば対応不可能な速度の動きなのでしょうが、まっすぐで読みやすい動きしか出来ていないのではわたくしには通用しません。

この程度をかわせぬとあっては、お師匠様から竜の剣を受け継ぎし『竜の子』を名乗ることは許されないのですから。

素早さで翻弄しようとしてくる失敗作をあしらいつつ、狙いを定めます。

「……っ! ていりゃあああああああああああああああああ!」

「ぐわぁ!?」

紙一重で交わし、駆け抜けざまに奴の翅を切り落としました。

青の形態の弱点、それは素早さに特化したが故の脆さ。

より素早く動くために外骨格が薄く、さらに肉体を酷使する分だけ再生能力も落ちている青の形態は、一撃を加えられればあっさりと崩れます。

確かにその素早さと、スピードを乗せた鋭い蹴りは侮れませんが、所詮は実戦の場で、我流で磨いた付け焼刃の技術。

あのお師匠様と兄弟子たちに一年の間、ひたすらに地獄を見せられたわたくしには通用しません!

「……くっ!」

翅を切り落とされ、青の形態では不利と見て取ったのでしょう。

真後ろに飛んで距離を取ったあとに、失敗作の体色が変わります。


青から、赤へ。


「……行くぞ!」

全身を真っ赤に染めた失敗作が、地を駆けて襲い掛かってきます。

失敗作が初めてA級怪人を倒したときに身に着けたと言われる赤の形態は、怪人の体内に流れるナノマシンを暴走させ、自爆させるという失敗作の特殊能力を強化した形態。

その能力は強烈で、触られただけでその部分が爆発し、頭や胸に触れられればほぼ間違いなく即死する。

わたくしのような近接戦に特化した怪人には脅威と言っても良いでしょう。

「……その程度の動きでわたくしを捕らえられるとは思わないことです!」

ですが、所詮は身一つで放つ格闘術。薙刀という長物を自在に操るわたくしならば、すべて捌くことも可能。

形状記憶超合金で出来た薙刀は触れても爆破されることが無い以上、当たらなければどうということは無いのです!

「てりゃあああああああああああああ!」

わたくしの薙刀が再び失敗作を捕らえ、上段から切り裂きます!

その一撃で、とっさに動いて攻撃を逸らされたせいで仕留めきることこそ出来ませんでしたが、怪人基準で見ても大怪我を負わせることに成功しました。

決着です。

「がはっ……」

緑色の、通常の姿に戻った失敗作が血反吐を吐くのを見ながら、わたくしは満足して言います。

数多のA級やS級の怪人を葬り去ったというからどれほどかと思えば、失敗作は、少し拍子抜けするほどの力量でした。

失敗作を葬るべく鍛え抜かれたわたくしの敵ではありません。

「これで終わりです。さようなら……裏切り者」

よろよろと立ち上がった失敗作を、せめて苦しまぬようトドメの一撃を加えるべく薙刀を振り上げたそのときでした。

わたくしと失敗作の間に、ゆらりと人影が割り込んできたのは。

「おどきなさい、竜造寺巴」

催眠音波の影響を脱したらしい竜造寺巴が、わたくしをまっすぐに見ながら立ちはだかりました。

そのことに苛立ちながら、わたくしはどくように言います。

「……やめて、(しずか)。あなた、静なのでしょう!?」

「知りません。わたくしは、結社の栄えある怪人、リュウグウゴゼン1号、乙姫です。どきなさい。殺しますよ?」

わたくしの、人間だった頃の名を呼ぶ竜造寺巴にきっぱりと伝えながら、わたくしは女に庇われる情けない失敗作を見ます。

失敗作の目は、剣呑な光を宿しています。まるでまだ、勝てるとでも思っているように。

(邪魔な障害物を排除……いえ、人間ではちょっとした怪我でも死に至ってしまう)

殺してはならない人間の障害物。それが膠着状態を生み出していました。

これが任務のターゲットでなければ、さっさと失敗作ごと殺して終わりだったのですが。


さて、どうしましょうか。そう、悩んでいた時でした。


―――マダムが殺られた! 正体不明の『アサルトローカス』に、襲われている!


《沈黙の命令》で飛んできた予想外の言葉にわたくしは息を飲み、思わず目の前の失敗作を……『アサルトローカスの突然変異』を見つめます。

(敵のアサルトローカスが、もう一人……!?)

一体何が起きているのかは分かりませんが、光一郎に死なれるのは困ります。


撤退の決断は的確に、決めたならば素早く。


お師匠様の教えを思い出し、わたくしは一度、撤退することにしました。

拉致任務で最も難しいのは、対象を殺さず運ぶこと……わたくしでは失敗作と殺し合いをしながら戦いの邪魔になる竜造寺巴を殺さない、というのは流石に困難です。

ですが、収穫はありました。わたくしならば、失敗作を撃破可能だと分かりました。

竜造寺巴を基地に連れ帰るのは、邪魔な失敗作を始末してからでも遅くはありません。


「……明日のこの時間、この女学院の北にある森の空き地で決着をつけましょう。今度は、余計な邪魔の入らないところで」


それだけ伝えて、わたくしは光一郎の元へと走りました。

アレとて問答無用レベルで無敵なわけでない。ただなんかこう最後は逆転されるだけである。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 良かった拉致レイプの主導者だったりする平成ライダールートじゃなかった…… 拉致という目的考えると、バレた時点で放置が一番だけど、まあお約束だからね!
[一言] そう。 むしろ基本的に毎回苦戦して、死亡一歩手前まで行く場合もある(作品によってはガチで死亡する)。 だけどなんか逆転して勝ってる。
[一言] おお、2号登場。たしか協力者の刑事さんでしたよね? ナノマシン、今は結社から強奪してるパターンですけど、ライダーマンみたいな元結社の研究員(非怪人)とかも失敗作の仲間にいたんでしょうか?
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