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チート・クリミナルズ  作者: 犬塚 惇平
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こどもドラゴン3

戦闘特化型には向いてない任務

わたくしに大きな転機が訪れたのは、光一郎を部下にしてから二か月ほどたった頃のことでした。


破壊、強奪、殲滅、抹殺……順調に成功させてきたこれまで受けてきた任務とは一味違う任務の辞令を結社より下されたのです。

それはわたくしのようなA級怪人に与えられることは珍しい、されど結社の行う作戦として見れば決して珍しくない任務。


A級怪人の適性を持つことが分かった人間の拉致任務。


それがわたくしに与えられた新たな任務でした。

「……また、厄介な仕事が着たもんだな」

その任務の辞令と、拉致対象の情報を見た光一郎は顔をしかめていました。

「どういうことです?光一郎?」

その意味が分からず、わたくしは光一郎に尋ねます。

わたくしのように怪人になり、任務に携わるようになってから日が浅いわたくしが、結社について知らないことが多いのは仕方が無いこと。

その知らないことを知らないままで終わらせず、きちんと確認することは結社の怪人が任務を遂行するため、ついでに生き残る為にはとても重要なことで、そう言うのを教えるのが『軍曹(サージェント)』でもある自分の役目でもあると、光一郎は言っていました。

だからわたくしは、分からないことがあれば素直に光一郎に尋ねることにしています。

「拉致任務は、リュウグウゴゼンがやるような仕事じゃないだろう」

わたくしの問いに光一郎が返してきたのは、上司に対するものとはあまり思えない、ごく簡潔な答えでした。

「まあ。わたくしではこの拉致任務は荷が重いと言うのですか?」

その答えがまるで、結社の未来を担うべきわたくしには無理だと言っているような気がして、少しだけはしたなく口を尖らせて言い返します。

ターゲットの居る場所は、ごく武装すらしていない警備員が数名いる他は、訓練すら受けていない一般人しかいない場所で、ターゲット自身も多少武道の心得があるだけの素人。

手間取ると警察が駆けつけてくる可能性を考慮しても光一郎がたまに言う『簡単なお仕事』という物にしかみえません。

「そうじゃねえ。物事には適性って奴がある」

そんなわたくしの言葉に、光一郎は首を横に振り、それだけをいいました。

「適性?」

「ああ、リュウグウゴゼンの適正、強みは何と言ってもその圧倒的な戦闘能力だ。それは分かるだろう?」

「ええ。これまで任された任務はすべて、わたくしの力を生かすような任務ばかりでしたね」

光一郎の言葉に、わたくしはこれまで受けてきた任務を考えて、同意いたします。

破壊と殲滅は言うまでもなく、強奪も抹殺も、作戦の舞台となったのは銃器や兵器で武装した兵士が普通にいて、怪人と見れば攻撃を加えてくる軍事施設でした。

無論、その程度はわたくしには通用しない雑魚でしたが、わたくしの戦闘能力が役に立つ任務だった、と言えます。

「だが、今回は拉致。つまりターゲットを生かしたまま基地まで連れ帰る任務だ。つまり、殺したら問答無用で失敗だ」

「それは当然でしょう。それに何か問題があるのですか?」

拉致任務である以上、拉致対象を殺してしまうのはダメというのは当然の話です。

結社の、偉大なる大首領様の技術を以てしても、死んだ人間や怪人を完全に再現することは不可能なのですから。

「じゃあ聞くが、人間はどの程度怪我をさせたら死ぬか、分かるか?」

「……え?」

だから、続いた光一郎の質問に、わたくしは驚いて目を見張りました。

「乙姫の腕前は知っている。即死は、させないだろうな。だが、人間は脆いぞ。頭や心臓じゃなくても内臓が潰れたり、首が折れたりしただけで死ぬ。

 腕や足落として大量に血が出ただけでも死ぬ。まともに息が出来ないようしても死ぬ。

 担いで運んでいる最中に落としただけでも打ちどころ次第で死ぬ、特に何もしなくても怪人に襲われたって言う恐怖で死ぬことすらある。

 ……そんな脆い人間を、乙姫の戦闘能力でもなお殺さないような手加減をする訓練をしたことは、あるか?」

「……ありません」

光一郎の言葉に、わたくしは確かに自分に拉致任務は向いていないことを認めざるを得ませんでした。

人間は怪人よりも……サージェントウルフと比べても非常に弱いという知識はあります。

それ故に、そのサージェントウルフですら容易く殺してしまえるわたくしには、それより遥かに弱い人間を扱う時にはどれだけの繊細さが求められるかなど、分かるはずも無いのです。

……わたくしを小娘と見て伸し掛かってきたあの痴れ者だって、殺すつもりはありませんでした。

振り払おうとして本気とは言え平手で打ち払っただけで頭がもげるなど、誰が予測できたでしょうか?

「だろうな。だから、リュウグウゴゼンには向いてない任務ってことになる」

「では、どうするおつもりですか?……わたくしには、ただ指をくわえて見ていろと言うおつもりですか?」

光一郎の言わんとすることは理解しましたが、それではわたくしが納得いきません。

光一郎ならば、人間を殺さずに拉致する技術も持ち合わせているかもしれません……いえ、間違いなく持ち合わせているでしょう。

ですが、部下に一人任務を任せ、自分は何もせずというのは、人の上に立つべく選ばれた偉大なる結社のA級怪人に相応しい行動ではないでしょう。

「まさか。勿論、乙姫にも仕事はして貰うさ」

そんなわたくしの決意を見て取ったのか、光一郎はわたくしの目をまっすぐ見て、言います。

迷いのない視線に戸惑いながら、わたくしは光一郎の次の言葉を待ちました。

「乙姫には、護衛を担当してもらいたい」

「護衛?どういうことですか?」

「ああ、拉致任務向きで、手伝ってくれそうな怪人に何人か心当たりがある。その人らに協力を依頼する。

 乙姫にはその人たちを護衛してもらいたい。多分、お前じゃないと無理だ」

わたくしでないと無理。その言葉に、わたくしは首を傾げます。

冗談……ではないようです。その顔はきりりと真面目に引き締められていて、男らしい顔つきでした。

「護衛ですか? 一体何から?」

だからこそ、分かりません。A級怪人たるわたくしで無いと出来ない上に、護衛対象が怪人。

その条件が当てはまるような存在が……あ。

「ああ、この案件、オレの経験からすると……」

わたくしがその対象に思い至ったのと同時に、光一郎が予想通りの正解を述べました。


「最悪の失敗作が出張ってくる可能性がある。ただの護衛だと思ってたら、死ぬぞ。油断するな」

その言葉に、わたくしはビクリと少しだけ震えました。



数日後。準備を終えたわたくしたちは、光一郎が運転する車でターゲットの居る街へと移動しました。ごく普通に、人間のように。

今回のターゲットがいる、全寮制で中高一貫の女学園を除けばちょっとした飲食店と雑貨屋くらいしかない小さな街。

なんでもあそこに通う真の淑女の卵たる彼女たちが悪い遊びを覚えて淑女にとって好ましくない影響を受けるのを防ぐため、だそうです。

わたくしたちはその街にあるビジネスホテルの会議室を借り、今回の作戦のメンバーが来るのを待っています。

(やはり見覚えはありませんね……)

することもなく山の上に立つ校舎を見ていると、あの建物は恐らくは、わたくしが四年ほど過ごしたはずの場所だというのに、特に何も思わないのが不思議になります。

ただ、あそこで四年間暮らしたということは、恐らく知り合いも数多くいて、面倒なことになる可能性が高い、というだけです。

「今回は拉致が得意なB級を二人雇った」

カーテンを下ろして周囲に聞き耳を立てていたり、盗聴器が仕掛けられていないかを確認し終えた光一郎が、革の鞄からタブレットを取り出して、テーブルの上に置きつつ言います。

今日の光一郎の恰好は、いつもの黒スーツにバラ色のネクタイですが、それを糊の利いた白いシャツに変えるだけで立派にサラリーマンに見えるのですから、不思議なものです。

ちなみにわたくしの方も、うっすらと化粧をしたうえで女性用の紺のビジネススーツに身を包んでいます。

この格好だと多少若くても子供に見られたり平日の昼間の街中を歩いていても補導されたりしないので便利だそうです。

……光一郎と並んで歩いてもあまり違和感が無い組み合わせなので、悪くはないと思います。

(一体、どんな怪人が来るのでしょうか?)

わたくしが知る怪人は、サージェントウルフを除けばお師匠様とお師匠様の兄弟子たちくらいです。

全員がA級怪人で、B級怪人は戦闘能力測定の時に倒したバーサークタウロスくらいしか知りません。

そして、今日ここに来るのは、拉致任務に適した特殊能力を持つB級怪人だと聞いています。

「失礼します。お客様をご案内しました」

そうして待っていると、このホテルの従業員らしい男性が、人を伴って入ってきます。

とても貫禄ある体つきをした中年の女性と、痩せぎすで、デニムのズボンにチェック柄のシャツを着た、多分わたくしとそう歳は変わらないであろう男。

一見すると親子のようにも見える方々ですが、ここに案内されている以上、その正体は言うまでもありません。

「ふぅん。アンタが例の乙姫様かい?」

女の方がわたくしを上から下まで舐めるように見て、言います。

その目には、どこかわたくしを小ばかにする雰囲気があって、わたくしはこの人はあまり好きになれそうにないと感じました。

「おっと。生意気な目つきじゃあないかい。デビューしたての新米のくせに」

そしてそれは向こうも同じのようです……言うに事欠いて素人呼ばわりとは、いい度胸です。B級怪人風情が。

「乙姫。やめろ。今回はこっちが巻き込んでる形だし、相手は経験豊富な貴重なベテランなんだ」

剣呑な空気を感じ取ったのか、光一郎がさっとわたくしと女の間に入り込み、わたくしを止めます。

止めるなら向こうのババアだと思うのですが。

「マダム。若くて綺麗な女と見ると喧嘩売るの辞めてくれよ……すいません。この人、自分がババアだから美少女には大体対応クソなんすよ」

相手の女の方も同伴した男性が止めています……随分と、口の悪い男のようです。

「おい、人様をババア呼ばわりするんじゃないよ!まったく、どんな教育を受けてきたんだか」

「少なくとも人様の大事なコードネームを見た目と製造番号がニートっぽいとか言って『ニート』とか言うふざけたもんにする奴には言われたくないね!

 そもそも砂漠のクラゲで仕事取ってきてるの俺なんだからニートじゃねえだろババア!いい加減パソコンの使い方くらい覚えろや!」

……なんだか、随分と仲のよろしい組み合わせのようです。

争うのも馬鹿らしくなり、わたくしは肩の力を抜きます。

「はいはい。そこの二人も、さっさと話進めましょう。光一郎さん、ここにいるので全員ですね?」

「ああ……ってことはアンタがカオナシか」

何故か場を仕切りだしたホテルの従業員の言葉に光一郎が頷き、光一郎が何かに気づいたように言います。

「はいはい……見てのとおりですよ」

その言葉と共に案内係の男性が俯き……顔を上げた時には若い女性の顔になっていました。

いつの間にか体格も女性のものに変わっています。

「どもども。カオナシです。砂漠のクラゲで依頼したのは、貴方ということでよろしいですね?光一郎さん」

「ああ……怪人、サージェントウルフ5126号。コードネーム、光一郎だ。今回の作戦の仕切りを任されている。よろしく頼む」

女性……カオナシの確認に光一郎が頷き、名乗りました。

「……リュウグウゴゼン1号、乙姫です。戦闘には少し自信があります。よろしくお願いします」

光一郎に続く形でわたくしもまた、名前を名乗ります。

と言っても全員、わたくしの素性についてはある程度知らされているらしく、あまり驚く様子はありません。

「じゃあ改めまして。ラクーンゲンガー42号。コードネームはひねりも何もなくカオナシ。さっき見せた通り擬態してるときは顔と体つきが自由に弄れます。

 戦闘能力はぶっちゃけサジェウルより弱いけどよろしくね」

それに応えるようにどっかりと腰を下ろした性別も定かではないカオナシがおどけた様子で自己紹介しました。

「ヴァンプキート3号、マダム・カーミラだよ。音で人間を操る特殊能力持ちさ」

次にふくよかな女性……マダム・カーミラが偉そうな態度のまま、ふんぞり返って言いました。

……そう言えば音で人間を催眠状態にする怪人がいるとは聞いたことがあります。

怪人相手にはほとんど効かないらしいですが、今回のターゲットが人間である以上は、とても有用な特殊能力だと思います。

「マダムのお付きのサジェウル7210号……ニートっす。よろしく」

それと、マダムの副官なのであろうサージェントウルフ。痩せぎすであまり頼れそうには無いですが、光一郎と連携させるには良いでしょう。

「これで全員、名乗り終わったか。じゃあ、早速だが、改めて説明させてもらう。

 今回はあそこに見える女学院に通う学生を一人、拉致する任務だ。拉致対象は……これだ」

光一郎が一瞬言いよどみ、タブレットを操作して拉致対象の姿を皆に見せました。その姿に、全員初めてわたくしが見た時と同じ驚いた反応を見せます。


今回の拉致任務のターゲットは……竜造寺巴(りゅうぞうじともえという女学生です。

日本を代表する名家の一つ、竜造寺家のご令嬢で、あの女学院の生徒会長も務める文武両道の才媛。

なんでも幼い頃から家の方針で学んでいた薙刀術の達人でもあり、中学生の頃には、昨年失踪した『双子の妹』に勝って全国大会で優勝したこともあるそうです。

そして、数あるA級怪人の中の一つ『リュウグウゴゼン』に適合する遺伝子を持つと判明したため、結社の一員に加えることが決まりました。

そんな情報と共に、指令書には竜造寺巴の写真も載せられていました。気持ち悪いくらいわたくしと同じ顔をした少女の写真が。


……きっと優秀な怪人となることでしょう。具体的に、わたくしと同じくらいには。

あからさまに『今週の生贄』なのだ!

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― 新着の感想 ―
[良い点] とうとう登場双子の姉 シナリオが555風だったら大変だな!
[良い点] 失敗作さんの妹を怪人にしてぶつけたり、記憶がないとはいえ双子の姉妹を拉致らせたりと結社は悪の組織として実にイイ趣味してますよね。
[一言] 協力者の方のリュウグウゴゼンの子ですよね? 実の妹に誘拐させるとは結社もえげつない真似を
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