こどもドラゴン2
初手で舐められたらそのまま死ぬかなと思ってカッコつけてみようかなと
リュウグウゴゼン1号、乙姫に通達
本日12:00、貴官に対し新規副官を派遣する。受領されたし。
派遣対象:サージェントウルフ5126号。戦闘経験豊富な熟練者也
基地の中で割り振られた部屋の中で、わたくしはお師匠様の達筆な覚書が添えられた結社からの通達にため息をつきました。
「もう。お師匠様ったら……」
どうやらわたくしの10人目の部下は、サージェントウルフの中では強い方のようですが、正直、どうでもいいです。
お師匠様のことですから、ごく普通に心配してくださっているのは分かります。
剣術(わたくしの場合は前世で慣れ親しんでいたらしい薙刀を使っています)を教えるときのお師匠様はまるで地獄の獄卒のように厳しい方ですが、それ以外の時には、厳しくも頼れる庇護者でもあります。
お師匠様はわたくしのように『選ばれた身内』に対しては少々甘いところがある、そう、数人いる兄弟子の一人に教わりました。
「わたくしにはこれ以上『犬』は必要ありませんと伝えましたのに」
ですが、それでも要らないものいうものはあります。
正直なところ、わたくしはサージェントウルフ……あの犬があまり好きではありません。
最初に割り振られた者が馴れ馴れしい上に、このわたくしの貞操を狙うような下賤の輩だったのは、個人の資質と考えても良いでしょう。
ですが根本的な問題として、わたくしが躾のために軽くはたいただけで頭が弾け飛ぶあれは怪人と呼ぶには脆弱すぎて戦では使い物にならない。
それが、わたくしが何人か付き合ってみての正直な感想です。
お師匠様の側に侍り、お師匠様や兄弟子、そしてわたくしのお世話をなさっていたタカコさんは女性としては尊敬すべき御方だと思いますが、一つの戦士として、怪人としては見る価値も無いでしょう。
それに、わたくしは家事も一人で一通りすべてできます。
前世である程度は学んでいたようですし、修行の時分に、お師匠様の身の回りのお世話を甲斐甲斐しくこなすタカコさんに教わりました。
故に、あの犬の大きな仕事であるという身の回りの世話をする、という者も別段いる必要は感じませんでした。
「……タカコさん並とまでは言いませんが、せめて少しは気が利いて、心清き方がいらっしゃると良いのですけれど」
ですが、わたくしとて人類の中から選ばれ、この結社に属する怪人である以上は上の、お師匠様のはからいを無視するわけにはまいりません。
受け取らぬ、というのは無理でしょう。
……側に侍るのが許容できぬほどに要らないものであれば『処分』するだけです。これまでと同じように。
そんなことを考えていると、外で扉を叩く音がします。時刻は、12時の5分前。遅刻はせず、されども決して早すぎず。
残念です。遅刻してくるような輩であれば処分の口実もたったのですが。
「お入りなさい。サージェントウルフ5126号」
「ああ、邪魔する」
わたくしの言葉に応じ、一人の男が入ってきました。
漆黒のシャツにスーツ、そしてバラ色のネクタイを締めた、まだ若い男性です。
流石に戦闘経験豊富と太鼓判を押されるだけあって、身のこなしの無駄は少なく洗練されているように思います。
(思ったより若い人が来ましたね)
とはいえあのお師匠様がわざわざ戦闘経験豊富と書くくらいですからもっとお年を召した方かと思っていたのですが、光一郎はかなり若い男性でした。
恐らくわたくしよりは年上だとは思うのですが、それでもお師匠様や兄弟子たちのような大人というには若すぎる感じがします。
わたくしはこの男性がどのような人物なのか見極めるため、黙って挨拶を聞きます。
「ぼ……オレは怪人サージェントウルフ5126号、コードネーム、光一郎だ。よろしくな『こどもドラゴン』さん」
……処分決定です。
わたくしは腕輪に変形させていた形状記憶超合金製の薙刀を手に取り、薙ぎ払いました。
瞬きすら許さぬ一瞬の後、見えざる空気の刃で首が斬り飛ばされた犬の様子を思い浮かべながら。
「なっ!? かわした……?」
……ですが、犬はその場にしゃがむことでそれを完全にかわして見せました。擬態すら解除せずに。
予想外の出来事にわたくしが固まっていると、後ろの壁に横一文字に刻まれた傷を気にせずに犬は……男性はそれが当然と言うように立ち上がって言い放ちました。
「何を驚いてるんだ? 戦闘の記録は見てる。毎回殺す手口が一緒で、挑発されるとすぐに乗るのはちょいと調べればすぐ分かった。
不意打ちならともかく、来るのが分かってれば、かわせるに決まってる……本当に、殴り方は知ってても戦い方は知らない子供なんだな」
わたくしを侮辱しながら、男性はわたくしとの間に遮蔽を取れる位置に移動しました。
遮蔽物が邪魔で、一撃では殺せぬ位置。軽口をたたきながらも片時も油断せず、わたくしの攻撃を見逃さぬと待ち構えています。
「……ぶっころ」
「本当のこと言われて逆切れか? なるほどな。ま、本気でやりあえば死ぬのは、俺だ。やればいいさ」
……このまま、殺すのは簡単ですが、そう言われてしまえば、殺すのも踊らされたようで、不快です。
わたくしは一旦、薙刀を下ろし、居住まいを正していいます。
「……良いでしょう。お師匠様の推薦だというのなら、実力の程、見せていただきます。無能であれば斬り捨てるだけです。
わたくしは『コモドドラゴン』の怪人、リュウグウゴゼン1号。乙姫とお呼びなさい」
お師匠様から賜ったコードネームを名乗り、睨みつけます。
「了解しました。以降は乙姫、貴方の部下として指揮下に入ります……オレを、使いこなして見せてくれ」
コモドドラゴンを強調したわたくしの言葉と視線に、男性……光一郎はわたくしを主と認め、恭しく頭を下げて見せます。
こうして、わたくしと光一郎の、奇妙な主従関係が始まりました。
*
挨拶が済んだあとの数日間、光一郎はわたくしの身の回りの世話の傍ら、結社のデータベースから、わたくしの『記録』を確認することに費やしていました。
なんでも、正式に部下になる前と後では、確認できる情報にも随分と差があるもの、なのだそうです。
「どこの怪人だって、敵になるかも知れない相手に、うかうかと自分の情報見せたくはないからな。
副官なら『上司』の情報を把握しておくのは義務だから、色々見られる」
そんなことを言いながら、光一郎はわたくしの改造後の記録を熱心に見ていました。
結社のデータベースは詳細で、性別や年齢、能力測定時の記録や特殊能力、正式な配属前の訓練時代の記録やこれまでの作戦での行動と成績など細かく記録されています。
……身長や体重、スリーサイズ等は最初の犬に見られて嫌な思いをした経験からわたくし自身の権限で副官にも閲覧不能にしています。
「なるほど。やっぱり実物を確認しないことには分からないことは多いな」
それらの、わたくしの情報を一つ一つ、丁寧に確認していく光一郎は、最初のどこかふざけた雰囲気が消えて真面目そのものでした。
「随分と熱心に確認するのですね」
これまで来た犬にそんなことをやる方々は居なかったので、純粋に不思議に思い尋ねると、光一郎は手を止めてわたくしの方を見て、言います。
「ああ、そりゃそうだろ。ここまで乙姫のところに配属された9人は全部、訓練を終えたばっかの連中だった。
戦闘訓練を乗り越えてるだけマシだが、人間としての感覚が抜けてねえ、素人同然の連中だ。そいつらと同じじゃあ、オレが着た意味が無い」
つまり光一郎はそれとは違う、戦いを続けてきた怪人ということになるのでしょうか。
「気になるなら、乙姫もオレのデータを確認すればいい。疑問に思ったことは調べる。どんな怪人でもやっておくべきことだ。
オレは前の上司にそう教わった。情報は多いに越したことは無いぞ。それが偽情報じゃないんならって但し書きはつくけどな」
そう、敬語すら使わず言い切る光一郎の言葉に少しむっとしますが、言っていることは正しいと思います。
わたくしは結社のデータベースにアクセスし、光一郎の記録を確認します。
サージェントウルフ5126号、コードネーム光一郎、訓練を完了して正式にコードネームを得たのが二年前で、訓練時代の成績は同期の中では5127号に次ぐ第二位。
戦闘訓練終了後はA級怪人ジャック・ローズ1号、コードネーム、ジョン・ドゥの元に配属され、いくつかの作戦に従事。
『失敗作』の討伐作戦に失敗したジョン・ドゥが戦死した後はB級怪人アサシン・ジェリー6号、コードネーム樹里の元に配属され……
……確かに普通のサージェントウルフとは大きく違うようです。
特に、30人がかりとは言え、A級怪人をサージェントウルフのみで戦闘不能にまで追い込んでいるというのは、わたくしにも理解できません。
ですが、結社のデータベースの情報が間違っているとも思えませんので、事実なのでしょう。
「……随分と、ご活躍されているのですね。お師匠様が戦闘経験豊富と書いたのも、頷けますわ」
「ああ。これでもサージェントウルフの中じゃあ、トップクラスの実力者だし、結果も上げてきた」
感心してわたくしが口にした言葉に、光一郎は大まじめな顔をして肯定します。
こういう時は、もっと謙虚さを見せるべきではないでしょうか?
「ちなみに結社じゃあ、謙虚さなんてクソの役にも立たん。実力と実績が全てだ。誇れるべきは誇らないとな」
そんなわたくしの心を読み取ったかのように、光一郎が正確に言葉を返してきました。
……サージェントウルフは相手の脳裏に言葉を送ることは出来ても心は読めないと記されていたはずですが。
「乙姫はもうちょっと心情を顔に出さないように練習した方が良いぞ。結社には、いつだって誰かを蹴落とそうとしている奴がいるもんだ」
そんなわたくしに、光一郎はため息と共に言葉をかけてきました。
なるほど、経験が豊富というのは、こういう意味でもあったようです。
それから、わたくしたちはいくつかの簡単な任務をこなすことになりました。
*
―――任務完了。目的のものは確保した。乙姫、合流ポイントまで撤退だ。
「……了解。帰投します」
サージェントウルフの特殊能力である《沈黙の命令》での言葉を受け、わたくしは入口での警戒を緩め、誰に言うでもなく独り言を呟き、つつ基地への帰投を開始しました。
(結局、今日も何もせずに終わってしまいましたね)
合流ポイントまで人外の速度で走りつつ、わたくしは任務というより御遣いとでも言うべき仕事だったことにため息をつきます。
あれから、わたくしと光一郎はお互いの性能を把握したいという光一郎の言葉に従った『慣らし』の任務を数回終え、わたくしは光一郎の評価を少しだけ改めました。
歴戦のサージェントウルフだという光一郎の実力は伊達ではなく、今までと比べて楽に任務を達成できるようになりました。
戦闘をわたくしが、それ以外を光一郎が。その分担がうまく機能した結果、安全かつ確実、そして何より楽に任務を遂行できるようになりました。
今日も、わたくしがやったことと言えば、初手で車両を何台か、秘剣《山崩し》で一撃で破壊した程度です。
その後は、わたくしを遠巻きに取り囲む人間とにらみ合いながら、ただ待っているだけでした。
……わたくしが囮に徹している間に、光一郎が施設を突破して任務の機密を奪ってきたのです。
(正面から蹴散らせばもっと早く終わると思うのですが、まあ良いでしょう)
思うところが無いでは無いのですが、その方が効率が良いというのと、何より『失敗作』にわたくしの能力を把握させる機会を減らしたいという光一郎の提案に乗った形となります。
わたくしはいずれ『最悪の失敗作』と戦うことになるだろう。そう、お師匠様に言われています。
結社の弱い怪人たちはアレと戦うことを恐れていますが、わたくしにはアレと戦うことに恐怖というものはありません。
前世の知識から判断するに、わたくしはこの国の人類の中では特に優良な存在として生まれ落ちました。
というより、礼儀作法や武術はともかく、政界や財界、この国の暗部に関する知識など、わたくしの年頃の女性……いわゆる女子高生とやらが持っているはずもないでしょう。
恐らくはその産まれ故にわたくしは劣等なる人類の中から選ばれて結社へと導かれ、A級怪人リュウグウゴゼンへと進化を遂げて人類を駆逐する優良な存在になりました。
わたくしには、他のA級怪人と比べてもなお頭一つ抜きんでた性能があります。
それに加えてわたくしはお師匠様から真に優れた怪人にのみ振るえる戦技『竜の剣』も授けられています。
一年近い厳しい修行の末に身に着けたこの技を使いこなすわたくしに勝てるものなど、偉大なる大首領様とお師匠様くらいでしょう。
過去の戦闘データを見るに、失敗作の性能や戦闘技術は《第二形態》を加味してもわたくしより低い段階にいるのも確認済みです。
負ける要素は無し、後は戦うだけ……ですが、なかなか機会が回ってきません。
なんでもお師匠様曰く、今の段階だと全力を出し切れず不覚を取るかもしれないから、とのことです。
……わたくしとて、お師匠様から竜の剣を習い、奥義まで覚えた身ですし、杞憂だと思うのですが。
そんなことを考えながら、わたくしは指定の合流ポイント……作戦開始前に光一郎がどこからか調達してきた乗用車の前に降り立ちます。
―――乗ってくれ。今のところは周囲に敵対対象はいない。
「……分かりました。光一郎、貴方は引き続き警戒を」
既にいつもの黒いスーツに着替えた光一郎からお気に入りのジャケットを受け取り、羽織って車に乗り込みます。
こうして擬態し乗用車に乗れば、どう見てもただの男女の逢引きに見えるし、後部座席に重要な機密が乗っているなんて夢にも思わないとのことです。
……光一郎は変な経験が多すぎる気がしますが、実際に外れたことは無いので、取りあえず従います。
―――無駄な戦闘はなしで任務達成。上々だな。
基地にたどり着くまでは油断をしない光一郎が《沈黙の命令》で話しかけてきます。
どうやら今日の戦果は、光一郎にとって満足いくものだったようです。
「当然です。わたくしは、選ばれた存在なのですから」
今回の作戦の成功は、上司たるわたくしの戦果でもあります……立派に囮を務めたのですから、誇っても良いはずです。
―――意外と、真面目で普通なんだな。
「……普通?」
そんな風に考えていると、ふと、光一郎がそんな言葉を投げかけてきます。
普通。それはわたくしにはあまり縁が無い言葉です。恐らくは、前世の頃から。
―――ああ、もっと怪人らしいというか、好戦的で考えなしだと思ってたが……意外とよく見てるし、オレの言葉も聴くべき時は聴いてるだろ。
「それは当然ではありませんか? わたくしは、戦いについてはともかく、作戦については、貴方より経験が少ないのですから」
光一郎の言葉に、わたくしは疑問を覚えて投げかけます。
わたくしが強いのは事実ですが、経験が不足しているのもまた、事実です。
……だからこそお師匠様は、経験豊富な光一郎を送り込んできたのですから。
―――サージェントウルフの言葉なんて真面目に聴ける怪人はそうそういない。そこは誇ってもいいと思うぞ。
「……そうですか。お世辞として、受け取っておきます」
ストレートな賛辞。わたくしには殆ど与えられることが無かったわたくしは、そのまっすぐな視線に耐えられずに光一郎から目をそらしてしまいました。
何故か光一郎の顔を見るのを少しだけ照れ臭く感じながら、この副官は意外と付き合いやすい。そう思いました。
ちょろい




