Season2.5 Holiday Special Last
この人はこの人なりに心配とかちゃんとするんだ。途中の過程が色々おかしいだけで。
光一郎に着けているマイクからとぎれとぎれに聞こえてくる。光一郎たちの戦いの様子。
それを聞きながら、私は奴と行動するようになってから通算三度目になる、光一郎の無事の報告を待っていた。
……光一郎は、なんで死ぬようなことを平気でするのか。
私には、それが分からない。もしかして、私の技術力持ってすれば蘇生できるとでも考えているのだろうか?
私の、結社の技術力でも死者の蘇生はまだ出来ない。
『死体』や『生きたままの身体』を『別の生物』に加工することは出来ても、それの自我の連続性がまだ確保出来ていないし、知性も喪失する。
……神と呼ばれる超自然生物は死者の蘇生が可能らしいが、生憎と私には魔法の才能は全く宿っていない。
これは人類種1872とホモ・サピエンスが根本的に種族が違うためだと思われる。
つまり、死ねば終わりだ。にも拘らず、光一郎は避けられる戦いに赴き、命を懸ける……懸けてしまう。
あの時も、そうだった。
戦闘力評価Aに相当すると判断したレラジェからの撤退を成功させるために、改造に同意したアリシア・ドノヴァンを怪人バーサークタウロスAWに改造して増援に送ってやった。
その協力もあり、光一郎はレラジェの抹殺に成功した。
なのに、レラジェを抹殺した後、何故か怒られたのだ。
本人が嫌がってなかったから良かったものの、普通の人を怪人に、特にバーサークタウロスに改造するのはやめろと。
……もっと、冷静で的確な判断をした私を賞賛すべきだと思った。
結社を去る時に持ち出した全怪人の記録を見た限りでは、光一郎はこれまで普通ならば何度も死んでいるような危険な生活を送っていたらしい。
私見だが、それは今も変わっていないように見える。
観測番号1872に来てから既にA級怪人に匹敵する戦闘力評価と推定されるレラジェに単独で挑み、人類種1872-1でも屈指の戦闘能力を持つ聖騎士と決闘し、そして、サージェントウルフには無効化出来ない、長時間暴露し続ければ死ぬ毒と魔法の力を持っているバジリスクと戦いにも参加している。
今回の一件は、特殊な装備無しに毒を無効化し、肉体狂化の特殊能力があるアリシア・ドノヴァンと魔法戦のプロであるベリル・バークスタインに任せておけば良かったはずだ。
……私は、危ないからと平気で置いてく癖に。
「……光一郎さんたち、無事だといいですけど……心配ですね」
そんなことを考えていると、ナターシャが私にそんなことを言ってくる。
泣きそうな顔……いや、確か心配しているという顔、のはずだ。
ナターシャには私も同じような顔をしているように見えているのだろうか?
「そんなことはない。光一郎ならば、どうせ生きて帰ってくる」
だが、それは間違いだ。あれは心配しても無駄だ。
「そうですか……お仲間のこと、信頼されているんですね」
「過去の実績からの推定だ」
そうだ。アイツが死ぬはずがない。どんな時だって、任務を失敗することはあっても生きて帰ってこなかったことが無いのだ。
だから今回もきっと。
――――お、こいつだな。プロフェッサー、バジリスクの抹殺が完了した。これから戻る。
「ひゃ!? 今、コウイチローさんの声が!?」
「さっきの照明器具に着けていた通信機能だ。ふむ、大した壊れ方はしていないようだな」
そう、光一郎はどんな目にあっても、酷い状態になってもケロッとした顔で帰ってくる。そう言う奴だ。
私はそのことを改めて確認し、ため息をついた。
*
わたしたちの勝利で、戦いは終わりました。
あの後、わたしたちは数日間をあの村で過ごしました。
腐毒蜥蜴に殺された方々の回収と弔い、それと、村が救われたことに対する、ささやかなお祝いの宴。
わたしたちはそのお仕事をお手伝いし、村のために尽力したナターシャさんと一緒に村を救った冒険者として宴の主賓を務めました。
物語などでよく見る、滅ぶ運命にあった村や町を救った冒険者ご一行。
その一人になれたことは何だか面映ゆかったです。狩人の魔人や死の教団の時はわたしが関わってるとはとても言えませんでしたし。
そして、今日。旅を続けるために村を出るというナターシャさんに合わせて、わたしたちも交易都市に戻ることにしたのです。
「なんだか、ちょっとした遠出のつもりだったのに、随分と面倒なことに巻き込まれたもんだな」
ナターシャさんと別れ、村から交易都市に繋がる道を歩きながら、コーイチローさんがふと呟きました。
「そうね。まさか腐毒蜥蜴と戦うことになるなんて思ってもみなかったわ……まあ、冒険者なんてやってたら良くあることだけど」
「でも、村を救えて良かったですよ。その、戦いは怖かったですけど」
ため息をつくベリルさんを励ましながら、わたしはあの戦いのときのことを思い出して身震いします。
あのときは戦うんだ!という決意で何とかなりましたが、今思うと腐毒蜥蜴と正面から戦うとか一体何をやってるのかと思います。
……外に出た時、コーイチローさんが毒のせいで酷い状態になってるのに気づいた時は本当に怖かったですし。
「うむ。新しい生体サンプルが三つ手に入った。十分な収穫は得られたと言って良いだろう」
そんなわたしの内心も知らない、と言った感じで、
そう言えばプロフェッサーさん的にはヌシ様と腐毒蜥蜴の身体の一部が手に入ったのは大きな……三?
「おい、一個多いのはどこから……妙にナターシャと親しくしていると思ったら、それか」
「うむ。ベリル・バークスタインの、魔人の血液サンプルはあれはあれで貴重だが、人類種1872-1かつ魔法能力の持ち主、という意味では不適格だった。それに精神生命体との交信および魔法的現象の発現能力を得た人類種1872-1の生体サンプルも欲しいと思っていたところだ」
呆れた声を出したコーイチローさんに対するプロフェッサーさんの答えに……ああ、またいつものを、と納得します。
そう言えばわたしたちが色々仕事をしている間は、プロフェッサーさんはずっとナターシャさんと行動を共にし、ついでに治療のお手伝いをしてました。
そのときに、やらかしていたのでしょう。
「……ちゃんと、対価も渡したぞ? 私の作った風邪薬を一錠くれてやった」
わたしたちの呆れた視線に気づいたのか、プロフェッサーさんは目をそらし、ぼそりと言いました。
「風邪薬、一回分ですか?……う~ん、微妙な」
それを聞いて思わず、釣り合ってるのかと考えてしまいます。多分、処女でしょうし。
確かにプロフェッサーさんの作る薬はとても良く効くのでありがたいと思いますが、風邪ならばしっかりと寝てれば治りますし、街の薬師でも風邪薬くらいは作れると思います。
旅の空で引いたときとかには便利かも知れませんが、《治癒》や《解毒》が使えるナターシャさんに渡すものとしてはそれほど魅力的とは思えませんでした。
「微妙とはなんだ。私が開発した、ウィルスや細菌を起因とする病気ならほぼ治療できる風邪薬だぞ。
観測番号1872のウィルスや細菌にも効くことも、重篤な症状に陥った人類種1872-1も治療できることは臨床試験済みだ」
そんな顔を見たプロフェッサーさんは、相変わらずいまいち理解させる気が無い説明をしてきます。
ウィルスとかサイキンと言うのは、何のことでしょう?
「……えっと、つまり色んな病気に効く薬ってこと?」
それに食いついたのが、ベリルさんでした。
どうやらわたしと同じく、プロフェッサーさんが何を言っているのか分からなかったようですが、風邪薬というより万能薬に近い代物であることは分かりました。
「そうだ……ふむ、そう言えば観測番号1872においては、ウィルスや細菌の存在は知られていないようだったな。
……そうだな、お前たちに分かりやすく言うのなら、他人に感染する病気ならばほぼ治せる」
「……なんか話を聞く限り、緑死病とか、肺腐りとかが治る薬っぽいんだけど」
プロフェッサーさんの答えに、怪訝そうな顔をしてベリルさんが確認します。
いやいや。緑死病とか肺腐りなんて、霊薬でも治らない、それこそ神雫が必要な病じゃないですか。
治せるはずが、ありません。
「うむ。緑死病については、つい先日、末期症状患者に対して治療に成功したデータを得られた。
ついでにその治療の際に私にも感染し、発症したが、初期段階で治療にも成功している。事前に飲むことで予防効果も期待できる」
……え? ちょっと待って下さい!? 本当に治せるんですか!? というか、いつの間に!?
基本この人、わたしたちと一緒じゃないと宿屋から出ないのに、一体どこで緑死病の患者なんて危険な代物と接触したんですか!?
「……俺らが、ミフネと戦う準備で全員出かけてたときか?」
「うむ。宿の中を探検していたら、見つけた。あの宿屋の店主の娘らしい」
コーイチローさんの問いかけに、あっけらかんと答えます。
……えっと、緑死病の患者は発症した時点ですぐに届けを出さないとダメで、隠して匿うと関係者一同、浄化も兼ねて火あぶりの刑なんですが。
「……最近、妙に見慣れない女中さんが色々お世話してくるなと思ってたら、そう言うオチか」
言われてみると、ちょっと顔色が悪い女中さんが、居たような気もします。
なんかこう、頼んでいないサービスまで無料ですとか言ってしてたような気も……
そりゃ、掛かったら絶対死ぬ病治してくれた命の恩人なら、そう言うこともあるでしょう。
……それっきり、わたしたちは無言で歩きました。なんかこう、下手なことを聞いてしまいそうなので、うかつに話せませんでした。
数日ぶりに宿屋に戻ると、早速とばかりにちょっと顔色が悪い、ついこの前まで緑死病で死にかけていたらしい女中さんが、コーイチローさんに伝言を伝えてきました。
「あの……コーイチロー様にお会いしたいという冒険者がいると、冒険者ギルドから言伝を頂いております」
どうやら、冒険者ギルドからのようです……もしかして、腐毒蜥蜴の件でしょうか?
結局、ギルドを通した依頼を受けずに退治してしまいましたし。
「冒険者ギルド? ……今は仕事休みなので断ってくれないか?」
「それが、ご領主様の紹介状を持っていらっしゃる方で……是非とも冒険者ギルドとしてはあってお話して欲しいと」
と、思ったのですがどうやら別件のようです。ご領主様の紹介状を持ってるということは、冒険者を名乗る、やんごとなき筋の方かも知れません。
冒険者の中には、貴族の血を引いてる方もたまにいますし……そんな人が、なんで観光旅行中のわたしたちに接触してくるのかは分かりませんが。
「ご領主様の紹介状って……この街の?」
「はい……噂ではございますが、ご領主様のご息女の病を、持っていた万能のお薬で癒したそうです……」
……うん? なんでしょう。冒険者ギルドの職員としての勘が告げています。何か、きな臭い話に巻き込まれそうになってると。
「ふぅん……霊薬でも使ったのかしら。それで、どんな奴なの?もしかしたら、知ってるかも知れないわ」
「……多分、それは無いかと思います。冒険者になったのが数か月前だそうですから。
なんでも、故郷では国の役人をやってた方だそうで、確か、フケイとか言う」
「フケイ?……そいつの名前は?」
……コーイチローさんの顔つきが変わりました。何か、嫌な予感がするという顔です。
「はい……ナナコ。そう言えばきっとわかると……」
「……は?」
そして、わたしは見ました。コーイチローさんが『明らかに知ってる名前』に驚いている顔で、呆けた声を上げるのを。
ロクでもない依頼人のエントリーで休暇の時間は終わりという様式美




