表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チート・クリミナルズ  作者: 犬塚 惇平
75/95

Season2.5 Holiday Special9

猛獣と戦うならそりゃ準備くらいする。

腐毒蜥蜴(バジリスク)が住まうという洞窟が見える、毒で朽ち果てた建物で唯一残った石の土台に腰掛けながら、作戦を確認した。

「アタシとコウイチローが、あいつの目を潰したらコウイチローが沈黙の命令で合図するから、アリシアが走ってきて殴り殺す。これで良いわね?」

アタシの確認に、口元に布をぐるぐる巻いたコウイチローと、服を脱ぎ捨てて下着鎧姿になったアリシアが、若干緊張した様子で頷く。

腐毒蜥蜴の性質で特に厄介なのが相手を石化させる呪いの魔眼と、吸い込めば瞬く間に死に至るという恐るべき毒の吐息。

……その毒については、既にどんなものかが、詳しく分かっている。


村を出る前、プロフェッサーが言っていた。

どうやらあの照明器具とやらは『目』の代わりになると同時に『鼻』の役割も務めるらしい。

周囲の空気がどのようなものかを自動で嗅ぎ分けてあの光の板に映していたらしい。

「照明器具が故障前に収集したデータの分析結果が出た。

 どうやらあの生物は体内で自らの分泌物と窒素と酸素、水素、炭素を合成し、体表および口腔の分泌孔から腐蝕ガスとして空気中に散布しているようだ」

それで、空気に毒ガスが混ぜ込まれていたらその毒ガスの種類を見分けられるというのだ。

地球という世界では普通に使われている機能なんだろうか?

アタシの常識を軽々と超えてくるのが、興味深くもあり、怖くもある。

「腐蝕ガス、ですか?」

「うむ。成分組成等を分析するに体表面の水分に反応してたんぱく質を分解する作用を持つ酵素だ。

 皮膚に触れればただれ、体内の粘膜と反応すれば大きく機能を損なって死に至る。

 以前、私が開発したファンガスゴーストに性質が近い。と言ってもファンガスゴーストと比べれば分解力は弱いがな」

アリシアの質問に、プロフェッサーがいつものようにあんまり理解させる気がなさそうな説明が返ってくる。

とは言え洞窟内のガスを吸い込むとダメだということは分かった。

「……それは、物凄く厄介なんじゃないか?」

それに、プロフェッサーの説明に同じ世界の出身でプロフェッサーのコウイチローが顔をしかめている。

恐らく怪人の中には腐毒蜥蜴よりも強力な毒を持っている奴がいる、という意味なのだろう。

「そうなると、怪人でも厳しい……ということですか?」

「光一郎は影響を受ける可能性が高い。だが、すぐに死に至ることは無いだろう。

 アリシアはバーサークタウロスAWの再生能力が毒の影響を上回るため、影響は極小だな。

 ……ベリル、お前は良く分からん」

そして、腐毒蜥蜴の毒による腐敗を再生能力で上回れるらしいアリシア……つくづく、怪人と言うのは反則だと思う。

魔人もまあ似たようなもんだけど。

「……魔人は、基本的に毒は利かないわ。肉体が損傷しても霊体が傷つかなければある程度は復元出来るから」

これまでの人生で培った実体験を元にした知識だ。

自分の十年以上の経験からすると、アタシ……魔人は自分自身の精神が半ば幽霊のような状態になって抜け殻のような状態の肉体を操り人形のように動かして活動しているようだ。

状態としては幽霊や悪霊が人間の肉体に憑りつき、乗っ取って動かしているものに近い。

そのため、霊体に直接影響が出る魔法や、魔人や不死者に絶大な効果がある聖なる力で無ければ、霊体が肉の塊の人形である身体を復元するのだ。痛みがそのまんま来るから、慣れてないと普通に激痛で動けなくなるけど。

普通の人間なら肉体が弾け飛ぶような物理的損傷を受けたら流石に復元するまでまともに動けないが、ただの物理攻撃ならいくら受けても死ねないのだ。毒が効かないのも、多分、同じ理由だろう。

「となると、オレとベリルでもう片方の目を潰して、石化が無くなったらアリシアが突貫するのが、一番確実か……」

それぞれの情報を聞き、コウイチローが判断する。確かにそれが、一番確実な勝ち筋だと思う。

「は? いえ、は、はい!任せてください!」

……それを聞いたアリシアが顔を強張らせる。恐らく、先日の戦いで《死の供物》を受けた時のことが頭をよぎったんだろう。


―――アリシアはまだ、経験が浅い。出来る範囲でいいからフォローしてやってくれ。


その様子に被せるように飛んできた《沈黙の命令》に、アタシは黙ってうなずいた。




作戦がまとまったところで酷い臭いの漂う洞窟に向かい、入っていく。

いつもならば盗賊の心得があるコウイチローが先頭だが、今回はアタシが先頭を行く。

(やっぱり、毒が混じってるわね)

息を吸うだけで鼻の奥に強烈な刺激がある。人間なら耐えられないほどの刺激だ。

人間ならばあっという間に肌が爛れ、喉を焼かれて死ぬが、魔人であるアタシには毒が利かない。

最も、この酷い匂いだけで腐毒蜥蜴の接近には気づかないだろうけど。


―――今のところ、ターゲットは奥に留まったままだ。警戒はしているっぽいが。


怪人の姿に戻り、せめてもの毒対策にと鼻と口の部分を布で巻いているコウイチローが《沈黙の命令》で呟く。

如何に怪人と言えども腐毒蜥蜴ほどの怪物の毒は完全には無効化出来ないらしい。

人体の中でも特に弱い部分である目から静かに血色の涙を零している。視界もあまりよくないはずだ。

だが、それを気にした様子も無い。まるで、慣れているとでもいうように。

「ううっ……すごい匂いがします」

一方でアリシアの方は充満する毒ガスが余りこたえていないらしい。

悪臭に眉をひそめているが、それだけだ。コウイチローと違い、辛そうな様子すらない。

(怪人って、個体差大きいのかしら?)

緊張を保ちながら、アタシはそんなことを考える。

怪人について、アタシは余り詳しいことは知らない。というか目の前の二人しか実物を見たことが無い。

だが、人狼(ウェアウルフ)のような姿をしたコウイチローと、大鬼(オーガ)のように見えるアリシアが同じ『怪人』だと言われても違和感がある。

(プロフェッサーの口ぶりだと、他の種類の怪人もいるみたいだけど……)


―――近いな。アリシア、ここで待機しててくれ。


おっと、行けない。集中しないといけない。

アタシはいったん立ち止まり、二人の方を見る。

アリシアは慌てて岩の影に隠れ、石化の視線を浴びないようにする。

「……魔力、覆いて、魔を阻む。《魔法抵抗(カウンター・マジック)

その様子に打ち合わせ通りにアタシは二人に触れて《魔法抵抗》を掛ける。

魔法を効きづらくするこの魔法は、邪眼や魔眼による呪いにも耐性をつけることが出来る。

持続時間が短いから、短期戦になるのが分かってる時しか使えないのが難点だ。


奥からは、風が漏れる音が聞こえる。それに合わせて、強烈な匂いが強くなった。


……くる!


それを確認すると同時に、アタシは詠唱に入った。

「氷、嵐となり、全てを凍てつかせる……」


こけええええええええええええええええ!


ドスドスという重い足音と、ランタンに照らされて怪物の姿が露わになる。鶏のような声を上げる、八本脚の巨大な蜥蜴だ。

爛々と輝く金色の一つ目。

左の眼は先ほどのレーザーとか言う武器で焼き潰れたのか血を流しながら閉じられている。

残った右の眼がアタシをまっすぐに睨んでくる。

(残念!効かないわ!)

視線を媒介にアタシの中に入ってこようとした石化の魔眼の魔力が《魔法抵抗》の魔力に阻まれて消え去る。

石化の魔眼は人間相手ならともかく、魔の存在たる魔人には、身体を蝕むような呪いの類はそうそう効かないのだ。

「……氷嵐(ブリザード)!」

一拍遅れてアタシの魔法が完成し、腐毒蜥蜴とアタシを氷の嵐が包む。

辺りの温度が一気に下がり、魔法の届くところことごとくを凍てつかせる寒さが広がる。

《氷嵐》は相手の動きが早かったり、どこにいるか分かりにくい敵を狙う時にとても便利な魔法だ。

相手が攻撃した瞬間に合わせて発動させれば、高確率で巻き込めるのだから。


こけえええ!?


腐毒蜥蜴が悲鳴を上げた。気配を消し、密かに動いていたコウイチローが、残った右の眼を魔法の短剣の投擲で貫いたのだ。

怪人の怪力で投げられた短剣が根元まで瞳のど真ん中に突き刺さり、腐毒蜥蜴は痛みにのけぞる。

流石にそのまま脳みそを貫いて即死させるのは難しかったらしい。


―――今だ! アリシア!


「はい!」

その瞬間、物陰から飛び出してきたアリシアが目をぶち抜かれて悶絶する腐毒蜥蜴に突進し、思い切りぶつかる。

物凄い音がして、腐毒蜥蜴が弾き飛ばされる。

普通に考えると、あの大きさの腐毒蜥蜴ともなるとアリシアの何倍も体重があるはずで、アタシでも真っ向からの力比べだと分が悪いくらいなんだが、完全に力負けしているらしくごろごろと転がっていく。

頑丈で、怪力。とてもシンプルで分かりやすい力……怪人の、力。

それが、冒険に出たての冒険者のような迂闊なところがあるアリシアに巨人かゴーレム並の頑健さを与えて守っている。それに……


―――油断するなよ!まだ、心音も呼吸も止まっちゃいねえ!


頼りになるリーダーまでいるのだ。そうそう負けるはずがない。

「は、はい!」

飛んできた声に反応して安堵で緩みかけたアリシアが慌てて構える。

少しの間、荒々しい腐毒蜥蜴の荒々しい息だけが洞窟に木霊したあと……匂いが酷くなる。

―――奴め、奥から毒流してきやがった!

視覚に聴覚、嗅覚でもって戦場のことを的確に把握し、仲間に情報を伝え、時にアリシアに指示を出すコウイチローが、一党の要だ。

混沌とした戦場で、的確に状況を把握し、考え、指示を出す。

天性の才能と、十分な経験があって初めて出来る芸当で、出来る冒険者は少ない。

一体これまでどこでどんな冒険を繰り広げてきたのか、その場その場での判断ととても早く、そして適格だ。

アタシが出会ってきた冒険者の中でも、判断力では一番優れているのではないかとすら思う。

「奥ならアタシに任せて!……天の雷、この手に集い、焼き払う《雷光(ライトニング)》」

長い距離を一直線に飛ぶ、魔法の雷が大きく口を開けた腐毒蜥蜴を照らし、口の中を貫く。


ごげええええ!!!!!!!


口の中に《雷光》を叩き込まれた腐毒蜥蜴が絶叫を上げながらのたうち回る。

これだけ攻撃を受けてなお死なない生命力は驚嘆に値するが、流石にそろそろ限界だろう。

―――仕留めるぞ!アリシア!ついてこい!

「は、はい!」

声と共に背を低くして駆け出したコウイチローと、アリシアが人間離れした早さで距離を詰める。

いつの間にか短剣のように掌をピンと伸ばしたコウイチローが左目の部分に思い切り手を突き刺し、一拍遅れてアリシアが凄まじい勢いで腐毒蜥蜴に激突する。


トドメになったのは、どっちだったのか。


ついに腐毒蜥蜴は倒れて、動かなくなった。



酷い匂いの充満する洞窟から出て吸う新鮮な空気は、格別に美味しかった。

「コーイチローさんは無茶しすぎです!本当にびっくりしました!」

後ろでは、アリシアがコウイチローに文句を言っている。

怒っているようで、心から心配している声だ。まあ、無理もない。アタシだってあの姿を見た時はびっくりしたし、心配もした。

特に問題なく仕留めたと思ったら、すでにあんな大怪我をしているとは思わなかった。

あの戦いが終わったあと、もう危険はないと判断してプロフェッサーの照明器具をつけて貰って辺りを照らしたとき、今までは暗いのと酷い匂いで分からなかったことが分かった。

コウイチローは全身から血を吹き出して、酷い怪我をしていた。

毒を防ぐために巻いた布も、自分の吐血で真っ赤に染まっていたほどだ。

「ていうかあんな怪我してたなら早めに言いなさいよ。戦いの最中に倒れられたら全滅もありうるのよ?」

「すまん。思ったより毒ガスがヤバい奴だった。確かに、チームなんだから言うべきだったな」

アタシの指摘に、コウイチローが心から謝る……心配させたくなったのは分かるけど、そう言うことは早めに言ってほしかった。

人間ならまともに吸い込めばそれだけで死ぬ腐毒蜥蜴の毒は、怪人、というよりサージェントウルフにとっては十分に猛毒だった。

触れた皮膚が爛れて、徐々に腐り、動く端から出血していたらしい。

サージェントウルフの再生能力でも、少しずつ体力が削られていたそうだ。

「ファンガスゴーストよりは弱い毒と聞いてたから油断した、まさかあそこに二人だけで行かせるわけにもいかんかったしな」

そんな目にあったというのに、コウイチローは何でもないことのように笑っている。

まるでこういう事態に慣れているかのように……否、実際慣れては居るんだろう。

この前のコジローとの戦いや、今回の一件からでも、分かる。

コウイチローは今まで数えきれないほどの修羅場をくぐっている。多分、死にかけたのも一回や二回じゃない。

(……一体、どんな人生を歩んできたのかしら?)

人間でも魔人でも、死ぬのは怖い……はずだ。だが、コウイチローは、その危機感と言うか、恐怖が薄いのだ。

自分は死なないと思っているバカではないはずだ。むしろ、死んだらそれまでということは分かっていて、それでもなお、命を懸けることに躊躇が無い。

……まるで、いつ死んでも良いと覚悟しているかのように。

その想像に、アタシは身を震わせる。いまさら、そんなあっさりと死んでほしくない。


やっと出来た、パパよりも大切な人なんだから。


村に戻ると、その入り口にはプロフェッサーとナターシャが立って待っていた。

「ご苦労。どうやら討伐及び回収は無事成功したようだな。よくやった」

プロフェッサーはアタシたちを見て、一瞬、ホッとしたという顔をした後、いつもの偉そうな態度に戻ってアタシたちをねぎらう。

どうやらアレで、結構心配していたらしい。

「ご無事ですか!? 毒に冒された人がいたらすぐに《解毒》の治療をしますのでこちらへ!」

ナターシャの方は、アタシたちに駆け寄ってきて、状態を確認している。

「ああ、大丈夫だ。これはその……返り血だから」

「え!?腐毒蜥蜴の血は猛毒ですよ!?そんなの浴びたなら急いで治療しないと!」

「えあっ!? な、ならナターシャもダメだろ! 近づいたら毒にやられるぞ。自分で歩くから、洗える場所に案内してくれ」

あ、コウイチローが自爆した。ナターシャの返しにしどろもどろになっている。

まあ、元々毒の類が聞かないアタシや頑丈な怪人であるアリシアは怪我らしい怪我も無かったが、コウイチローはあの惨状だ。

既に傷はここに戻ってくる途中に再生したらしいけど、少しは怒られた方が、反省もするだろう。

「……なんとか、終わりましたね」

「そうね……」

戦いが終わって、気の良い番犬のようになったコウイチローを見送ったあと、アタシはアリシアと目配せをして、笑いあう。

やっぱり『冒険』は楽しいと思う。こうして全員無事で上手く行ったならなおさら。


成功した冒険っていいものですよね

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] アリシアが走ってきて殴り殺す。 凄い作戦だ!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ