Season2.5 Holiday Special8
今回はまあ、顔見せ的な
私がアリシアさんたちに初めてであったのは、巡回宣教師のお仕事で訪れた村で、腐毒蜥蜴の騒動に巻き込まれた時のことでした。
ことの起こりは、私が長らく過ごしていた修道院を出て、遥か遠く、秩序と家族、土地の安寧を護る地母神様の教えが広まっていない土地まで旅に出ようと思ったことでした。
地母神様の教えを広めるための巡礼と布教の旅をする。私の故郷のような小さな村々を回り、地母神様の慈悲の力で悩める力無き人たちを
救う。
それが、生まれついて神のご加護が強くて、村では十分な修行が出来ずにいた私を、地母神様の神殿に修行に出してくださった両親に報いることになると思ったのです。
長い巡礼の旅に出るための準備として交易都市に立ち寄り、死の教団との戦いのお手伝い(と言っても、死の教団が巨人を召喚しようとして失敗して自滅し、怪我人らしい怪我人もほとんど出なかったため、後方の治療所で座っていただけで終わりました)をして得たお金で様々なものを買い、目標とする街へ向かう途中にある山間の村の一つ。
そこで村が正体不明の怪物に襲われて、村に一人しかいなかった司祭様が死んだと聞き、その怪物が恐るべき腐毒蜥蜴だと気づいた私は、交易都市に行って冒険者に依頼を出すように言いました。
その後は私が《治癒》と《解毒》の奇跡を使えるということで、村にあった地母神の礼拝堂で腐毒蜥蜴の毒に冒された方々の治療をしていたのです。
そんなときでした。村の見張りの方に呼ばれたのは。
「ナターシャ様! 依頼を受けた冒険者の方々がいらっしゃいました!」
嬉しそうな村の方の言葉に私は慌てて支度をします。
巡礼の旅に出るときに頂いた鎖帷子を着て、地母神の祝福を受けたメイスを腰のベルトに下げて、村の入り口にいるらしい冒険者の方々を出迎たのです。
果たして、どのような方々がいらしてくれたのか。期待と不安を胸に村の入り口に向かい、彼らと出会ったのです。
そこに立っていたのは軽装ながらも武僧のように鍛えられているのが分かる男性が一人に、装備からして魔法使いなのであろう女性。
冒険者には見えない、ただの旅行者のように見える女の人に、半身人なのでしょうか、人間の子供にしか見えない白い外套を纏った女性。
その四人が、村を訪れた冒険者、でした。
「あ、あの……あなた方が腐毒蜥蜴討伐の依頼を受けてくださった冒険者ですか?」
「ああ。そう言うことになるな」
私の問いかけに、一党のリーダーらしい男性の方が力強く頷き、胸元に下げていた認識票を取り出して見せます。
「オレの名前は、光一郎。聖銀等級の格闘家だ」
「聖銀等級、ですか!」
私はコウイチロウさんの名乗りに驚きつつも地母神様に感謝しました。
聖銀等級と言えば、伝説に残るような冒険者である黄金等級の一つ下。熟練の聖騎士様にも匹敵する実力者です。
他の三人の実力も、同じくらいあるのならば、腐毒蜥蜴とも十分に戦える実力があると思われます。
「……ああ、お導きとめぐりあわせに感謝いたします!地母神様!」
私は感極まって、地母神様に感謝の祈りを捧げます。
腐毒蜥蜴は、どう考えても私一人の手に負える相手ではありませんでしたし、お腹を空かせた腐毒蜥蜴が攻め込んで来たら助けられる方々だけでも連れて逃げるしかないと真剣に覚悟していましたので。
「え、えっと、君は?」
「あ、はい。申し遅れました。地母神様にお仕えする、ナターシャと申します」
コウイチロウさんに尋ねられ、まだ名乗っていなかったのを思い出した私は慌てて名乗りました。
「なるほど。ナターシャさんですね。わたしは、アリシア・ドノヴァンと申します……その、戦士です」
「ベリルよ。見ての通りの魔法使い。そこそこ経験は豊富だから、腐毒蜥蜴退治にも役に立つ、と思うわ」
「ふむ……お前たちに分かりやすい分類でいうと、私は学者ということになるか? プロフェッサーと呼びたまえ」
それに合わせるように、コウイチロウさんのお仲間である三人もそれぞれに名乗ります。
アリシアさんは正直、戦士には見えませんがご本人が言っているなら間違いないのでしょう。
「さて、早速だが、バジリスクについて、なんか知ってることがあるなら教えてほしいんだが、頼めるか?」
「勿論です! と言っても、治療を続けなくてはなりませんので、こちらへどうぞ」
コウイチロウさんの求めに応じて、私は彼らを礼拝堂に案内することにします。
礼拝堂は今、片づけられて代わりに怪我人や、毒にやられた方々の治療場所兼、村人たちの避難場所となっています。
すでに『助けられる人』は全員治療を終え、今残っているのは命に係わる怪我をしていない村人だけです。
彼らの期待と不安の視線を浴びながら、私は薬草の調合部屋と寝室を兼ねた部屋に彼らを通し、私が知っている情報をすべて話します。
「なるほどな……洞窟にいるのか」
そう、腐毒蜥蜴は今、村の近くにある洞窟に棲みついています。
普段ならば、なんていうことはない、子供の遊び場みたいな洞窟らしいのですが、今はとても危険な場所になっています。
「文献の情報からすると、バジリスクが洞窟のような閉所に居るのなら、洞窟全体に毒ガスが充満している可能性が高いな」
「はい。その通りです」
そう、洞窟には今、腐毒蜥蜴の毒が広がっています。
遠くから腐毒蜥蜴の様子を観察した村の狩人の方の話では、洞窟内部どころか入り口付近に近づくだけで鹿や兎のような獣が死に、腐毒蜥蜴はそれで死んだ動物や最初に人々を襲った時に死んだ方の死体、そしてご家族の死体だけでも拾って埋葬しようと近づいて死んだ人を餌として洞窟に引き釣りこんでいるそうです。
「つまり、倒そうと思うならその毒塗れの洞窟に突っ込む必要があるってわけ?」
「そうなりますね……ナターシャさん、使える奇跡は?」
「……私が使えるのは《治癒》と《聖光》、あとは《解毒》だけです」
アリシアさんの確認に、私は力なく首を振ります。
私は、聖職者としてはまだまだ未熟で、戦いもあまり得意ではありません。
恐るべき石化の魔眼に、周囲を腐らせる毒、そして怪物と言うに相応しい力を持つ腐毒蜥蜴と戦える実力はありません。
「となると、ナターシャさんはちょっと戦力として考えるのは難しいですね」
「そうね。後方で援護として残って貰う方が良いと思うわ……アタシら三人いれば、多分倒せると思うわ」
「ああ。元々オレたちだけで殺る予定だったんだ。それで問題ないと思う。
……ナターシャさん。ここに残ってプロフェッサーのこと、頼めるか?」
コウイチロウさんの確認に、私は無言で頷きます。
分かってはいましたが、やはり私では足手まといなようです。
その事実を口惜しく思いながら……恐ろしい怪物と戦わずに済むことに、ちょっとだけ安堵しました。
「ふむ、話はまとまったようだな。では、害獣駆除を開始するぞ」
そう言いながらここまでは黙ってたプロフェッサーさんが、謎の宝玉を取り出しました。
「あの、それは?」
「照明器具だが?」
「……照明器具、ですか……」
つまりはランタンや松明のようなもののようです……光るんでしょうか?
そう思っていたら、突然その宝玉がふわりと浮かび上がりました。
「うわ!?飛んだ!?」
「反重力発生装置を内蔵している。当然、飛ぶ」
まさか浮かび上がると思っていなかったため予想外の動きに驚きます。
魔法の道具には不思議な力を持つものが多くあるとは聞きますが、自分で空を飛ぶ宝玉と言うのは初めてです。
「……いや、まずその反重力って言うのがなんなのよ?」
「考えるだけ無駄だぞ。プロフェッサーの作るもんに常識は通用しないから」
「モニター越しであれば、石化の魔眼とやらも効かんだろう。魔法的な存在ではないらしいからな」
そう言いながら、プロフェッサーさんがどこからともなく光の板を取り出し、その板を指で叩くと、プロフェッサーさんの光の板に、女の子と冒険者の方々が映りました。
……もしかして、この女の子が私でしょうか?
「え!? ……まさかこれ、私ですか?」
「うむ。この照明器具の撮影した映像と音は、すべてここに送られてくる」
驚く私に一言だけ答えながら、プロフェッサーさんが再び光の板を叩くと、宝玉が窓の外から飛び出してあっという間に見えなくなりました。
光の板には村はずれの荒れ果てた土地が映っています。
「……酷い」
荒れ果ててた土地に、木で出来た部分が崩れ去って石の土台だけが残った建物、それに石になったり食い荒らされ、腐って骨だけになった動物や……村の方々。
その様子に、心を痛めます。せめてあの死体だけでもなんとか回収して弔わないと、いずれ恐ろしい不死者になってしまうかも知れませんし。
「……ふむ。大気成分に大きな違いが無いな。バジリスクとやらの毒には分解、拡散しやすい性質でもあるのか、魔法的作用の毒なのか」
プロフェッサーさんがまた別の光の板を取り出し、訳の分からない文字と絵図が描かれた絵を見ながら、何かを読み取ったらしく、そんなことを言います。
「……あの、プロフェッサーさんは何を?」
「わたしにも良く分かりません」
近くにいたアリシアさんに尋ねてみましたが、笑顔で首を振られました。どうやら、プロフェッサーさん以外には理解できないようです。
「洞窟を発見……む。洞窟近辺で大気の成分が大幅に変わったな。これが、バジリスクとやらの毒か」
凄い勢いで手を動かしながら、宝玉が洞窟の中に入っていきました。
元々、子供が遊び場に使ったり、何か起きた時に逃げ込むための小さな洞窟です。すぐに奥について……恐るべき怪物が現れます。
「ひゃああ!?」
暗闇で黄色く光る、縦に割れた瞳孔を持つ瞳が光の板いっぱいに広がる様子に、私は思わず頭を抱えて目をつぶり、しゃがみ込みます。
腐毒蜥蜴の恐ろしい石化の魔眼を見てしまったことに動揺し、腕や足が石化していないかを触って調べます。
……そして、何の影響も出ていないことを確認し、私は恐れつつも光の板を見ました。
「やはり、モニター越しでは影響はないようだな」
そこには、うっすらと入ってくる外の光に照らされた巨大な怪物……腐毒蜥蜴が映っていました。
大きな瞳に、鱗に覆われた身体。人間よりも大きい体躯。
その姿に、私は震えあがります。
「……で、どうするのよ?」
「こうする」
ベリルさんの問いかけにプロフェッサーさんが答えた瞬間、光の板が一瞬光りました。
何事かと思いつつ、光の板を見ると、そこには、右の眼から煙を上げて悶絶絶叫する腐毒蜥蜴が居ました。
「照明器具に搭載した防犯用レーザー。出力は低いが、爬虫類の眼球と脳を破壊する程度にならば十分使える」
……えっと、一体何が?
唐突な出来事に混乱していると、突然、光の板に何も映らなくなりました。
「……ふむ。そう言えば反撃されたときの耐久性については、考慮していなかったな」
「おい!? あれ、爆発しないだろうな!?」
冷静に言うプロフェッサーさんに対して、何故かコウイチロウさんが焦って問いただします。
「お前は何を言っているのだ? 破壊されても勝手に自爆はせんぞ。自爆には私の命令がいる」
「……で、プロフェッサーさん。これから、どうするんですか?あれ、壊れちゃったみたいですが」
「……回収してこい。ついでに、バジリスクの抹殺と、生体サンプルも取ってこい」
プロフェッサーさんの言葉に、何故か三人とも、大きくため息をつきました。
この人の想定は毎回甘い




