Season2.5 Holiday Special7
伝承通りだとテロにしか見えないヤバいモンスター
ヌシ様の依頼を引き受けざるを得ない状況になり、わたしたちは森の中を東に歩き、ヌシ様の言う怪物を探すことになりました。
地上ではコーイチローさんに肩車されたプロフェッサーさんが照明器具を使って森の進路上に何がある先を調べ、空からは空を飛べるベリルさんがこの先に何があるのかを見ています。
わたしは、キャンプの荷物を全部背負いながらついていきます。
遠距離を見るにはあの二人に任せた方がいい。それがコーイチローさんの判断でした。
「この先暫くは森が続く。人間の手が入っていない未開拓の原生林だ。野生の獣らしきものは、姿が見えない。
ヌシとやらが倒せと言ってきた不確定名悪しきものに怯え、逃走したと思われる」
照明器具が見てきたものを光の板に映しながら、プロフェッサーさんがこの先の道というか、ほぼ森について教えてきます。
あの滝から東は、道らしい道が無い森が続いています。
文字通りの意味で人外の体力を誇る怪人であるわたしとコーイチローさん、未開の土地になれている上に空を飛べる魔人であるベリルさんならともかく、普通の人間には踏破するのはかなり大変でしょう。
「……見えたわ。多分、だけど」
少し開けたところで、上空を飛んで偵察していたベリルさんが降りて来て、見つけたものを報告してきます。
「この先、しばらく離れたところに村らしきものが見えたわ……それと地面が腐ってた」
この辺りの木々よりも高く飛び、より遠くを見えるベリルさんは、遠く離れた場所に、怪しい場所を見つけたようです。
「地面が、腐る……?」
「ええ。草木が全部枯れて、土の色もおかしい。人や獣が倒れてるのも見えたわ。放置されてるってことは、近づくのも危険な状態ってことだから、多分だけど、不死者とか悪魔とか……とにかく毒を使う怪物の仕業だと思うわ」
そのままベリルさんの、冷静で厄介な報告を聞きます。
この先にはやはりヌシ様が言うような悪しきもの……怪物がいるみたいです。
「広範囲に毒をまき散らすタイプのモンスターということでしょうか? 瘴毒の悪魔みたいな……」
「恐らくね。人が死ぬってことは空気も腐らせるタイプの毒持ち。ヌシがアタシたちに討伐させようとしたってことは、多分水も腐らせるわね」
「生きてるだけで汚染広げるタイプか……かなり厄介なモンスターだな」
その報告に、何か引っかかるものを覚えながら、わたしは怪物が何であるかを考えます。
毒を使う怪物と言うのは意外と多いですが、広範囲に毒をまき散らす怪物となると、かなり限られます。大体が高位なのが厄介ですが。
有名どころだと瘴毒の悪魔を始めとした悪魔や、巨大植物系の怪物、あるいは肥大化した粘菌辺りなんですが……
「そうね……ただ、腐った土地の範囲がちょっと狭いのが気になるわね」
同じように敵の正体を考えていたらしいベリルさんが、ポツリと呟きます。
「狭い?」
「ええ。やられてた範囲が、村の外れっぽいところだけで、かなり狭かったのよ……普通の怪物なら最低限着た場所からの通り道が全部やられてるはずなんだけど」
……なるほど、確かにそれは不思議ですね。強力な怪物は大体人里離れた山奥で発生して、諸々あって人里まで降りてきたものがほとんどです。
そのため、そう言うタイプかつ広範囲を毒で覆える怪物となると、山奥から村までの動いた後が腐って道のようになる、と聞いたことがあります。
粘菌辺りなら大きな街の下水道で肥大化してるパターンもありなんですが……あ。
「……多分ですが、怪物の正体、分かりました!」
「ふむ。状況から察するに、可能性が最も高い怪物は……」
その情報で、わたしと、ずっと考えていたらしいプロフェッサーさんが同時に怪物の正体を看破します。
「「腐毒蜥蜴ですね/だな」」
それと同時に交易都市の依頼で、妙に安い依頼料で腐毒蜥蜴退治の依頼が出ていたのを思い出し、ほぼ間違いないことを確信します。
腐毒蜥蜴の厄介なところは石化の魔眼や毒の吐息、その場にたたずむだけで地面を腐らせる強い毒を帯びていることもさることながら、その発生の方法であると言われています。
……恐ろしいことに、普通の鶏の卵から、孵化するのです。
一般に雄鶏が産んだ卵からのみ発生すると言われている腐毒蜥蜴ですが、誕生するまでは普通の鶏の卵と見分けがつきません。
孵る前の卵の状態でなら、割ってしまえば誕生することも無く、精々割った方がお亡くなりになるくらいで済むのですが、何らかの要因で孵化まで放っておかれると非常に厄介です。
まず、生まれた場所にいる鶏と人間が毒で死ぬ上に、何とかして殺そうにも毒の吐息と石化の魔眼で普通の人だと近づいただけで死にかねません。
更に、その死んだ動物や人間を食べて大きくなった腐毒蜥蜴は、最終的に牛ほどの大きさまで育つと言われます。
そうなってしまうともう、専門の冒険者さんなり軍隊なりに頼むか、さっさと逃げ出して寿命で死ぬのを待つしかありません。
「……と言った感じの怪物です」
わたしは歩く道すがら、腐毒蜥蜴についてコーイチローさんに説明します。
この場で、腐毒蜥蜴の知識が全く無いのはコーイチローさんだけみたいですから。
「……毒はまだ何とか出来るが、問題は、石化の魔眼とやらだな。
毒の方はある程度対処法も分かるが、魔法についてはベリル以外は素人同然で判断がつかん。
ベリル、その魔眼ってのは魔法で何とか出来るのか?」
「アタシだと《魔法抵抗》である程度弱めることは出来ると思うけど、完全に無効化は難しいわね。
効果時間が切れる前に殺すか、目を叩き潰すしか無いわ。
魔人のアタシならある程度無力化出来ると思うけど、流石にアタシ一人で腐毒蜥蜴を仕留めるのは無理よ。
魔力が高い怪物だと爪や牙が普通に魔法武器みたいなものだし」
コーイチローさんの問いかけに対してベリルさんが肩を竦めて答えます。
……わたしもこの前の戦いで、魔法に対する抵抗力が弱いのは自覚しました。
多少の怪我なら持ち前の再生能力で何とかなる攻撃魔法ならともかく、麻痺や魅了など受けたら目も当てられません。
ベリルさんの見立てで魔法や呪いに対する抵抗力を上げる装飾品も買いはしましたが、それも効果は余り高くないそうです。
腐毒蜥蜴の魔眼は、上級魔人の呪いに匹敵するほど強力だと聞きますので……この前のようになりかねません。
「ベリル。一つ確認したいことがある」
その話を聞いていたプロフェッサーさんが、ベリルさんに尋ねます。
「魔法使いの使い魔には視覚を共有する能力があると聞く。バジリスクの魔眼はその使い魔越しに見た本体に効果を及ぼせるものなのか?」
「……使い魔が死ぬと術者本人にダメージとして返ってくるから、効果が及ぶと言えば及ぶけど、聞きたいのは使い魔越しに石化するか?よね?」
ベリルさんの質問に、プロフェッサーさんが頷きます。
何か、考えがあるようです。
「そうだ」
「それは無いわ。腐毒蜥蜴退治の時には使い魔を犠牲覚悟で斥候に送り込んで、それで確認しながら弓矢や魔法を撃ち込んで倒すのが軍隊の基本戦術になってるくらいよ?……ただ、使い魔って作るの結構大変だし、今から準備するのはあんまり現実的じゃないわね」
なるほど、使い魔にはそう言う使い道もあるようです。魔法使いにとって使い魔はペットであり、家族であると聞きますが、現実は厳しいものなようです。
そして、その答えを聞いたプロフェッサーさんが
「いや、それが分かれば十分だ。モニター越しには呪いが及ばんなら、目を潰すくらいはやれる。あの、照明器具でな」
そう言ってプロフェッサーさんは森の出口を……枯れた茶色い樹が立ち並ぶ一帯を見たのでした。
*
森を抜けると、その先に広がるのは、酷い光景でした。
「……酷い匂いね」
「下水道の掃除終えて帰ってきた冒険者さんの匂いですね……」
茶色と紫が交じり合った色合いの毒々しい地面からはかなり強烈な匂いがします……この場の草木や動物が死んで腐り落ちた匂いです。
「すげえ匂いだな……一週間捨て忘れた生ゴミの匂いがしやがる」
「うみゅ。しゃっしゃとにゅけるぞ」
人間に擬態した状態でも人一倍匂いに敏感なコーイチローさんも顔をしかめ、鼻をつまんだプロフェッサーさんが鼻声でコーイチローさんを促します。
「本当に、酷い状態ですね……」
わたしも持っていたハンカチで鼻と口を覆いながら、辺りを見渡します。
元は、多分村はずれの農家か何かだったのでしょう。腐り落ちて石で出来た土台だけ残った家が見えます。
辺りの地面には転々と腐りかけたり、何かに食われた痕があったり、灰色の石になった死体が転がっています。
様々な鳥や獣に混じり、人骨らしきものも見えます……放っておくと不死者になる可能性もある、危険な状態です。
「……死体を回収すらしないってことは、この一帯に陣取っているみたいね……村の方に向かいましょう。事情を聴かないと。何も分からないわ」
ベリルさんが冷静に辺りを観察しながらしてきた提案に、わたしたちは無言で頷きました。
酷い匂いがする危険地帯を抜けると、そこには小さな村がありました。
木で出来た柵で囲われただけの、あまり裕福とは言えなさそうな村です。
直ぐ近くに怪物がいるせいか、村の入り口には槍を持った男が二人立っていて、わたしたちに気づくとすぐに一人が村に人を呼びに行きました。
残った一人はわたしたちの姿恰好を見て、恐る恐ると言った雰囲気で尋ねてきます。
「あ、あなた方は依頼を受けた冒険者の皆様ですか!?」
「はい。怪物退治の依頼を受けたコーイチローさんとその一党です」
緊張で上ずった声で話しかけてくる見張りの人に、わたしはにっこりと笑顔で答えました。
……ウソは言っていません。ほぼ半強制ですがヌシ様からの依頼を受けてますし、腐毒蜥蜴が相手というのは推測でしかないので。
「良かった!あんな恐ろしい怪物相手ではてっきり誰も来てくれないかと!」
わたしたちの姿に村人の方々が槍を下ろして喜びます。
どうやら、余りにも危険な怪物相手だっただけに半ばあきらめていたようです。
「おい!ナターシャ様を呼んできたぞ!」
それからすぐに、村の奥へと行った村の人が、一人の少女を連れて戻ってきました。
肩口で切りそろえた緑色の髪に、丈夫そうな革の帽子をかぶり、法衣を纏った、成人して数年くらいと思われる少し小柄な若い少女です。
法衣の下には鎖帷子を纏い、腰には小振りな鎚矛を下げている辺り、きちんとした訓練を受けた子であることを伺わせます。
下げている聖印は地母神様のものですので、地母神の巡回宣教師様でしょうか。
見た目の年齢からすると、見習いを終えたばかり、と言ったところでしょうか。
「あ、あの……あなた方が腐毒蜥蜴討伐の依頼を受けてくださった冒険者ですか?」
「ああ。そう言うことになるな」
少女の問いかけにシレっとコーイチローさんが頷きます。
やっぱり、今回の敵は腐毒蜥蜴であってるみたいです。
……どうやら、危険度の割に報酬が安いと言ってたあの依頼で間違いないみたいです。
そして新キャラという




