Season2.5 Holiday Special6
アウトドアのキャンプは普段の野営とは違って娯楽である。
魔力を見て満足したわたしたちは早速とばかりに滝の側に近づいて、その水をすくって飲んで見ました。
ここまで、ずっと歩き通しで喉も乾いていましたし、何より本当にセミテの滝の水は甘いのかが、とても気になりますので。
「……本当に甘いのはほんのちょっぴりですね」
「……甘いって言っても、言われてみればなんとなく、って感じではあるな」
セミテの滝の水は、聞いてた噂通り、ほんの少しだけ甘い……気がします。
果物やお菓子のような甘さではないです。が、滝の十分に冷えたお水はそれだけで十分においしいのですけれども。
「……ふむ。成分的にはほぼ水だな。毒物の反応なし、最近もほとんどいない。飲用可能な水準ではある。
ミネラル分がこの地域の水にしては少ない軟水のようだが」
「水の魔力を帯びてるから、その分だけ甘く感じるのよ。あとは、そのままで飲んでも美味しいお水で、スープとかのお料理にも良いと聞くわ。
流石にお料理に使うのはこの滝に来たときくらいだろうけど」
白い外套のポケットから取り出した筒で何やら調べ始めたプロフェッサーさんと、この滝に何度か来たことがあるらしいベリルさんがここの水について教えてくれます。
「そっか。じゃあ今日はここの水でスープでも作るか……かまど作った跡が残ってるな。これならすぐに作り直せそうだ」
そう言うと同時に、コーイチローさんがてきぱきと野営の準備を始めます。
「アタシたちも手伝いましょ。コウイチローにだけやらせるわけにも行かないし」
「そうですね」
ベリルさんの提案に頷き、わたしはコーイチローさんのお手伝いをすることにしました。
ちなみにプロフェッサーさんは水について色々と調べています。
「ふむ、滝の奥に空洞があるな。つまり、そこにいる可能性が高い」
……あ。あの謎の『照明器具』を滝つぼに投げ込もうとしてコーイチローさんに止められました。
「……やめとけ。触らぬ神にたたりなしって言うだろ。変に刺激するこたぁ、無い」
コーイチローさんがプロフェッサーさんに、あまり聞きなれない、多分地球の言い回しでお説教しています。
「……プロフェッサーって、割と危ういところあるわよね」
その様子を見て、何やら野営用の魔法を準備しているらしきベリルさんがふと、そんなことを言いました。
「ですね」
まあ、それには同意しつつ、わたしは森の中に入って枯れ木を拾うことにしました。獣くらいなら、今は怖くないですし。
焚火をするための薪拾い、寝る場所にあるジャマな石拾い、奇襲警戒用の魔法陣設置などそれぞれが出来ることをします。
交易都市に来るまでの旅で少しだけ昔は出来なかったことも出来るようになったのが、少しうれしいです。
天幕を張り終え、夕方の暗くなるまでの時間、わたしたちは水浴びをすることにしました。
コーイチローさんは覗いたりは、多分しないでしょうね。そう言うところはちゃんとした人です。
今も、焚火を起こしつつ、
「コウイチローも一緒に来ればよかったのに」
ベリルさんがポツリとそんなことを言いだして、ちょっと驚きます。
「え!?い、いきなり明るいところで裸を見られるのは……ちょっと恥ずかしい、です……」
わたしは思わず胸元を隠し、赤面します。
いや、裸自体は見られたこともあるというか、その、男女の契りをかわしあった仲ですので良いのですが、流石に明るいところで見られるのは、抵抗があります。肉付きが薄くて貧相なので。
子供の頃から病気がちで大人になるまでずっとベッドの上で過ごしたせいか、わたしはあまり女らしい体つきをしていません。
胸も小さめですし、腕や足もほっそりしていると聞こえは良いですが、成人前の男の子みたいで気になっています。
最近は体力がいきなり巨人並みになったのと、以前より多く食べられるようになったのと、運動と言うかコーイチローさんに色々と戦い方を教わっているお陰かちょっとお肉がついてきましたが、その分、唯一の自慢だった女らしい細い腰にまで余計なお肉がついたのは、とても気になっています。
「あら。アタシとしては見られるのもコウイチローなら良いわよ……うん」
自分で言ってて照れたのか、ベリルさんはちょっとだけ赤面しながら、目をそらします。
水浴びのためにすべて脱いだ産まれたままの姿で。
ベリルさんは出るところが出てる癖に細いところは細いというとても男の方が好きそうな肢体をしています。正直、すごく羨ましいです。
肌も熟練の冒険者さんにありがちな古傷も無く、艶々で張りがあるのは、やはり不老不死の魔人だからでしょうか。
長年冒険者さんをしている割にまるで深窓のご令嬢のようにきめ細やかで綺麗な肌をしています。
神秘的な蒼く透き通った空色の髪の毛も、わたしたち以外の人目が無いからか出して水浴びさせている、髪色と同じ空色の翼も、まるで物語に出てくる正義の神の御使いのようです。
なんていうか、実は元はとある国の姫君だったと言われても納得できてしまうような育ちの良さとかそう言うものを感じます。
「アイツには定期的に私の身体の洗浄を手伝わせていた。何度も見られている。いまさら恥ずかしがることも無いな」
……そしてわたしたちよりコーイチローさんと長い付き合いがあるプロフェッサーさん。
普段はまとめている髪をといているため、上質な絹糸のような黒い髪が水浴び場に広がっています。
ちょっと癖っ毛気味のわたしと違い、まっすぐな黒髪が水を含んで磨いた黒曜石のようになって泉に広がっています。
体つきこそ大人になる前の子供のそれですが、シミ一つない良く磨かれた陶磁器のようなきめ細かくて白い肌と、まるで一流の彫刻家が刻んだかのように整った顔立ちは、なんていうか良くできたお人形のようです。
普段は研究、研究でお風呂等を面倒くさがる割に、お手入れも行き届いていて、これまたどこぞのお姫様のようにも見えます。
(二人とも、ものすごい美人さんなんですよね……)
銀の祝福亭にいた時はお風呂を一緒にすることも無かったので思いませんでしたが、こうして改めて産まれたままの姿を見ればお二人ともとても綺麗な方で、わたしは余計に自分の肢体が恥ずかしくなります。
最近はよく運動と言うか、訓練するようになったせいか基本的にギルドでお仕事をするか寮で寝込んでいるかのどっちかしかない外に出ない生活をしていたがためのお肌の白さもちょっと抜けてきたような気がしますし。
(辺境の街のギルドでは冒険者さんには可愛いとか言われてたんですけどねえ……)
こう、伝説とか吟遊詩人の歌に出てきそうなレベルの美しい人々を前にすると、自分が美人だとか口が裂けても言えなくなります。
(コーイチローさんはどんな感じの女性が好みなのでしょうか?)
前は女らしい幸せというのを諦めていたせいかそこまで気にならなかったのですが、最近は特に気になります。
プロフェッサーさんが前に話していた口ぶりだと、地球と言う世界にいた頃にも多分、女性とお付き合いがあったようですし。
(と、とにかく、せめてお手入れだけでも頑張らないと!)
油断したらすぐに、お二人に負ける。
その思いがわたしに、より女性として磨きをかけることを頑張らせようと思わせます。
身体を清め、手抜きなくお手入れしていく……それを忘れたら、あっという間に女性として、置いてかれてしまいますから。
*
気が付くとわたしは、温かな水の中にいました。
(……あれ? ここは、どこでしょう?)
明るくも暗くも、熱くも冷たくもない、水の中なのに、息苦しくも無い。うっすら緑色の、透き通ったどこまでも続く不思議な水の中。
ぼんやりとしながらどうしてこんなところにいるのか考えます。
(確か、わたしたちは焚火を囲んで、お茶を飲んで……)
覚えているのは……昨夜のことです。
水浴びをした後、コーイチローさんが作った美味しい野外料理を頂き、お腹が膨れたところで、夜空に広がる星の下、真っ赤に燃える焚火を囲んで、わたしが淹れた温かいお茶を飲みながら色々お話をしました。
コーイチローさんの故郷のお話や、ベリルさんの冒険譚、プロフェッサーさんの研究の話に、わたしのギルドで聞いた噂話、それから交易都市で起きた事件や観光のあれこれ……
ベリルさんが魔法を使って《警報》の魔法を張り巡らせてくれたお陰で、見張りを立てなくても大丈夫と保証してくれて、だから夜更かしして、みんなで他愛もないお話をしているうちに疲れていたらしいプロフェッサーさんがうとうとと眠ってしまい、それから夜中までお話しするうちに眠くなって……
(う~ん、どう考えてもこんなところにいるはずがないんですけどね……もしかして夢、でしょうか)
セミテの滝は不思議な魔力が満ちているため、時折不思議なことが起きることがあると、聞いたことがあります。
そしてそれを引き起こすのは……セミテの滝の主だと。
―――東。
どこからか声が聞こえてきます。どこから響いているのか分からない、大きな声。
―――悪しきもの。水を汚すもの。
いつの間にかぼんやりとした大きな影が、わたしの前に現れました。
見上げるほどに大きな生き物です。どんな姿かは良く分かりませんが、縦に割れた瞳孔だけがわたしを睨んでいます。
……怪人になる前のわたしならその場で失神してたかもしれません。
ですが、わたしとてこれでも怪人として何回か命の危機を感じるような戦いを乗り越え、上級魔人や不死者と戦いを繰り広げてきたのです。
ですので、ヌシ様に対しても臆さずにじっと見つめ返します。
セミテの滝で、ヌシ様に直接戦いを挑んだとか、この地をわがものにしようとしたり汚そうとしたという例外を除いて、死人が出たという話は聞いたことがありません。いきなり襲ってきたりはしないでしょう。
……何かと面倒なことに巻き込まれるコーイチローさんについていこうと思ったら、これくらいでびっくりしてはいられないのです!
―――汝、強くあらんとするもの。穢れし魔を殺せ。この滝に来る前に、殺せ。
そんなわたしの内心など知ったことではないというように、ヌシ様が勝手に話をします。
どうも、わたしに断るという選択肢をくれる気がしないのですが……
―――褒美は、やった。必ず、殺せ……
その言葉を最後に周りの水が光りだして……
「……んぅ?」
わたしは、ゆっくりと目を開けました。
「起きたか?」
「れ?ゆめ……?」
目をこすりながら起きると、既に辺りは明るくなっていました。
プロフェッサーさんとベリルさんは、まだ寝ています……ちょっと苦しそうな顔で。
コーイチローさんだけが早起きして、焚火で薬缶を温めていました。
この様子だと、起きたのは結構前のなのかもしれません。
「おはようございます。コーイチローさんは、随分とお早いですね」
「おはよう……さっき、変な夢を見ちまってな」
挨拶を交わした後、コーイチローさんの顔が曇りました。
「変な、夢?」
その顔と何気ない言葉にどきりとします。さっきまで見てた夢のことを思い出したのです。
一人だけなら、ただちょっと悪夢を見ただけなのですが……
「どんな夢、でした?」
「なんか水の中で、デカい蛇みたいな生き物に、魔を殺せとかどうとか言われる夢」
やはり、わたしが見た夢と、コーイチローさんが見た夢はほぼ同一だったようです。
「ここから東に行ったところにいる怪物を退治しろ。期限はそいつがこの滝に近づいてくるまで。
……その顔だと、三人とも同じ夢見たようね」
その夢の話をしていると、いつの間にか起きていたらしいベリルさんがむっくり起き上がって伸びをした後、しれっとベリルさんも同じ夢を見たことを告げます。
「……ふむ。これは、生物の鱗のようだな。該当する生き物は、現在まで確認が出来てない」
いつの間にか起きていたらしいプロフェッサーさんが、空になったはずのお鍋の中を覗き込んで、例の光の板を展開して、その中の物を調べます。
そこに入っていたのは、手のひらほどの大きさの、綺麗な緑の板……宝石を削りだしたかのように朝日を浴びて光っていました。
というかこれ、多分ヌシ様の言ってた『褒美』ですよね……
「これはヌシ様の……?」
「……それ以外には考えにくいわね。魔法の素材としてすごく優秀な素材よ。入手手段の困難さを考えると、普通に宝物。
つまり、手付金ってところかしら」
わたしの確認に、ベリルさんが頷きます。
顔色が悪いです。
「……東にいるらしい怪物退治しないと、本気で何してくるか分からない相手ね……多分、こっちの魂の位置を把握してるだろうし」
「……つまり、アレが倒せっつってたモンスターを倒すしかないってことか」
ベリルさんが不気味そうに、綺麗な滝つぼの方を、その真下にいるのであろうヌシ様の方を見ます。
それに釣られるように、わたしたちも同じ方向を見ます。
そこには朝日を浴びてきらきらと輝く、美しい滝が見えましたが、あの存在がその底に潜んでいる、と思ってしまうとちょっと怖いとすら思ってしまいます。
「そうなるわね……まさか、こんなことになるとは思ってなかったけど」
「まあしょうがねえ。やるしかないな……何のモンスターかは知らんが、あれよりヤバい相手ってこともあるまい」
ベリルさんがため息をつき、コーイチローさんが肩を竦めました。
……こうして、わたしたちの怪物退治が始まったのです。
怪人では、基本的に怪獣とは戦えないんや……




