Season2.5 Holiday Special5
とりあえず観光に来たら絶対外せない場所とかあるやん?
わたし、アリシア・ドノヴァンには、交易都市に来たならば、一度は行ってみたいと思っていた場所がありました。
セミテの滝と呼ばれる、交易都市の近くに流れる川の上流にある滝です。
その滝の底には何千年も前からヌシと呼ばれる極めて強力な怪物が住んでいて、そのお陰でセミテの滝の水は魔力を宿していることで知られています。
その水はほんの少しだけ甘く、その水を使ったポーションはわずかながら効力が高い高級品になることで知られています。
そのお陰で、この交易都市が出来た頃から多くの伝説や歌、悲恋や冒険活劇の舞台として登場する名所中の名所なのです。
交易都市を観光するならば、ここは外せない。
セミテの滝を見ずして交易都市を語るなかれ。そう書き記した旅行家もいたくらいです。
「と言うわけで、是非ともセミテの滝に行きたいです。行くべきだと思います」
本を売り払って幾分すっきりした部屋で、コーイチローさんが作った具材を乗せていたパンですとか、小麦粉をまぶして油で揚げた鳥のお肉ですとか、同じく油で揚げたお芋ですとか、お野菜とお肉の炒め物ですとか、砂糖水で似た果物ですとかと言った珍しくて美味しいお料理を頂きながら、わたしはセミテの滝について説明した後、主張しました。エールを片手に。
コーイチローさんが一日かけて用意した異世界風宴会料理の数々を頂きながら、明日からの予定を話し合っていたのです。
……とても美味しいのですが、わたしがコーイチローさんに料理の腕で追いつくことは絶対にないんだろうなと確信できる味でした。
それはさておいて、わたしは火が通ってるのにしゃきしゃきとしたお野菜を食べながら皆の返答を待ちます。
「それはいいけど。セミテの滝まで行くとなると、交易都市からは結構歩くわよ。道が悪いから馬車も使えないし。
朝のうちに出てつくのがお昼くらいかしら。日が暮れる前に帰ろうとすると行ってちょっと滝を眺めたらすぐ戻る羽目になるわね。
この面子なら護衛の冒険者は要らないと思うけど、水遊びの一つもしたいなら、日が高くなってから出て、滝で一泊するのがお勧めよ。
まあ、あの辺はヌシがいるから怪物らしい怪物も出ない代わりに近くには集落らしい集落も無いから、割としっかり準備しないといけないけど」
わたしの提案に、最初に答えたのは、ベリルさんでした。
流石に熟練の冒険者だけあって、セミテの滝にも何度か行ったことがあるようです。
「ふむ。魔法の力を宿し、数千年単位の寿命を持つか世代交代を重ねてきた極めて強力な生物と言うことか。
地球には存在しえなかった生物。興味深いな。是非とも遺伝子データを取りたいところだ」
なんか変なところに反応したプロフェッサーさんも、一応乗り気なようです。でもヌシにわざわざ喧嘩を売るような真似はしませんよ?
下手な竜より遥かに危険な生き物、いくら怪人や魔人と言ってもどうにか出来る相手ではありません。
「プロフェッサーさん? ヌシ様を殺したらセミテの滝の魔力も消えますからね? それにヌシ様は竜より強いと言われています。
この前のコジロー様との戦いより遥かに危険ですからね?」
「プロフェッサー。言っておくがオレは一切手伝わん。必要も無いのに怪獣と戦うのは怪人の仕事じゃない。ちなみに、核で吹っ飛ばしたら肉片も残らないからな?」
「アタシも流石にヌシと戦うって言われたら逃げるわよ? どう考えても勝てっこないし」
プロフェッサーさん以外の全員の意見が一致しました。
と言うかむしろなんで観光旅行に来て明らかに危険としか思えない存在と戦わなければならないのか。
怪人だからと言って、避けられる戦いをわざわざする趣味は無いのです。
「むう……分かった。今回は準備が出来ておらん。諦めるとしよう」
わたしたち三人全員の反対に流石のプロフェッサーさんも諦めてくれたようです。
……準備が出来たら倒しに行くつもりなのか、と言うことは、とりあえず言わないでおきます。
「……つまりアウトドアで一泊キャンプか。綺麗な水もあるなら、結構色々出来そうだな」
気を取り直して発言したコーイチローさんも、どうやらセミテの滝に行くこと自体は賛成のようです。これは満場一致と言って良いでしょう。
「じゃあ、セミテの滝に行きましょうか」
こうしてわたしの提案は通り、セミテの滝に行くことになりました。
……その翌日。
セミテの滝に行く準備をするべく、ベリルさんを案内人に全員で連れ立って街に出て……わたしたちは何故か『冒険者ギルド』を訪れていました。
行きたがったのは、ベリルさんです。
昨日買った背中の空いてるデザインの服と、死の首輪を隠すためのリボンの上から冒険者用装備に身を包んだベリルさんが、意気揚々と冒険者ギルドの建物の扉をくぐりました。
「あのう?ベリルさん?」
「あそこの水はポーションを作るために欲しがってる錬金術師が結構いるから、採取の依頼を受けておいた方が効率がいいわ。
持ってきたから買ってくれ、だと本物かどうかの鑑定料がどうとか難癖つけられて買い取りが安くなるし。
それとあそこにしか生えない水草も高く売れるんだけど、あそこの水辺から出すとすぐ腐って日持ちしないから依頼が出てないと取る意味が……よし!依頼出てるわね!」
何故に冒険者ギルドなのかを不思議に思って訪ねたわたしに、依頼が張り出された掲示板を見たベリルさんがセミテの滝に関する依頼の紙を剥がしながら言います。
と言うかベリルさんにとってはセミテの滝に行くのは、完全に冒険者の依頼扱いのようです。
「と言うか遊びに行くんですからわざわざ冒険者としての依頼なんて……」
「稼げるときに稼ぐのが冒険者長くやるコツよ。あと、無駄遣いしないこと。
それに、借金が少しでも返せるチャンスがあるなら、やらないに越したことはないでしょ。ただでさえ装備の分、借金増えてるのに」
なるほど。ベリルさんは意外なほど真面目に自分の身分を捕らえていたようです。普通だと金貨千枚とか言われた時点で諦めると思うんですが。
確かに交易都市では貴族や商人の方々のセミテの滝への護衛や滝で取れる素材の採取は、駆け出しが良く受ける依頼の一つと聞きます。
そう言う意味では大ベテランの冒険者でもあるベリルさんの発言も間違ってはいないのでしょう。
「ほう。バジリスク、か……雄の鶏が産んだ卵から突然変異で発生し、周囲を腐らせる猛毒と死の魔眼を持つ怪物、だったな」
「やべえモンスターの割に報酬がすごいショボいな……ああ。依頼先、村か。それだと用意出来る精一杯がこれっぽいな」
ちなみにこの後は水遊び用の乾きやすい素材で出来た水着を買ってから滝に向かう予定なので、コーイチローさんとプロフェッサーさんも着いてきています。
お二人は冒険者ギルドに依頼された様々な依頼の張り紙を見ながら、あれこれと話をしています。依頼の数も種類も、辺境の街と比べると段違いで……今は、誰も受けてくれないであろうダメな依頼の話をしているみたいです。
確か、腐毒蜥蜴と言えば呪いの邪眼と猛毒を持つ危険な怪物です。
街道筋や街の近辺まで現れた場合は、危機感を覚えた貴族の方々や商人が邪眼と猛毒両方の対策が出来るような銀等級や聖銀等級の冒険者さんを高額で雇って討伐したり、軍隊が邪眼が届かないような遠距離から雨のごとく矢を撃ち込んで撃破すると習いました。
「……ああ、これは確かに相場に見合っていませんね。わたしだったら村を捨てることをお勧めしますね」
どれどれとわたしも様子を見て……これはダメだという結論に達しました。
あれです。たまにある、子供がおこずかいの銅貨数枚を手に冒険者さんに怪物退治依頼したような感じです。
依頼先は、小さな村の村長のようです。多分、村の出せる精一杯がこれなんだとは思いますが、この値段で受けてくれる冒険者さんは、正義の味方な勇者様か、腐毒蜥蜴の身体の一部を素材として欲しがってるような方々か、そもそも腐毒蜥蜴が何なのか知らない駆け出しくらいじゃないでしょうか?
そして、腐毒蜥蜴は駆け出しの冒険者では下手すると近づいた時点で全滅するような怪物です。つまり……普通は討伐は無理です。
「そういう依頼もあるもんなんだな」
「ええまあ。ギルドとしては依頼を受けて、依頼の掲示をして、依頼が解決したら報奨金の一部を頂くのがお仕事ですので、報奨金が安い依頼も出来ないわけでは無いんですよね……」
冒険者ギルドとしては、書類に不備が無ければ掲示はします。が、全く危険に見合わないのでまず誰も解決してくれない類の依頼と言うのは、どうしても出てきてしまうものです。
大抵は、最終的に依頼そのものが無かったことになります……依頼主が諦めたり、死んでしまったりで。
「なるほど、依頼の斡旋はするが、受けるか否かは冒険者の自由と言うことか……」
そう言いながら、プロフェッサーさんはふと、もう一つ別の依頼を見て、言います。
「……この依頼は、どうなんだ? 本に記されていた観測番号1872の歴史から推察するに、高確率で達成されないと思うのだが……」
「ああ……これは、悪あがき、ですかね」
わたしもその依頼を見て、苦笑します……お父様にお願いしてもらえないか頼んで無理だと悲しそうに言われた苦い思い出を思い出しながら。
「悪あがき?」
「王族とか大貴族が、いくらお金を積んでも無理なのは分かっててもどうしても諦められないから依頼する。そう言う依頼ってたまにあるんですよ」
報酬自体は凄いです。ものすごい高額ですし、なんなら家宝の魔法道具を好きなものを与えても良いとか、騎士として取り立てても良いとか書かれています。
この依頼を成功させればそのまま一生遊んで暮らせるような依頼です……達成できれば、ですが。
「神雫ってあれだよな?この前の芝居で見たやつ」
そう、依頼の内容は、あらゆる怪我や病を治す神の秘薬である神雫の入手……依頼を出したのは多分、本物の高位貴族様でしょう。
妖精人しか作れない魔法の薬、霊薬でも治せない病気となると緑死病、肺腐り、屍病、灰痢、竜鱗病、血吐熱と言った、かかった時点で死ぬことが運命づけられる死の病くらいしか残りません。
どれも人間の手には負えない難病ですので、ご病気になった人が死ぬまで依頼が出続けると思います。
「分かりやすく伝説の品で、知名度だけはすごいことになってますからねえ……」
何しろどんな病でも治るという夢の薬です。実在すること自体は確かなようで、古代王国の不死者と化した王の迷宮の宝物庫にあるとか、神の奇跡の証拠として知識神の本殿の宝物庫の奥に厳重に保管されているとか、そう言う噂も聞いたことはあります。
交易都市には何人かいるという黄金の認識票持ちの超高位の冒険者さんなら持っていたり入手したりできる可能性がごくわずかながらある、と言ったところでしょうか。
「多分、達成はされないでしょう。それでいずれ依頼が消えて、それで忘れ去られるんだと思います……」
……王都で研修していたころ、同じ依頼が出て、三か月くらい掲示し続けたあと、依頼が撤回されました。
それからすぐに、王が特に可愛がっていたと言う姫君の一人の葬儀が行われ、何となくどこの誰が出した依頼かが分かってしまい、現実は王侯貴族であっても神雫探索記のようにはいかないんだな、と思い知らされたものです。
―――気にしないでいいのよ。10年に1回くらいは普通にあることだから。
その時には妖精人のギルド職員の先輩がもう慣れた、と言った顔で依頼の紙を剥がしながら言っていたことを思い出しました。
*
セミテの滝に向かう道は、馬車が通れないくらい狭い山道でした。
「出ても野生の獣くらいで怪物らしい怪物は出ないし、冒険者なら問題ない程度の道ではあるけど、足元には注意してね。たまに転落して死ぬ奴も出てるから」
道幅は人一人なら余裕で通れる道ですが、もし何かの拍子に転んだらそのまま真っ逆さまです。そう思うと少し緊張します。
「……ふむ、前より揺れが少ないな」
……また、背中にプロフェッサーさんを背負っている状態ですし。
今回は道行の警戒と野営の大道具をコーイチローさんが担当し、いざと言うとき空も飛べるベリルさんが落ちそうになったとき拾い上げるのと大喰らいの鞄で小物を運ぶ担当、そしてわたしがプロフェッサーを背負う担当です。
……いやまあ一番重い荷物を一番体力があるわたしが背負うのは道理にかなっているのは分かってるんですけど!
今回は急ぐ旅でも無いですし、途中までは普通に歩いていたんですが、途中で足が痛いと言い出したので、わたしが背負うことになりました。
「……運動機能については、少し改善を考えた方が良いかも知れん。せめて人並には歩ける程度にはなるべきかも知れん」
ぜいぜいと荒い息をつきながら、プロフェッサーさんがそんなことを言っています。
これまでは移動は大体コーイチローさんにおぶってもらっていたようですが、流石にここ最近体力の無さが気になってきたみたいです。
健康でいられることの大事さは身に染みて分かっている身としては、是非とも頑張ってほしいところです。
「ここの坂を上り切ったら着くわ。思ったより道も乾いてたし、この調子なら、日が高いうちに着けそうね」
ベリルさんが空を見上げて言います。
怪人でこそ無いけれど魔人であり、普段から旅暮らしには慣れしたんでいるのであろう熟練した冒険者でもあるためか、疲れた様子は感じられません。
どれどれとわたしも空を見ます。
空は雲一つない晴天で、太陽が少し西に傾いてきています。お昼をちょっとすぎたくらいでしょうか。
向こうで一泊する予定ではあるので、日が暮れる前に着けば問題ないでしょう。
「……そうか。着いたらまず、足を冷やしたい。足の裏が疲労で痛んで仕方がない」
その言葉に反応して、プロフェッサーさんがギュッと掴んで呟きます。
「じゃあ、ちょっと急ぐか。アリシア、ベリル、二人ともまだ余裕あるだろ」
それを聞いたコーイチローさんが足を速めます。
「着いたら昨日のうちに焼いておいたクッキーでも食おうぜ。お茶もいれてさ」
コーイチローさんが作った焼き菓子!それを聞いたら、不思議と元気が出てきました。
コーイチローさんのお料理の腕は、はっきりと専門の職人レベルです。間違いなく、おいしいはず。
どうやら、その気持ちはみんな一緒だったらしく、全員の脚が自然と早くなり、それからほどなくして、セミテの滝にたどり着いたのです。
見上げるような緑の崖の上から降り続け、下に出来た池にすごい勢いで流れ込む水。
凄い勢いで水しぶきが上がって真っ白な滝と、その下に出来た、小さいけれどとても深そうな青い池。
「ふわあ……」
滝と言うものを産まれて始めて見たわたしは、その様子に圧倒されました。
崖の上の川から真下に降り注ぐ滝と言うものが世の中にあるという話には聞いたことがありますし、物語の中に出てきたのを読んだり、絵でならば見たこともあります。特にセミテの滝は色んな物語に出てくるので、目の前の光景と似たような絵も見たことはあります。
……けれど実物はこんなにすごい物だとは思いませんでした。
「これが、滝か……動画でならば見たことはあるが、実物はこんな感じなのか」
どうやらプロフェッサーさんも、本物の滝を見るのは生まれて初めてのようで、ぽかんと口を開けて見入っています。
こういう時は、プロフェッサーさんも子供っぽい顔になるんですね。
そんなことを思ってると、ちょいちょいと肩をつつかれます。
「セミテの滝なら、これ使ってみると面白いわよ」
ベリルさんが笑顔で何かを差し出してきます……これは確か、魔力を見れる虫眼鏡、だったでしょうか?
「……すごい!? 光ってる! そっか、魔力を帯びてるから!」
「普段は《魔法探知》使える魔法使いにしか見れない光景なんだけどね」
言われるままにベリルさんから受け取った虫眼鏡を覗き込み、虫眼鏡を通してみると滝が全てうっすらと緑に光っていることに気づいてびっくりします。
思わず子供みたいな口調になりながら、興奮します。
「私も見たい……おお」
わたしの手に握られた虫眼鏡を横から覗き込んだプロフェッサーさんも、驚いた声を上げます。
「確かにこりゃ、すげえな……」
「でしょ、わたしも初めて来たとき、一応《魔力探知》して見て驚いたわ。滝の水が魔力を帯びていることは知ってたから、予想の範囲内ではあったけど」
最後にコーイチローさんも覗き込んで感心した声を上げた後、少し得意げにベリルさんが胸を張ります。
……来てよかった。人生で初めての光景と、これから過ごすこの滝での一泊に、素直にそう思いました。
やっぱりガイドさんがいると違うね、的な。




