Season2.5 Holiday Special4
光一郎の料理スキルは料理上手な主婦並である。
……お前が前に作ったハンバーグを食べたい。
それが、アリシアとベリルを出かけた後にしてきた、今日のプロフェッサーのオレへの要求だった。
なんでも、交易都市の料理に少し飽きた、らしい。
まあ、一応は上司であるプロフェッサーに頼まれれば、嫌とは言わない。
オレは銀の祝福亭にある客用の厨房を借り、料理を作ることにした。
「しかし小さいとはいえオーブンまであるとか、すげえ充実してるな、この厨房」
「うむ。なんでも貴族の客には専属の料理人を連れて来るものも多く、専属料理人の作った料理しか食べぬ者もいるらしい。
だから銀の祝福亭ではプロの料理人向けの厨房を用意し、有料で貸し出しているという。この店の店主の娘に聞いた」
オレの素直な感想に、何故か料理をする様子を見たいと言ってついてきたプロフェッサーが答える。
「いつの間に……」
まあ、子供が知らんうちに親しくなるのは珍しいことじゃない。思えば交易都市に来てからは、色々なもんと戦ってたせいで、プロフェッサーはずっと宿屋にいたのだから、宿の従業員と親しくなってもおかしくはないんだろう。
そう言うところはなんだかんだプロフェッサーも子供だということでもあるのだと思う。
「材料は宿の厨房の料理人に言えば有料で用意するとも言っていた。大抵の食材ならあると言っていたぞ」
「そっか。んじゃまあ……」
何を作るか考えて、それから少し顔色が悪い宿の店主の娘に話をして食材を要求する。
……なんかこう、妙に愛想が良かったのは多分、オレたちがスイートルームに泊まっている上客だからだろう。
大抵の食材ならある。その言葉に嘘はなく、肉も野菜、乳製品や卵、砂糖や塩といった調味料はもちろん、海沿いの街じゃないとお目にかかれないような魚介類(なんでも魔法の力で腐らないようにして運んできたらしい)や、東の方で主食だというちょっとぱさぱさした米まで揃っていた。
あればラッキーくらいの感覚で言ってみた氷まで用意してくれるとは思わなかった。
なんでも店の従業員には何人か魔法使いがいるので、きちんとお代が頂けるのならばご用意しますということだった。
ここが冷蔵庫も冷凍庫も無いし、もちろんトラックだって無い異世界であることを考えれば驚きの品ぞろえと言っていいだろう。
(結局、味噌も醤油はなかったか)
が、残念ながら味噌とか醤油は一応厨房にお邪魔して探してみても無かったので、洋食系で行くことにする。
(ピラフに目玉焼き乗せたハンバーグ、付け合わせは冷やしたポテトサラダとコーンスープ、後はデザートにプリンってところか……)
プロフェッサーは見た目通りに子供っぽい料理が好きなので、文句は言わないだろう。
一から仕込むとなると大分時間がかかるが、幸い昼まで時間はたっぷりあるし、アリシアたちは今日は本を売るついでにベリルの知ってる店を見て回るとか言ってた気がする。
昼飯に出して、午後はアリシアたちの分を含めて宴会料理を仕込んで、後はクッキーでも焼くとしようか。
この世界では砂糖と卵が高いので、辺境の街に棲みついてからは作ったことの無かったご馳走だ。
一度、途中で通りかかった村で材料分けて貰って作ったことがあるが、地球では当たり前に手に入ったものが無かったり、色々手間が多かったりで無茶苦茶大変だった。
美味しいって喜んでもらえたので、結構楽しい思い出ではあるけど。
(ま、今は金もあるし、たまの贅沢くらいは許されるだろ……)
そんなことを考えながら、料理を仕込んでいく。冷たいほうが美味いものは魔法で作って貰った氷や水で冷やし、熱い方が美味い物が出来上がるタイミングを揃える。全部適温で出すのが、かなり難しい。
「ほう、料理とはこうやって作るのか。意外と面倒なのだな」
そうしてあっちこっちと動き回りながら作業をしているオレを、プロフェッサーは用意した椅子に座ってみている。
なんでも本が一通り読み終わって、暇らしい。
手伝う、とかそう言う気持ちはないらしく、ただただ見てるだけだ……ジャマにならないなら、どっちでもいい。
こうして朝から料理を作ることになったことには別段、不満はない。
こうして時間をぜいたくに使って一心に料理をしていくのは、割と楽しい……なにせ面倒で大変だが、命は掛かってない。
(先輩も乙姫も、あとついでにナナコも元気にしてるかな……)
そんな風に料理をして、冷たい料理を冷やしつつ、温かい料理を作り始めるには早い時間。
隙間の時間が出来ると、オレは地球に残してきた懐かしい人たちをふと思い出す。
結社時代の、大切な怪人たちのことだ。
オレは結社に七年いた。最後の三年間を共に過ごしたウルフパックはオレを残して全滅したが、他の親しい知り合いだって何人もいた。
特にあの三人……お互いに日常的に殺し合いしてたオレの元上司コンビと、オレの『元生徒』兼『後輩』は今どうしているんだろう?
三人ともドクの伝手を頼んで手に入れた最終作戦の参加者名簿にはなかったから、生きてはいるはずだ。
……あの三人が最悪の失敗作にやられる以外の方法で死ぬとは思えないし。
結社の怪人は、オレ自身も含め、控えめに言っても死刑確実なことをやってきたわけだから結社が滅んだあと、どうなってるかは分からない。
三人とも生き残ることにかけてはとんでもない才能を持っていたから、死んではいないだろう。
案外、人間社会に溶け込んで上手くやってたりするかもしれない……そう思うことにしている。
(地球、か……)
なんだかここ最近、結社に居た頃の頃を思い出すことが増えた気がする。
こっちでもアリシアとベリルと言う、仲間が出来て、上級魔人だのカルト教団だのと言った普通にやべえ連中と戦ったからだろうか?
もしかして、ホームシックと言う奴なのかもしれない。
……もう帰れないことは分かっている。オレも、結社の隠していた『死神案件』であろうプロフェッサーも地球に居場所が無い。
結社は地球でロクでもないことをやらかして、人類の敵だった。
アホほど人を殺して、街を壊し、金や物を奪い、人間を攫って怪人に仕立て上げた。
そして何より、結社の技術を盗んで作られた、脳改造されてない怪人どもと、殺し合いを繰り広げた。
……敵も味方もゴミみたいに死んでいったあれが、戦争って奴だったんだと思う。
結社は結局、人間の味方として結社の怪人を殺し続けた最悪の失敗作に勝てなかった。戦争に負けたのだ。
それは脳改造の影響が消えたとか、そんな些細なことで覆せない事実だ。
……人間の邪悪さって奴も知っている。具体的には結社の中で『狂ってしまった怪人』並の下衆だって沢山いることも。
(ま、ここまで来ることは出来ないだろうから、考えるだけ無駄か)
とは言え大首領が死んだ今、異世界に転移する装置とか言う明らかにおかしい代物を一から作れるのはプロフェッサーだけだろう。
プロフェッサーも、少なくともしばらくは転移装置を作るつもりは無いらしいし、暫くはこっちで生きていくことだけ考えればいい。
(おっと、もうすぐ昼時だな)
ここまで考えたところで、オレは休憩を終えて、最後の料理の仕上げに取り掛かった。
じっとオレの方を見て、くぅ、と小さな腹の音を立てたプロフェッサーのご期待に応えるために。
昼時、オレはプロフェッサーと一緒に自分で作ったメシを食っていた。
「旨いか?熱いから気をつけろよ」
「うむ」
味見したら我ながらなかなか上手くできたことに満足しながら、オレは早速とばかりに食べ始めたプロフェッサーに注意して、一口食う。
うん。美味い。こっちの飯が不味いというつもりは無いが、やっぱり地球で食べなれた味の方が、オレの好みには合う。
「よく噛んで食えよ。消化に悪いから」
「うむ」
オレの注意に生返事を返して、黙々と食っていくプロフェッサーは、なんかリスか何かみたいだ。
(メシ食ってるときと、寝てるときだけは普通の子どもに見えるんだよなコイツ)
普段は訳の分からんことばかり考えててやらかす『自称』地球最高の頭脳の持ち主も、こういうときだけは年相応のガキに見える。
オレには子供はいないけれど、もし娘って奴が出来たらこんな感じだったんだろうか?
そんなことを思いながら、オレもメシを食う。
最近はずっとアリシアたちが一緒だったから、プロフェッサーと二人だけのメシは久しぶりだ。
「……光一郎。お前は、地球に帰りたいと思うか?」
「は?」
そんなことを考えながら食っているとふと、プロフェッサーがぽつりと、呟いた。
「……私は、地球に居た頃より観測番号1872に移動した後の生活の方が充実している……楽しいと感じている。
望めばなんでも手に入ったし好きなように研究が出来た結社の研究室に比べて不便なことも多いし、危険も多いが、それでも、だ」
そこで一旦言葉を切り、オレの目を見て聞いてくる。いつものような、眠そうなのにどこか鋭い猫のような目で、だ。
「だが、お前がどう思っているのかは、私には分からん……だから、帰りたいか?」
……ああ。なるほど。アリシアやベリルには聞かせたく無かったのか。
プロフェッサーも、少しずつだが大きくなっていく。そりゃあ、まあそうかと思う。
オレだって怪人になったばかりの頃はバカな子供だった。アホみたいな失敗だって数えきれないくらいしてきたし、それで死にかけたことも何度もある。
まあ今はバカじゃないのかと言われると自信はないが。
「まあ、帰りたいとは思わないっつったら嘘になるな。地球の暮らしのが馴染んでいたし、向こうに色々残してきたものも気になるしな」
とは言え、真剣に聞かれたら真剣に答えるのが礼儀だろう。
オレはオレなりに考えて、そんな風に返す。
「そ、そうか……」
その言葉に、プロフェッサーは露骨に落ち込む。多分、今の方が楽しいと言って欲しかったんだとは思う。
だが、オレにだって地球での思い出と言うのがあるのだ。結社って言う、地球で一番アレな場所で過ごした思い出とはいえ。
「だが、別に今じゃなくてもいいとも思っている」
「今じゃなくても……?」
地球には大事なものが結構残してきたが、旅をしていくうちにこっちでも大事なものが出来てしまった。
「ちょうど、今の旅行と一緒だな。交易都市は楽しいが、そのうちあの辺境の街に帰らなきゃいけない。
でも、それはもうちょっと楽しんでからでも遅くはない。違うか」
「いや、確かに……そうだな」
折角、オレもプロフェッサーも結社からも解放されたんだ、好きに生きればいい。
それが、自由ってもんだろう。
「だからまあ、地球に行くにしても気が向いた時でいいさ……地球に戻るのも『帰ってくる』のも、プロフェッサーなら簡単だろ?」
多分、プロフェッサーにとってはこっちの方が良い思い出が多いんだろう。
「無論だ……そうか、別に今じゃなくてもいいのか」
「そういうことだな」
それで納得したんだろう。プロフェッサーが納得したように頷いている。
「さて、そろそろプリンも冷えた頃だが、食うか?」
「食う」
オレの問いかけに答えたプロフェッサーは、少し笑い慣れていない笑顔だった。
なんだかんだ部下のことを気に入ってはいるんだこの人。




