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チート・クリミナルズ  作者: 犬塚 惇平
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Season2.5 Holiday Special2

アリシアさんの恋愛経験値、ほぼ0である。

お仕事に行くために一人で外を歩いていたらうっとおしいだけの雨ですが、状況次第では楽しく思えてくるものだということを、今日初めて知りました。

そんなわけで、わたしは今、コーイチローさんと共に喫茶店の窓際の席に座り、静かに降る雨の音と匂いをも楽しんでいました。

「朝から始まって終わるまでに昼過ぎまで掛かるとは、演劇って結構長いんだな。二時間くらいだと思ってた」

コーイチローさんが珍しく疲れた様子でため息をつき、温かいお茶を飲みながら言いました。

生憎の雨模様で他にお客さんはおらず、この雨の中では立ち止まる人も居ませんので二人でゆっくりと語ることができます。

「でも、朝からずっと見た甲斐はありましたよ。折角の歌劇ですから、最初から最後まで通しで見ないと」

わたしの方も大いに満足しながら砂糖を多めに入れてミルクで煮出したお茶を飲み、ため息をつきます。

屋根があって濡れる心配が無い店先で美味しいお菓子とお茶を楽しみながら、つい先ほどまで見ていた演劇の話をしているのです。

更に言えば、劇場からここまでは、雨のせいで人通りが少なかったこともあり歩いてきました。

二人で並んで、濡れないように腕を組み、コーイチローさんの持った傘に入っての移動は、それだけでも今までの人生には無かった『充実感』がありました。

コーイチローさんが貴族のような教育を受けていないにも関わらず女性の扱いになれた紳士で、濡れないように傘をわたしの方に傾けたり、それとなく肩を寄せたり、寒くないように上着を掛けてくれたりするたびに、赤面してしまいました。

とても若い男女の恋人や夫婦らしい過ごし方だと思います。

「流石はこの交易都市の劇場だけあって、役者さんの演技も良かったですね。最後のお姫様との結婚祝いのダンスも綺麗でしたし」

「ああ。ダンスも良かったけど途中で入った剣での殺陣も、気合いが入ってたな。ありゃあしっかり訓練してるんだろうな」

わたしとコーイチローさんでは同じ劇を見ても見ているところがちょっと違うのも、好きな男性となら面白く感じます。

ひとしきり観劇を楽しんだ後、こうしてお互いに感想を言い合う。恋人はおろか同世代の友人とも全く縁が無かったわたしにとっては、昔から憧れていた状況でもあります。

……わたしの故郷である王都にももちろん劇場はあったんですが、良い席は高かったのと、何より半日ぶっ続けで見られるほどの体力が無かったんですよねえ。

まさかこんな風に好きな男性が出来て、処女も返上して普通の年頃の女の子のようなことが出来る日が来るとは思いませんでした。

コーイチローさんについてきて、成り行きとは言え死の教団を叩き潰した甲斐がありました。


怪物や盗賊や邪教に襲われず、魔人絡みで聖騎士様ともめごとなんてのも無いただ楽しむための観光!なんと素晴らしいことでしょう!


……少し興奮しました。いったん仕切り直します。

今日見た劇は子供の頃から何度も読み返してきたわたしの大好きなお話を劇にした『神雫探索伝』でした。

高位の司祭様やお医者様でもお手上げの不治の病に犯され、病床に伏せるお姫様に助けるために伝説の薬を探すことを配下の王様。

その命令を受けたお姫様との身分違いの恋に悩む剣の腕はめっぽう立つけど少し頭が悪い騎士様と、百年以上もの間知識神に仕え、神の奇跡と知恵を自在に操る妖精人の司祭様がどんな病でも治せる神雫(アムリタ)を求めて冒険の旅に出るというお話です。

戦神様が化けた隻眼の賢者様の助言を受けながら、笑いあり、涙あり、男同士の友情あり、戦いありの様々な冒険の果てに天界の知識神様とお会いし、神雫を手に入れて病が治ったお姫様と結婚すると言う最後のシーンにはわたしもずいぶんと憧れたものです。

「にしてもあっちこっち冒険に行って、最後は神様にまで会うなんて、スゲえ話だったなあ。ああいう冒険、少し憧れるわ」

……大好きなお話なので、コーイチローさんにも気に入ってもらえて良かったです。

「本当に、わたしもあんな風に冒険をしたいと、ずっと思ってたんですよね……」

子供の頃はああいう風に自分を助けてくれる騎士様が来ないかなあと、最初と最後しか出てこないお姫様の方を自分と重ね合わせて読んでいましたが、劇を見たら何故か騎士様の方に自分を重ね合わせていました。

不器用で、失敗ばかりで、何度も危険な目にあいつつも、遠い故郷で苦しむお姫様のことを思い出しつつ、隻眼の賢者様や親友でもある司祭様に助けられ、めげずに戦い続ける騎士様。

最後が苦難の末にお姫様を死の病から助け出して、結ばれるという終わり方なのも含めて、自分もああなれたらと思ってしまったのは、自分が変わったのが理由なんだろうなと思います。

「最後が綺麗にハッピーエンドなのも良かったな。なんか悲劇的な終わり方とか、誰も救われない終わり方とかって苦手でさ」

どうやらコーイチローさんも物語の終わりはハッピーエンド派みたいです。

いえ、怖い終わり方や、泣ける悲劇的な終わり方も決して嫌いじゃないんですが、どちらかと言うと、みんなが幸せになれる終わり方のが好きです。

物語の中でも、現実であっても。

そんなことを思いつつわたしはこの話が大好きな一番の理由を心持ち小声にして、ひっそり打ち明けるようにコーイチローさんに教えます。

「実はですね。あのお話って、実話らしいんですよ」

「……マジ?」

あっけに取られた顔をするコーイチローさんに満足しながら、わたしは話を続けます。

「はい。今日の劇の脚本を書いたのが妖精人の司祭様のお孫さんだそうで。おじい様から伺った話を元に書いたそうです」

今からざっと800年ほど前の話だと、お父様が借りてきてくださった、高名な歴史学者が記した本に書いてありました。

何分、誇り高いことで知られる妖精人の言葉ですので大いに脚色はあるのでしょうが、そう言う事実があったことは間違いないそうです。

その国も騎士様とお姫様が結ばれてから200年ほどして内戦の末に隣国に飲み込まれて滅んでしまい、司祭様は故郷に戻ったそうですが。

「800年て……孫が聞いた話ってしても古すぎない?書かれたのが700年前とかなのか?」

「いいえ。確か5,60年前だったかと。妖精人は1000年生きると言われてますし、成人するのも100歳ですし」

妖精人のことには詳しくないらしいコーイチローさんに、妖精人について教えます。

妖精人は寿命がものすごく長い上に姿が死ぬまでほとんど変わらないので、古い歴史や知識も多く持っています。

実際王都でわたしにギルド職員の基本を教えてくれたのも、成人したくらいの女の子にしか見えないのにもう300年ほどギルドの運営を手伝っているという妖精人の先輩でした。王都に半妖精人の息子や娘や孫が何十人もいるそうです。

……一体、御幾つなのかは聞くと原因不明の病で1週間は寝込むことになるという怖い噂もあったので、聞けませんでした。

「1000年かあ。想像もつかんな。年齢いくつか聞いたことも無かったし、てっきりただ耳が長くて魔法とか使える人らだとばかり」

「まあ、他の種族と比べても圧倒的に寿命が長いのが妖精人の特徴でもありますから」

この世界の者なら子供でも知ってるようなことを知らなかったりするコーイチローさんをいとしく思いながら、わたしは

その長い寿命のお陰で、森から出てきた妖精人の冒険者さんは引退までに多くの伝説を残していくことが多いのです。

普通の人間が数十年もすれば引退するところを何百年も冒険できるのですから、当然と言えば当然でしょうが。

更に寿命が長い分、森の中には他の種族が忘れ去ってしまったような神秘や古い記憶も残っていたりします。

古い混沌との戦いのことを知りたかったらまず妖精人を尋ねよとはよく言われる言葉です。

……とてつもなく気難しく、人間とは時間の感覚が違うので、色々と大変だそうですが。

「妖精人の方々によるとなんでも大昔はもっとこう、神々も良くこの世界に降りて来て人々と触れ合ったと聞きますよ」

そんな妖精人の方々が知る昔のことに、神々のことがあります。

なんでも何千年も前の大昔には、本当に神々を信奉する人々が滅びそうになったとき、すなわち国や世界が混沌に飲み込まれそうになったり、逆に秩序が完全に混沌に勝利しそうになると、神々が降りて来て天秤が覆ることがよくあったそうです。

秩序と混沌の争いが複雑化して安定してきた今では神々は滅多なことでは降りてこないし、会いに行くのもそれこそ神雫探索伝の主人公たちのような大冒険をするか、何十年も神に仕えた高位の司祭になって己の命と魂を対価に《神訴(ウィッシュ)》や《神降ろし(コール・ゴッド)》の奇跡を起こすしか無いとのことですが。

「つくづく神様が本当にいる世界なんだなあ」

そんなわたしの話に、感心したようにコーイチローさんが言います。

……どうも、地球では神様を信じることにはあまり熱心じゃなかったようです。

「それなら、これから、教会の神殿でも見に行きましょうか?交易都市の教会の神殿にはおなじ大聖堂に正義の神様、戦神様、知識神様、交易神様、地母神様の大きな神像が揃っているらしいですよ」

「へえ。そりゃすごい。面白そうだな」

コーイチローさんが乗り気になったので、わたしたちはお茶を終えた後、教会の聖堂に行くことにしました。


……もちろん、雨に濡れないように腕を組みながら、二人で一つの傘に入って、です。


元々が様々な神々に仕えし様々な秩序の神を一同に介する交易都市の大神殿には、秩序の神々の中でも特に熱心に進行される五つの神、すなわち五大神の巨大な神像があります。


背に六枚の翼持つ美しくも雄々しき騎士の正義の神。

杖の代わりに槍を手にした偉大なる魔法使いにして戦士だという隻眼の賢者様こと、戦神。

人々に知識を授けると同時に、知識持たぬが故に迷う人々を救うがために無数の手を持つという知識神。

自らを偉大なる神の息子にして使いだと称し、手にした杖を始めとした様々な神々の世界の神器と、口先で持って数多の神々を翻弄したという交易神。

豊穣と太陽、性愛を司り、家族を守る太陽の神、美しい衣をまとった、五大神の中では唯一の女神である地母神。


中央の聖堂にこの世界で広く信仰される五大神の秩序の五大神の巨大な神像が、途中の通路には様々な秩序の神の神像が祀られた聖堂はそれぞれの神像を熱心な信徒の出資で高名な彫刻家が作った芸術品でもあり、とても見ごたえがあります。

神々を信仰する聖職者の方々でも熱心な信徒や芸術を志す芸術家が、遥か異国の地から、何年もかけて見に来ることもあると言われる大神殿。

あまり熱心な信徒とは言えないわたしとしても交易都市に行くならば是非とも一度は見ておきたいと思っていた場所の一つでもあります。

「……でっけえなあ」

「どれも当時の一流の彫刻家たちが完成させるまでに何年もかかってて、特に知識神様の神像は作るのに10年以上かかったそうですよ」

見上げるほどに巨大な神像を見上げるコーイチローさんに、わたしは本で読んだ知識を教えます。

……とは言え、本で見るのと実物で見るのは大違いで、わたしの背丈の何倍もあるとてつもない大きさに圧倒されます。

旅の吟遊詩人や芸術家の方々が、冒険者を雇ったり大きな行軍に合わせ、命の危機を犯してでも各地を旅してまわり、あちこちの珍しいものや美しいもの、貴重な宝物を見たがる気持ちが、少しだけ分かった気がしました。


そうして二人してしばらく、巨大な神像が立ち並ぶ聖堂に立ち尽くして見上げます。

普段であれば神像を一目見ようと訪れた旅人がごった返すという聖堂も、夕刻も近く、おまけに雨まで降っているお陰か静かに祈る聖騎士様や聖職者の方々以外に人影はなく、静かに見ることが出来ました。

「……なんかこう、こうして珍しいものを見ると旅行に来た、って感じがするな」

「そうですね……」

どこか懐かしそうに言うコーイチローさんに頷きながら、わたしはようやく交易都市の観光が始まった気がしました。

ちなみに五大神は全部違う異世界からこの世界に干渉している。

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― 新着の感想 ―
[一言] リア獣め。
[一言] 処女は「返上するもの」なのだという(笑)。 この世界の価値観というよりアリシアの焦りでしょうか。
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