表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チート・クリミナルズ  作者: 犬塚 惇平
61/95

砂漠のクラゲ4

お約束展開のエントリーである。二重の意味で。

その日、街から大分離れた貸別荘の一つで、僕らは足止めを食らっていた。

「参ったわね。こんなところで、足止め食らうなんて」

別荘に備え付けのTVのDVDプレーヤーで、僕が産まれる前に作られたらしいホラー映画を見ながら、出かけるためのドレスを着た先輩がつまらなそうに言う。

昨日の夜からずっと見ていたらしく足元には見終わったDVDがだらしなく何枚も転がっている。

「しょうがないですよ。下手に移動して土砂崩れにでも巻き込まれたら大変ですし」

昨日のうちに洗っておいた先輩の服の乾き具合を確認しながら、僕は窓の外を見て言う。

空からはバケツをひっくり返したような雨が降っていた。昨日の真夜中から降り出したらしい。

昨日の夜、一泊するためにこの別荘に来て、朝起きたら土砂降りだった。

どうも土砂災害の危険があるとかで、雨が止むまで出かけるのは控えた方が良いらしい。

別荘の管理人曰く、危ないので今日はこのまま泊まって行ってくださいとのことだった。

「天気予報では明日にはやむって言ってましたから、それまで待機ですね」

車での移動は危険だと言っても、怪人なら別段徒歩で降りることはできる。

だが、服や電子機器はそうもいかない。今は待機でいいだろう。

「山奥の別荘、天候の悪化、そして若いカップル……映画とかだと、こういう時って大体は怪物か殺人鬼に襲われるのよねぇ」

「やめてくださいよ。縁起でもない」

映画をぼうっと見ながら先輩が呟いた言葉に僕はため息をつきながら言葉を返す。

先輩の服は綺麗に乾いていたので、たたんでスーツケースに詰めていく。

洗濯が終わったので、次は料理だ……車に念のために積んでおいたカップ麺だけど。

先輩は案外、ジャンクな手抜き料理が好きだから、文句は言わないだろう。

「先輩、お昼のカップ麺、どれにしま……!?」

先輩に何がいいかを尋ねながら何気なく外を見た僕は、息を飲んだ。

こんな山奥で、降りしきる雨の中、一人の少年が立っていた。

「そうねえ。きょうはおうどんのきぶ……ひぃっ!?」

窓の外を見てひきつった僕の表情に気づいたらしい先輩もつられるようにそちらを見て、悲鳴を上げた。


ほんの数m離れたベランダに、一人の少年が立っていた。


降りしきる雨に濡れて、びしょびしょになった伸び放題の髪の下から、濁った光を帯びた瞳がのぞいている。

大きくも小さくもない細身の身体は泥と血で汚れきっているし、上半身は裸で、ズボンもぼろぼろ。おまけに裸足。

森の中の孤立した別荘と言う場所で出会ったことも相まって、まるでホラー映画のゾンビみたいな、不気味な少年。

「……にん、げん……?」

その少年が僕らに気づいて少し驚いた顔をして呟いた。

顔を上げて、僕らを見つめてくる。すさんだ生活のせいで目が死んではいるが、大人と言うには若すぎる、子供と大人の中間の顔立ちをしている。

僕より少し年下、具体的には16歳だという、元は天才と持て囃されていたらしい、ついこの前まで高校生だった少年の顔だ。


……そう、僕らはその『少年の顔』を知っている。


―――先輩!逃げましょう!

咄嗟に《沈黙の命令》で告げた僕に先輩は首を振り、そっとあの少年に聞こえないようにつぶやく。

「ダメよ。もう、着てしまっている」

それだけで、僕は事態を悟った。

油断した、今朝の時点では100㎞は離れた場所に居たはずの、少年。

だが、今日は『作戦決行日』でもあった……両方が高速で移動することが出来るなら、それくらい移動する可能性はあった。

そのことに気づくのが、遅すぎたのだ。

「……逃げろ!」

少年が叫び声をあげたのを見て、僕は先輩を抱いてその場にしゃがみ込む。

一瞬遅れて、ガラスが砕け散る派手な音が響いた。

僕らのすぐそばには、針と言うにはデカすぎる毒針が、深々と刺さっている。

「実におあつらえ向きだなあ!ヒーローさんよぉ!」

砕け散ったガラスの破片から先輩をかばいながら、僕は上空から降りてきた、毒針を放ったやつを見る。

耳障りな高音を上げながら着陸したのは、雀蜂をベースにしたA級怪人。

言動からして今週の生贄になったとか言うホーネットスティンガー1号こと『ブレインクラッシャー』で間違いない。

……出来れば間違いであってほしかった、あの少年がなんなのかまで確定してしまった。

「てめえらあ!見られたからには生かしちゃおけねえ!……脳みそ、ぶちまけろやぁ!」

怪人の目撃者は速やかに抹殺するという結社の方針に忠実なその言葉と共に、ブレインクラッシャーの手のひらが僕に向けられ、ライフル弾のごとく毒針が飛び出してきた。

放たれた毒針の軌道は、間違いなく脳天を直撃するコース。

人間はもちろん、サージェントウルフだって一発でアイツの言う通り脳みそぶちまけて即死の一撃。

僕はその毒針を見据え、ギリギリ致命傷は避けられそうな位置に頭を動かしてから、目を閉じて力を抜く。


……目を開けて見ていたら、きっと『命綱』を捨ててかわそうとしてしまうから。


そして、先輩もろとも突き飛ばされて転がり、先ほどまで僕の頭があった位置の壁に穴が開いた瞬間、僕は『賭け』に勝ったことを確信した。

『擬態した状態』で僕らを突き飛ばした少年は……目の前の『怪人』はそう言う奴だと、僕は知っている。

「……ボクは、今度こそ守り抜いて見せる。お前たちから、全ての人たちを」

一発が腹を貫通し、更に背中に数本毒針が刺さった状態で、少年はうわ言のように呟く。

そう、コイツは『自分の身を犠牲にしてでも怪人に襲われた人間を守る』のだ。半年間、ずっと観察してきたから、知っている。


「そのためならば、ボクは……いくらだって戦ってやる!……変身!」


奴にとっては自らが人間であると主張するための儀式でもあるらしいその言葉と共に、奴は擬態を解除した。

身体が膨れ上がり、肌がどこか金属を思わせる緑色の外骨格に変質する。

腹の穴は塞がり、刺さっていた毒針が抜け、金属音を立てて床に落ちる。

目玉が飛び出して膨れ上がって赤い複眼へと変わり、人間の顔から異形の顔……『蝗』に似た虫の顔へと変わる。

「いやあああああああああ!?」

目の前で異形の怪人へと姿を変えたアレを見て、先輩が大きな声で悲鳴を上げた……その声に宿っているのは、紛れもない、恐怖だ。

無論、先輩だってただの怪人の擬態解除だったなら、悲鳴なんて上げなかっただろう。今回は、相手が悪い。

目だけ真っ赤な、緑色の怪物。

僕らはそれが、既に百を越える怪人を惨殺してきた、B級怪人アサルトローカスの皮を被った、何かであることを知っている。

先輩が顔を寄せて、僕の服を掴む。ガタガタと震えながら。

僕だって逃げ出したくなるくらい怖いが、グッと踏みとどまる……下手に逃げようとすれば確実に殺される。

目の前のコイツは僕らにとってはどんな幽霊よりも、怪物よりも恐ろしいもの。

数多の怪人を、ジャック・ローズをゴミみたいに殺してきた、結社の怪人たちの『天敵』なのだから。

「ひぃ!?ば、化け物ぉ!?」

その姿を見たあと、僕はできうる限りの情けない悲鳴を上げた……

『人間』ならばいきなり『最悪の失敗作』を見たら、悲鳴を上げるはずだから。


コイツに僕らが『怪人』だと悟られた瞬間、僕は死ぬだろう。多分先輩も。

それは、嫌だ。こうなったら、最後まで『偶然戦いに巻き込まれたただの人間』を演じるしか無いという決意だけが、僕を動かしている。

何せ抱きしめた先輩が、震えているのだ。例えカッコ悪くても今、この時を生き延びるためにはやり遂げないといけない。

「…………」

そんな悲鳴を上げた僕に対し、アレは虫型の怪人特有の、グロテスクな仮面のような顔を向ける。

表情が全く分からないし、声も上げないが悲しそうなのは、何となくわかった……どうやら誤魔化きれたらしい。

「ヒヒヒ、大人しく狭い穴倉にでも隠れてりゃあ助かったかも知れねえのになあ!失敗作!

 このまま、なぶり殺しにして、俺様はあのジジイの代わりにS級になる!」

……ああ、なんでブレインクラッシャーはコイツのヤバさが分からないんだろう。

バカみたいに笑いながら、ブレインクラッシャーが高速で飛び去って行く。

高速で飛行できる雀蜂の怪人だけあって、あっという間に見えなくなった。

また後で、隙を見て狙撃で殺すつもりなんだろう。暗黒蟻帝と違い、遠距離からの狙撃が出来て、アレの手も脚も届かない空を飛べる自分ならばできると。


……だが、それを許す奴ならば、アレが『最悪の失敗作』と呼ばれるほど恐れられる存在になるはずがない。


どうやらアイツは、相手の強さも、どれほど危険かも見極められない『A級様』だったらしい。

「……逃がさない」

アレがぽつりと呟いた瞬間、体色が変わる。鮮やかな緑色から、深く濃い青色へ。

この前聞いた、音速を越える速さで暗黒蟻帝の顎を蹴り砕いたという青の《第二形態》だろう。

そして、緑から青へと変わった化け物がしゃがみ込んだ瞬間……アレの背中に、透き通った、虫のような翅が飛び出してきた。

(飛べるのかよ!?)

思わず飛び出そうになった言葉を辛うじて飲み込み、人間のフリを続ける。

「……君たちは、どこか安全なところへ」

それだけ言い残し、凄まじい速度でアレは飛び去った……そして少しして、遠くからブレインクラッシャーが爆発四散する光が見えて、悲鳴と轟音が鳴り響く。

その後には、先ほどまでの出来事が嘘ではないという証明のように、強くなった雨が吹き込んでくる冷たさと、ざあざあと振り続ける雨の音だけが残った。

「……先輩。どうやら僕たち、助かったみたいです」

そのあと身動きできずに暫く固まったまま、アレが戻ってこないのを確認し、僕は先輩に告げる。

ブレインクラッシャーを仕留めたのならもう、あいつは自分を化け物呼ばわりした僕らのところには戻ってこないはずだ……戻ってこられても、困る。

ざあざあと降りしきる雨の音を聞きながらぼんやりとそんなことを思う。

震えて僕の服をギュッと握りしめる先輩を抱きしめながら、僕は安堵のため息をついた……正直、死ぬかと思った。

「先輩。もう大丈夫なんで離してください」

「……もうちょっとだけ、このままでいさせて。腰が、抜けたわ……」

だが、先輩はアレと直接遭遇したショックがデカかったらしい。震えたまま、僕から離れようとしない。


結局先輩が落ち着くまで一時間ほど、雨が吹き込んでくる部屋で抱き合うことになってしまった。

ベースがクラゲの怪人である先輩は水に濡れるのは平気みたいだけど、僕は普通にちょっと辛かった。


それから先輩は、ベッドが一つしかないときは床に寝かせていた僕を自分と同じベッドで寝るように要求するようになった。

柔らかなベッドの上で寝られるようになったのはありがたいけど、僕を抱き枕代わりにするのは辞めて欲しい。

いつから青の形態のときに翅が生えるようになったかって?今だよ!

なお、今回は戦ってないので勝敗カウントは進まず。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ