砂漠のクラゲ3
B級怪人はA級怪人ほど貴重じゃないが、サージェントウルフ並の選抜できるほどには数が多くない。
暗黒蟻帝が爆発四散して一週間。
僕と先輩は、某県の片隅にある雑木林の中で、どこにでもあるようなワゴン車に乗って、淡々と任務をこなしていた。
「……結社の命令だから仕方ないとはいえ、またしょっぱい仕事回されたわねー」
車の助手席で、スマホを3つ同時に弄りながら、先輩が不満そうに言う。
「楽だから良いじゃないですか」
僕は運転席で限界までリクライニングさせた座席に寝そべりながら、あくび混じりの言葉を返した。
今回の『任務』は、人間が来ないかどうかの監視である。
この山道から奥まった森の中に、結社の秘密施設を現在建造中だとかで、それを見られると困る、らしい。
面倒なことにこの山道の先には数十年前に閉鎖された病院だか診療所だかがあるとかで肝試しに来る若者がたまにいるのだ。
と言うわけで人間が来たら追い払うのが今日の僕らのお仕事だ。生きたまま捕獲して新しい怪人作る素材として結社に運んだらボーナスも出る。
結社の任務だって、なんでもかんでも死に直結してるものばかりじゃない。B級以上なら本人の適正を考慮してある程度『安全な』任務が回ってくる方が多い。命がけの殺し合いになることが確定している任務なんて数か月に1回あるかないかだ。
……が、まあ、それで終わるとも限らないのが怪人業界の恐ろしいところなんだけど。
僕は遠くから車が近寄ってくる音を聞きつけ、身を起こした。
「人間?怪人?」
その様子に先輩がスマホをいじくる手を止めて、それだけ聞いてくる。
相手を知覚する能力は、サージェントウルフのが上なのだ。
「車の音ですから多分人間ですね」
それだけ言って僕は車から降りる。
相手が人間にせよ『人間のフリをした怪人』にせよ、車に乗ったまま戦うのは不利だ。
僕や先輩のように耐久力にあまり長けてない怪人だと、車が爆発したら結構な怪我をするし、最悪、死ぬ。
咄嗟に逃げられるように車を降りるのは基本だって学んだ。
先輩も黙っておりてきて、二人してそれとなく車から距離を取り、気配を消して相手が来るのを待つ。
僕も先輩も潜伏や隠密には怪人基準で見ても並み以上に長けてる。
本気を出せば大抵のA級怪人を相手にしても逃げるだけなら何とかなるくらいだ。
「……人間だったわね」
「ですね。男が3人、女が2人。肝試しっぽいですね」
僕らに全く気付かずに通り過ぎて行った高そうな黒い車を見て、僕らは彼らが只の運の悪い人間であることを確認する。
「で、捕獲ですか?」
「もちろん。私が行くわ。あなたは車を見張ってなさいな」
僕の確認に思った通りの回答をすると同時に擬態を解除する。
全身が透きとおり、黒かった髪も銀色を通り越して半透明になり、ざわつくように動き出す。
戦闘向けの怪人じゃないせいか身体の大きさこそ変わらないが、人間ではないことは明らかな姿である。
だが『怪人はその場に怪人がいたと言うことを悟らせないのが一流』と言う先輩の持論に従うと、この場ではそれが正解らしい。
「じゃあ、準備しておきなさいね」
それだけ言い残すと靴と靴下を脱ぎ捨てた先輩が音もなく滑るように先ほど通った車を追っていく。
それを見送った僕は車の後部を片付けて、人間が五人くらい詰め込めるように整理していく。
ぎゃあああああああああああああああ!!!!!!!
少し離れた地点から悲鳴が聞こえてくるのも、いつものことだ。
『深夜の心霊スポット』で出会った『ドレスを着てて裸足』の『身体が透けた女』を見た人間の反応は、大体同じだ。
これまで数十回は繰り返してきたが、先輩を『怪人』と見抜いた人間を、僕は知らない。
そして『深夜の心霊スポットに肝試しに行ったきり行方不明になった人間』が『結社に攫われて怪人になってる』のではないかと疑う人もあんまりいない。
人間の社会ではいまだ僕らは、実在はするけどごく普通の一般人が遭遇することはまずない妖怪とか幽霊みたいな扱いなのだ。
「戻ったわよー」
それから僕が後部座席を片付け終えるのを見計らったように、殺さないように腰辺りに触手を巻き付けて持ち上げた人間を持った先輩が戻ってきた。
全員、白目を向いて意識を失っている。驚いている間に先輩に刺されて麻痺毒を流し込まれたんだろう。
慣れてないアサシン・ジェリーだと量や濃度を間違えて殺してしまうらしいが、先輩がそんなヘマをしたところは見たことない。
長年の経験と勘で相手の体格に合わせた絶妙な強さと言う奴を完璧に調整できるのだ。こうなると半日は目を覚まさない。
彼らが次に目を覚ました時には普通に身も心も怪人になっていることだろう。
「こいつら、現金も結構持ってたわ。あと、これね」
先輩は財布から抜き取ったらしい紙幣の束(現金以外は足がつく可能性があるので取らない主義らしい)とキーホルダーが付いた鍵を見せてきた。多分、さっき見た高そうな車だろう……鬼だな。この人。
僕は先輩の容赦のなさにため息をつきながら、後部座席に荷物のように人間を詰め込んでいく。
まあ、多少怪我しても死んでなければ怪人になったら治る。乱暴に扱っても問題はない。
(この人たちにも、普通に人間としての人生があったんだろうな……)
そんなことを思いながらも、手を止めることはない。既に何度も繰り返したせいで『慣れて』しまった。
ジャック・ローズが今の僕を見たら怒るんだろうか?それともしょうがないと受け入れてくれるんだろうか。
それはもう、二度と分からない。
そのことに、若干の寂しさを覚えながら作業を終えた、その時だった。
バババババババ……
上から、まるでヘリコプターのような『羽音』が聞こえてきた。こんな時間に、だ。
「先輩。なんか、着てるんですけど、何か知りませんか?」
僕は先輩に確認することにした。先輩なら、何か知っているはずだと確信して。
普通の怪人『暗殺者』だろうとは思うが、なんで僕らのところに来たのかはいちいち気にしていられないのが現実と言う奴だ。
「ああ、暗黒蟻帝が死んで空いた地位を狙ってる昆虫系のA級怪人が何人かいて殺し合いしてるって言うから、それが飛び火したんじゃない?
ったく、あんなんでも居なければ居ないで問題が起きるのねぇ」
先輩も大方事情を察して、うんざりした声で言う。
情報屋ってのは、中立が基本らしい。誰の庇護下にも入らないし、情報の売り買い以上のかかわりはあんまり持たない。
……それはつまり、ある怪人が『敵』だと思ってる怪人にも情報を売ってることになる。
そのせいで先輩が邪魔で殺したがってる怪人は多いし、今日みたいに命を狙われることだって珍しくない。
もしかしたらこの任務そのものがその手の連中の仕込みだったのかもしれない。
「……どうします?」
「撃退ね。一応、今任務中だもの。勝手に持ち場はなれたらもっと面倒くさいわ」
先輩の結論は、簡潔で分かりやすい。それに僕もその意見には同意だ。
多分そこまで強い奴じゃないと思う。少なくとも、ひそかに近寄ってくるとかの知能が足りない奴だ。
先輩と僕なら、撃退できる……はずだ。
そんなことを思いながら、僕は擬態を解除してそれとなく車から距離を取る。
相手の考えはいまいち読み切れないけど、車ごと潰されたりするよりは多分マシ。
折角捕まえた人間を殺されるのももったいないし。
そして、僕らはじっと相手の出方を伺い……動いた瞬間をとらえる。
「死んじゃえ―☆」
そんな軽い声と共に、ヘリコプターのような羽音が途絶えた。
その先に起こることを予測していた僕は慌てずにその場から飛びのく。
一瞬遅れて轟音と共に空から怪人が降ってきた。
―――身長3m前後、横幅もある重量級。外骨格装甲有り。飛行可能。甲虫系……多分B級で詳細は不明。
飛びのきながら僕は観察結果を自分の知識と照らし合わせて先輩にも《沈黙の命令》で伝える。
額に角が二本、縦に並んで生えた虫系そのものの無表情な顔と、如何にも頑丈そうな外骨格に覆われた暗褐色の身体に、白っぽい背中の羽。
見た目からしてなんか珍しい虫をベースにした怪人なんだろうが、何をベースに作った怪人なのかは、調べないと分からない。
まあつまり、どこのどなた様かは知らないが、先輩の暗殺しようとしている怪人の襲撃。先輩と一緒に居たらよくある『いつものこと』である。
「あれ?外れた?」
空から降ってきて地面を陥没させたそいつは、足元に僕の死体が無いことに首を傾げている。
表情は分からないが、多分きょとんとした顔をしているんだろう。
……っていうか、声がもろに子供なんだけど。ちょっとやりづらい。
その事実にちょっと萎えそうになるが、いつものことなので割り切ることにする。
怪人の基本的な強さは、ほぼ改造された時に決まる。努力や鍛錬で簡単に何とか出来るほど、怪人の性能差と言う奴は甘くはない。
人間で言えば格闘技とかを学んで鍛え上げれば『人間相手』ならほぼ勝てるようになるだろうが、『戦う気満々の熊』を素手で殺せる人間はいないようなものだ。いやまあ世の中には拳や刀で怪人を殺せる人間がいるとか言う話は、怪人の間でまことしとやかに語られてるけど、それは都市伝説レベルの話だ。
だから、前世が何であれ、ナノマシンを注入されて脳改造を受けたら、そいつは既に怪人としての能力を持っているし、実戦配備されてる時点で最低でもB級怪人だ。
B級怪人は種類がとても豊富なのとB級怪人に関する訓練は特定の怪人に合わせた訓練方法が確立されてないこともあり、強さは個体差がものすごく大きい。けれど、サージェントウルフよりは強いと思っておいた方が間違いがない。
そして、この手のアホな襲撃をかましてくる怪人は、簡単に騙せる『バカ』と『子供』が圧倒的に多いというのは何度か襲撃を受けて学んだ嫌な現実だった。
「まあ、いいや。みほりん☆、だよ。それでみほりん☆はね、殺し屋なの。
と言うわけで二人ともちょっと殺すから、死んでね?」
そいつはマイペースに名乗りを上げる。ついでになんかこう、えらい軽く殺すって言われたんだけど。
対する先輩の回答は、触手だった。
細くて、鋭く飛ぶ触手。刺されば表面の棘から麻痺毒を注入される。
それが胸元の如何にも硬そうな外骨格に命中して……かすり傷一つつけられずに弾かれた。
純粋なパワー不足だ。アサシン・ジェリーの触手は、ナイフ持った人間と同じくらいのものまでしか貫けない。
鉄板やコンクリートを盾にすれば防げるくらいの威力なのだ。
そして、みほりんとやらの外骨格装甲は、見た目通りに堅いんだろう。
「まあ、なんてことかしら~。わたしのしょくしゅがつうじないなんてぇ」
……先輩、もうちょっと真面目にやりましょう。バレますよ。
そんなことを思いながら、僕は一気に距離を詰めて、手のひらを押し込むようにして掌底を放つ。
きわまった掌底は相手がどんなに硬い外骨格を着てても通り抜ける強烈な一撃になる。
つまり、硬い外骨格を持つ敵に最も有効な一撃なのだ!
「んん? なんかした?」
……問題は僕の今の技量だとそんなことは出来ないことだ。大神流(通信教育)習い始めて2週間なら、そんなもんか。
そして、しょぼい掌底を放った僕の方を見たみほりんがそのまま握りしめた拳を雑に横に振る。
「ぐっ!?」
咄嗟に腕を盾にして防いで、食らった瞬間に後ろに飛んだが、それでもダメージを逃がしきれない。
盾にした左腕ががっつり骨折した。怪人なので痛みは大したこと無いが、しばらくは武器としては使えない。
(……パワー系怪人にしてはパワーが弱いな)
が、かすっただけで両手と内臓がぐしゃぐしゃになる一撃を経験したことがある僕にとっては、大した威力とは言えない。
頭にさえヒットしなければ、即死は無い。それが分かったのは収穫だった。
僕は、二つ目の構えを取り、まっすぐにみほりんを見る。
「やめなよぉ。たっくん☆と同じサージェントウルフじゃ、やるだけムダだよ?逃げた方がいんじゃない?
みほりん☆はそっちのおばさん殺したいだけだから、ジャマしないなら逃げてもいいよ?」
そんな、サージェントウルフに対しての暴言をぶつけるみほりんを無視して、僕は無事な右腕を構える。
指を五本ともぴんと伸ばし、相手を貫く手刀の形。
無論、僕の筋力で撃てる手刀では、みほりんの硬い外骨格はぶち抜けない。
(だけど!)
僕がまっすぐに狙ったのは外骨格の継ぎ目の部分、恐らくはその中でも特に柔らかいと思えた腹と胸のつなぎ目部分を狙う。
「うおおおおおお!」
大きな声を出して力を振り絞り、走りこんで勢いをつけ、手の形をした刀を思いっきり突きこむ!
「え?たっくん☆、避けろって?え?……いたぁい!?」
よし!思った通り、僕の手刀は外骨格の隙間の筋肉を突き破り、ほんの数㎜だけ、内部にめり込ませることに成功した!
「もう怒った! ころしちゃ……はれ?」
みほりんが突如呂律が回らなくなって、不思議そうに僕を見る。
腕や足は、もうまともに動いていないだろう。痙攣しだしている。
「……僕じゃない」
僕は端的に事実を伝える。そう、僕のみほりんの受けた傷は、ありていに言って怪人基準ならかすり傷だった。
……だが、確かに内臓に届いている。
『毒』でも流し込まれたらあっという間に全身に広がる、危険な傷だ。
「私たち『二人』をたった一人で相手したのは失敗だったわねぇ」
先輩が肩を竦めてみほりんに敗因を伝える。僕の腕を伝い、触手を数本分、僕の開けた穴にねじ込みながら。
僕の手刀による傷は、僕の動向をじっと伺ってた先輩が、触手をねじ込み、濃度を限界まで上げた麻痺毒を注入するには十分な大きさだった。
手刀の反動で脱臼した手を慎重に抜き取りながら、距離を取ると同時に、みほりんが後ろ向きに倒れる。
「え? にゃ。にゃんで? うごけにゃい!? にゃんでぇ!?」
ピク、ピクと腕や足、多分羽も動かそうとしているらしいみほりんが混乱した声を上げている。
どうもみほりんは外骨格の硬さがすごい分、再生能力は余り高くないらしい。
そうなると毒を分解する能力の方もさほど高くない。それでも一応喋れる辺りは流石のB級怪人と言ったところだろうか。
「サージェントウルフはあなたより弱い。アサシン・ジェリーも普通に戦えば弱い。
……でもね、連携したら強さが跳ね上がるのよ。
例えサージェントウルフでもやりようによってはA級怪人を屠ることもある。覚えておきなさい」
先輩はじっと目を覗き込んで、みほりんに言う。
「こ、ころひゅの?」
それだけで、みほりんはぶるぶると震えながら、先輩に呂律が回ってない声で尋ねる。
分かってしまったんだろう。怪人同士の戦いで負けたらどうなるのか、殺そうとした以上、殺されても文句を言えないことを。
「あなた『たち』次第よ……光一郎」
―――了解。取りあえず、あぶり出してみます。
このままだとみほりんが先輩になぶり殺しにされかねない。
僕は取りあえず穏便に済ませられるか確認するため、みほりんに向かって優しく言う。
「まあ、安心しろ。そんなに酷いことはしない。オレは紳士なんだ」
表情が分かりやすい擬態状態に戻って、敢えての笑顔。声を低くして、一人称もオレにして、カッコよく言う。
……ラブホにあるTVでぼうっとしながら見た、古いヤクザ映画のイメージだ。
「ほ、ほんとぉ?いひゃいこと、ひない?」
「ああ。安心しろ。とりあえず視界奪うために目玉えぐりだして再生しないように石ころ詰め込むくらいしかしない」
僕がそう言った直後にあたりにアンモニアの匂いが漂った。うん、知ってた。超怖いよね。
僕だって本当にやったことは無い……先輩がやってるの見てドン引きしたことはあるけど。
「たひゅけてー!たっくーん!たっくーん!」
こんな感じで軽く脅し付けたら、錯乱したみほりんが騒ぎ出した。思った通りだ。
―――やめてください!降参!降参しますから、その子に酷いことしないで上げてください!
僕の脳内に《沈黙の命令》での声が響いた。多分僕よりは年上の、男の声だ。
よし、セーフ。そこまで腐ってなかった。このまま黙って見捨てるタイプだったら全力で追跡して抹殺しなきゃいけなかった。
『上司』を簡単に見捨てるような『サージェントウルフ』は、殺されても文句を言えないと思う。
ガサガサと音がして男が姿を現した。綺麗に七三分けな髪にワイシャツにスラックスで小太りの、どこにでもいそうな男だ。
敢えての擬態状態での登場は、僕らに抵抗する気はないという心意気の表れだろう。
手にはみほりんの普段着らしき服を抱えている。綺麗にたたまれたパステルカラーの安っぽいやつと、子供らしい下着に、ちっこい靴。
……うーん。絵面がヤバい。怪人じゃなかったら警察に通報してたな。
「は、初めまして……私はサージェントウルフ6248号で、たっくん☆、と申します」
男……たっくんは45度のお辞儀を何度もしながら僕たちに敬語で話しかけてくる。
名前の付け方のセンスからして、多分コードネーム付けたのもそこに転がってるみほりんだろう。
製造番号からして、サージェントウルフ6245号だったタカコの同期だろうか。
……戦闘訓練に合格したってことは結構なエリートなのに、最初の上司がよりにもよってみほりんとか、やっぱりサージェントウルフの扱いはどこまで行っても消耗品なんだな、と思う。
「……活動費が足りなくて遊ぶ金欲しさに私の暗殺請け負った鉄砲玉ってところかしら」
男の服装とみほりんの服を見て、先輩は一瞬で正体を見抜いていた。
なんで服とか見ただけでそんなところまで分かるのかは、僕には謎だ。
「……ブレちゃんがね。アサシン・ジェリーのおばさん殺したら10万円くれるって」
先輩の問いかけに、どう見ても小学生か良いとこ中学生くらいにしか見えない擬態状態に戻ったみほりんが、服を着ながら先輩の問いかけに素直に答える。
僕らの命が意外とお手頃価格で取引されていたことに、なんとも言えない気持ちになる。
ていうかそれ、成功させてもお前は用済みだってつって消されるやつじゃ?
自分より格下のB級怪人との約束なんて基本守らないのが怪人と言う奴だ。
結社では『騙して悪いが』を通り越し『騙して悪いか』が横行している。
……そう言う意味では、他の怪人に依頼を出すときは、仕事の危険度に見合った報酬を必ず渡す先輩は、良心的とすら言えるのが、結社と言う奴の酷さだ。
「……よし、この場で殺しましょう。こんなクソガキ、生かして置いたら結社のためにならないわ!」
そんな舐めた態度にキレた本気度100%の先輩が断言した。
いや、絶対おばさん呼ばわりしたのが原因だろうけど。
「そ、そんな!?殺す気は無いって言ったのに!?」
「みほりん!そこの御方のことはお姉さんって呼びなさい!お姉さまでも可!」
流石にたっくんは戦闘訓練を突破したサージェントウルフらしく、どこが不味かったのか一発で見抜いた。
驚愕と恐怖に染まったみほりんに必死にさとしている。普通に前世ではサラリーマンとかやってたのかもしれない。
例えるなら上司の暴走に振り回されるサラリーマンだ。いわゆる社畜って奴っぽい。
……うん?それは僕も何じゃ?
普段の僕の待遇と言う問題については、もう考えないことにした。落ち込むので。
「……しょうがないわね。そこのたっくんに免じて、仕事一つで許してあげるわ」
そんな二人を見て、とりあえず使えそうな『手駒』とみなしたらしい先輩が、二人に言う。
「……お仕事ってなにすればいいの?おば……おねえさん」
先輩の殺気を敏感に感じ取ったみほりんがきちんと言い直して問う。
「そうね、このお金とそこの車上げるから、中の積み荷を基地まで運んで頂戴」
そう言いながら、先輩はポケットに手を突っ込んで紙幣を取り出した……それ、さっきまで『車の積み荷』が持ってた奴ですよね?
全部で20万円くらいある……お金があるところにあるのは人間も一緒だと言うことだろう。
「私だって鬼じゃない。お金なら前払いしてあげる。この車に乗った人間を、基地まで運ぶ。それだけでこれ全部。
更にこいつらを生きたまま基地まで運べれば結社から報奨金も出るわ。それもあなたたちにあげる」
「やった!やるよ!」
みほりんは一瞬で、頷いた。先輩が出したお金を受け取りながら……普通に割とヤバい仕事なんだけど、嘘は言ってない。
「……分かりました。それで許して頂けるのでしたら、やります」
一方でたっくんの方はこれが人間社会に紛れようとしてる怪人にとってヤバい仕事なのを重々承知している顔つきで、頷いた。
もし、運んでいる途中で警察に見つかったら人間社会での暮らしは困難になるだろう。
野性味たっぷりのアウトドア生活をするか、結社の中で最低限の暮らしをすることで満足するしかない。
そして、この車は先輩を殺そうとした『ブレちゃん』とやらにバレてて、他の怪人から『襲撃』される可能性がかなり高い。
……僕たちの代わりに襲われる囮になってくれるのなら、暗殺しようとしたことを許す。
先輩の『依頼』はそう言う話であることを、たっくんはちゃんとわかってるようだ。
「そう。じゃあ、頑張ってね」
それだけ言うと、先輩はすっと、僕の方を見る。
僕の方も心得たもので、車の中から最低限の荷物を詰め込んだスーツケースを下ろして、車の鍵をたっくんに渡した。
鍵を受け取ると同時に、二人は急いで車に乗り込んで、一気に走り出す。
この場から少しでも早く離れたいと思っているのは、僕にも分かった。
「……大丈夫ですかね? あの二人」
「さあ? どっちでも良いわ。さっきの紙幣に私の名刺も混ぜておいたから、生きてたら連絡来るでしょ」
車が見えなくなるまで見送ったあとはそれっきり、興味が無いとでもいうように、先輩は歩き出す。
「ブレちゃんとやらは私たちの相手にあんなのを暗殺者替わりに寄越すくらいだし、大した伝手も無いっぽいわね。さ、行きましょ。戦利品を確認しなきゃ」
ちゃらちゃらと先ほど手に入れた車の鍵を回しながら、先輩は当然のように言う。
僕はため息を一つ付いて、先輩についていく……
……翌日、無事に何事もなく任務を終えた僕たちが近場の旅館でくつろいでいると、例のみほりんとたっくんのコンビから、先輩に無事終わったという写真付きのメールが送られてきた。
若い女の子が多めな、どっかの喫茶店らしい場所で、珈琲が1杯と、ケーキとパフェがたくさんテーブルの上に並んでいる。多分みほりんの趣味だろう。
中年のおっさんと若い女の子の組み合わせは、上司と部下と言うより幸せそうな父娘のように見えた……今流行りのパパ活って言うのにも見えるけど。
まあ、無事で何よりだ。こうしてメール送れるくらいなら、少なくとも死んでも怪我らしい怪我もないってことだ。
別段深い付き合いがあったわけじゃないが、それでもあの後、襲撃受けて死にました、じゃない方が良いに決まってる。
……擬態して、真新しい服に身を包んだみほりんの頭に思いっきり包帯がまかれているのは、多分、気にしちゃいけない部分だ。
「あ、そうだ。次の今週の生贄『ブレインクラッシャー』に決まったから」
そのメールを見た先輩が、如何にも今思い出したという感じで言った。まるで今日の晩御飯の献立でも告げるように。
……雀蜂ベースで『体内で精製した毒針のヘッドショットによる暗殺』を得意とするA級怪人のコードネームを唐突に言い出したのは、つまりそう言うことなんだろう。
僕はとりあえず問題が解決したことを確信して安堵のため息を吐いた。
装甲特化型B級怪人ヘラクレスアーマー1号の頭貫けるほどの威力は無かったらしい。相性って大事




