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チート・クリミナルズ  作者: 犬塚 惇平
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season1 Welcome to Sword World 05

新とか神とか王とかつく系の真のチート枠

辺境の町の外れにある森の、人が入らないほどの奥地。

そこがコーイチローさんの言う『アジト』の場所でした。

刻限は日が暮れて辺りが赤く染まる頃合い……冒険者さんたちでも、生粋の森の民である妖精人(エルフ)でもない限りは避けるような危険な時間帯です。

実際鬱蒼と茂った木々が辺りを闇に染め、獣しか通らないような細い道は下草で隠されてほとんど見えません。

そんなわたしは、怪人の姿になったコーイチローさんに背負われて、移動しています。

「大丈夫か? もうすぐ着くから、我慢してくれよ」

「は、はい……」

ちょっと顔がにやけているのを隠すために、わたしはコーイチローさんの首元の毛皮に顔をうずめます。

道中はちょっとした食事休憩の時以外はずっと、馬よりも早く移動していたのはちょっと心臓に悪かったですが、

コーイチローさんの背中は温かくてもふもふとしていて、揺れも少なく意外と快適でしたので、ここまでの道のりもあまり苦にはなりませんでした。

「着いたぞ。ここだ」

コーイチローが足を止め、その場にしゃがんだのでわたしはコーイチローさんから降りて、目の前の建物を見ました。

「ここが……その、意外と趣ある場所ですね」

そこにあったのは、崩れかけの小さな小屋でした。

元は隠者か何かが隠れ住む庵かなにかだったのでしょうか。

屋根が半分落ちかけていて今にも崩れ落ちそうで、正直入るのすら躊躇される廃墟にしか見えませんでした。

「こっちだ」

そんなわたしの表情に気づいているのかいないのか、コーイチローさんはわたしの手を取ってずかずかと小屋の扉……

ではなく壁に向かって歩き出し、そのまますり抜けました。

「あれ?」

壁を通り抜けた先には、地下へと続く階段が見えますし、思わず辺りを見渡すと、そこには土台だったのであろう石畳がちょっと残っているだけで、他に建物の痕跡は残っていませんでした。

「あれはもしかして……幻術だったんですか」

「光学迷彩だ」

その現象にもしかしてコーイチローさんの上司とは高位の魔術師だったのかと思い尋ねた答えは、わたしの後ろから突然返ってきました。

澄んだ、少女の声です。その声に思わずわたしは振り向きました。

「……えっ?」

そこに立っているのは、声の通りの、成人もしていないであろう幼い少女でした。

コーイチローさんと同じく手入れの行き届き、綺麗に結い上げられた黒髪。

その下には血のように真っ赤な、今にも眠りに落ちそうで、それでいて獲物を狙っているかのようなどこか猫を思わせる瞳がまっすぐにわたしを捕らえています。

装いは羽を広げた鳥の勲章が胸元に飾られている以外一切の装飾が無い、まるで降りたての雪のように白いひざ丈の外套。

その下には町娘の普段使いであろう、野良仕事には向かなさそうな、そこそこの仕立ての服を着ています。

その子は、わたしを見据えながら、春の花のように可愛らしい桃色の唇で、淡々と言葉を紡ぎました。

「私が光一郎の上司だ。アリシア・ドノヴァン。お前の事情については光一郎に着けている集音マイクと小型カメラでおおまかには把握している」

「……しゅうおんまいくとこがたかめら?」

その子の言葉と発音はとてもきれいなのに、聞きなれない単語が混じっているので、一体何をされたのかさっぱりわかりません。

「……プロフェッサー。多分それだと伝わらないと思うぞ」

「ふむ、確かに観測番号1872の文明では今のところ存在が確認できていないものだったな」

わたしが本気で困惑してるのに気づいて、コーイチローさんがその少女に取りなします。

その言葉で少女の方もわかったのか、改めてわたしに言いました。

「そうだな……集音マイクはお前たちの扱う魔法と呼称される技術の《音運送(リプレイスサウンド)》、小型カメラは《遠視(ビジョン)》のようなものと理解しろ」

「はあ、なるほど……つまり貴方様は今日のわたしたちのことをずっと見ていたし、聞いていた。そういうことですか」

その言葉をもとに、わたしはわたしなりに何をされたのかを理解して、聞き返します。

総合すると、コーイチローさんはこの少女が高位の魔術師で、コーイチローさんがその使い魔とでもいうべき存在なのでしょうか?

魔術師の中には魔術の秘奥に達して、実年齢と見た目がまったく一致しない不老不死(イモータル)となったものが稀にいることも、

使い魔が見聞きした事柄は主たる魔術師も見て聞くことができるとも聞いたことがあります。

「まあ大体それでよかろう。細かい違いを指摘しても意味が無いからな」

どうやら不確定名少女の方もそれで納得したらしく、あまり大きいとは言えない胸を逸らし、言います。

「私のことは、プロフェッサーと呼びたまえ」

不確定名少女……プロフェッサーさんの偉そうな態度は確かにコーイチローさんの上司、魔術師と使い魔の関係には相応しく見えました。


地下に続く階段を下りて妙に明るい通路を抜けた先には、白い部屋が広がっていました。

「ここは私の研究室兼生活拠点だ。光一郎の言葉を借りれば、我らのこの世界におけるアジト、ということになる」

「うわあ……なんなんですか、ここ」

壁も床も天井も白い、見慣れない内装の部屋です。

もう夕刻を越えてそろそろ辺りは真っ暗になる時間帯にも拘わらず、昼間の外のように明るいのはどうなっているのでしょう。

部屋にあるのは簡素な机と椅子と、作業台らしき大きな卓に、雑多な良く分からない機械の類が大量に置かれています。

「ひぃ!?」

それが珍しくキョロキョロと辺りを見渡していたところ、作業台の上に無造作に置かれた硝子瓶の中に浮かぶ犬の生首と目が合い、思わず悲鳴を上げます。

「それはこの前光一郎が持ち帰ったこの世界の生物の脳の構造解析サンプルだな。

 必要なデータは取り終わったから破棄する予定のものだ。欲しければくれてやるが」

「い、いりません!」

とんでもない提案をしてくるプロフェッサーさんの言葉に思わず大声を上げてしまい、赤面します。

「……そうか。ならば本題に入るとしよう」

そんなわたしなどどうでもいいというように、プロフェッサーさんは椅子に座って足を組み、話を始めました。


「まず、状況からの私の推測だが、実のところ、お前たちの見解とほぼ同意見だ。光一郎を狙ったデーモンなる生き物の襲撃。

 これには冒険者ギルドの何物かが背後に居るだろう。光一郎の提案についても、一定の理解を示せる。

 故に私はお前をここにかくまうことについては了承する方向で考えている」

「あ、ありがとうございます」

どうやらプロフェッサーさんは、早急な方らしく、あっという間に話がまとまりました。

一応わたしなりにどう説明しようかと考えていたのが無駄になったのが少し残念ですけれど、なにはともあれここをいきなり放り出されずに済みそうなのはよかったです。

「だが、無償ではない。アリシア・ドノヴァン、お前には相応の対価を要求する」

ですが、その考えはちょっと甘かったようです。プロフェッサーさんはわたしをちょっとだけ獲物を見るような目で見ながら、言いました。

「対価ですか……その、お金ならば今は持ち合わせがありませんが、寮に戻れば少しは……」

とは言え、護衛を頼むのならば報酬なり対価なりを要求されるというのは当然のことです。

ギルド職員として頑張ってきたわたしのささやかな蓄えを渡すのは、命には代えられませんので仕方ありません。

「金銭は要らん。現状さほど必要性のあるものではない」

「じゃあ、一体何を……」

プロフェッサーさんはそんなわたしの提案に首を振って切り捨てます。

お金じゃないとなると、何を要求されるんでしょうか?

お仕事のお手伝いですとか、聖銀の短剣くらいならばいいですが……

「単刀直入に言おう。お前の血液を寄越せ」

そう考えていたところに飛び込んできたプロフェッサーさんの要求は、そんなわたしの予想を完全に裏切る、とんでもないものでした!

「はあ、わたしの血ですか……血ぃ!?」

一瞬理解が追い付かず、反芻してようやく気付くほどに、ありえない要求です。

……そしてわたしは、目の前の人物がコーイチローさんを使い魔として従える魔術師であることを思い出しました。

「検証のために人類種1872-1の生きた検体から採取した血液サンプルが欲しかったところでな。

 光一郎が納得して協力するような、人類種1872との無用な対立を生まずに穏便に手に入れる方法を思案していたところだ。ちょうどよかろう」

「いやいやいや。血とかそれは、ダメでしょう? ……ダメですよね?」

お手軽に手に入る割に邪悪な使い道にはことかかない血の売り買いは、禁忌の一つです。

王国の法律でも人間の生き血、特に処女の生き血は売り買いなんてしたら捕まりますし、取引が禁止されているご禁制の品に分類されています。

邪悪の輩が何かと若い女子を攫おうとする原因は、その体内に流れる生き血を欲しているから、なんて話もあるほどです。

そんなもの、寄越せと言われてはいどうぞとは言えません。

「なぜだ? 言っておくが生命に危険が及ぶほどの量を取るつもりはないぞ。具体的にはこの試験管一本分だ」

「いやだってわたしの、処女の生き血ですよ!? そんなものを要求するなんて、まるっきり危険な邪悪の輩じゃないですか!?」

懐から小さめの硝子管を取り出して言うプロフェッサーさんは、量の問題でないことをわかっているのでしょうか?

混沌の神々への供物に、ご禁制の魔術の触媒、錬金術師の怪しげな実験に、恐るべき吸血鬼の食事、果ては魔神召喚の儀式の魔法陣を書くインク。

処女の生き血の使い道なんて、邪悪な用途以外の何があるというのでしょうか。

そんなものを要求してくるプロフェッサーさんは、もしかしたら邪悪の輩なのかもしれません。

「……ふむ。お前の年齢で処女なのは、観測番号1872の文化的にはどうかと思うぞ」

「分かりました喧嘩売ってるんですねアナタ」

人の気にしていることを的確にえぐるプロフェッサーの言葉に、反射的に一息で返します。

同時にやっぱり生き血は渡せないと強く思いました。

こんな人に生き血を渡したら一体どんな邪悪なことに使われるのか分かりません!

「ごめん。プロフェッサーはこんな感じの残念な人なんだ。頭は良いけど、代わりに頭のネジが全部飛んでる類なんだ」

正義の怒りに燃えるわたしに、コーイチローさんもわたしの味方をして、優しい声をかけてくれました。

「光一郎。お前、命の恩人に対してなんてことを言うのだ」

「とりあえずプロフェッサーは黙っててくれ。話が進まない」

プロフェッサーさんを軽くあしらうその姿は、頼もしくさえあります。

やはりコーイチローさんは、良い人です。

「アリシアさん……プロフェッサーがとんでもないこと言ってたのは認める。そのうえで、頼む。少しだけ、血を分けてくれないか?」

「そんな……コーイチローさんまで!?」

だから、コーイチローさんまで生き血を要求してきたことには、流石のわたしもショックを隠し切れませんでした。

ですがコーイチローさんは、ショックを受けるわたしを諭すように言いました。

「血をくれって言うのが、ヤバい頼みだってのは、分かった。実際、プロフェッサーが世間的に見てヤバい人なのもまあ、事実だ。

 けど、この人はこれでも天才なんだ。プロフェッサーが血液を分析すれば、もしかしたらだがアリシアさんの身体を健康に出来るかもしれない」

「……本当ですか?」

コーイチローさんの予想外の言葉にわたしの頭が勝手に損得勘定を始めます。

20年以上わたしを苦しめてきた、この身体が健康になる。少量の血液の対価としてならば、それは非常に魅力的な提案です……

「ああ。本当だ。プロフェッサーは頭のネジが飛んでるし常識は無いし倫理観とかも酷いもんだが、腕だけは確かだからな」

確かに、真っ当な方法では治療不可能な不治の病や事故や戦で抱えた不具に絶望し、それを治そうとして邪悪の道に迷い込む人間の話はよく聞きます。

……そしてその中には、邪悪の輩となり果てた代わりに病や不具を治療することに成功した事例があることも、ギルドの記録で知っています。

「おい。勝手に話を進めるな光一郎。それと先ほどから私に対して無礼なことを言っているように聞こえるのはどういうことだ」

「悪い。あやまる。けど、出来るか出来ないかで言えば、出来るんだろ。プロフェッサー」

「可能だ。だが、そんなことのために私の時間を割くのは、とても面倒なのだが」

コーイチローさんの言葉に何でもないことのように頷くプロフェッサーさんが更にわたしを誘惑します。

プロフェッサーさんにとっては、わたしを健康にするのはさほど難しいことではないみたいです。

お医者様も匙を投げたこの身体ももしかしたら、本当に……そんな気持ちが沸きあがってきます。

「いや、今のアリシアさんの反応見るに、他の人に生き血をくれって言うのは、何をどうやっても絶対に面倒なことになるぞ」

「むう……」

それは、そうでしょう。下手したら口にした時点で衛視に捕まるほどのことですから。

それで悩むのは、健康な身体を心から欲している人間くらいでしょう……わたしみたいな。

「どうせ血液分析すれば、色々と分かるもんなんだろ? その結果を教えて、プロフェッサーが何とか出来るものだったら、治してやる。

 治すのは別料金で別途相談。それでよくないか?」

別料金で別途相談。良い響きです。つまり今回は、ここに匿ってもらうことの対価としては生き血を渡すだけで済みそうなのですから。

つまりこの後、健康にしてやるから儀式に協力しろとか、魔術の実験台になれとか言われたら改めて拒否すれば、

道を踏み外したことにはならないはずです。濃いめの灰色であっても、黒ではないのです。

「……分かった。血液分析のついでに、失陥や病気についても調べてやる。さほど手間が無いものであれば、治療も検討してやろう。

 それでいいだろう? 理解したら袖をまくって腕を出せ」

「アリシアさん……頼む」

すまなそうに頭を下げるコーイチローさんが、わたしの、最後の決め手となりました。

「……分かりました。コーイチローさんがそう言うのでしたら」

(大丈夫。ちょっとだけ、血を取られただけ。わたしは拒否したけど、命の恩人の頼みで断り切れなかったし、命には代えられなかったから)

頭の中で神様に言い訳しつつ、わたしを覚悟を決めて、袖をまくり上げて差し出します。

プロフェッサーさんは手慣れた様子で外套のポケットから取り出した紐でわたしの腕を縛り上げ、硝子管に細い針が取り付けられた道具の針をわたしの腕に押し当てました。

「……痛っ」

ちくりと、腕に針で指を刺したときのような痛みが走ります。

(あ、血が……)

腕に刺された針は筒のようになっているらしく、見る見るうちに硝子管の中に真っ赤な、わたしの血が満たされていきます。

その様子に、もしかしたらわたしはとんでもない約束をしてしまったのではないかという考えが頭をよぎりました。

「完了だ」

やがて硝子管に血が満たされたのを確認して、針を抜いてその場所にぺたりと透明な何かを貼ります。

腕にはよくよく見ないと分からないほどの、小さな赤い傷が一つだけ……どうやらこれで、要求された生き血を渡したことになったようです。

「私はとりあえず、アリシア・ドノヴァンの血液の分析作業に入る。お前らは適当に休んでおけ。詳しい話は、明日聞いてやる」

プロフェッサーさんは、新しい玩具を買ってもらったかのように子供らしい顔になり、わたしの血が入った硝子管を見ながら上機嫌でそんなことを言いました。

「了解。アリシアさん。こっちに来てくれ。疲れただろう? オレの寝室に案内する。ベッドが1つしかないから、アリシアさんが使ってくれ」

「はい……」

コーイチローさんに手を引かれ、わたしは部屋を出ました。

今日はあまりに色々ありすぎて、非常に疲れました。この疲れ方だと、明日は多分熱がぶり返しているでしょう。

男性の部屋でもなんでもいいのでベッドでもう寝たいと、切実に思います。

「……ここだ。ほら、ここに横になって」

「ふぁい……」

抱きかかえられ、柔らかなベッドの上に下ろされたのを感じると同時に、わたしは深い深い眠りに落ちたのでした。

次は短い幕間なので、そのまま続けます。

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