砂漠のクラゲ1
過去編第二弾。
ジャック・ローズが死に、僕が放浪の旅に出ることになって半年が経った。
……うん、正直僕も何を言っているのか分からないけど、事実だ。
今いるのは日本の片隅にある、いまいちよく知らない地方都市。
さらにその片隅にある深夜のラブホテル。そこで僕は、先輩からのお祝いを受けていた。
「19歳の誕生日おめでとう。誕生日プレゼントは楽しんでくれたかしら?」
フリルが多くて繊細な黒いドレスに綺麗でまっすぐな黒髪と僕と同い年か少し上くらいにしか見えない外見。
……はた目から見ると、ちょっと痛い趣味をした普通の女子大生で通ってしまうこの人が、今の僕の『上司』だ。
クラゲをベースにしたB級怪人、アサシン・ジェリー6号、コードネーム、樹里。
排気ダクトや排水溝を簡単に通れる非常に柔らかくて透き通った身体と、身体から自在に生やせる触手。
その触手から体内で精製される麻痺毒を持つこの怪人は、潜入や強奪、拉致に暗殺など『戦闘以外の任務』においてとてつもなく強い。
一方で柔らかい身体が災いして銃弾や刃物が普通に通るし、再生能力もあまり高くない。
触手もある程度以上パワーがある怪人なら簡単に引きちぎれるくらいの強さしかない。
麻痺毒も人間やサージェントウルフ相手ならともかく、B級以上の怪人には基本効かない程度の毒性だ。
おまけに擬態を解除しているときに学校のライン引きの粉を大量に浴びせられると体内の水分取られて動けなくなる。
……アサシン・ジェリー3号はそれで人間の高校生相手に殺されて『人間に負けた怪人』と言う非常に不名誉な仇名をつけられたらしい。
そんなわけで戦闘能力はとても微妙らしく、最悪の失敗作と戦ったら5秒と持たないというのが先輩の自己評価だ。
そんな先輩を前にして僕は……
「それで、僕は先輩の手で19歳の誕生日プレゼントとか言って最終性能試験に強制参加させられたことに、何を言えばいいんですかね?」
皮肉を込めて、怒りの言葉を返した。これは、怒っていいと思う。
今から一週間前の、僕の19歳の誕生日の日。僕は、A級怪人『ナウマンヴァイキング1号』の最終性能試験に参加することになった。
実戦を想定した市街地を模した会場での30対1での本気の殺し合い。制限時間は2時間で、武器は人間の歩兵が持っているレベルのもののみ。
……つまり制限時間が過ぎるまで一方的に蹂躙されろと言うことだった。
ていうか先輩に言われるままに指定の場所に行ったら、これから最終性能試験を始めるとか言われたときの僕はきっと酷い顔をしてたと思う。
通常時のバクダンを上回るパワーに、ゼロ距離でマシンガン撃っても通らないという恐ろしく硬い皮膚、20m先まで届いて割と変幻自在に動く上に物凄い水圧の水を吹き出す鼻を持つ恐ろしい怪人相手に、僕ら30人いたサージェントウルフは普通に蹂躙された。
何せ耐久力は並程度の僕らだと一発でも拳や蹴りや鼻を食らったらミンチになるのだ。こっちの攻撃はまともに通らないのに。
酷い戦いだった。最初はとりあえず戦ってみて全くかなわないことが分かり、次にバラバラに逃げたが、5人死んだ辺りでこのままだと全滅、みんながそう思ったんだと思う。
「結社の未来のために、A級怪人様の本当の性能計るためにもこっちも全力で抵抗しよう。みんなで」
そのお陰で咄嗟に出てきた僕の言葉にみんなが従ってくれた。
まあ、言い出しっぺの法則ってやつで戦闘訓練を最後まで突破した唯一のサージェントウルフと言うだけで大して強くも無いし頭も良くない僕が指揮を執ることになったが、僕一人だったら、絶対何も出来ずに死んでいたので、結果オーライだ。
……そのあと20人が死んで結果的に生き残れたのは僕を含めて5人と言う酷い成績だったけど、同意したんだから仕方がない、そう考えるしかない。
あの場には本当に優秀な、天才と言っていいサージェントウルフが居たのも幸いだった。
サージェントウルフ5033号『犬千代』が考えた作戦と、サージェントウルフ6245号の『タカコ』の的確なサポートが無かったら、多分勝てなかった。
僕はと言えば、精々がナウマンヴァイキング1号を攻撃を必死にかわしながら罠を用意した場所まで誘導するくらいしかしていない。
そんなわけで、僕は会場を駆けずり回り、腕を両方ともに、左足とお腹の中を鼻で粉砕される全治1週間の大けがを負い、ガンガン死人を出しながらなんとか罠にはめてナウマンヴァイキングを倒した。
……っていうか生き残った僕以外の4人が絶対ぶっ殺す!て感じでまともに戦闘続行できなくなった状態でとうとう土下座しだしたナウマンヴァイキングを容赦なく脚や石やハンマーやガスバーナーで殴る蹴る炙るの暴行するのを上手く止められなかったら、もっと面倒なことになってたと思う。
かくして僕らは最終評価試験を『ナウマンヴァイキング1号の戦闘不能により続行不能』と言う形で終え、医療施設で治療を受けた。
なんか僕以外のサージェントウルフも戦闘用としてコードネームを貰い、どっかに配置換えされることになったらしい。
犬千代とタカコがお見舞いに来た時に教えてくれた。
あと『サージェントウルフ5126号は二度と最終性能試験に参加させるな』ってお達しが研究部門で出たと、どっかの伝手を辿って情報を手に入れたらしいタカコが教えてくれた。それだけは正直、ありがたい。
そして一週間がたち、傷が癒えた僕はまた先輩の下に戻ることになり、こうなっているわけだ。
「偉大なる先輩のお役に立てて光栄です!以外にあるの?」
が、先輩は先輩だった。この人のせいで今日の午前中まで入院してたんだけど、ねぎらいとか欠片も無い。
多分、僕たちが作った『A級怪人がサージェントウルフに負けた』と言う状況を利用して色々やってたんだろう。そう言う人だ。
ちなみにパーティーの料理はこのラブホに入る前に今日は特別に私のおごりよ!とか言いながらラブホ前にあったコンビニで買ったチキンとジュースにケーキだ。
一週間遅れの僕の『誕生日のご馳走』は、びっくりするほど手抜きだった。
「生き残れたんだから、別にいいじゃない。お陰であなたも、あなたの上司たる私の結社での評価も、うなぎ上りよ?」
「あんまり実感無いですけどね」
僕は肩を竦める。結社内部での評判なんて、所詮誰かの補佐役が精々のサージェントウルフには大した意味はない。
むしろ、評判が高いサージェントウルフなんて、危険な任務割り振られる確率が上がるだけだから損なんじゃないか?とか思ってしまう。
「で、なんだっけ?『A級様ともなると命乞いすれば殺されずに済むんだからずるいよね』だっけ?」
……なんでこの人がそれ知ってるんだ。あの場にいたサージェントウルフたちを和ますために《沈黙の命令》で言った軽い冗談なのに。
僕は改めてこの人は敵に回したくないと心から思った。
「ま、あれであのクソ研究員は粛清。ずっと上層部に巣食ってウザかった『暗黒蟻帝』のジジイも始末できたわ」
「始末って……暗黒蟻帝、死んだんですか?」
その言葉に、僕は驚いた。A級怪人が戦功をあげ続けることで昇格が認められ、怪人名すら特別なものになるS級怪人が死ぬなんて、結社では聞いたことが無い。
そして、暗黒蟻帝はその結社でも数えるほどしかいないS級怪人の一人。戦闘員の『コピー元』だというS級怪人カイザーアントなのだ。
戦闘員にそっくりに見える癖にパワーもスピードも桁違いで、口から出る強酸のブレスは怪人でもドロドロに溶かすほど強烈。
性格は残虐そのもので、いたぶって身動き出来なくしたサージェントウルフを蟻酸ブレスでちょっとずつ溶かして遊ぶのが好きらしい。
……ジャック・ローズが嫌っていた『ダサいカボチャ』の一人だったはず。
「いいえ? ただ懇意にしてたクソ研究員がサジェウルごときに負けるA級怪人作った罪で粛清されて、引くに引けなくなったらしいわね。
『今度こそ、このワシがあの最悪の失敗作を倒してごらんに入れます!』とか大首領相手に大見得切って『今週の生贄』に確定したわ」
その言葉に、僕はちくりと胸が痛んだ。
定期的に『アレを抹殺せよ!』と命じる大首領様のご期待に応えるべく、大体週一ペースで発動される最悪の失敗作の抹殺指令の実行隊長。
それが行けば必ず死ぬと言うことから『今週の生贄』と呼ばれるようになって、結構経つ。
もう『強さ』も『弱点』も判明した今では、アレのことを邪魔な相手をこの世から退場させる結社の脚の引っ張りあいの道具……『全自動処刑装置』と呼ぶ人までいる。具体的には目の前の先輩だ。
「……勝つかも知れないじゃないですか」
折角のお祝いの場でアレのことを思い出したくなくて、僕は反射的に反論する。
正直、顔も良く知らない暗黒蟻帝より、5127号とジャック・ローズを殺したアレが死んでくれる方が、僕はうれしい。
……ジャック・ローズの仇だから、この僕の手で今すぐ抹殺してやる!なんて言えないのが、消耗品の辛いところだ。
殺すとは誓ったけど、今はまだどう考えてもかなわない。
「あのジャック・ローズでも勝てなかった全自動処刑装置相手に、ノープランで挑んで勝てるわけが無いじゃない。
それともなに? 暗黒蟻帝がジャック・ローズより強いとでもいうつもり?」
「……いいえ」
そうして帰ってきた先輩の言葉に、僕は首を振った。ジャック・ローズは凄く強くてカッコよかった。
いくらS級とは言っても実戦に出なくなって久しい怪人に負けるとは思えない。
「ま、一応例の真っ赤な《第二形態》に対する備えはあるらしいんだけどね。それで勝てるなら、とっくに抹殺出来てるってのね」
「……でも、S級怪人ですよ」
さっさとアレにはこの世から抹殺されて消えて欲しいと思う僕と、ジャック・ローズを殺したアレが簡単に殺されるのはなんか嫌だと思う僕。
その二つが入り混じり、僕の答えはなんとも言い訳染みたものになった。カッコ悪い。
「戦闘員のオリジナルになったって功績込みでS級に上がったくせにそれを傘に着て威張り散らす屑だもの。
あの全自動処刑装置に勝てるわけ無いじゃない」
そんな僕の様子を見て取ったのか、先輩は先輩としての結論を言って話を打ち切る。
他に怪人が居ない場所では常々と『今週の生贄に選ばれるなんて自信過剰のクズか、要領悪いグズなんだから、死んでも何も変わらないわ』とか言ってる。
「さ、つまらない話はおしまい。お祝いしましょ? ハッピーバースデーでも歌ってあげましょうか?」
「いりません」
気を取り直して、いつものように何を考えているのか分からない笑顔を浮かべてからかってくる先輩にきっぱりと言う。
「そう。つまんないわね」
「それと、そのドレス、さっさと脱いでくださいね」
そのまま、ずっと気になってたことを言ってみる。
「あらやだ? 誕生日プレゼントは私ってことかしら?女の子に脱いでなんて」
「三日は着っぱなしでしょ?普通に匂いますよ、それ」
大方、僕が治療していた間、着替えるのを面倒くさがっていたんだろう。風呂もサボってたのかもしれない。
身だしなみを怠ると臭くなるのは、男でも女でもあんまり変わらない。
戦場で臭いとか気にするのは論外だけど、こうして街中に潜伏するのなら気にした方が良いと思う。
「……きっつ。女の子に言うセリフじゃないわよそれ」
「そもそも女の子って歳じゃいってえ!?」
その言葉に割と素の表情になり、ごそごそと服を脱ぎだした先輩相手に調子に乗り過ぎのが良くなかったんだろう。
続けて軽口をさえずった僕の脚に激痛が走った。
「それ以上言ったら殺す」
そこには鬼のような笑みを浮かべた先輩がそのまま触手としても使えるらしい髪を逆立てていた。
服を脱ぎ捨てたので下着姿になっているわけだが、恐怖しか感じない。怖い。
「……すいませんでした。言葉が過ぎました」
僕は一週間ぶり二度目の死の恐怖に震えながら謝る。これ以上突っ込んだら、死ぬ。
僕の勘がそう告げていた。
「分かればいいのよ分かれば。さ、お祝いよお祝い」
どうやら、僕の謝罪を受けて、先輩はギリギリ僕を許すことにしたらしい。
笑顔に戻り、せっせと料理を取り分けていく……僕の取り分がちょっとだけ多い。
こういう気遣いも出来る癖に、なんでああも怖いんだろうこの人。
そんなことを思いながら、チキンとケーキを食べる。
まだほんのり温かいチキンも、コンビニで買ってきただけのケーキも意外と美味い。
ジャック・ローズの手料理のが美味かったのでちょっと切なくなるけど、これだって誰かと一緒に食べるなら捨てたもんじゃないと思う。
「……アンタってさ。なんか捨てても捨てても帰ってくる呪いの人形みたいよね」
そんなことを思いながら黙々と食べているとふと、先輩がそんなことを言った。
「だからそう言うこと言われるの傷つくから辞めてください」
料理を飲み込み、そんな風に軽口を返しながら、僕はしみじみと『日常』が返ってきたことを感じる。
……どうやら僕は大分この『新しい飼い主』に馴染んでしまったらしい。
暗黒蟻帝は、それから三日後に死んだ。ひたすら距離を取って必殺の蟻酸ブレスを浴びせる戦法をしてたら、体色が『青』に変わった直後に一瞬で距離を詰められて、頭を蹴られて爆発四散したらしい。
音速を突破するほど早く動ける青の《第二形態》をいつの間に覚えたのかは、大いに謎だ……
まあ、アレのことだから、あの瞬間に『習得』したとか言う酷いオチだろう。
……ジャック・ローズはそれでやられた。手や足で触った怪人を速攻で自爆させる『赤』の《第二形態》をあと一歩で死ぬって言う土壇場で身に着けたアレは、つくづく最悪の失敗作だと思う。
うん。アレね、平成系の進化もするんだ。




