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チート・クリミナルズ  作者: 犬塚 惇平
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Season2 Double Justice Last

もう一度言おう。アリシアさんは常識人である。

誰も来ないような森の奥で、勝負がひっそりと終わりを告げました。


「負けた以上、約定は果たそう。その魔人は見逃す。好きにするがよい……拙者もこやつも修行をやり直す必要があるな、技を磨かねばならぬ」

決着がつき、一騎打ちの負けを認めたコジローさんは、聖騎士の誇りに掛けてもベリルさんの『秘密』は公言しないことを約束し、去っていきました。

「し、師匠? そんなに強くつかまれるとですね、とても痛いんですが……いたたたたた。手首、手首が砕けるぅ!?」

……エリーさんも手首をがっつりコジローさんに掴まれ、公開処刑される罪人のような顔をして連れていかれましたが、多分あの人に逆らってベリルさん如何こうしようなんて気持ちはないでしょう。その前に殺されそうですし。

……教会の聖騎士様って、もっとガッチガチだと思ってたのに、割と融通効くようです。あの人だけかもしれませんが。

「そう言えばコウイチロー、その腕、大丈夫なの!? 腕って奇跡で再生させても元通り動かせるようになるのすごく難しいのよ!?」

予想外の決着に呆然としていたベリルさんがそのことに気づいて、慌てて尋ねてきます。

平然と話しているので言われてみると……右腕の肘から先が綺麗に無くなっています。

怪人の再生能力のお陰か血は腕を切り落とされたにしては少ないですが、それでも未だに真っ赤な血液が滴り落ちています。

……普通の人間なら、そのまま死んでもおかしくない傷ですし、まず間違いなく引退に追い込まれる傷です。

「ん?ああ、大丈夫だ」

ですがコーイチローさんは切り落とされた右腕を拾って切り口をしげしげと眺めたあと、右腕のあったところに押し付けました。

……ほんの数十秒でくっついたらしく、ワキワキと右手の指を自在に動かして見せます。

「……え? 怪人ってそれで治るの?」

「今回は腕がちゃんと残ってたし、切り口も綺麗なもんだったからな。ナノマシンで神経の再接続さえ終われば後は普通に再生するだけだ」

コーイチローさんが、当然のように言います。

ちょっと異様な光景ですが、怪人的にはそれが普通みたいです。

「そ、そう……無くならなくて、良かったわね。腕」

ベリルさんも『絶対おかしい』って顔をしていましたが、とりあえず異界の技術の塊で、常識と言うものがおよそ通用しない人なので、受け入れざるを得ないと判断したようです。

「まあ流石になくなると困るけどな。オレの親友もアレに腕爆破された後は随分と不便そうだった」

「流石に無くしたら、帰ってこない物ね」

懐かしそうにとんでもないことを言うコーイチローさんですが、ベリルさんはにこやかに微笑みながら言います。

……多分、スルーすることにしたようです。

「え?」

が、駄目でした。何故かコーイチローさんはペコリと首を傾げました。

……え? 爆破云々は置いといてお友達が戦いで片腕を失って隻腕になってしまったという良くある話じゃないんですか?

「……え?」

ベリルさんも何やら不思議そうに首を傾げます……一体どういうことなのか。

「いや、サージェントウルフの再生力は怪人としては並だがそれでも医療施設で再生に専念すれば半月くらいで生えてくるぞ」

「……なにそれ……」

ベリルさんが絞り出すような声で、それだけ言いました……怪人の再生能力って、割と万能みたいです。

「ちなみにアリシアならバーサークタウロスだし医療施設で腕の再生に専念すれば30分くらいだな。

 自然回復待ちだと半日はかかる……《肉体狂化》中なら30秒くらいで生えてくるんだが」

え? なにそれすごい。わたしは唐突に明かされたわたしの再生力の高さに驚愕しました。

タダでさえ凄まじい耐久力があるのにそんな無茶苦茶な再生能力があるなら、そりゃあ単独で軍隊でも相手どれるでしょう。

攻撃は急所だけ守ってそのまま食らえとか言われるわけです。

「……怪人ってもしかして、下手な魔人よりよっぽど危険なんじゃ?」

「ベリルさん、絶対他の人に喋っちゃダメですよ? ただでさえ怪人って自力で不治の病治せるみたいですし」

呆然とベリルさんが呟いたことにわたしも思わず同意しつつ、わたしはわたし自身の経験も踏まえて注意します。

怪人は反則過ぎて下手に広まったら絶対に国とか王侯貴族とか軍隊とか教会とか異種族の方々とかが全部狙ってくるでしょう。大惨事です。

「分かってるわよ……正直、魔人になった『くらい』で悩んでたアタシがちょっとバカみたいだけどね」

心からのため息と共に、ベリルさんが同意しました。


こうして、ベリルさんを家事奴隷として購入したことに始まる一連の事件は、ようやく決着したのです。


戦いが終わった後、わたしたちは細やかながら宴の席を設けることになりました。

銀の祝福亭の最上階……わたしたちが泊まっているスイートルーム。そこで、宿屋の方々に用意していただいたお料理に、お酒やジュース。

誰一人欠けることなく、また誰も手に掛けることなく、そしてベリルさんが魔人であることも世間にバレることなく、終わったのです。

冒険としては、大成功ですし、お祝いしてもいいでしょう。

「まあ、色々あったが、無事終わった……ベリルの歓迎もしてなかったしな。つうわけで、乾杯!」

今回の一件で、最後の最後まで危険な戦いを何度も繰り広げてきた功労者であるコーイチローさんが麦酒を掲げて音頭を取ります。

「「乾杯!」」

「……乾杯、だ」

それに合わせて、普段は飲めないような高価な葡萄酒を手にしたわたしとベリルさんが元気よく、甘い果実汁の牛乳割りを手にしたプロフェッサーさんが淡々と合わせます。

生で食べられるほど新鮮で苦みの少ないお野菜に、焼きたてのパン。香草をまぶしてじっくりと焼いた豚のお肉に、物が揃う交易都市ならではの、《腐敗防止(プリザベーション)》の奇跡を使い運ばれた、海でとれた魚の焼き物に、甘いお菓子の数々……

滅多に食べることが出来ない宴用の料理に、高価なお酒や飲み物。

それぞれが好きなものを食べて、色々な話をしました。

過去の面白話やこれから交易都市で、どんな観光をするかと言う話。好きなものや嫌いなものの話、最近あったことや街の感想などなど……

宴の席で話す、日常の取り留めない話はとても楽しいものでした。

お料理を食べ、お酒を飲んでいくうちに段々と変な方向に話が行くのも、冒険者の宴っぽくて面白いと思います。


「でさぁ、このままだとバークスタインがアタシのだいでだんぜつしちゃうからさあ……

 今晩辺りどうかしら? 身体だけならピッチピチの16歳の上に、まだ男を知らない清い身体よ? 男の人はそっちのが好きよね?」

……ベリルさんが意外とお酒に弱くて、酔うと下ネタに走ることは要注意事項としてきっちり覚えておこうと思います。

あと、近いです。さりげなくコーイチローさんに席寄せないでください。

「まあ、親睦を深める意味でもいいかもなぁ。じゃあ今晩あたり、行っとく?」

そして誘われたコーイチローさんの方は、案外乗り気でした。まあ宴の席での冗談なんでしょうが……冗談ですよね?

いやまあベリルさんは可愛い見た目してますし胸もわたしより大きいです。が、会って間もないのに体の関係は早いと思います。

わたしとてコーイチローさんの色事にまで口出しするほど重い女ではないつもりですが、風紀の乱れは正すべきです。

「行きませんよ? 知り合って間もないのに、二人目とか何考えてるんですか?」

わたしはさりげなくコーイチローさんに注意しました。冒険者ギルドで鍛えぬいた鉄壁の笑顔で。

「……すんません」

コーイチローさんは怒られた犬のような顔で下世話な冗談を言ったことを謝ってくれました。

「……ちっ。邪魔が入ったわね。いいじゃないのよ、魔人が好きな男くらい誘っても」

ベリルさんが思いっきり素面で言い切り……わたしは悪魔や魔人の類が『殆どの毒を無効化』する能力があることを思い出しました。

お酒もある意味では毒なので、効かないのは当然なんでしょう。

「そう簡単には認めません。きっちり働いてくださいね。奴隷としての債権だって普通にあるんですから」

こういうのはきっちりして起きた方が良いと思うので、わたしはきっぱりと言い切ります。

わたしが『そういう関係』に持ち込むのに数か月かかったのに比べると早すぎると思うんです。

ベリルさんの実際の年齢は良く知りませんが、見た目通りの年齢で無いのは確かっぽいですし。

「……分かってるわよ。ま、ご主人様が求めてきたらしょうがないんだけどね? 奴隷だしぃ?」

ベリルさんは悪魔のような笑みを浮かべて言い切りました。頼りになる冒険者ですが、油断なりません。

全然反省してないし、やる気も満々みたいです……若さと美貌でお手つきによる一発逆転を狙う、好色な当主や年頃の御曹司がいる家でたまに見掛ける手合いです。

普通の女中だったら女主人が速攻でクビにするタイプです……暫くは警戒が必要ですね。

ええ。分かってます。選ぶのはコーイチローさんです。なのでコーイチローさんの前では仲良くするつもりです。


女として、負けるわけにはいきません……そもそも、わたしだってまだ数えるほどしか抱かれてないのに!


*


結局夜遅くまで食べて飲んで雑談をして、いつの間にか寝てしまい……朝が来てました。

「んうう……」

朝陽と共に目を覚まし、辺りを見ます。

場所は、わたしに割り当てられた寝室です。

……ああ、そう言えばコーイチローさんに連れられて寝室に戻った記憶があります。

恰好は、あられもない下着姿……寝間着着るのが面倒だったのでそのまま寝たみたいです。

「う……トイレ」

超高級な宿のスイートルームであろうと、トイレは流石に寝室にはありません。

わたしは下着姿のまま誰も居ないであろうトイレに続く応接室に出て。

「……え?」

「お、おはよう……」

洗濯ものを抱えたコーイチローさんと目があいました。死にました。

「ちょ、ちょっとコーイチローさん見ないでください!」

「す、すまん……」

わたしが慌てて注意するとコーイチローさんが目を逸らせました。

男女の付き合いのときにあられもない姿は見られたこともありますが、これはあんまりです。

わたしは慌てて部屋に戻り、普段着に急いで着替えてトイレに籠ります。

……間に合いましたが、これは乙女的に駄目です。終わりです……

「お、おはようございます……」

「うん。おはよう……」

そう思いながらトイレを終えて、熱くなる顔を自覚しながら、トイレを出た後に取りあえず挨拶をかわします。

「まあ、あれだ。共同生活してればこういうこともある……気にしなくていいから」

「言わないでください……」

コーイチローさんのフォローも、むなしく聞こえます。きっと幻滅されたはずです。

淑女は、だらしのないところを見せないものですから。

「それにさ、実はちょっとうれしい」

「……はい?」

だから、予想外の言葉を聞いて、わたしは羞恥とは別の意味で赤くなりました。

「アリシア、普段はああいうところ絶対見せてくれなかったからな。今日はいいことがありそうだ」

「もう……」

その言葉はあけすけで……着飾らないコーイチローさんの言葉に、わたしは改めて思います。

この人と、添い遂げたい、添い遂げてみせると。

本当に、わたしとコーイチローさんが出会えたのは、運命なんだと思います。

きっと、平凡でつまらない人生を送っていたでしょうし、それ以前にあの日、死んでいたでしょうから。

「……本当に、子供が作れないのは、残念ですけど」

だから、そんな未練たらしいことを思わず呟いたのは、本当に無意識でした。

言ってから、しまったと思いました。

そして、わたしは思わずコーイチローさんの方を見て……

「え?」

何故か首を傾げるコーイチローさんを見ました。

「……え?」

なんですかその反応、何かわたし見落としてました?

ごくりと唾を飲んで、続く言葉を待ちます。

「結社には怪人同士で子供作る人、結構居たぞ。助手さんとタカコに赤ん坊見せて貰ったこともある。

 あと確か、ポチさんの息子さんがA級怪人で、ヤクザのおっさんの娘は血なまぐさい戦いやらせるにはまだ早いからって方針で、怪人にならないで人間のままだったはずだ。なんかオレに会わせたらロクなことにならんとか言って絶対会わせてくれなかったが」

そして、コーイチローさんから告げられた事実に驚愕しました。

「で、ですが、女性の怪人は妊娠できないとプロフェッサーさんから伺いましたが、もしかして嘘だったんですか!?」

「いや、それは本当だ」

わたしの必死の問いかけに、コーイチローさんは首を横に振りました……意味が、分かりません。

「じゃ、じゃあどうやって子供を!?」

「……あ。あー、あー。やべえな。怪人に染まりすぎてた。人間は基本妊娠して産むとか超基本じゃん」

わたしの問いかけにコーイチローさんはちょっと考えて……何かに気づいたように、言います。

「……もしかして、妊娠しなくても、産めるんですか?」

その反応を見て、わたしは必死に考え、たどり着きました……わたしの知る常識からかけ離れた答えに。

本来なら絶対にありえないのですが、そもそも『怪人』が人間からかけ離れた存在だけに、可能性はある。

そう、思ったんです。

「ちょっと違うが、作れる」

「ど、どうやって!?」

焦りと期待。それが入り混じったまま、わたしはコーイチローさんに答えを促しました。

わたしの真剣な顔に気づいているのかいないのか、コーイチローさんは何でもないことのように、言いました。

「いや、普通に精子と卵子取り出して人工授精して培養器で育てれば」

「さっぱりわかりません!普通とか言いながら異世界特有の現象で説明しないでください!?」

思わず怒鳴りつけてしまいましたが、わたしの一生が掛かっているのです。

絶対に聞きだす、そんな決意を秘めてコーイチローさんを睨みつけます。

「……あー、まあ。なんだ? まあようするに、アリシア、子供は作れるし、とりあえずはその子、人間だぞ」

そして、わたしはついに聞き出しました。驚くべきで……素晴らしい事実を。

「な、なんで……」

「怪人は人間改造して作るからな……人間が居なくなったら怪人も作れなくなる」

……そうか。それでか。

わたしは深く納得しました。怪人は人間を改造して作るもの……人間が居なくなったら作れないのだと。

「それでな、女怪人の場合は妊娠機能は無くなるけど、遺伝子引いた子供は作れるように卵巣は除いて改造されてる。ついでに損傷してもナノマシンで修復される、らしいぞ」

「じゃ、じゃあ……わたし、子供持てるんですか……?」

念押しの確認をします……それに、コーイチローさんは、深く頷き返しました。

「いやまあそりゃな……あ、でも作るとなったらプロフェッサーに培養器作って貰う必要があるから、しばらくは無理だな」

「……うれしい、です」

わたしは心からその言葉を口にし、決意を新たにします。


強くなる。ずっとコーイチローさんと一緒にいる……この幸運を、絶対に離さないって。

そしてその常識はかねがね中世ファンタジー基準である。

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[一言] ヤッてたんですねw
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