Season2 Double Justice 23
説明しよう!大神流とはサージェントウルフ1号『ドク』とサージェントウルフ88号『ポチ』が創設した、全く新しい武術である。
最初の一撃から幕を開けた、コジロー様とコーイチローさんの一騎打ち。
それは太陽の光を浴びて輝く銀色の剣と、コーイチローさんの黒い毛皮に覆われた手が複雑に絡み合い、激しい戦いとなりました。
折角用意した道具も使う隙が掴めないらしく、剣を避けつつ素手で攻撃するのが手いっぱいのようです。
コジロー様も道具などを使う暇はなさそうですが、そもそも剣で戦うつもりしかないようです。
「……お前、本当に人間か?」
「無論。拙者は、拙者が使いこなせぬ力は欲したことは無い……正直、戦神の加護すら手に余っておる」
軽口をたたきあいながらも、その戦いは一切止まりません。お互い限界まで集中し、ただ一人の相手を倒さんとする本気の戦い。
わたしでは目で追うのがやっとで、正直何をやっているのかすら掴み切れません。
「……不味いわね。押されてる」
……ですが、ベリルさんの方はちゃんと見てて分かるようです……コーイチローさんが負けているというところまで。
「そうなんですか?」
「ええ。コウイチローの格闘の技はすごいけれど、コジローの剣には流石に及んでいないわ……何か打開しない限り、じり貧よ」
……言われてみると、コーイチローさんの攻撃が、一度も当たっていないのが気になってきます。
対するコジロー様の攻撃は何度もコーイチローさんを切り刻んでいます。
すべてすぐに再生できるような浅い傷ですが、そのうち致命傷を受けて死んでしまうのではないか。
そんなイヤな想像が頭をよぎり、慌てて振り払います。
「そうでもないわ。師匠は洒落にならないくらい強いけど、人間だもの。
あんな早さと威力のコウイチロウの攻撃、一撃でもまともに貰ったら、それで終わっちゃう。
……っていうか《決闘》使った本気の師匠の剣と無手でここまで渡り合えるとか、あたしとしてはそっちのが信じられないんだけど」
そんなわたしたちの合間を縫うように、唐突に声が掛けられて、わたしたちは思わず隣を見ました。
「っ!? なんでエリーさんがこちらに!?」
そこには右手に抜いた剣を持ったエリーさんがいました。
「師匠の命令。魔人が果たしあいの邪魔するようなら斬れって……下手なことしなけりゃ何もしないわ。師匠に殺されたくないし」
エリーさんはわたしたちが驚き、構えたのを平然と見返して、言葉を返してきました。
この前とは違う、少し擦れた口調……恐らくこちらが本来のエリーさんの『素』なのでしょう。
その手には抜き身となった聖銀の剣が握られています……淡い光を発しているのは《聖別》が掛けられているのでしょうか。
この剣で斬られたら、ベリルさんでもタダでは済みません。
「……しないわよ」
「でしょうね。やったら、コウイチロウの努力が台無しだもの」
それをベリルさんも感じ取っているのでしょう。その声には少しだけ震えが混じっています。
駆け出しの新米と言えども、れっきとした聖騎士。決して油断は出来ない相手です。
「師匠は、コーイチローを倒したら間違いなく殺すと思うわ……その点、絶対容赦しない人だから」
独り言のようにポツリと、エリーさんがつぶやきます。
……すごく不安になるので、そう言うことは言わないで欲しいのですが。
「……コウイチローが勝つわ。だって、負けるつもりなら、そもそも一騎打ちなんて、言い出さないはずだもの」
ベリルさんの言葉に同意します……凄く強い怪人であるコーイチローさんが、負けるはずないです。そのはずです。
しかし、そんなわたしたちの想いをよそに、コーイチローさんはどんどん劣勢になっていくように思います。
「持久戦も通じ無さそうだな」
「戦神の加護を受けておるからな。それに疲れと言うものを知らぬ不死者や悪魔との戦いは根競べになることも多い。慣れておる」
一向に衰えを見せないコジロー様に焦りを感じたのか、コーイチローさんが一度大きく距離を取り、腰の鞄に手を突っ込み、何かを取り出しました。
「クソっ!ならば、こいつを……」
「遅い」
ですが、それすら読んでいたのでしょう。その一瞬の隙をついてコジロー様が距離を詰め、剣を振るいます。
道具を取り出す隙をつかれたせいか、避けるのが間に合っておらず、剣が何かを握りしめたままのコーイチローさんの腕に迫り……
コジロー様の剣を受けたコーイチローさんの拳が、唐突に大きな音を立てて爆発しました。
「えっ!?」「なっ!?」
予想外の展開にわたしとエリーさんが同時に驚いた声を上げました。
「まさか《炸裂の宝珠》を手に握ったまま爆発させたの!?」
そのなかで、買い物に付き合い、何を持っているかを把握しているベリルさんだけが、正しく何が起きたのかを見抜きました。
確か《炸裂の宝珠》というと……強い衝撃を与えると爆発する魔法道具だったはずです。
普通は怪物などに投げつけて使う、使い捨ての武器だったと思います。
「……腕一本を犠牲に、我が剣を折るとは、とてつもなき修羅よ」
その攻撃を、コジロー様は予想していなかったのでしょう。
至近距離での爆発で折れ飛んだ剣を投げ捨てつつ、後ろに飛んで距離を取ったコジロー様がもう1本残った赤い鞘の剣に手を掛けます。
よく見ると剣を持った腕からは血を流しています……炸裂の宝珠の破片が腕に刺さったようです。
「いや?腕を犠牲にしたつもりは無いぜ?」
そんな、少しだけ怪我をしたコジロー様を見ながらコーイチローさんは平然と言って。
爆発の衝撃で黒焦げかつズタズタになった手が目に見えるほどの速さで再生していく様子を見せつけました。
《癒し》の奇跡を使ったかのように傷が消え、焦げた皮膚が健康な色に戻り、柔らかな毛に覆われます。
すぐにどこを怪我したのか分からなくなってしまいました。
「……ウソ。怪人ってこんな速さで再生まで出来るの……」
そのことに気づいたエリーさんがごくりと、唾を飲みます。わたしも驚きました。コーイチローさんの戦い方に。
怪人の再生能力は、人間とは比べ物にならないほど高いというのはこう『使う』ものなのかと。
「……先ほどの一撃は、その傷の治りの速さをも考えたものだったか!」
どうやらその感想は、コジロー様も同様だったようです……何故か嬉しそうに叫びました。
驚くべき未知の戦い方をする敵との戦いが楽しくて仕方がないとでもいうように。
「怪人の傷の治りは早い……ちょっとした怪我ならば、その場で治るほどにな。
治る怪我なら恐れるな。人間には使いこなせない『サージェントウルフの武術』である大神流の基礎の一つだ」
完全に傷を再生し、再び構えたコーイチローさんがそのまま言い放ちます。
「怪人の強さは、人間よりも優れた能力だけじゃない……その能力と一緒に人間並みの『知恵』と『経験』を持つことだ」
「人間より優れた力を持つ不死者も悪魔も腐るほど切り捨てたが、ここまで『使いこなす』ものは初めて見たわ」
そう言いながら凄い勢いで剣を抜き放つと同時に。
「……っ!?」
コーイチローさんが倒れこむようにその場に伏せ、その場で転がった後、。
「……え? なんで……」
その直後に起きた現象に、今度はベリルさんが呆然とします。
……正直、わたしにも理解できません。
コーイチローさんが立ってた場所の後ろに生えた木が、音を立てて倒れてきたのですから。
「……初見で、かわした……?」
そして、その『技』を知っていたらしいエリーさんもまた、呆然と呟きました。
……確かに、あの訳の分からない攻撃をまるで知っていたかのようにかわして見せたコーイチローさんも不自然ですが。
「それが、経験か」
「ああ。似たような技を結社で見たことがある。とは言え、人間が使えるとは正直思ってなかった」
凄まじい勢いで切り結びながら、ぽつぽつと、コジロー様がコーイチローさんに尋ねています。
わたしの集めた情報にもコジロー様がこんなことを出来るという話はありませんでしたから、いわゆる秘技なのでしょう。
「その正体は、剣を高速で振りぬいた時に出る真空波だ。乙姫って言うオレの元上司がよく使ってた。向こうは薙刀だったがな」
「……拙者もなぜ斯様なことが出来るかまでは理解できておらなんだわ!」
その答えに笑いながら、コジロー様が更に一撃を重く、鋭くしていきます。
「……あれ、魔剣か妖刀の類ね。切れ味を増す魔法が掛けられてるわ。それと……あと多分、血を吸うと切れ味とかが増す呪い」
コーイチローさんに攻撃が入るたびに剣が徐々に赤い光をまとっていく様子に、ベリルさんがその正体を見破ります。
聖騎士が使うには禍々しい剣……ですが、一騎打ちではとてつもない強さを誇るでしょう。
「なんで最初から使わなかったんですか……」
「多分、剣をへし折られるのを警戒してたんだと思うわ」
ベリルさんがちらりと、先ほどへし折られて捨てられた剣を見て言いきります。
(こうなったら、卑怯でもなんでも助けに……)
このままでは、コーイチローさんが負ける。そう感じたわたしは、少し身じろぎをして……
―――そろそろ頃合いだ!決着つけるから、よく見ててくれよ!
コーイチローさんの《沈黙の命令》に我に返りました。
見れば、コーイチローさんは今までとは違う構えを取っていました。
地面に伏せるように限界まで腰を落とし、手を広げています。
「お前の奥義を見せて貰ったお礼に『大神流の奥義』を見せてやる」
その言葉と共に、コーイチローさんが攻城弩で放たれた矢のようにまっすぐに突っ込んでいきます。
「……ただの体当たりで拙者と倒せると侮ったか!?」
ですが、数多の神の敵を切り捨ててきたコジロー様には通じず、的確にその動きを捕らえた剣がコーイチローさんに振り下ろされます。
「なに!?腕を犠牲に!?」
「お前の腕なら、見切ると踏んでたからなぁ!」
首を狙った一撃を右腕で防いで、コーイチローさんはコジロー様に全力での体当たりを敢行しました!
コーイチローさんの右腕が宙を舞い、そのまま体当たりが直撃したコジロー様が後ろの木に叩きつけられます。
「ぐはぁ!?」
当たり所が悪かったのか、コジロー様が黒ずんだ血をごぼりと吐き出しました……多分、普通に死にかけています。
「ふははは!ここまで追い詰められたは槍鬼の魔人以来だ!楽しい、楽しいぞ!」
ですが、普通に立ち上がり、剣を構えなおします。
明らかに酷い状態なのに戦いを辞める気配がまるでありません。この『一騎打ち』はどちらが死ぬまで終わることは無い。
……そんなことを思って居た時期がわたしにもありました。
「せ、正義の神よ!彼のものより死を遠ざけ給え!《大治癒》!」
辺りにエリーさんの声が響き、コジロー様の顔色が見る見るうちに良くなります……完全に反則では?
「ぐっ!? エリザベス、貴様ぁ!?」
傷を治され、顔色が戻ったコジロー様がエリーさんを怒鳴りつけます。
本気で怒っているらしく、剣の切っ先が思いっきりエリーさんに向けられています。
止めないと、斬り殺されるでしょう。エリーさんが。
「ひっ!? す、すみません、師匠……でも『内臓をやられてる!今すぐ傷を治さないと死ぬぞ!急げ!』って……こ、声が……」
その様子にエリーさんも死の恐怖を感じ取ったのか、必死に言い訳らしきものを……声?
「……声って、コウイチロー、アンタまさか」
「……エリーさんに声って……まさかエリーさんに《沈黙の命令》を使ったんですか!?」
予想もしていなかった使い道に、わたしは驚きました。多分、ベリルさんも。
これが声に出しての命令だったら、コジロー様も一喝して止めてたかもしれませんが、
そもそもエリーさんにしか聞こえない声では、止めようがなかったようです。
「言っただろ? 一騎打ちってところ以外、どんな卑怯な手でも使うって。オレはミフネを『殺さずに』勝ちたかった。
だから大神流の奥義である《助言》で、エリーに教えてやったのさ……このままだと、手遅れになるってな。
ほっとくと死ぬほどの大怪我、弟子に治して貰っといて、弟子が勝手にやったことだから一騎打ち継続とか、まさか言わねえよな?」
驚愕したコジロー様に、コーイチローが堂々と勝ちを宣言します。
その姿にコジロー様は息を飲んでしばし考える素振りを見せて……
「……これは一騎打ち。助太刀が入った時点で拙者の負けよ。決着は、またいつか改めてつけようぞ」
コジロー様が笑顔を浮かべて終わったことを、負けを認めました。
戦いが終わって空気がふっと緩んだ瞬間。
「悪いが二度とごめんだよこの戦闘狂が」
コジロー様にコーイチローさんが笑顔で言い返しました。
非道なる怪人!奴は自分が望む結末のためならば手段を選ばない!




