Season2 Double Justice 22
ちなみに戦神の信徒は、一騎打ちと言いつつ囲んで棒で叩くとかはNGです。
秩序に属してはいますが蛮族系の神なので。
死の教団を倒し、情報を集め、コーイチローさんの装備を整え終えたその日。
『準備』を終えたわたしたちは、再びあの森に戻ってきました。
まだ、お昼にはまだまだ早い時刻。ミフネ……コジロー様との決闘を控え、下見を兼ねて早くやってきました。
『昨日は、聖騎士および彼らに雇われたと思しき冒険者たちがこの場を掘り返し、不死者を全て破壊していた。
……妙な仕掛けをしているとしたら、そのときだ』
昨日一日、交易都市の聖騎士の動向を探っていたプロフェッサーさんが出した結論が、それでした。
以前は隠し通路への扉を除けばその辺の森と変わらぬ場所だったのですが、すっかり様変わりしていました。
土が掘り返されています。生い茂った下草の代わりに、黒々とした土が広がっています。
この辺りはすべて丹念に掘り返されたようです。
「確かに、穴だらけですね……コジロー様は事前に罠を仕掛けているのでしょうか?」
「……いや、そう言うことするタイプじゃねえな」
その様子に、コジロー様が二日後を指定してきたのはこういうことか、そう考えたのですが、コーイチローさんは首を横に振ります。
ほんの数日旅を共にして、ちょっと話をしただけなのに、随分と理解されているようです。
そんなわたしたちの会話を聞いた後、ベリルさんが肩を竦めて、言いました。
「まあ、不死者と悪魔が大嫌いな教会がそれをそのままにしとくわけには行かなかったんでしょ、何かの拍子に動き出したら、大惨事よ」
「なるほど……それで掘り返して、すべて冥府に送り返したわけですか」
「そう言うこと」
そう聞けば、納得できます。確かに不死者を野放しにしておくことは出来ないでしょう。
教会とは、悪魔と不死者を倒すための聖騎士を抱えた組織でもあるわけですし。
「……うん、ざっと見た感じ、罠の類はやっぱりなさそうだな」
『こちらでも観測したが、物理的な罠の痕跡は無し。魔法的な罠については、判別不能だ』
コーイチローさんが怪人の姿に戻って辺りをざっと見渡し、匂いを嗅いで罠が無いと宣言しました。
それに続くように、あの照明器具で周囲をどうやってか探っていたらしいプロフェッサーさんが分かったことを伝えてきます。
「我が瞳、宿る魔力、覗き見る、《魔法探知》……魔法的な罠も無いわ」
それを聞き、ベリルさんが魔法を探知する魔法を使い、抜け目なく周囲を見渡します。
特定の場所に魔法が掛かっているかどうかを見るのはあの虫眼鏡で十分ですが、どこにあるのか分からない魔法の罠や仕掛けを見破るには、自分で使った方が確実、らしいです。
「そうですね。ギルドの方々から話を聞くに、コジロー様は昨日は大鹿の角亭で剣の手入れをしながらゆっくりされていたようで、
他の聖騎士様方と接触した気配はありませんでした。
教会の方も、死の教団の後始末で随分忙しかったみたいです。冒険者ギルドにもそれに関わる依頼が出ていましたし」
わたしの方も、色々な伝手を使い、教会の方々について聞いていました。
どこに行っても人の目がある交易都市で教会最強の聖騎士様ともなると、どこで何をしているのか大変に分かりやすかったのはありがたかったです。
……こっちが魔法道具買いこんだりして色々準備をしてたのも、多分知らないはずです。
「……つまり、本気で正々堂々一騎打ちか。ある意味一番厄介なタイプだな」
「もとより、そのつもりである。拙者も随分と歳を取ったが、強きものを見れば斬りあいたくなる性分は変えられぬ」
そして、これらの結果から出したコーイチローさんの答えに、凛、と答える声が返ってきました。
無遠慮に踏み込んでくる足音が、二つ。
今日の戦いの場に、コジロー様とエリーさんが現れたのです。
「よう。先に来させて貰ったぜ……こっちは立会人だ」
「うむ。心得た。こちらが拙者の立会人である」
コーイチローさんがわたしとベリルさんを、そしてコジロー様がエリーさんをそれぞれ立会人だと紹介します。
『周囲にこの二人以外に人間サイズの生命反応は無い。どうやら伏兵はいないらしい』
……プロフェッサーさんの操る物体は、いつの間にか姿を隠していました。
どうやら周囲を調べているみたいです。
「コウイチローの命令だから手は出さないけど、妙な真似したら、その時は容赦しないわ。
駆け出しが、魔人に勝てると思わないことね」
持っている装備を全部纏った完全武装のベリルさんが、首に巻いた死の首輪をあえて見せつけるように顎をそらし、にっこりと笑って言います。
すごく、魔人っぽいです。多分ハッタリだと思いますが。
なんか昨日帰ってきてから、ちょっと雰囲気かわった気がします……コーイチローさんと何かあったようです。
ちなみにわたしは、普通のワンピースです。
怪人の素手は十二分に凶器で、下に下着鎧着こんでるなんて、いちいちバラす必要ありません。
「魔人ベリル。師匠の命令ですからこっちは手をだしません……そちらも、手を出さないでくださいね?
手を出したら教会に報告して、聖騎士として、邪悪なる魔人として討伐しますから」
エリーさんの方もベリルさんの予想通り、この場から一瞬で離脱できる《転移石》のペンダントを下げた状態できっぱりと言い切ります。
向こうも向こうでこっちが何もしないなんて欠片も信じていないようです。何かあったら即、逃げる準備がしっかり出来てます。
「悪いな。こっちのが付き添いが多い。手を出させるつもりは無い……っつっても嘘くさいから、言わん。卑怯と言いたきゃ、言ってくれ」
「異なことを言う。戦に卑怯も何もない。知恵比べに負けて卑怯なりと叫ぶは己が愚か者であると声高に叫ぶが同然。
戦とは勝つか負けるかが全て。負ければ何を言おうと誰も取り合わぬ。それは事実」
コーイチローさんが冗談交じりで言葉をかけ、その言葉に、コジローさんが頷きながら返します。
もちろんベリルさんも、わたしも、一騎打ちに手を出すつもりはありません……コーイチローさんが殺されそうになるまでは。
多分、魔法に長けたベリルさんと耐久力の高さには自信があるわたしが力を合わせれば、止めるくらいは何とかなるはずです。
コーイチローさんが一騎打ちで死ぬなんて、わたしもベリルさんも認めません。
「……されど、これは戦ではない。戦士がその誇りと命を掛けた殺し合いよ……その違いを理解できぬ愚か者が、聖騎士にも存外多い」
そんなわたしたちの決意を知ってか知らずか、コジロー様はわたしたちの方をちらりと見て言いました。
「……だろうな。普通はそんなもんさ」
コーイチローさんもちらりとさりげなく剣の柄に手をやっているエリーさんを見ながら、言いました。
「ほう。分かるか」
「結社にも居たからな。『竜の子ら』っていう、どんな小細工仕掛けても正面から叩き潰す、正々堂々とか一騎打ちとか戦士の誇りとかが大好きな連中が」
そんなわたしたちの内心を知ってか知らずか、二人は少し砕けた雰囲気で話をしています。
これから殺し合いをするというのに、まるで友人のように親しく話しています。
「ちなみにオレはそう言うのは理解できない。一騎打ちってところ以外、どんな卑怯な手でも使うと思ってくれ」
ですが、コーイチローさんが一言言った瞬間、なんというか、雰囲気が変わりました。
それまでが親しい友人の語り合いだったのが、唐突に今にも殺し合いが始まってもおかしくない、そんな冷たさを感じます。
その冷たさに、わたしは首筋がひやりとしました……これが、殺気と言う奴でしょうか。
「……おぬし。存外、愚か者よな。そんなこと、元より承知よ。なんのために一騎打ちせざるを得ぬようしたと思うておる」
殺気を漂わせながら、コジロー様が笑います……貴族の、張り付けた仮面のような笑みでは無い、心からの笑み。
それを見てわたしは魔犬に襲われて死を覚悟したときの気持ちを思い出し、身体が震えました。
「……アンタ、バカだろ。死ぬかもしれない一騎打ちに、本気で挑むなんて」
対するコーイチローさんの笑顔もまた、とても怖いものでした。
普段は大人しい番犬が、侵入者を容赦なく食い殺すときのような顔です。
「そうでなくては槍鬼の魔人を……怪人とやらを一騎打ちで討ち取ろうなどと思わぬわ」
その言葉と同時に二人が怖い顔のまま笑いあい、話が一段落したところで、コジロー様が腰に下げた剣に手をやり、コーイチローさんが構えました。
……決闘が始まろうとしています。
二本ある剣のうち、青い柄の聖銀で出来た剣を抜き放ち、笑顔を消したコジロー様が名乗りを上げます。
「我こそは塚原卜斎の子にして戦神の加護を受けし聖騎士、塚原小次郎。流派は、塚原一刀流なり。死にたくなければ、本気を出すがよい」
怪人の姿となったコーイチローさんが手刀で構えて、名乗り返します。
「怪人サージェントウルフ5126号、コードネーム、光一郎。流派は……大神流ってことになってる……手加減はしないぜ?」
お互いに名を名乗り、にらみ合いが少しだけ続いた直後。
遠くから聞こえてきた鐘の音を合図に、戦いが始まりました。
「「…っ!」」
二人はお互いに距離を取りながら、素早く手を振り、短剣を投げ合いました。
コーイチローさんが投げたのは、投げても少しすると鞘の中に戻ってくるという、魔法の短剣。
コジロー様が投げたのは、変わった形をした普通の短剣。
それぞれの短剣が互いの足めがけて飛んでいき……同時に不自然に逸れました。
「……やっぱりコジローも《矢避けの護符》を持ってたわね」
何が起こったのか分からないわたしに教えるように呟きます。
《矢避》は分かります。飛んできたものを矢だろうと石だろうと短剣だろうと逸らす魔法です。
どうやらコジロー様は、その効果が得られる護符を持っているようです。
……コーイチローさんが得意とする投擲はこれで通用しないということになります。
「それはひきょ……コーイチローさんも持ってるんですよね」
「もちろん『持たせた』わ。遠くから一方的にやられたら、勝ち目がないもの」
わたしの言葉に、ベリルさんが当然のように言い切ります。
どうやら昨日一日、しっかりと最強の聖騎士と戦うための対策をしていたようです。
てっきり二人きりでお茶でも飲みながら逢引きでもしていると思っていた自分が恥ずかしくなります。
「人間と人間の戦いってね、熟練者同士だと完全に読みあいの戦いよ」
「……読みあい、ですか?」
自らも熟練の冒険者であるベリルさんがわたしに諭すように言います。
「何が出来るか、出来ないか。どんな装備を、技を持ってるか、隠してるか。力量に差があるなら如何にそれを覆すか……
熟練者同士の、本気の殺し合いになるほど、常識やルールなんて通用しない。
人間より強くて……人間を『侮っている』怪物との戦いとはまるで違うものよ」
そう言って二人を見守るベリルさんはわたしに色々と答えながらも真剣に二人を見ています……どっちが勝つかを見極めるように。
「戦神よ。誓いを立てし我に加護を。彼の敵討ち果たさんがため……《決闘》」
短剣を投げて牽制したコジロー様が高らかに《決闘》を神に宣言します。
「……こいつを食らえ!」
それを見たコーイチローさんが素早く腰に付けた鞄から何かを取り出してコジロー様に投げつけます。
その何かはコジロー様の目の前の地面に落ちて、とても身体に悪そうな色の煙を上げて炸裂しました。
そして、《決闘》の奇跡を使い終えたコジロー様は……人間とは思えない速度で煙を突っ切ってコーイチローさんに斬りかかりました。
「……《毒無効》の装備持ち!?」
明らかに煙を吸い込んでいるのにものともしないコジロー様に、ベリルさんが驚いた声を上げます。
とにかく、コジロー様に毒の類は効かない……目つぶしも効果を発揮しないようです。
「……っと!?」
まっすぐに踏み込んでくるコジローさんの剣を、予測していたのかコーイチローさんは紙一重で交わそうとして、よけきれずにパッと血が舞います。
幸い傷が浅かったようで徐々に再生していきますが、深く斬られたら治るまでには時間がかかるでしょう。
……怪人であるコーイチローさんに剣を当てられるとか、人間とは思えない技です。
「あの状況で我が初撃をかわすとはな。やはり、修羅か」
「……強いとは思ってたが、単独で怪人を殺せる人間なんて、地球でも滅多に居なかったぞ」
そのやり取りで、お互いに強敵であることを悟ったのでしょう。
改めて距離を取り、お互いの隙を伺い……
同時に攻撃を仕掛けたのでした。
魔法道具はとても便利だが、たくさんつけるとぶっちゃけ動きづらい上に、代償無しに物理無効とかは流石にない。




