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チート・クリミナルズ  作者: 犬塚 惇平
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Season2 Double Justice 19

エリーは聖騎士になれるくらいには選ばれしエリートである。

頭だって決して悪くない。経験が足りないだけだ。

……これで、良かったのだろうか?


あたしは、今しがた突き付けた指先を見ながら、そんなことを考えていた。

こんなに後味が悪い《邪悪感知》は初めてだ。多分、善良な人に間違ってかけて怒られたときよりも、ずっと酷い。

目の前の同い年くらいに見える女の子……ベリル・バークスタインのことは知っている。一方的にだけど。

冒険者ギルドで何度か見掛けた、空のように蒼くて綺麗な髪を持つ、あたしと同い年くらいの冒険者だ。

色々な一党に助っ人として加わりながらも他の人とはどこか距離を置いてて、ちょっとお金にがめつくて……

でも、困ってる人を放っておけない、善良な魔法使い。


だから、死の教団絡みで教会が色々と調べた結果には、大いに驚いた。


『魔神召喚』を行い、失敗してこの世から去った『邪悪の輩』ルシウス・バークスタインの娘。


あたしがまだ生まれてもいない、二十年も前に馬車の事故で母親を亡くし、癒しの奇跡により本人の傷が癒えた後も何故か腰から下がまったく動かなくなってしまった、悲劇の少女。

あらゆる治療法を模索した末に狂気に犯されて邪悪の輩への道を歩んだルシウスが残した、バークスタインの最後の生き残り。

……彼女の脚は、何をどうやっても動かなかったのに、成人と同時に唐突に完治した。

当主が重罪人として告訴され、お家取り潰しとなった後は、家名を捨てて冒険者となり、それから既に十年以上外見が変わっていない。

膂力と器用さ、魔力、知性が『人間離れ』しているが、それを普段は隠している。

それらの事実を元に教会は一つの仮説を立てた。


ルシウス・バークスタインの『魔神召喚』は成功していた。ただ、魔人になったのがルシウスではなく、娘のベリルだっただけではないか。


信じがたい結論だが、魔神も含めた神々についてはまだまだ謎も多く、世の中には絶対は無い、らしい。

死の教団が執拗に狙った理由もそれなら説明がつくと。

本来ならば、死の教団の殲滅が優先だ。ベリル・バークスタインが何者であろうと別段、無理に暴く必要だってない……

だが、師匠はそれを許さなかった。

普段は、怪物退治以外は聖騎士らしいことは何一つしないくせに、逃げてきた死の教団の教祖の首を不意打ちで落とした後、何故か、出てきたベリルに聖銀の手裏剣を投げつけた。

そして、教会の考えが正しかったことが分かり、正義の神の裁定は下った……下って、しまった。

「……認めます。わたくしは、秩序に逆らいし混沌の使徒、魔人にございます。大人しく裁きを受けしょう。

 ですが、後生ですので聖騎士様方には、一つ、お願いいたします」

「聞こう」

観念したのだろう。ベリルはその場に両膝をつき、祈りを捧げながら、言う。

その祈りが、正義の神の信徒が捧げる正式な礼法に則っていて、決して付け焼刃では出来ないものであることに気づき、あたしはさらに揺らぐ。

……本当に、彼女は、邪悪だったのか?

正義の神が直々に下したものであるというのに、ちらりと、そんなことを思ってしまう。

「ここにいるコウイチローたちは、騙されていただけ。悪徳なる奴隷商人に、金貨千枚もの大枚でわたくしを売りつけられた被害者。

 ……わたくしが魔人であることは、知りませんでした。どうか、寛大なる処置を、切に願います」

そのまま、ベリルは師匠に、コウイチロウたちの無実を訴える……自分が咎人であることは、認めるらしい。

(ああ、仲間を……コウイチロウたちを守ろうとしてるんだ……)

そのことに気づいて、余計に胸が締め付けられる。その姿が、とても高潔なものに見えたのだ。

「よかろう。聖騎士、塚原小次郎の名において、コウイチロウ殿方の罪は無しと、認めよう」

「聖騎士様の裁定に、感謝いたします」

その心意気にうたれたのか、師匠は一つ頷き、魔人と行動を共にした罪は許された……あとは、終わらせるだけだ。

「うむ。言い残すことは、それだけか?」

「…………はい」

師匠の確認にも、覚悟を決めたベリルが頷く。もう、覆せない。

「そうか……つまらぬ」

その言葉と共に、青い柄の、聖銀の刀が抜かれ……


アリシアを背負ったまま、人狼の姿をしたコウイチロウの蹴りが師匠へと飛んできた。


「……コウイチロウ殿? 魔人の処刑を邪魔をするのであれば、教会の聖騎士としては容赦できぬのだが?」

その一撃を読んでいたのだろう。慌てた顔一つせず、後ろへ飛び退り、かわした。

いや、これはコウイチロウにとっても当てるつもりが無い一撃だったのだろう。


それは、純然たる『宣戦布告』だった。


「ちょっと!?何考えてるの!? 教会を敵に回して生きてけるとでも思ってるの!?」

思惑を外されて動揺したらしく、顔が赤いベリルに、コウイチロウはこともなげに答える。

「知らん。だが、ここで仲間を見捨てるほど、安い生き方してないつもりだ」

明らかに怪物以外の何物でもない姿をしているにも関わらず、コウイチロウは、一言で言い切った。

「怪人は自分がやりたいようにやって生きるもんだ。自分の力をどう使っても良いし、何やっても良い。

 けど『やらかしたことの責任』は、いつか絶対に『取らされる』から、その覚悟だけはしとけ。そう、教わった」

その言葉で、分かった。自らを『怪人』と称するこの人は、自分が何をしているのか分かってないわけじゃない。

全部、分かったうえでやってる。覚悟は、とっくに決まってるのだ。

「つまり、やりたいように生きるが故に我ら教会の、聖騎士の裁きに逆らう、と?」

師匠の確認に、コウイチロウは一つ頷いて、答える。


「そうだ。オレはな……自分の所有物(モノ)に手を出されて黙ってられるほど、お人よしじゃない。

 それにな、目の前で死ぬ覚悟決めた知り合いが死ぬのを黙ってみてられるほど、強くも人間出来てもいない」

それは、あのとき盗賊と戦った時に聞いたのと同じセリフ。

けれど、まるでおとぎ話の主人公の言葉のように聞こえる。

そう、子供の頃に吟遊詩人が歌うのを聞いた、人の身では勝てないような恐るべき巨人や竜を前にしてもなお剣を取り、姫君を守る『勇者様』そのものだった。

(……これじゃあまるで、あたしたちが邪悪の輩みたいじゃない)

そんな考えが頭をよぎる。あたしたちは聖騎士で、秩序と社会を守る正義のはずなのに。

「も、もう……今、そんなこと言ってる場合じゃ……無い……でしょうに」

その言葉を聞いたベリルが、コウイチロウの背中に隠れて項垂れる……俯いていて、表情は分からない。

「……だが、拙者は教会の聖騎士である。例えここで拙者を討ち果たしたとしても、教会が見逃すとは思うなよ?」

「ああ、分かってる。アンタのことも、その魂胆もな」

師匠の警告……否、処刑宣言に対しても、コウイチロウは怯まない。

「……ミフネ。一対一で決着つけないか?オレが勝ったら、ベリルのことは黙っててくれ。

 負けたら、オレの首をやるから、それで我慢してくれ……それが、アンタの望みだろう?」


……え?それ、勝っても負けてもベリルを、魔人を見逃せって言ってない?


コウイチロウは、勇者のような顔をしながら、無茶苦茶なことを言いだした。

勿論、聖騎士としては『論外』と言っても良い提案だ。

「……よかろう。どちらであっても、その女には手を出さぬ。どうでもよい」

だが、師匠はあっさりと受け入れてしまった……猛獣のような笑みを浮かべて。

多分、あたしが正義の神の聖騎士として裏切ろうとしたら、この決闘を邪魔したら、一瞬で首を斬り飛ばされて死ぬ。そう言う顔だった。

「思った通りだ。ミフネ。アンタやっぱり『暴君閣下』の同類だったな」

その笑みを見て、コウイチロウもまた、笑顔になり、言う……ていうか、師匠の、同類?

どうやら、コウイチロウにはそんなとんでもない代物が知り合いにいるらしい。

「今は死の教団を壊滅させる任務がある。決闘は二日後、昼の鐘と同時。互いに万全の状態で死合おう。異存は、認めぬ」

「分かった。場所はここでいいか?」

「うむ。楽しみにしておる……行くがよい。身体をよく休め、整えよ。でなくては殺しあう甲斐が無い」

「ああ、分かった」

展開についていけず固まるあたしを置いて、流れるように殺し合いの日取りが決まり、コウイチロウたちは去って行った。

「……師匠?」

今、聖騎士として、いや、人としてやってはいけないことを思いっきりやっていた師匠に、いろんな思いを込めて、一言だけ、聞く。

「覚えておくがよい。戦を始める為につく武士の嘘は、武略である」

そして、反省も何もせず、平然と言い切る。

「師匠、アンタ絶対ロクでもない死に方しますよ」

「心得ておる」

あたしの忠告は、とても涼しい顔で流された。




コウイチロウたちを見送った日の夜。

あたしは、宿屋のベッドの上でじっと天井を見て、考えていた。


この交易都市に居る聖騎士を動員して行われるはずだった『死の教団』殲滅は、予想以上の戦果を挙げて終わった。

この日のために集められた聖騎士が一気に入り口から突入し、待ち構えた死の教団を殲滅。

隠し通路から逃げるであろう教祖を始めとした要を最強の聖騎士である師匠が討ち取る。そう言う予定だった。

その当初の目的は果たされた、それは間違いない。


……突入したら既に死の教団が壊滅していた、なんてこと、誰も予想していなかった。


あらゆる神々に仕える聖騎士をまとめ上げる教会の上層部は、一人残らず集められて一体何が起きたのかを議論している。

師匠より強い可能性すらあると言われていた死の神に仕えし首無騎士(デュラハン)『漆黒のアレキサンダー』が挽肉より酷い残骸になり、

無数の死の教団の邪悪の輩が全滅し、強固な石造りであった祭壇の間が崩れかけていた。

その酷い惨状に何とか理屈をつけようと必死らしい。魔術師ギルドや、交易都市に住まう学者、賢者にもお呼びがかかっている。

あたしが聞いたところによれば、教祖が古の巨人を召喚しようとして失敗した説が有力になっているそうだ。

その『仮説』を『真実』として王都に報告するために、知識神と歌芸神の聖騎士が報告書を作っているとも聞く。


この交易都市に死の教団を壊滅させるような、教会も知らない正体不明の化け物がいるなどと認めることに比べれば、

それらしい魔法陣や準備が全く無かったことなど些細なことだと、知り合いの交易神の聖騎士が言っていた。


ちなみに『貴殿が滅した死の教団の教祖から何か聞いていないか』と尋ねられた師匠は、シレっと『何も聞いておらぬ』とだけ答えていた。

……師匠の顔の皮は、多分、黄金鋼(オリハルコン)か何かで出来ているんだと思う。

(怪人、か……)

コウイチロウは自らを指して、そう呼んでいた。恐らくだが、アリシアとプロフェッサーも怪人なのだろう。


結局、あたしも、コウイチロウたちを見たことは言い出せなかった。

あんな得体が知れない存在と戦うつもりの師匠は、普通におかしいと思う。


……聖騎士なんて仕事をしていれば、世の中が綺麗ごとだけで回ってないことは、流石に分かる。

そもそも『教会』からして、人間が恐るべき『怪物』や『魔人』、そして人間とは違う考えと人間より強い力を持つ『亜人』に、なんとか対抗するために神の力を使える戦士たる聖騎士たちが己が信じる『神々の教え』がまるで違うことに目をつぶって作り上げたのが始まりだと習った。

……今は『亜人の聖騎士』が普通にいる辺りも含めて、教会と言う組織は世間が思うほど、白くない。


『我ら聖騎士は秩序の守護者と心得なさい。正義に固執してはいけません。でなければいつか壊れてしまうから』


正義の神の聖騎士ですらそんな風に教わるほどに、聖騎士と言う仕事にはどうしようもない現実が待っている。

聖騎士の中には『神々の教え』と『現実』が違いすぎて狂ってしまうものや暗黒騎士に堕ちるものも珍しくない、らしい。

それでもあたしはあたしはあたしなりに信じる『正義』を貫き、守りたいと思っている。

じゃなきゃ、聖騎士を名乗れない。


(エリザベス。おぬしは、おぬしが思うほど清廉潔白でも常識人でもないぞ。でなければ拙者はおぬしを弟子にせなんだ)


……あたしを弟子にした後、師匠が一度だけ言っていた言葉が頭をよぎる。

あたしのどこがおかしいのかは、あたしにはまだ良く分からない。あたしは、ただ『強くなりたい』だけなのに。

(……そうだ。アリシアって確か、ギルドの職員だって冒険者ギルドで聞いたわね)

そんなことを考えていたらふと、そんな話を思い出した。

アリシアの過去を知り、生い立ちを知ればあの強さの秘密を解き明かせるかも知れない。

コウイチロウと、プロフェッサーの過去はどれだけ調べても出てこなかったらしいけど、アリシアはギルドの職員なのだ。

つまり、この王国でギルドの職員になれるくらいしっかりとした『身元と過去』が絶対にあるはずだ。

(……確か、ハンスが今、教会の諜報部門に居たはず)

この手の情報に通じているであろう知識神の聖騎士の知り合いに、手紙を書いて調べて貰おう。

幸いにも《邪悪感知》のお陰で、怪人は魔人とは違って『邪悪な力』では無いことは分かっている。


……つまり、あたしが手に入れても良いはずだ。どうやれば手に入るかは分からないし、代償がどれだけ重いものなのかもまだ分からないけれど。

なお、シーズン2ではエリーは真実まではたどり着けない(ネタバレ)

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