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チート・クリミナルズ  作者: 犬塚 惇平
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Season1 Welcome to Sword World 04

怪人のパンチ力はトン単位(なお敵は物理無効持ち)

ありえないほどの距離と、高さ。


ほのかに温かい腕に抱かれながら飛び上がったわたしは、ぎゅっとコーイチローさんに抱き着きました。

ついさっきまでわたしたちが居た場所には緑色の粘液が広がっています。


瘴毒の悪魔(ポイズンフィーンド)が使う、毒の唾。

恐ろしいほどの速さで放たれて飛んでくるそれは、浴びれば人間なんてひとたまりもない、恐るべき毒の塊でもあります。

「うひゃあ!?」

それを避けるため、コーイチローさんはその場から再び飛んだようです。

軽めの女性とは言え人一人抱えてこれほど大きく飛べる明らかに人間離れした脚の力に、わたしはコーイチローさんが何者なのか余計に分からなくなりました

「ここで待っててくれ。オレはあのカエル野郎を始末してくる」

飛び上がった先は、道々に生えている大きな木の上でした。

わたしの足ではまず登れないほどの高い木です。確かにここならば毒の吐息も唾も簡単には届かないでしょう。

問題は、わたし一人ではまず降りられないということですが、コーイチローさんが負けたらどのみち死ぬのです。

この際、文句は言わないようにしましょう。見捨てられても終わりですし。

「はい……その、死なないでくださいね?」

「おう。まかせとけ」

わたしの言葉を背中で受けて、コーイチローさんが悪魔の元に飛び込みます。

飛び交う唾をすべて避け、近づいて戦いを始めるコーイチローさんの姿は、見た目こそ人狼以外の何物でもありませんが、もう怖くありませんでした。


それからしばらく、コーイチローさんと悪魔の一騎打ちが繰り広げられました。

有利なのは、素人目で見てもコーイチローさんです。何しろ攻撃がまったく当たらないのですから。

遠くて流石に声は聞こえませんが、悪魔の動きは文字通りの意味で人間離れした動きを見せるコーイチローさんと比べれば鈍く、完全に動きに翻弄されている様子でした。

そしてその間にも、コーイチローさんの拳と爪、脚が何度も悪魔をとらえ、のけぞるほどの強烈な打撃を浴びせていきます。

大魔蟲をたった一人で討伐したというのは嘘でもなんでもない事実であることを改めて実感します。


……ですが。


(……おかしい気がします)

悪魔は、明らかに不利にもかかわらず逃げるでもなく、当たらない攻撃を繰り返しています。コーイチローさんの攻撃を何度も受けているにも関わらず、平然と。

確かにあの悪魔は巨体ですが、流石に大魔蟲ほどの生命力は無いはず、にもかかわらず何度攻撃を受けても平然と……

(ああ!? もしかしてあれが悪魔の!?)

そこでわたしはようやく思い出しました。悪魔の持つ特性の一つを。


下級悪魔は、魔界とも呼ばれる魔力で出来た世界から召喚された生き物です。

それ故に、この物質界で受けた魔力も聖なる力も帯びていない攻撃は効かないか、非常に効果が薄いものとなります。

それこそ騎士団や軍隊による一斉攻撃でなら倒せないことは無いそうですが、

悪魔の持つ凄まじいほどの再生能力と合わせると、個人の攻撃で倒すのはまず不可能、らしいです。

恐らくコーイチローさんはその事実を知らないのでしょう。

そして悪魔の方も、それに気づいています……きっと疲労が溜まったところで仕留める算段なのでしょう。


その考えを裏付けるかのように、毒の唾がついにコーイチローさんを捕らえました。

たったの一発。コーイチローさんも咄嗟にかわしてかすっただけですが……当たった左腕から煙が上がっています。


戦いが長引けば、コーイチローさんでも危ない。

「コーイチローさあああああああああん! ちょっと戻ってきてもらえますかああああああ!?」

そう気づいた瞬間、わたしは思わずわたしが出せる最大の大きさで叫んでいました。

その声に気づいたコーイチローさんが、毒の唾をかわしながら、こちらを振り向いたのが見えました。

(気づいてくれた!)

そのまま一息にわたしの側に飛んできます。


「悪い。格好悪いが撤退するしかなさそうだ。あのカエル野郎、頑丈過ぎる」

木の上に戻ってきたコーイチローさんは怒られた犬のようにしょんぼりとして、わたしに告げます。

「いえ、このまま逃げても追い付かれたらおしまいです。ここで討伐してください」

「……もしかして、何か手があるのか?」

無理だと言っているのに悪魔を討伐しろというわたしの言葉に含まれる意味に気づき、コーイチローさんがわたしに問いかけます。

「はい。あれは瘴毒の悪魔と呼ばれる下級悪魔です。悪魔ですから、聖銀(ミスリル)で負わせた傷ならば、再生することは出来ないはずです」

その言葉に答えながら、わたしは懐から護身用にと持ち歩いていた短剣を取り出しました。

綺麗な装飾が施された柄から抜くと、鏡のように澄んだ眩しい銀色の刃が見えます。

故郷の両親が、旅立つわたしに就職祝いにとくれた聖なる力が宿る聖銀の短剣は、魔界に属する悪魔を倒す切り札ともなります。

「この短剣は聖銀で出来ています……お貸ししますので、使ってください」

わたしが使うより絶対に役に立つであろうそれを、コーイチローさんに託します。

わたしのお給金ではとても手が届かない貴重な宝物ですが、どのみち、ここで倒せなかったら、逃げのびられる可能性は高くないでしょう。

生きるために、わたしも必死なのです。

「ありがとな。ちょっと借りるぞ」

それを受け取ったコーイチローさんは、短剣を右手で持ったまま、左手でわたしの腰を抱いて、木から飛び降ります。

ついさっきまでわたしたちが居たところに、毒の唾が飛んできて木を枯らせるのを見ながら、わたしはぎゅっとコーイチローさんに捕まります。

そのままコーイチローさんは走り出しました……悪魔に背を向けて。

「こ、コーイチローさん!?」

さっきまでの話はなんだったのでしょう。そんな気持ちで思わずコーイチローさんの顔を見ます。

「……昔な、同僚に教えてもらったことがある」

コーイチローさんの行動に混乱するわたしに対し、コーイチローさんは落ち着いていて……戦いに赴く戦士の顔をしていました。

臆病風に吹かれて逃げ出したわけじゃない……相手を倒す策を考え着いたという、凛々しい顔です。

「逃げるふりをして、それにつられて追ってきた奴ってのは」

そのまま振り返り、右手に持っていた聖銀の短剣が太陽の光を反射して、ギラリと光ったのが見えた次の瞬間。


グギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!


わたしたちの背中に特大の唾をぶつけようとしていた悪魔のすさまじい悲鳴が響き渡りました。

「普通に正面からやるより、各段に倒しやすい」

いつの間にか、その手からは短剣が消えていました。その短剣は今、悪魔の右目に見事に突き刺さっています。

悪魔は悲鳴を上げながら短剣を抜こうとしていますが、鞘から抜かれたむき出しの聖銀の刃には触れられないようです。

触れようとするたびに、熱したお鍋に誤って触ってしまったかのように指を離しています。

……人間だったら、それで終わっていたであろう一撃を受けてなお生きているのが悪魔の恐るべき生命力の強さを感じさせます。

「こいつで、終わりだ!」

ですが、聖銀で受けた傷は治らない……聖なる力に焼かれて煙を上げる顔を抑えながら悲鳴を上げる悪魔に飛び込み、コーイチローさんの一撃が炸裂しました!

コーイチローさんの手のひらが悪魔の顔面に叩き込まれ、悪魔の右目に刺さったままの聖銀の短剣が深々と押し込まれます。

その一撃に、ついに悪魔は断末魔の悲鳴を上げると同時に、全身から噴き出した自然には決してありえない青い炎に包まれて燃え上がり、すごい勢いで灰になって崩れ去っていきます。

(ああ、図鑑に書いてあった通りなんですね)

物質界に現れた悪魔は、死を迎えると青い炎を上げて灰となり、消滅する。

怪物図鑑で読んだ通りの情報をこの目で確認したことに、安堵します。


それが、わたしが産まれて初めて対峙した恐るべき悪魔の最後でした。


「なんとか、なったな」

あの狼の姿から人間の姿に戻ったコーイチローさんが灰の中から短剣を拾い上げ、灰を払いながら言いました。

「はい……正直、死ぬかと思いました」

コーイチローさんから渡された短剣を大事にしまいながら、わたしはため息をつきます。

辺りには魔犬の死骸がたくさんと、元瘴毒の悪魔だった灰。

改めて、良く死なずに済んだものだと思います。

とは言えこれであとは、隣町まで行けば、もう安全です。

「しかし行くのも帰るのも危険じゃないか、これ」

……そんな甘い考えはコーイチローさんの言葉で打ち砕かれてしまいました。

「え?」

「あのカエル野郎は、俺たちがここに来るのを知っていた。ついでに俺たちが用事があるのが隣町の聖騎士だってことも。

 じゃなきゃ聖騎士の恰好して俺たちのところに姿を見せるはずがない」

呆けた声をあげたわたしに、コーイチローさんがここまであったことを整理して言います。

「……情報が漏れている?」

それでわたしもようやく、コーイチローさんの言わんとしていることが分かりました。

わたしが回復して旅だったのが今日の朝。

情報伝達は伝書鳩か魔法か、あるいは使い魔でも使ったのかも知れませんが、それ以前にいくら何でもバレるのが早すぎるのです。

「付け加えるなら、情報を漏らしたのは、ギルドの誰かの可能性が高い」

そして、そんなに早く情報を掴めるのは、ギルドの関係者以外には考えにくい。

コーイチローさんの考えは、理に叶っています。

「……どうしましょう?」

だからこそ、わたしは途方にくれました。

わたしは、ギルドの職員です。それも王都から辺境の町に配属されたため、地縁らしい地縁がありません。

辺境の町ではギルド以外の人脈は、精々がお仕事でお付き合いのある冒険者さんくらい。

ある程度以上強い人は辺境に留まりませんから、恐らく目の前にいるコーイチローさんが一番頼れるくらいでしょう。

「恐らくだが、カエル野郎の狙いは、オレだった。アリシアさんはその……ついでだ」

「でしょうね。目をつけられたのは三日前だと思います」

あのときの魔犬が、魔犬を操る何者かの使い魔でもあったのだと思います。

そしてその何者かは……魔犬を操る能力なんて欠片も無い、瘴毒の悪魔以外である可能性がとても高いです。

「となると、一旦姿をくらました方が良いだろう。今なら、あいつにやられたと思い込んでくれるかも知れん」

「……それは分かりますが」

どこへ行けばいいのか。それは全然思いつきません。ギルドには頼れませんし。

コーイチローさんも同じことを考えていたのでしょう。少し考えたあと、ぽつりと言いました。

「……一旦、オレたちのアジトに案内するよ。そこにいるオレの上司に相談しようと思う。この手の頭を使うことに関しては、頼りになるはずだ」

……上司なんていたんですか。

そんな言葉が喉元まで出かかりました。

次回でようやく真のチート枠が出ます(ネタバレ)

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