Season2 Double Justice 18
バーサークタウロスのヤバさを知らないサジェウルはみんなもう死んでる
アタシとコウイチローは、死の教団の祭壇の間に続く通路の片隅、ちょっとした曲がり角で息をひそめていた。
子供のかくれんぼのように穴だらけの隠れ方だが、祭壇の間で殺し合いが起きている混乱状態では、わざわざこんなところを調べようという人間はいない。
奥の方からは、凄まじいまでの轟音と、悲鳴。コウイチローの言葉が正しいのであれば、やっているのは、アリシアだという。
そう、今、アリシアは一人で死の教団と戦っている……いや、蹂躙している、らしい。
「大丈夫……そう、信じていいのね?」
ここからじゃ、何が起きているかは、見えない。常識に沿えば、あの場にいた死の教団の連中全部と戦って無事なはずがない。
だが、つい昨日知ったばかりの『怪人』と言う存在は、アタシの常識が通用しない。
『現状、アリシア・ドノヴァンの生体反応はオールグリーン。バーサークタウロスAWとして、想定通り稼働している』
その返答は、コウイチローからではなく、プロフェッサーからだった。
相変わらず、姿は全く見えないのに、声だけははっきり聞こえる。
先ほど、《死の供物》で死んだようにしか見えなかったアリシアは、今は元気に生きているらしい。
……プロフェッサーはここで変な嘘をつけるほど器用じゃないのは、ここ数日の付き合いで分かっている。
―――《肉体狂化》したバーサークタウロスを『300秒以内』に倒せるのは、怪人の中でもほんの一握りだった。
あの教祖とやらが首領で一番強いのなら、肉体狂化中に抹殺されることはない……はずだ。
少しだけ躊躇して、コウイチローが答える……彼もまた、アリシアの、いや『バーサークタウロス』の強さを信じているようだ。
それほどまでに《肉体狂化》したアリシアは、強いらしい。
……確かに、死の教団に長らく仕える首無騎士の騎士であり、懸賞金も付いている『漆黒のアレキサンダー』を最後に増援は途絶え、そして祭壇の間に入って行った死の教団の増援は誰も戻ってきていない。
そのことに異常を感じたのか、死の教団の増援も、状況を伺っている。
勝てそうな戦いであればどんな残酷なことも出来るが、負けそうと判断したらさっさと逃げる。
混沌の勢力とは、邪悪の輩とはそう言うものだ。
「……分かったわ。じゃあ、もう少ししたら再突入ね」
「そのつもりだ」
生きてたら合流。死んでたら死体回収。どちらにせよ。戻らなくちゃならない。
……いつの間にか、轟音も悲鳴も消えていた。つまり決着がついたということだ。
どっちが勝ったのかは、ここからでは分からない。だが、プロフェッサーが死んだと言い出さない以上は、そういうことなんだろう。
―――300秒だ。戻るぞ。
その言葉と共にコーイチローはアタシを抱え、祭壇の間に向かって走る。
「300秒?」
―――ああ、《肉体狂化》した後の活動限界はおおよそ300秒だ。その後は、気絶する。
その意味が分からず聞き返すと、コウイチローがすかさず《沈黙の命令》で答えを返してくる。
―――状況を確認して、アリシアを回収して、逃げる……これ以上の深追いは、多分危険なだけだ。
コウイチローの言葉に、アタシは頷いた。
そして、血の匂いに満たされた祭壇の間にアタシたちは戻ってきた。
「……なるほどね。これは逃げるわけだわ」
祭壇の間には、無数の『塊』と『染み』が出来ていた。
真っ赤な血と、腐った灰色の肉と、白い骨。全部が一緒くたに『潰されて』いる。
石で出来ている床や壁にまで砕けて崩れた跡がある。
強固な石作りの祭壇や神像にまで、すさまじい勢いでぶつかったらしい死体でヒビが入っている。
ここまで酷い光景は、旅の途中で見た、大雨のせいで崩れた山に飲まれてただの一人も助からずに全滅した村以来だ。
およそ、まともな怪物が作れるような光景じゃない。
これほどの惨状を作れるのは、天変地異の類か、巨人や竜のような、神話やおとぎ話に出てくるような神代の化け物くらいだろう。
……それほどのことをたった一人で出来る『怪人』とはどういう生き物なのか。
もしかしたら、怪人と言うものは魔人よりもはるかに危険な生き物なのかもしれない。
「まずいな」
その祭壇の間の中心で倒れ伏した、血まみれになったアリシアにまっすぐに近づいて抱き上げたコウイチローがポツリと呟いたことに、戦慄する。
……まさか、死んでる?
慌てて駆け寄り、アリシアの様子を確認して、安堵する。
アリシアは生きていた。目をつぶり、起きる気配こそ無いものの、寝ているだけだ。すぅすぅと寝息を立てているのが聞こえる。
「ちょっと、驚かせないでよ」
「……ん?ああ。そっちは大丈夫。アリシアは無事だ。気絶しているだけ。数時間で目を覚ます。それまでは何やっても起きないがな」
アタシの言葉にちょっとだけ眉をひそめたあと、コウイチローは祭壇の方を見ながら、言った。
「だが、悪い知らせだ。あのキンキラ骨野郎の死体が見つからん」
その言葉にアタシも驚いて周囲を見渡し、確かにそれらしい残骸が見つからないことに気づいた。
「……アリシアに潰されたんじゃないの?」
「だと良いんだが……」
アタシの楽観的な予想に対して、コウイチローは首を振る。
……こういう時は、大体そっちが当たるのも、知ってる。
「アタシはもう、魔力は空っぽよ。とてもじゃないけど、これ以上は無理よ」
「長居は出来ないな。今はまだ警戒して戻ってきてないが、いずれここの奴らがここに来るはずだ」
コウイチローは、まだ戦える。余力があるのを感じる。
だが、アタシは肝心の魔力がもうない。どのみち持久戦になれば負けるのは分かっていたので、一気に使い果たした。
魔力切れした今でも短剣で身を守るくらいは出来るが、この状態で死の教団の残党相手に勝てると思うのはただのアホだ。
おまけに増援とは文字通りの意味でお荷物と化したアリシアを抱えて戦う羽目になる。勝ち目は薄い。
(……最も生き残る可能性が高いのは、祭壇の隠し通路を使っての撤退。それも、今すぐ)
交易都市に逃げ込めれば、死の教団とて手出しは難しいだろう。
最善の手と言うのは、大体限られるのが世の道理だ。コウイチローも同じ結論に至ったらしい。
アリシアを背負いながらアタシと同じく、ぽっかりと空いた帰り道……祭壇の元隠し通路を見ている。
心が通い合ったのを感じて、ちょっとだけ嬉しいと思いつつ。
「……いくか」
「いきましょう」
そういうことになった。
流石に、罠を張りなおしたり死霊を再召喚するほどの暇はなかったらしい。
行きと違い、罠も怪物も居ない一本道をアタシたちは歩いて戻っていく。
「今のところ、追手は掛かっていない」
「ええ。前にも何もないわ」
違うのは、アタシが先頭と言うことだ。
アリシアには遠く及ばないがアタシよりははるかに筋力があるコウイチローが後方からの追っ手を警戒しながらアリシアを担ぎ、
罠や魔法による不意打ちを受けても一撃や二撃なら耐えられる魔人であるアタシが先導する。
コウイチローとアタシに数秒で決めた『生き残るため』の分担だ。
「……あのキンキラ骨野郎、居ねえな」
「普通に逃げたんじゃない?仮にアタシたちを始末出来ても、教会と連戦するだけの元気は残ってないはず。
干からびるくらい酷使しといていざって時に逃げられない程度のオツムだったらとっくにアリシアに潰されてたわよ」
「違いない」
警戒を崩さず、だが軽口をたたきあう。
こういうとき、下手に緊張するのは逆効果だ。あえて少しだけ気を緩めて、臨機応変に対処しなくてはならない。
その考えも、アタシとコウイチローは似てるらしい……アタシたち、割と相性がいいのかもしれない。多分、アリシアよりも。
「見えたわ。梯子よ」
「おう。まさに天にも昇る気分だ」
幸い何事もなく『出口』にたどり着く。拍子抜けするくらい、あっさりと。
「……追っ手は?」
「まだだな。思ったよりは練度が足りてないのかもしれん」
コウイチローに念のため確認を取って、一言。
「じゃ、お先に失礼させてもらうわ。かび臭い地下はもう嫌よ」
それだけ告げて、アタシは梯子を上る。上にぽっかりとあいた、青い空を見ながら。
慎重に登り切った先に広がるのは、雲一つ無い青い空。
(ああ、洗濯したらすごく綺麗に乾くんでしょうね……)
もう、死の教団にアタシを如何こうするだけの力はない。奴隷だけどアタシは『自由』になれた。
……そんなことを考えていたせいで、とても重大なことに気づくのに、少しだけ遅れた。
(……え?)
アタシたちが散々警戒し、探してきたはずの魔霊王が、そこに『転がって』いた。
アタシたちを襲うことは無いことは、断言できる……何しろ、首から上が綺麗さっぱり無くなっていたのだから。
「コウイチロー!気をつけて!なに……か……」
いる。と言う言葉を、アタシは最後まで紡ぐことは出来なかった。
唐突かつ早すぎて、刺さったことすら認識できなかった、小さな刃が、アタシの脚を貫いていた。
空に輝く太陽の光を浴びて、きらきらと銀色に輝く投擲用の短剣。
「……っ!!!!!!!!!!!!!!!」
余りの激痛に、悲鳴を上げることすら出来ない。
脚から煙を上がり、銀色の短剣から『蒼色の炎』が燃え上がったのは、その直後だった。
(聖騎士の……断罪の短剣!)
ああ、知っている。これは、聖騎士の秘密の武器……アタシが最も恐れていたものだ。
「ベリル!?」
アリシアを抱えたまま一足飛びに梯子を駆け上がってきたコウイチローが短剣を抜いてくれたお陰で、痛みがちょっと和らぐ。
だが、既に手遅れだ。アタシは『致命傷』を負ってしまった。
「おい、これって、ミフネさんの……!」
引き抜いた短剣を見たコウイチローが驚いた顔をした……
ザッと、踏み込んでくる音がして、物陰から、二つの人影が現れた。
一人は黒髪の男……鎧もつけず変わったデザインの服だけを纏い、赤の柄と青の柄の曲刀を持つ交易都市最強の聖騎士。
「……コジロー・ツカハラ」
彼が主に拠点としている交易都市で一年以上冒険者をやってて、知らない奴がいたらそれはモグリだというくらいだ。
何しろ、相手は数多の伝説を作って吟遊詩人に歌われ、子供でも知ってるくらいの本物の『英雄』なのだから。
「ベリル・バークスタイン。その正体、しかと見せて貰った……エリザベス」
骸骨に無理やり皮を張り付けたような、驚愕の表情を浮かべた魔霊王の生首を小脇に抱えて傍らに立つ金髪の少女に、コジローが一言、声を掛ける。
多分、成人してそう経ってない、まだ若い聖騎士……その剣の柄に刻まれているのが『天秤』であることを確認した上で、観念する。
どうやら、アタシはここで終わりらしい。
「正義の神よ、魔に犯されしものを、暴き給え……《邪悪感知》」
滔々と、終わりを告げる言葉を掛けられる。アタシは、ギュッと目を閉じた。
ついに、来るべき時が来てしまった。
「……汝は、邪悪なり」
そう、いつだって致命的失敗は気を抜いた時にこそやってきて、気づいた時にはもう、手遅れになるものなのだから。
そして、今回のラスボス枠、颯爽と登場。




