Season2 Double Justice 16
完全に逃亡用の隠し通路だもの、そりゃあ一番奥にあるさね。
交易都市に巣食う邪悪の輩が一つ、死の教団を率いる教祖は、数多の生贄で作り上げた、骸骨で出来た椅子に座りながら、苛立っていた。
(……何者なのだ、あの男は……)
脳裏に浮かぶは、一人の男。辺境の街からこの交易都市にやってきたという『勇者』だ。
元々は、どうでもよい話であった。
辺境の街で、狩りに興じていた狩人の魔人を冥府に叩き落す。それは確かに偉業だろう。
しかし、狩人の魔人は死の教団とは無関係であったし、奴の『狩り』で死した死の教団の信徒もいる。
つまりは、敵として機会あれば殺すのもやぶさかではなかった相手だ。だから、死のうと別段構わない。
だが、教団が念入りに準備をして手に入れて大いなる死の神に心臓と首を捧げる予定だった『供物』を横取りしたのはいただけない。
『穢れ無き魔人』などと言う、この世界で千年を既に生きた教祖ですら初めて見る珍奇な存在は、死の神の供物に相応しい、そう思った。
だからこそ、汚らわしい金銭で神の供物を横取りした彼の相手には死の制裁を加えてやらねばならぬ。
その思いから男が一人で動いた時を狙い、排除に動いた。
如何な勇者と言えど、死の教団の恐るべき暗殺者と、人にしか見えぬ鮮肉造人に取り囲まれ襲われれば、一たまりもあるまい。と。
……最悪、勇者とやらが想定以上に強くとも、そのまま全員逝くのであれば問題は無かった。
だが、部下の使い魔の報告では、彼の『勇者』は街中で人殺しなんて出来ないなどとのたまい、
全員を腕や足を折ったり、首筋や腹に手を当てるだけで気絶させたあと、自殺すら出来ないほどに念入りに拘束し、そのまま『現行犯逮捕』などと言って聖騎士たちのいる忌々しい教会に引き渡したという。
それにより、生きた情報源から死の教団の情報を大量に得た教会が動き出すは、もはや必然であった。
かくして、死の教団と、教会の聖騎士たちによる戦いが起きることを察した教祖は、防衛の準備をした。
教祖は、既に準備を終え、待ち構えてきた。死の静謐を、素晴らしさを理解せぬ、愚かなる聖騎士どもが来るのを。
百年以上もの間、この交易都市に巣食う、悪魔と不死者を狩ることに特化した、神の下僕ども。
元々、奴らが長く続いた因縁に決着をつけようと動いていたのは、知っていた。
だからこそ、教祖もまた死の教団に忠誠誓う信徒たちを集め、己らの手で作り出した数多の不死者を従え、魔術研鑽の果てに死の魔術を極めて転生を果たした魔霊王として魔法を駆使して聖騎士の聖なる力に強い鮮肉造人を作り上げてきたのだ。
(やはり、応報せねばならぬな。忌々しき聖騎士どもを片付けた後、あのコウイチロウとやらは、一族郎党すべて冥府送りだ)
だから今は聖騎士との戦いに備えよう。そう思い眼下に広がる己が手勢を見る。
信徒の人間や死の神の力を借りられる司祭。秩序の敵として追われた魔法使いや金次第で誰にでもなびく傭兵、死の神の奇跡と剣術両方に通じた忠実なる教団の剣である暗黒騎士。
教団が作り出した無数の不死者に秘蔵の魔法の鎧に死霊を宿らせ作り出した不死鎧、無数の屈強な人間や怪物の肉体を縫い合わせ、戦闘用に調整した鮮肉造人……死の教団はもはや、一つの『軍勢』と化していた。
聖騎士が攻め込んでくるのは『想定内』だ。街にはなった草から、近々動くという話も聞いている。
そのための備えもあるし、この程度のことで易々と潰えるほど、この交易都市に巣食う死の教団は甘くない。
聖騎士どもを返り討ちにし、交易都市を死に染めるときが、刻々と迫っていた。
「さあ、我らの力を見せるときがきた! 我らが神の聖戦をごぉ!?」
そして立ち上がり厳かに聖戦の開始を告げようとした瞬間、髑髏の玉座ごと、後ろから『飛んできた』鉄の扉に弾き飛ばされ、祭壇を転がり落ちる羽目になるのは『想定外』だった。
*
わたしの蹴りによって鉄の扉が吹き飛ぶと同時に、生臭い、血の匂いが漂ってきました。
その先には無数の邪悪の輩が下に沢山いるのが見えました。上には髑髏で出来た杖を携え、骸骨の顔をした巨大な像。
どうやら、わたしたちが今いる場所は奥まったところにある少し高くなったところ……死の神の祭壇の上のようです。
まさか後ろから攻め込まれるとは思わなかったのでしょう。
『敵』が呆然として、動きを止めているのが良く分かりました。
―――作戦、開始だ!
その様子にコーイチローさんが宣言すると同時に、コーイチローさんとベリルさんが動き出しました。
「な、なにごとか!?」
そんな言葉と共に、漆黒の外套と黄金と宝石に彩られた装飾品を纏った死霊術師らしき男が、隠し通路の扉の下から這い出てきて姿を現しました。
人間なら必ずあるはずの血の気と言うものを失っている、骸骨に無理やり皮を張り付けたかのような顔、眼球の失われたその奥に爛々と灯る真っ赤な、鬼火のような光……その姿から、わたしはその怪物の正体を看破します。
「恐らくあれは魔霊王です! 死を超越し、あらゆる魔法を使いこなす、死の王!
上級魔人にも匹敵する強敵です!気をつけてください!」
―――つまりあれがこいつらの『首領』ってことだな!
この世界の知識には疎いものの、敵がどれくらいの強さなのか見抜くのは得意としているコーイチローさんです。
目にも止まらないほどの速さで魔霊王までの距離を詰め、猛然と殴り掛かります。
「ぐっ!?あの距離を一瞬で!?」
魔法使いが苦手とするという接近戦になり、自らも巻き込むような大きな魔法で戦うことが難しくなった魔霊王が必死に応戦しています。
魔霊王は強力な魔法に守られているうえに、各種魔法を使いこなす技術に加えて触ったものから精気を奪う力があると聞きますが……
文字通りの意味で人間を越えた動きをするコーイチローさんにはそもそも触れず、手が何度も空振りしていました。
「貴様ぁ!何者だ!?」
焦りの混じった声で、魔霊王がコーイチローさんに尋ねます。
「怪人、サージェントウルフ5126号……ベリルの『仲間』だよ!」
そんな魔霊王相手に微塵も恐れを見せないコーイチローが勇者のごとくその正体を告げました。
「まったくこんなときにまで……アリシア! アレはコーイチローに任せて、あたしたちは雑魚を蹴散らすわよ!」
「はい!」
コーイチローさんに加勢は不要。
そう見切ったらしいベリルさんが不敵な笑みを浮かべ、魔人の証たる空色の翼を広げ、祭壇から飛び立ちます。
わたしもそれに倣い、祭壇から思い切って飛び降ります。
その瞬間、祭壇のあった場所に《火炎球》と 《雷光》が炸裂しました。
どうやら死の教団には魔法使いが多くいるようです。突然の奇襲でも対応できる辺り、熟練の魔法使いのようです。
「雑魚どもはアタシがやる!デカブツは任せるわ!」
ベリルさんがそう宣言すると同時に翼を広げ、短剣を抜きはなち、マントをはためかせながら突っ込んでいきました。
狙いは、黒いローブを纏った一団。ただの人間から不死者、そして恐らくは鮮肉造人まで交じり合った集団。
……ベリルさんはこの手の方々の相手をするのが特に得意だと言っていましたので、お任せします!
「魔力、霧、微睡め!《睡眠》!」
ベリルさんが翼をはためかせて敵の頭上に留まったまま詠唱した《睡眠》の魔法で発生した霧により、何人かの黒いローブが崩れ落ちます。
霧を吸い込んだ者を眠りに落とすというこの魔法は、駆け出しでも使えるくらいの初歩の魔法でありながら、様々な場面で使えると聞きます。
更にベリルさんの睡眠は高速詠唱にも対応しているようです。敵の魔法よりも早く発動します。
「ぐっ!?アイツを撃ち落と」
睡眠の魔法に抵抗し、影響を受けなかったらしい熟練の魔法使いのまとめ役らしき男の喉が、羽をしまって落ちるように下降してきたベリルさんが手にした蒼玉の短剣で切り裂かれます。
元々が接近しての戦いなど想定していないであろう魔法使いだったためか、即死でした。
短剣の扱いには自信がある、と言い切るだけあって、熟練の斥候や戦士であるかのような動きです。
「魔法使いだからと言って、接近戦が出来ないとは限らないのよ?」
倒れ伏した敵に、血まみれの短剣を下げながらベリルさんが言います。
……そんな余裕、あるんでしょうか?
「おのれ!死の教団に仇なす敵め!」
そう思ってたら短剣の一撃で出来た隙を見逃さず、《睡眠》に抵抗した死の教団の暗黒騎士や、そもそも《睡眠》が効かない骸骨兵や屍兵と言った下位の不死者、敵を殺すよう命令を受けているらしい人間サイズの鮮肉造人がベリルさんに一斉に襲いかかります。
熟練の戦士の動きが出来るベリルさんでも鎧らしい鎧を纏わぬ、魔法使いらしい軽装では全てに対応することはできず、背中に暗黒騎士の一撃を受けました。
屈強な熟練した暗黒騎士の剣の一撃は、女性で魔法使いならばたった一撃で死んでもおかしくない一撃でしょう。
「残念。最初の一手目を間違えたわねぇ」
ただしそれは、相手が人間だったら、の話です。
背中に刻まれた傷が血すら零さずに見る見るうちに塞がり、綺麗さっぱり傷が消えてしまいます。
その光景にわたしは魔人に『普通の武器』でダメージを与えるのは至難の技だということを改めて実感しました。
……そして、数の暴力で戦う不死者や造人の中に、魔人を殺せるような魔法の武器を持つものはいないでしょう。
「ば、バカな!」
「仮にも魔人と戦うことを考えるなら、魔法の武器を用意するか、最初の一手で《聖別》を掛けるべきだったわ」
驚愕する暗黒騎士に少しだけ楽しそうにそんなことを言いながら、ベリルさんは短剣を掲げました。
「氷、嵐となり、全てを凍てつかせる!《氷嵐》!」
詠唱と同時に短剣を中心に、強烈な氷の嵐が吹き荒れます。
《氷嵐》は高位の攻撃魔法の一つで、狙った場所に氷の嵐を吹き荒れさせる、避けるのが極めて難しいと言われる魔法です。
魔人の魔力でもって、更に強力な魔法の短剣の補助を受けて放たれるそれは、まさに必殺と言っていいでしょう。
ベリルさんを囲んで数で押し込もうとしていた死の教団の邪悪の輩が、人間、不死者、鮮血造人問わずに凍てつき、倒れていきます。
……ベリルさん自身も思いっきり巻き込まれていますが平然としています。
こう言う使い方が出来るように、氷系の吐息や攻撃魔法に強い耐性を得られるように装備を整えたとか言ってました。
何と言うか、もしかしたら敵に回したら狩人の魔人より厄介かもしれません。
氷の嵐に耐え切れずに倒れた、先ほど切りかかった暗黒騎士に短剣でさっくりとどめを刺すベリルさんを見ながら、そう思います。
「……っと!」
ベリルさんの様子を見ながらわたしもまた、この血塗られた場の入り口付近に配置されていた『敵』と戦いを続けます。
中身がからっぽで、人間離れした膂力で身の丈を越えるほど巨大な黒い斧を振り回す、禍々しい黒い全身鎧に、一体何の肉体をつなぎ合わせたのか、腕が何本も生え、鱗や尻尾が生え、目がいくつもある巨体の鮮肉造人がわたしの相手です。
魔法の武器らしい黒い斧と、魔法で強化されているのか禍々しい光を放つ魔法生物の爪と拳は普通にベリルさんに致命傷を与えうるでしょう。
両方とも人間とは隔絶した耐久力を誇り、全身が鋼や筋肉の塊の身体は並の剣であれば容易く弾き、魔法攻撃に対しても強力な耐性を持つと推測できます。
人間であれば容易く殺せるほどの攻撃力と、生半可な攻撃では傷一つつけられない防御力を兼ね備えた、まさに動く砦と言っても良い敵です。
……そして、『攻撃を受けても弾き返す盾となる』ために作られているためか動きは決して早くありませんし、避けることもしません。
つまりは、卓越した技術がなくて、代わりに凄まじい怪力と耐久力があるわたしに一番向いている敵です。
「やぁ!」
わたしが全力で持って鎧を殴りつけると、鎧が拳の形に凹みました。
お返しとばかりに叩きつけられた斧が肩口に当たりましたが、ちょっと人とぶつかったくらいの痛みしかありません。
その間に何本もの腕を持つ鮮肉造人に抱きすくめられましたが、唐突に抱き着かれた気持ち悪さに思いっきり力を込めたら造人の腕の方が千切れました。
それでも一切怯まずに戦いを繰り広げられるのは知性が無い不死者であり、魔法生物であることを感じさせます。
(ですが、わたしだって『怪人』です!)
床が割れるほどに脚に力を込めて必殺の『ぶちかまし』でもって鎧の方にぶつかります。
その一撃は鎧を弩で放たれた矢のように複数の敵を巻き込みながら壁まで飛ばし、鎧を粉砕しました。
……流石にバラバラになったら、立ち上がることは出来ないらしいです。
「ちょっと!?危ないでしょ!?こっちに吹き飛ばさないで!」
「ごめんなさい!」
魔法の力を使い切ったのか、短剣で地味に戦っていて危うく巻き込まれかけたらしいベリルさんに謝りながら、わたしは残った鮮肉造人に向き直ります。
残った腕を振り上げ、一気に叩きつけようとする鮮肉造人の胴体は、がら空きでした。
「てぇい!」
その瞬間、わたしの身体が反応します。コーイチローさんに教えられた『ぶちかまし』に続く必殺技を決めるチャンスが来ました。
先ほど、動くことのない扉を一撃で破壊した大技。
足を振り上げ、足の裏を思い切り叩き込むコーイチローさんの世界に伝わる格闘の技『やくざきっく』です!
「ぶごぉぉぉぉ!?」
全力で放った蹴りが胴体に当たり、骨を砕き、内臓を潰す感触を伝えてきます……
そして、その一撃により、鮮肉造人は口から色々なものを吐きながら崩れ落ちました。どうやら、致命傷だったらしく、動きません。
……なんというか、圧倒的ですね!わたしたち!
そう、思った瞬間でした。
どくり、と心臓に痛みが走りました。
「……え?」
いったい、なにが……訳も分からず、わたしは倒れこみます。
「……アリシア!?」
コーイチローさんの焦った声を聴きながら、ゆっくりとコーイチローさんの方を見ます……
そこには、何故かわたしを指さしている、コーイチローさんにやられたのか全身に怪我を負った魔霊王が……
……死の、魔法?
その可能性を思いつくと同時に、わたしの目の前が真っ暗になりました。
ネタバレ:死んだけど、死んでない
次回更新は、明日。




