Season2 Double Justice 15
相手の都合?それは自分に都合がいい時だけ聴くよ?
交易都市の外に広がる未開拓の森の中、周囲から姿を隠し、音も消すため無数の怪物が蠢く迷宮の奥底ですら安心して寝れるという、
師匠秘蔵の《休息の結界石》を使い、隠形の結界を張った中で朝陽を浴びたあたしは目を覚ました。
「おはようございます。師匠」
「うむ」
それよりも早く起きだしていた師匠が、革袋から水を飲み、保存食を齧っていた。肉と野菜を炒めたあと、脂で固めた奴だ。
……確かにお湯を沸かしてスープにすれば美味しいんだけど、生で齧るのはどうなんだろう?
これが一番腹を満たすのに良いとか言ってたが、味が強すぎる気がするんだけど。
とは言え、死の教団の邪悪の輩に居場所が露見する可能性を考えたら煙で結界の意味がなくなるので火をたくのが難しいって理屈は分かるし、お腹が減った状態は『危険』だというのは旅で分かってるあたしも手早く食事をすることにする。
日持ちは考慮されてない、砂糖とバターがたっぷり入った甘い焼き菓子に、甘酸っぱい干し果物を食べて、コウイチロウにこの前作り方を教わった果実汁と蜂蜜入りの水を飲む。
……今回は交易都市でいくらでも良いものがあるし、今回は特に危険な任務をこなすということで、予算も多かったから奮発してみた。
お腹が満たされた後、しばらく暇なので、あたしは師匠に聞く。
「……しかし師匠。任務とは言えここまでやる必要があるんですか?」
予定では、突入は昼の鐘と同時と言う手はずになっている。
貧民街では裏稼業に強い『盗賊神』や『交易神』の聖騎士が朝から見張りを排除したりそれとなく人を遠ざけてるとは聞くが、あたしたちが動くには早い気がする。
「戦とは、戦う前に始まるものよ。周到に準備し、罠を張り、油断した敵を塵のように殺す。それもまた、戦」
相変わらず、戦神様の聖騎士とは思えない発言だ。普通に卑怯な気がするし。
でも、師匠はそれで大物と何度も戦い、そして屠ってきた。その実績は何より重い。
だからこそ、教会が重い腰を上げた死の教団の殲滅で、一番重要なお役目を任されているのだ。
……あたしは、おまけみたいなもんだけど。
そんなことを考えていると、ふと辺りを見た師匠が何かに気づいて遠くを見て、つぶやく。
「……なるほど。そう来たか」
あたしもそれにつられて師匠が見ている方を見て、絶句した。
「ちょ、ちょっと!? あれ、ベリル・バークスタインじゃないですか!?」
空色の髪を持つ、魔法使い。死の教団が狙っているという『生贄の娘』であり、ずっと前に取り潰されて行方知れずになっていたバークスタイン家最後の生き残り。
五百年前の勇者の仲間だったという魔法使いを祖先に持ってるし、これまでに何人も高名な賢者を輩出した名門の血を引く魔法使い。
正義の神の神官にして魔法使いだった父親が『魔神召喚』の儀式に失敗して滅んだあと、お家が取り潰しになった後は家名を捨てて冒険者に身をやつし、かれこれ十年以上放浪している。
冒険者としてはあちこちの一党に参加し、様々な冒険はしているものの、功名心が無いのか、目立ちすぎるのが嫌なのか、定期的に新しく登録しなおしてる上に目立った功績はないため認識票は銅のまま。
つい最近、死の教団に陥れられて債権奴隷となったあと、売れた。
金を渡されて買おうとしてた死の教団の手先の商人を捕まえて、その手の仕事が得意な聖騎士が拷問で聞き出した結果では、他の誰かがすごいぼったくり価格で買い取ったらしい。
なお、死の教団がそこまでして執拗に狙う理由は未だに不明……と言うのが教会が調べて分かったことだ。
「怪物を引き連れてる……やっぱり、ベリル・バークスタインは邪悪の輩だったんですか?」
そのベリル・バークスタインは怪物を引き連れていた。
遠目だけど、高名な怪物なので、見間違えようがない。
立ち姿にちょっと違和感があるけど黒い狼と人間を混ぜたような姿をした人狼とちょっと小柄だけど角が生えた女の鬼だ……どちらも、師匠と共に戦ったことがある。
「異なことを言う。あれは、コウイチロウ殿にアリシア殿ではないか」
「……え?」
当然のように言い切る師匠に、あたしは固まった。
いや、確かにアリシアの怪力と耐久力は人間離れしてたけど、鬼が化けてるとか思わないし、そもそも前に戦った鬼はあそこまででたらめな怪力と耐久力じゃなかったと思う。
「魔人、魔法使い、魔に通じた怪物の類であれば、人の姿に化けるなぞ造作なし。見た目など変えられて当たり前……なればこそ、動き、息遣いで見分けるものぞ」
そんなことできません!
そう、言いかけたのをグッと飲み込む。
師匠は、この手の判断で間違ったことが無い。
村に紛れ込んで人食いを繰り返していた巨鬼妖精退治の任務を受けて行った小さな村で、全員を集めた直後に子供に化けた巨鬼妖精を一発で見抜いて抜き打ちで切り捨てたこともある、らしい。
……切った直後に死体が元の姿に戻ったから良かったものの、間違いだったら大変なことになっていたはずだ。
正義の神の聖騎士で《邪悪看破》が使えるあたしが『弟子』兼『お目付け役』としてこの師匠についていくことになった原因の事件だという。
「……どうします?仕掛けるんですか?」
気を取り直し、あたしは師匠に尋ねる。
怪物を引き連れて死の教団の秘密の抜け道に近づく……状況から見ればベリル・バークスタインは邪悪の輩だと見ても良いと思う。
今なら、不意を打てるだろう……
「愚か者。ここに姿を現すならば、目的は死の教団であろう。他に何がある?」
「……それは」
だが、意外なことに師匠は反対、らしい。どうやらこのまま見送るつもりのようだ。
「他の聖騎士と教会が雇った冒険者が表の入り口から死の教団に突入し、正面から皆殺す。
拙者らはここで聖騎士どもが取り逃した死の教団の者たちを待ち伏せて、切り捨てる。
なれば突入するのがコウイチロウ殿であっても大筋では変わらん。
一度受けた任務は必ず成し遂げることこそが、聖騎士の本懐である」
滔々と言う師匠に、あたしは驚いた。いや言ってることは分かるし、正しいと思うんだけど、師匠が言うと違和感がすごい。
それに、重大な問題がある。
「……たった三人で、死の教団を潰せるってことですか?」
教会の面子とか誇りとか段取りとかそう言うものを考えなければ、流れの冒険者が死の教団を倒しても、神様のご意向にはかなうと思う。
あたしだって難しいことは分からないけど、邪神を奉じる邪悪の輩がこの世から消えるなら大歓迎だ。
だが、単純に教会が聖騎士と冒険者数十人も使って倒そうとしている『組織』を三人で倒せるのか、とは思う。
……コウイチロウは、狩人の魔人を単独で倒したとか言うからあり得なくは無いのだろうか?
「分からん」
そんな疑問をいだいたあたしに、師匠はあっさりと言う……
「だが、拙者の誘いを断った上であ奴らは勝てると判断した……なれば成算はあるのであろう。お手並み拝見といこうではないか。
失敗して死するなら、それまでの相手だったということよ」
あ、これ勝っても負けてもどっちでも良いだけだ。
あたしは師匠がどこまで行っても師匠なことにため息をついた。
*
夜明け直前に普通に宿を出た後、背に朝陽を浴びながら、怪人の姿に戻ったわたしたちは慎重に歩を進め、そこにたどり着きました。
『うむ。そのポイントに、板状のもので覆われた縦穴がある。超音波による探査から判断するに自然の物ではない。それと、その穴の地表付近に大量の人型の死体が埋まっている。
……この世界には、ネクロマンシーと呼ばれる魔法や死の神の奇跡により死体が動き出したモンスターというものがいると書物に書いてあった。その一種であると推測される』
耳の中から今も宿屋の一室に引きこもったままのプロフェッサーさんの声が聞こえるのが、ちょっと気持ち悪いです。
となりではベリルさんも微妙に気味悪そうな顔をしています。コーイチローさんは慣れているのか、平然としたままです。
わたしたちは『こがたつうしんき』なる小さな石のようなものを渡され、耳の中に入れました。
それだけでプロフェッサーさんの声が聞こえるのが、とても謎です。しかもとなりにも聞こえないくらいの小声で喋っても向こうに声が伝わるそうです。
「……ここだな」
コーイチローさんがしゃがみ込み、落ち葉を払うと、そこには石で出来た板が埋まっていました。
「隠し通路の扉、と言うより板ね……」
そう言いながらベリルさんが鞄の中から小さな道具を取り出しました。
小さな、虫眼鏡のようです……魔法の道具でしょうか。
「……これには《魔法探知》が付与されているわ。これで覗き込むと、魔法が掛かってるか一発で分かるの」
そう言いながら虫眼鏡を通して板を覗き込み、一つ頷くと、わたしたちに無言で虫眼鏡を渡してきました。
「……なるほど、光ってますね」
「つまり、魔法が掛かってる、と……」
それを覗き込み、わたしたちはその道具の効能を確信しました。
肉眼で見たらただの板なのに、その虫眼鏡を通すと光って見えます……それが魔法の証であることは、何となくわかります。
「何の魔法か、を判別するのは勘と経験がいるんだけどね」
魔法については素人同然のわたしたちに、ベリルさんが胸を張って言い切ります。
「ベリルには分かるのか?」
「もちろん……この色合いだと《強化施錠》と《警報》ね。まあ、この手の隠し扉には基本掛かってる魔法だわ。
多分、《警報》を発動させたら、ここいらに埋まってる不死者の群れに襲われることになるわね」
虫眼鏡を覗き込んだまま、ベリルさんが確かに判別して見せます……あっているのかは、わたしにはわかりません。
「……術者のレベルがかなり高いわね。二つとも《解呪》するとかなり時間がかかるわ」
「警報だけでもなんとか出来ないか?」
ベリルさんの呟きに、コーイチローさんが即座に返します。
《強化施錠》の方は何とか出来ると考えたのでしょう……怪人ならば。
「……《警報》だけならすぐに行けるわ。元々気づければなんとかなる類の魔法だし、余りに強く掛けるとそれはそれで怪しまれると思ったのかしら。
普通の強さで掛けられてるわ。まあ、森の獣が上を歩いて誤作動なんかして、謎の不死者の群れが唐突に森で発生したらそれだけで教会に目をつけられるでしょうし」
「じゃあそっちだけ頼む」
「了解。魔法はほどかれ、魔力に戻る……《解呪》」
ベリルさんが短剣を抜きはなち、その先を扉に触れさせ、呪文を詠唱しました。それに呼応するように扉が光り、光が消えます。
「解除したわ。これで不死者の罠の方は防げると思うけど……強化施錠はかなり念入りにかけられてる。解呪するのは相当に手間よ」
「いや、そっちはいい……アリシア」
警報が解除されたのを確認したところで、ようやくわたしに出番が回ってきました。
「はい! 任せてください!」
久々の怪人の姿での、お仕事です。何をすればいいかは、とっくに把握しています。
「どうするの?」
「こじあけます!」
何をするかを把握していないベリルさんに一言告げて、指で石を『貫いて』固定します。
まるで、地面に吸い付けられるように重い石の蓋は、見た目よりも明らかに重くなっています。
貴族の家では定番である《強化施錠》の魔法ならば、石そのものも並大抵のことでは砕けないくらい強化してもいるのでしょう。
……元々が『人間』が両手で扱うような武器や工具を使い、物理的に扉を壊そうとしても壊せないようにする魔法です。
「せぇの!」
今の、怪人の姿であるわたしの全力は絶対に想定していません。
「……な、なるほど、周りの地面ごと引っぺがすのね……」
気合と共に、石をはめ込んでいた蓋を持ち上げると、石蓋を地面に固定した部分が千切れます。
わたしの両手には、裏側に魔法陣らしきものが刻まれた、引き剥がした石がそのまま残りました。
「バーサークタウロスのパワーで破壊できない扉は、まずないからな。殴って割ってもよかったが、音がな」
「……いいわ。ちょっとびっくりしただけ、行きましょうか」
適当な場所に強化施錠の魔法が掛かった石の蓋を投げ捨てるわたしを見て、額を抑えながらベリルさんがつぶやくように言います。
「おう。ちょっと待っててくれ」
最初に突入したのはコーイチローさんでした。
梯子を掛けられた縦穴にそのまま飛び込みます……何か罠や待ち伏せが居ても対応できるからこそです。
―――問題なさそうだ。カビくせえが人の気配も無いし、腐った匂いも音もしない。
『生体反応は無し。人型の物体も確認できん』
飛び込んで数秒後、コーイチローさんが中から《沈黙の命令》を返し、コーイチローさんに取り付けたという探査機で調べたプロフェッサーさんの言葉が続きます。
「……予想通りだわ」
―――つまり、幽霊か……幽霊なぁ。心霊スポットは先輩と一緒に随分回ったが、一回も会ったことなかったんだがなあ。
……ベリルさんの言葉を聞き、悪霊の類とは戦闘経験が無いらしいコーイチローさんが、ちょっとボヤくような言葉を返してきます。
事前に作戦会議をした際、太陽の光が一切差し込まない隠し通路の番人として最も可能性が高い候補として挙げられたのが、悪霊や死霊と言った、悪霊の怪物でした。
どちらも優れた死霊術師なら無残な殺し方をして恨みを抱いた死者を用意すれば簡単に作れて、物質的な肉体が無いので食事も眠りもいらず、不意を打ちやすいから、と言うのが熟練の冒険者さんでもあるベリルさんの意見でした。
ちなみに、この手の隠し通路の番人として定番である人食粘菌は定期的に餌を与えないと動けなくなるので、何年も秘匿し、人の出入りが無いような隠し通路には向かないそうです。
「多分、死霊よ。ただの悪霊だと不意を打っても聖騎士レベルの相手と戦えないもの」
―――任せろ。床からが一番多いんだっけ?
ベリルさんの的確な助言に、コーイチローさんが一応、と言うように確認の言葉を掛けます。
「ええ。経験上ね。もちろん、壁や天井気にしなくていいわけじゃないけど」
―――分かってる……大当たりだ。床からなんかグロいのが……排除した。顔の辺りに掌底叩き込んだら一撃か。本当に脆いな。
姿を現すと同時に、完全に警戒していたコーイチローさんの無慈悲な先制攻撃を受けた死霊は、一撃で消滅したようです。
死霊って、普通の武器は通じないし、高位の聖職者や魔法使いがいないと普通に精気吸い殺されて死ぬ恐るべき怪物なんですけどね。
……一党全員がかりで一匹倒すだけでちょっとした英雄になれる下級悪魔よりは確実に弱い怪物でもあるので、当然と言えば当然かも知れません。
「霊体の怪物なんて、対策しっかり取って不意打ち避けられればどうとでもなるわよ。さ、行きましょ。さっき塗っておいた軟膏で暗視は聞くはずよ」
「……はい」
これは、冒険と言ってよいのでしょうか?
そんな疑問を感じながら、わたしは悪霊蠢く死の教団の隠し通路へと足を踏み入れました。ベリルさんが持っていた《暗視の軟膏》のお陰で普通に見えます。
元々本当の脱出路らしい隠し通路は一本道で、途中には罠やら悪霊やらが潜んでいたのですが、全部コーイチローさんが蹴散らしていきます。
魔法の武器しか通じない怪物であっても普通に倒せる武器を手にしたコーイチローさんは、もはやこの人だけで良かったんじゃと思うほど、強かったです。
時々、コーイチローさんでは対処できないような魔法の罠があっても、熟練の魔法使いであるベリルさんが手早く無力化していきます。
(……なんかこう、冒険って言うより作業ですね)
後ろからついていくだけのわたしは、そんな場違いなことを考えながら、黙って歩きます。
これもまた、作戦のうちなので、仕方ありません。
―――ついたな。ここが、ゴールだ。
「でしょうね。《強化施錠》の魔法が掛けられてるし」
『扉の向こうは巨大な空洞になっている。生体反応あり、人型の物体も多数ある。死の教団の中枢部分である可能性は、極めて高い』
通路の行き止まり……死の神の紋章が大きく刻まれた扉を前にして、三人が断言しました。
わたしも、同感です。これで違ったら、死の教団の方々の頭の方を疑います。
「じゃ、アリシア。任せた」
「まかされました!」
コーイチローさんに後を託され、わたしは張り切って前に出ます。
冒険者さんの一党とは、それぞれが弱点を補いあい、強みをお互いに生かして冒険を繰り広げるものです。
戦士が魔法に疎くても良いし、魔法使いが肉体労働苦手でも何もおかしくありません。
わたしは素早さや勘の良さではわたしはコーイチローさんに、魔法の知識や技術、戦術眼ではベリルさんに、訳の分からない技術ではプロフェッサーさんに叶わないでしょう。
……ですが、こと腕力と丈夫さがモノを言う場面では、今のわたしが他の三人に負けることは無いでしょう。だから、十分です。
それぞれがそれぞれの強みを生かし、様々な危機を乗り越える。それは、わたしがあこがれ続けた冒険そのものですから。
「……そっか、アリシアなら全力で蹴れば壊せるのね」
そんなことを考えながら、ベリルさんの声を背中に受けつつわたしは足を振り上げて、コーイチローさんから教わったパワー系怪人の基本その三『作戦中、どうしても扉を通る時は、開けるんじゃなくて、蹴り壊せ』を実行したのでした。
暴力ですべてが解決するわけではないが、暴力で解決することだって多いことも事実である。




