Season2 Double Justice 14
この作品では、光一郎視点はたまにしか入らない
お互いに何が出来るか出来ないか。どういう手はずで行くか確認し、作戦を考え、残ってた保存食で手早く飯を食い終えて寝てから数時間。
作戦開始の二時間前に目が覚めたオレは、屋根の上に登って星を見ていた。
(空に月が浮かんでて、星が見えるのは地球と変わらねえんだよなあ)
夜中で、灯りと言うものが数えられるくらいしか無いこの街では、星空が良く見える。
デカい月を見上げて、星を眺めていると、案外こっちも変わらないんだなと思う。
あのプロフェッサー謹製の謎の転移装置の作り出した、虹色に輝くゲートをくぐって、俺たちはこの世界にやってきた。
ぼんやりと、遠い場所に来てしまったという自覚はある。
なにしろ、異世界だ。それも剣と魔法のファンタジーそのままの世界。
人間が居て、モンスターが居て、魔法とか言う訳の分からないものまである、普通にそんなもん無かった地球とはかけ離れた世界。
そして地球とは違い、怪人(『戦闘員そっくりな人間』は見たことがあるが、アイツらは普通に喋れたから別物だろう)も居ないし結社も無い、そして当然のように最悪の失敗作も居ない世界。
……オレの常識が通じないこの世界でも、地球と変わらないこともある。
空があって星が見えるとか、飯を食わないと腹が減るとか、人間には人間の数だけ考え方があって、善人も悪人もどっちでもないのも居ることとか、色々。
(ま、ドクやハウンド辺りなら、これのどこが地球と同じ星空なんだとか言うんだろうな)
ふと、もう死んじまった奴のことを思い出した。
あの二人は、GPSがまともに機能しないような場所でも時計と星空を見るだけで自分が今大体どの辺にいるのか分かるとか言う特殊技能を持っていた。
星なんて、目をよく凝らして見たらオリオン座がどこにあるか、くらいしか分からないオレとは大違いだ……ちなみにこっちではいくら探してみてもそれらしい星座は見えない。
あの人らに言わせれば『人間でも出来る』普通の技術らしいが、少なくともオレには出来ない……習っとけば良かったかもしれない。
(んで犬千代とオレがそんなん分かるか!って言い返して言い合いになって、助手さんとタカコがまあまあって取りなして、
クダンとニートは知ったこっちゃねえとゲームかなんかやってて、お前ら静かにしろって酒飲んでたヤクザのおっさんが怒りだして、
ポチさんはいつも通り静かにみんなを見てて……)
一人でぼんやりしていると、二年間組んで、結社が滅んだあの日に全滅した『ウルフパック』の面々の顔が次々と思い浮かぶ。
絶対あり得ないのに、不思議とそんな光景が目に浮かぶのは、それだけ『家族』みたいな『群れ』だったんだろうなと、失った今になって思う。
(参ったな。結社時代のこと思い出すなんて、今までほとんど無かったのにな)
訳の分からんうちにこの世界に着て、生きるために必死に色々やってきたときには、地球のことを思い出すことは無かった。
だが、こっちに着て半年経つ。そして半年たつ間に、生活には困らない程度の金と仕事を得て、呑気に『観光旅行』出来るくらいにはここで暮らす算段がたち、新しい色々が沢山できた。
(……そうか。コイツは異世界でやる、結社の命令じゃない初めての『作戦』になるんだな)
そうして考えていくうちにその事実に気づいて、オレはやっとなんで自分が昂ってるのかに気づいた。
そうだ。戸籍や身分証明無しでもちゃんと仕事こなせばちゃんと報酬貰える、結社よりは格段に気楽なバイトみたいな『冒険者ギルド』の仕事を引き受けて金貰ってる普段の仕事や、
その流れで軽い気持ちで受けたギルド職員の護衛仕事で巻き込まれて、泣き言を言う暇もなく死人減らそうとあちこち走り回ったりしてレラジェとか言う化け物と殺しあうことになった前回とは違う。
この異世界でオレ自身が準備し、立案してこっちから仕掛ける『作戦』はこれが初めてなのだ。
成り行きでプロフェッサーが改造し、一応オレなりに色々教えはしたものの実戦の経験らしい経験はまだまだ浅く、
使いどころを間違えば敵にも味方にも甚大な被害を与える《肉体狂化》はまだ存在すら教えてない、ひよっこの怪人であるアリシア。
経験は豊富そうだがオレが特殊能力を理解しきれなくて実力を完全に把握できてない、人間じゃなくてデーモンだとか言うベリル。
この二人と一緒に、集めた情報で特定した、殺し合い上等なカルト系宗教団体の本拠地を強襲し壊滅させる。
……我ながら冗談みたいな作戦だ。
世間のイメージする『悪の秘密結社の怪人』そのまんまだった先輩が持てる悪知恵とコネと悪意をむき出しにして、徹底的に考えて組み上げる、慎重で手堅い、成功して当たり前な『仕事』とは違う。
壮絶な怪人同士の押し付け合いの末、アレと戦って爆発四散するのがほぼ確定な『今週の生贄』に選ばれた不幸かつ馬鹿な怪人に、結社の悪意の塊みたいなやべえ怪人どもが立案した、ノープランで幼稚園バス襲って運転手と子供攫ってこいなんて『冗談』とも違う。
成功率はかなりマシだが、不安要素だらけな、結社が立てる普通に杜撰な作戦そのままだ。
結局、経験は多少あると言っても、結社のバックアップもコネも無いオレが立てられる作戦なんてこんなものということだろう。
(ま、なるようにしかならん、か……)
自分なりに頑張ったんだから、あとは成功すると信じるしかない。
まあ先輩がわざわざ『簡単なお仕事』と断言した作戦で、先輩ともども危険な目にあい、それを切り抜けたことは何回もあった。
結社や先輩が押し付けてきた『冗談』としか思えない作戦だって全部死にもせず、粛清もされない程度には成功させてきた。
それが出来てなかったら、今、オレはここに居なかっただろう。
まあ、つまりは『いつものこと』だ。
「……部屋に戻るか」
そう思えば、だいぶ気楽になった。そう思い、戻ろうとした、そのときだった。
「……ねえ。隣、良いかしら?」
そんな声と共に、ふわりとそれが降りてきた。
「ベリル?」
となりにすとんと座り込んだ見知った顔に、オレは驚いた。
「ちょっとね、色々聞いて欲しくて、来ちゃった」
そう言って笑いながら、腰かけたベリルに対し、オレの『初めて』の相手でもあった先輩のことを思い出して、ちょっとだけドキリとする。
……そう言えばベリルって、何歳くらいなんだ?
そんな考えがふと頭をよぎり、尋ねそうになって、自重する。常識も文化も違う異世界の人の年齢は、オレにはわかりにくい。
女にとって年齢の話題は、自分から振ってきたときですら扱いが難しいって言う、理不尽過ぎる『常識』を先輩に叩き込まれてるからなおさらだ。
「怪人とか言う良く分からない『仲間』と組んでの冒険。おまけに死の教団に殴り込みなんてアタシの人生でも滅多にない大仕事だからね、早く目が覚めたの」
……滅多に、程度の頻度でならあるのか。
なるほど、ベリルが凄く熟練している雰囲気を漂わせてる理由がちょっとわかった。
「ちょっとだけ、お姉さんの昔話を聞いてくれるかしら?」
……如何にも年上ですって空気を醸し出してるコイツにはオレは何歳くらいに見えてるんだろう?
アリシアによれば、こっちの世界の人にはオレはとてもじゃないが25歳には見えないくらい若く見えるらしい。本当に25歳だと言ったら、驚いていた。
冒険者として色々仕事してると20歳にもなってない奴に年下に見られることだってたまにあるくらいだ。
「アタシね、16の頃に魔人になったの……その、色々あってね。その時から、全然見た目が変わらなくなったわ」
……なるほど、アリシアがベリルは成人したくらいの年齢、と言ってたのはそう言うことか。
じゃあ今は何歳なのか、と思わず聞きそうになって再び自重した。
「……それは、その、大変だな」
どう答えていいか分からず、とりあえず当たり障りのない言葉を返す。
アニメとかゲームとかにやたら詳しかったニートの奴ほどその手の話題に詳しくは無いが、
見た目が変わらないから迫害されたりとか気持ち悪がられるとか、そう言う話があることくらいは、流石に分かる。
もしかして数百歳とか数千歳とか、そう言う年齢なんだろうか?
前に倒したレラジェとやらも数百年生きてたって話だったし。
「最初の一年くらいは世を儚んで死のうとしたりもしたんだけどね。魔人の身体って人間が死ぬ程度のことだと死ねないのよ。普通に苦しさとか痛みはあるのにね。
流石に触るだけで火傷する聖銀の剣で大火傷しながら自分の首だの心臓だのどうこうするほど、世の中に絶望してなかったしね。
ま、そんなこんなやってるうちにパパのやったことがバレて、家が取り潰しになって、財産とかも失って、お金も何も足りなくて、魔法使えたし悪いことして食べてくのは嫌だったから冒険者になって、まあ色々あって奴隷落ち。そんな感じよ」
……色々の中には多分、本当に色々が入ってるんだろうな、と言うのは分かる。
オレだって結社時代にやったことを手短に言えと言われたら『色々』としか言えないし。
「……12年。アタシはもう12年もの間、この姿のまま。
裏稼業や娼婦が嫌なら冒険者くらいしか出来ないし、結婚なんて夢のまた夢ってところよ」
そのまま続けられる血を吐くようなベリルの告白……いや、分かってる。ベリルは本気で悩んでいるんだし、オレに明かすのだってすごく考えた結果だろうってこと。
……ちょっと短くね?とか思ってはダメなことは。
12年と言えばオレの怪人歴より長いのだ。普通に倍近い。
オレの結社時代の苦労を考えればどれだけ苦労したか偲ばれる。
「……え、えっとつまりまだ28歳とかそういう?」
とは言え、年齢に関してはそこまで気にするようなことではないと思う。
オレよりは年上だが、28歳なんて別に結婚していなくても普通だろう。
むしろ数百歳とか数千歳とか想像してたのに拍子抜けしたほどだ。
「もう28、よ!もうまともな結婚は無理!完全な行き遅れよ!一生まともな人生なんて歩めないんだわ!」
そう思ったのだが、どうやらこっちではそうではないらしい。完全に地雷だった。
ちょっと泣いてるし。これはまずいってことは、分かる。
「……あー、その、なんだ? 実際より若く見える童顔って割と多いし、オレは気にしないぞ」
気を取り直して必死にフォローしようと考えながら再び思い出したのは、先輩……どう見ても大学生くらいしか見えなかった二番目の上司だった。
お世辞にも強いとは言えない、諜報任務に特化したB級怪人だったけど、とんでもない経験を積んだ超ベテランだった。ベースがクラゲだったから、コラーゲンが豊富だったのかもしれない。
あの人の部下じゃなくなった後も死んだって噂は聞かなかったし当然のように最終作戦にはいなかったから多分生き延びているだろう。
あの人も年齢の話にはすごく敏感だった。うっかり地雷踏むと麻痺毒入りの触手が飛んできた。
ちなみに6年前に30歳の誕生日祝おうとして殺されかけたので、今は……うん。
「……嘘よ! 男は女だって若い方が良いって思ってるに決まってるわ!20までに結婚できなかったら年増なのに28よ!?
8年もオーバーしてるのに結婚したいなんて言う人、いるわけないじゃない!?」
(……先輩が聞いたら本気で殺しにかかりそうな台詞だな)
今も多分独身だろうし28歳で年増とか結婚できないとか言ったら絶対キレるわあの人。それは確信できる。
「……オレ的には30、いや35歳くらいまでは普通に結婚対象に含まれるんだがな」
とは言え女を悲しませるのは良くないしオレは正直な感想を言う……先輩(36歳)が対象外になってるのは、仕方がない。
オレだってまだ20代半ばなのだ。ちょっと年上くらいならともかく、10歳上は流石にきついし、先輩と結婚とか考えたくも無いレベルで超きつい。
「は?」
オレとしては割と考えて言った台詞なんだが、思ったより反応は芳しくなかった。何故かベリルは人を理解できないものを見た顔をしている。
「いや、オレの中ではそんな感じなんだよ!?」
言い訳臭いと思いながらも、オレは言葉を続ける。
どうすればいいのか教えてくれジャック・ローズ。女心は未だに理解できない。
カッコいい男でオカマだったアンタなら、分かるだろう。
「……なんだか、悩んでたのが馬鹿らしくなったわ」
だが、オレの言葉に嘘が無いことは、どうやら分かってもらえたらしい。
ベリルが険しい顔を崩し、笑い出した。良かった。
「……良かった。やっぱりベリルは、笑顔のが似合うと思う」
そのことにほっとして、素直な感想を言う。
「……そう言うの、良くないわよ。勘違いさせるわ。アリシアのこと、大事にしてあげなさい」
顔を赤くしながら言われたその答えに、なんか微妙に歯車がかみ合ってない雰囲気を感じる。
なんで今、アリシアの話が出た?
成功したはずなのに、失敗した。そんな矛盾した雰囲気を感じる。
―――完全にやらかしたわね。アンタ、こどもドラゴンにどっちかが死ぬまで付きまとわれるわよ。覚悟しときなさい。
そして何故かオレは、二十歳になったばかりの頃、先輩が爆笑しながら言っていた言葉を思い出した。
だって口に出さないだけで大概ロクでもないことばっかり考えてるんだものコイツ。




