Season2 Double Justice 12
プロフェッサーさんは正確な見解に拘るタイプ。常識とか知ったこっちゃない。
鎧を買い、わたしは服の下に、コーイチローさんが普通に鎧を纏った後、わたしたちは細くて狭い二階への階段を上り始めました。
「……結構大きいお店なのに、階段は小さいのはちょっと不思議ですね」
階段はすれ違うことも出来ないくらい細くて狭く、おまけに鍛冶人に合わせているのか天井もわたしやコーイチローさんがぎりぎりかがまずに済む程度に低く作られていました。
恐らくちょっと大柄な人でしたらかがまないと通れないでしょう。ちょっと不便な作りだと思います。
「多分だが防犯用、だろうな。ここの店を襲うのは難しそうだ」
なるほど……コーイチローさんがあっさり導き出した結論に、わたしはちょっと感心します。
確かに、高級な武具を扱う店なのですから、それを盗もうとする賊を迎撃できる作りになっているのは納得できます。
……鍛冶人は機械細工や建築には特にうるさいとも聞きますし。
そんな会話を交わしながら階段を上っていき……
―――そう言えば、ベリルについて、アリシアにはまだ言ってなかったな。
コーイチローさんがふと立ち止まり、ポツリと『声』を伝えてきました。
「……ベリルさんについて、ですか?」
唐突に振られた話題にちょっと首を傾げ、コーイチローさんがここに来る前に、プロフェッサーさんが書いた健康診断の結果を見ていたことを思い出しました。
―――ああ。プロフェッサーが調べた診断結果の結果が、ちょっとな。
「……何か、重大なことが分かったんですね?」
何しろお医者様が匙を投げたわたしの身体について、正確に見抜いたプロフェッサーさんの健康診断です。
それで何か、大きな病気でも見つかったのかも知れません。
それか、実は人間に見えるけど妖精人との混血だったとか、尾を切り落とした獣人だったとか、そう言う話かもしれません。
人間に見えるけど人間じゃない方々は、冒険者の中にはたまにいるとは聞きますし。
……もとより、あの若さで死の首輪をつけられた、戦奴隷なのです。むしろ変な秘密の一つや二つは抱えているのが当たり前と言えます。
よし、何聞いても驚かない覚悟はできました。そして、わたしはコーイチローさんの言葉を待ちます。
―――ベリルは、血液検査用の針で刺されて血を抜かれた程度のごく小さな傷なら二秒で再生する、らしい。
それと……ミスリルを触ると煙を上げて火傷する、そうだ。そっちの傷は再生に二百二十六秒かかったとも書いてあった。
「……それもう、完全に結論出てるじゃないですか」
……わたしに明かされた秘密があまりに斜め上で、わたしはあっけにとられました。
むしろなんでプロフェッサーさんが気づいていないのか不思議なほどです。
―――ああ。ベリルは魔人……ってことでいいんだよな? プロフェッサーは再生能力が高く、ミスリルに対する強烈な金属アレルギー持ちの特異体質。
血液分析の結果で判断するにアリシア・ドノヴァンと比べて特異な特徴があることは間違いないが生物学的には完全に人類種1872-1であり、
現在観測済であるレラジェの近縁種とは考えにくいとかどうとか書いてたが。
コーイチローさんがちょっとすがるように確認してきます。あまりにプロフェッサーさんが自信満々で出してきたのでちょっと自信が無いのかも知れません。
「そこはコーイチローさんの考え通りで間違いないと思いますよ……とは言え、そうなると、このまま放置するのは、いろんな意味で危険な気はします」
どこで誰に何を聞かれるか分かったものではないので、わたしは慎重に言葉を選びながら、小声で自分の意思を伝えます。
混沌の神の一柱とされる魔神と契約を交わし、人でありながら、人を辞めた……恐るべき魔性の存在。
それが魔人です。この世界においては問答無用で殺害すべきとされる、邪悪なる存在でもあります。
実際、あの狩人の魔人もまた魔人であったことを考えればどれだけ危険な存在かもわかります。
―――少なくとも、オレが見てきたベリルは、善良だった。こう言っちゃなんだが、善人か悪人か見分けるのは、得意な方だと思う……善良な魔人ってのは、居るのか?
「普通に考えたら、絶対にありえません。儀式の問題もありますし」
コーイチローさんの言葉に、わたしは首を振り、断言します。
そう、今までの言動を見るに、ベリルさんは完全に善良で秩序側の人物に見えます。もしかしたらコーイチローさんより善人かもしれません。
ですが、魔神を召喚する儀式は、ご禁制の怪物の身体の一部やら、処女の生き血やらが必要になると聞きますし、そもそも魔神を現世に出現させる儀式そのものが邪悪の証となるものです。
……邪悪の輩にしか成し遂げることが出来ない儀式を経なくてはならないからこそ、魔人は邪悪と断定されているのです。
「……ですが、コーイチローさんの気持ちも分かります」
しかし、わたしから見ても、ベリルさんが邪悪の輩には見えないことは間違いないのも確かです。
……そもそもわたしたちも、二人とも色々あって人間ではない存在になっている身ですので、汝は邪悪なり!死ね!とは言いたくない気持ちもあります。
それでエリーさんが盛大に失敗した事例を見たのはほんの数日前ですし。
そして、二人して悩んだ結果、わたしたちは結論を出しました。
「……とりあえず、判断は保留で。そのうち、自分から事情話してくれるかも知れないしな」
「……ですね」
結論、とりあえず見なかったことにして先送り。でも死の教団は叩き潰す。
正義の味方らしくも、邪悪の輩らしくもない、とても灰色な結論ですが、誰も困っていませんし今のところはそれで問題ないでしょう。多分。
少なくともこれから、死の教団と言うどうあっても邪悪なのは間違いない邪悪の輩と戦う時には気にしなくていい要素だと思います。
どう見ても死の教団とベリルさんはグルではないようですし、死の教団としては魔人を生贄に捧げたら死の神は大いに喜ばれる、とかそんな感じだと思います。
そんな理由で金貨千枚もの大金を払って買ったわたしたちの財産である家事奴隷を取られるのは、許されざることなのは間違いないでしょう。
*
結論を出し、心持ちすっきりしたところでわたしたちは階段を再度上り、二階へとたどり着きます。
「あら、いらっしゃい。そちらの可愛い人のお仲間かしら?」
階段を上り切り、二階に出た瞬間、話しかけられます。
二階の奥に陣取っているこの店のもう一人の主であろう、小柄で皺が目立つ、鍛冶人の女性です。ニコニコと愛想よく笑っています。
……小物のやり取りするには困らないくらいには頑丈そうな鉄格子越しかつ、傍らに明らかに長年の相棒ですと主張する使い込まれた魔法使い用の杖がある辺り、
間違いなく下の店主の奥さんなんでしょう。
その傍らには金貨がかなり積まれていました。他にお客さんが居ないことから考えて、誰が出したお金かは明白です。
鍛冶人って、頑固で嘘を嫌うけど、お金にうるさく疑りぶかいところがあるんですよね……冒険者の皆さんとか見てるに。
そんなことを改めて確認しつつ、わたしは所狭しと色々なものが並ぶ店の中でじっと一点を見つめるベリルさんを発見しました。
わたしたちが下で買い物をしている最中も色々と見て、買い物をしていたのでしょう。装備が増えています。
女中服の上から背中ほどまでの短い緑色のマントを羽織い、腰には小さな物入れが二つ……
多分ですが見た目に反して大きな背負い袋くらいたくさんの物が入るという、冒険者にとって基本とも呼ばれる魔法の品である《大喰らいの鞄》だと思います。
よくよく見ると耳元には耳飾りが、胸元には首飾りが下げられています。靴も新しくなっていてその姿は如何にも熟練の魔法使い……魔女と呼ぶに相応しい姿となっていました。
「……あの、ベリルさん?」
「っ!?」
真剣な顔をしているベリルさんに話しかけたら、ベリルさんはビクッとして振り向きました。
そして目をそらし、言いました。
「……お金なら、もうほとんど使いきったわ」
……なるほど、金貨百枚をほとんど使い切ったのですか。
驚くほどの豪快な使い方です。普段はあまりお金を使わないけど、使うべき時に一気に散財するタイプなのかもしれません。
「いや、それは良いから、気にするな……それはそうと何見てたんだ?」
そんなベリルさんに気にしていないことを伝えながら、コーイチローさんはひょい、とベリルさんが見ていたものを見ました。
「……ナイフか。金属じゃなくて宝石で出来た奴は珍しいな」
わたしも一緒になってみてみると、それは蒼い宝石を磨いて作ったと思われる短剣でした。
刃の部分が蒼く透き通った宝石で出来た短剣は美術品としても美しいです。
妖精人は鉄や金属の武器をあまり好まず、石や木で出来た武具を使うと聞きますし、実際に妖精人の冒険者さんは木や石の短剣を持っていることが多いですが、これもそんな武器の一つなのでしょうか。
「そう、妖精人が作った石の短剣よ。宝石を磨いて妖精人独特の魔法で強化して作るんだけどこれ、蒼玉で出来ているみたい。
蟲人が掘り出した貴重な原石を削り上げて作ったんでしょうね。
切れ味が鋭くてお肉でもお野菜でも敵でも悪魔でも簡単に斬れて研ぐ必要も無いし釣り書きによれば水に関する魔法と氷に関する魔法の威力が上がって、
これ自体も魔法の護符代わりにもなるらしいわ。
妖精人は自分が使うためとか親しい人のための装備は作っても、他人に売るために作ることは滅多にないから交易都市でも滅多に出回らない貴重品で、
アタシが前に使ってた妖精人の木製の短剣よりも確実に強力な貴重な品なの。
ダグとメリルの店が貴重な一品もの扱うことが多いとは聞いてたけどこれほどの品は流石にこの店でも数年に一度しか出ないし今買わなかったら明日には売れてるってくらい貴重な品よ。
買っても絶対後悔しないと思うの……その、一生使える貴重な品だし」
その問いかけに、ものすごい勢いでベリルさんが答えてきました。
とても早口な上にその中で何度も貴重品とか貴重な品と言う言葉が躍りまくっています。
欲しいのでしょう。子供がお父様やお母様になんとかして買ってもらおうとしているあれです。
わたしも幼いころ、二番目の兄が祭りの市で手にした新品の剣が如何に素晴らしいかお父様に語ってたのを見たことがあります。
……他の短剣が精々金貨数枚なのに、この短剣だけ金貨98枚とか書かれているのはなんの冗談ですかって感じなのですが。
「……なんでそれ買わなかったんだ?」
「だ、だって金貨98枚もするんだもの。流石に他の装備全部捨ててまで買うほどの無理は出来ない……」
……そう言い切るベリルさんの顔には強烈な未練が浮かんでいました。
すごく欲しいけど流石に高すぎるとあきらめたんですね。分かります。
冒険者の方々には一生モノの装備に出会うことがごくまれにあるとは聞きます。
きっとこれはベリルさんにとってのそう言うものなんでしょう。
「……ベリル。ちょっと俺たちの武器を見立ててくれないか? 魔法の道具ってのにはあんまり詳しくないんだ。
選んでくれた装備を俺が気に入ったらそのナイフと一緒に買うってことで、どうだ」
そんなベリルさんを見兼ねたのか、コーイチローさんがふと、そんな提案をしてきました。
……おねだりにほだされた男の人の構図です。完全に。
ベリルさんは空色の髪がさらさらで綺麗だし顔つきも整っています。
体つきも出るところは出て引っ込むところは引っ込んだ、男の人が好きそうな感じです。
黙っていれば完全に男受けする美少女です。
冒険者時代もきっとモテたでしょう。魔法が使えなかったら娼館に高級娼婦として買われていたかもしれません。
……もう魔人かどうか関係なく滅ぼしておいた方が良いのでは、と言う考えは慌てて振り払いました。
「やるわ。任せて。何が欲しいの?」
ベリルさんはコーイチローさんの提案にがっつり食いつきました。
そりゃそうでしょう。コーイチローさんには甘やかさないように言い含める必要があると思います。
「格闘用の武器だ。悪魔とかそう言う、魔法の武器とかミスリルの武器しか効かないような敵とも戦える奴が欲しい。
あとは手にピッタリの大きさになって軽くて丈夫で、出来れば街中でつけてても目立たない奴がいいな。
武器としては弱くても構わない……そういうのは、あるか?」
「うわあ」
……かと思ったらコーイチローさんの要求は普通に厳しいモノでした。
わたしが同じものを求められたら、多分思いつかないと思います。この店の中からぴったりの物を探すのは大変でしょう。
「……それなら、良いモノがあるわ。こっちよ」
ですが、あっさりとベリルさんは心当たりの品を思いついたようで、店の中を軽やかに案内していきます。
向かう先は、格闘用の爪や籠手が並ぶ一角……ではなく、装飾品の類が並ぶ一角です。
「これよ。これが一番条件に合うと思うわ」
そう言ってベリルさんが案内した先にあったのは、手袋でした。
真っ黒な男性向けの作りになっているものと、綺麗な肌色をした女性向けの作りになっているものが一揃いずつ並んでいます。
「……こいつは?」
「《悪魔の手》って言う盗賊向けの魔法の装飾品。殺すと灰になる下級悪魔の皮を生きたまま剥いで加工した魔法の手袋よ。
ちょっとした針とか酸や毒を通さないくらいには強くて丈夫だし、ちょっとした穴くらいなら勝手に塞がる再生能力もあるわ。
それと肌にぴったりと張り付いて、素手と変わらないくらい着け心地が良いとも聞くわ。大きさも変わるし。
普通は武器としては使わないけど、幽霊とか精霊、あとは悪魔みたいな、普通の武器が殆ど通じない、
精神界に属する存在にも触れるようになるから、これをつけて殴れば素手で殴ったのと同じくらいの威力になるはずよ」
ベリルさん、なんでそんなに邪悪っぽい装備に詳しいんですか?
あと、材料部分言う必要無かったですよね?
「なるほど、素材の部分はともかく、条件は満たすな……にしても、随分と詳しいんだな」
「昔組んでた冒険者仲間の盗賊が欲しがってた品だったから覚えてただけよ。高位の盗賊や悪漢が良く使う定番の装備だし」
おなじことが気になったらしいコーイチローさんの質問に肩を竦め、こともなげにベリルさんは答えて見せます。
「なるほどな……この際、材料とかは気にしてもしょうがない、か……」
少し考えて、コーイチローさんは《悪魔の手》を手に取りました……二つとも。
「ベリル、参考になったよ。ありがとうな……アリシアにも一応渡しておく……買うかどうかは、任せる」
「……はい。ありがとうございます」
正直、そう言うのが精一杯でした。
理性ではこれを買うのが正しいと思いますが、感情部分が割と拒否感を覚えています。正直なところ。
コーイチローさんとベリルさんはまったく気にしてないですし、多分プロフェッサーさんも気にしないでしょう。
「あとはナイフ類をいくつか買うか……ベリルの欲しがってた奴も含めて」
「短剣ならちょっと詳しいから色々助言できると思うわ。近接用?投擲用?」
楽しそうに会話するお二人を見送りながら、わたしはぎゅっと、先ほど渡された品を握ります。
……女性向けの肌色で下級悪魔と言うと、女淫魔辺りですかねえ。
そんなことを考えながら、すべすべした肌触りの手袋を見ます。普通に着け心地とか、良さそうです……わたしとしても材料を知らなかったら、もっと喜べた気がします。
(怪物の身体の一部を使った魔法の武器や防具は定番ではありますし、その一種だと思うことにしましょう)
ちょっと考えて、わたしは、買うことに決めました。
この店で売ってるくらいですから、信用に関わるような呪いとかも間違いなくありません。
信仰心の強い神官の方々とかは付けるの嫌がりそうですが、わたしはそこまでかたくなでもないですし。
元の材料が『人型』だったかどうかなんて、些細なことです。多分。
特殊な能力と幸運と不幸が産まれた時からついてくる由緒正しいチート能力『運命』
大体満遍なく強いけど波乱万丈な人生が確定するので普通の人生を歩むのが極めて困難になるアレ。
……そして、生き残るために手段を選ばない性格や賢い頭脳が合わさると、すごい残念な人が誕生する。




