Season1 Welcome to Sword World 03
ファンタジー世界に特撮レベルの怪人を入れれば、そりゃあ強いに決まってる
久々に見る真昼の太陽が、妙に眩しいです。
何故、こんなことになってしまったのか。
そんなことを考えながら、わたしはかっぽかっぽと歩くロバに乗せられて、隣町までの街道を進んでいました。
「えっと、大丈夫か……ですか?」
わたしの前には一人の男性。少し大き目のシャツとズボンに袖の無い簡素な上着とサンダル履きの青年……
わたしの護衛に雇われたコーイチローさんが気遣うようにわたしを見ます。
「は、はい! 大丈夫です! 休憩は要りません! 大丈夫です!」
思わず二回答えてしまいました。恥ずかしさが募り、いつものギルドの制服の上からかぶった日よけのフードで赤くなった顔を隠します。
「そうですか……じゃあ、もう少し行ったら休憩にしましょう。オレもちょっと疲れたんで」
「そ、そうですね! そうしましょう!」
実はわたしが疲れてるのには気づいているのでしょう。そう提案してくださったことはとても有難く、思わず声を弾ませました。
とにかく今は一刻も早く隣町に行くことが大事ですが、それで熱の一つもぶり返しては元も子もありませんから。
……ああ、なんでこんなことになってしまったのでしょう。
特に何をするでもなく、ロバに揺られていると、もうここまでに何度考えたか分からない考えが頭に浮かんできます。
護衛とは言え、まだまだ若い男の人と二人きりで歩かせるなど、支部長は何を考えていらっしゃるのでしょうか?
まさかわたしが今年で21になる行き遅れだから、信頼ある冒険者なら二人きりでも大丈夫だと思ったとか言ったら、殴りつけてやる所存です。
嘘ですが。そんな体力があるならギルド職員になってませんし。
(そんなことより、コーイチローさんです!)
あわてて考えを振り払い、ちらちらとわたしの方を伺いつつロバを引くコーイチローさんの方を見ます。
数日に一度は綺麗に洗っていることをうかがわせる短く刈り揃えられたこの辺りでは珍しい黒髪に、金色の瞳。
自称25歳とは思えない若々しい顔立ち。
鼻筋や顎がつるつるに剃り上げられており、無精ひげ一つないから余計にそう感じられるのかもしれません。
体格は男の冒険者さんの前衛としては縦にも横にも少し小さめで細身に見えますが、しっかりと筋肉がついていて引き締まっています。
着ている服も、すこし身体にあっていない大き目のものを着ている以外は素材や仕立てからすれば決して高いものではない普通の古着ですが、似たようなものを数着持っているうえにこまめに洗濯されているらしく垢じみたところや汚れはまるでありません。
ロバを引き、自分はずっと歩いているにも関わらず汗一つかいていないことはロバにまたがってるだけで疲れているわたしと違い、基礎となる体力がちゃんとあることをうかがわせます。
(本当に、その日暮らしの冒険者さんとは思えないほど身なりがきちんとしているんですよね。この人)
だからこそ、わたしがあの短い時間の邂逅で正体に思い至ったというのは皮肉な話です。
綺麗に手入れされて月の光を返してた黒い毛皮と、良く躾された犬を思わせる瞳が、そのままコーイチローさんの印象と被ったのですから仕方がありません。
(思えば謎が多い人ではありますし、やっぱり人狼なんでしょうか……)
そんなことを考えながら、わたしは自分が知るコーイチローさんという冒険者さんについて思い出します。
わたしとコーイチローさんが出会ってからは、もう3か月ほどになるでしょうか。
出会いはこれ以上ないほど平凡なものでした。
少し遠い場所からこの街に来て路銀に困っている。身分や保証人なしでもお金が稼げると聞いたので、冒険者になりたい。
そう、受付の仕事をしていた時に話しかけられ、文字が書けないのでと代筆を頼まれ、
犯罪者の手配書に似た顔が無いことを確認して冒険者記録表に諸々を記入し登録手続き。
ギルド職員にとっては年に数十回はある、非常に平凡な出会いです。
それからは、主に危険な場所に生えた薬草の採取や、採取しに行くという薬師の護衛に、この辺りに住む弱い怪物の退治。
前衛の足りない冒険者一党に臨時メンバーとして参加など、順調に経験を積んでいました。
……女性のギルド職員の間ではちょっとした有名人ではありますし、実はわたしもちょっとだけいいなと思ってたので、覚えています。
頭が良くて礼儀正しいのに妙なところで常識を知らないことがあったりして、もしかしてどこぞの貴族のご落胤か何かなんじゃないかと噂したりもしています。
そんなコーイチローさんが注目を集めた理由の一つが、特記事項です。
薬草の採取にて規定数をきちんと収めた、足を痛めた薬師のおばあさんを背負って山を下りた、小鬼を退治した、狼の群れを追い払ったなど、
ごく普通の功績が並ぶコーイチローさんですが、一つだけ特記事項がありました。
大魔蟲を単独で撃破した。
山に棲みついた小鬼の討伐で、違う冒険者一党と組んだ時、山の洞窟に棲みついていた大魔蟲をたった一人で倒した。
そんな報告がありました。
大魔蟲討伐は最低でも鉄、出来れば銅の認識票持ちの冒険者さんが4人以上必要とされています。
木の認識票の駆け出しが出会ったらとにかく逃走を推奨される程度には危険な魔物です。
実際、小鬼の群れを倒して油断していたところでコーイチローさんが咄嗟に突き飛ばさなければ僧侶の人は不意打ちで即死していた可能性が高かったと一党のリーダーである戦士の人から聞きました。
……あの人、ちょっと強すぎですよ。あんなもん、素手で倒すんですから。
どうやって倒したのかは残念ながら分からないと笑いながら正直に言っていた戦士さんの顔はちょっとひきつっていました。
戦士さんからの報告によれば、危うく死ぬところだった恐怖に腰を抜かしたお仲間の僧侶を抱えて慌てて逃げ出し、
洞窟の入口まで来たところでコーイチローさんがついてきていないことに気づきました。
これはもしかして足止めのためにあの場に残ったのでは?
そう思った戦士さんは、恐怖で未だに動けなかった僧侶と、魔法を使い切った魔法使い、
彼女たちの護衛に盗賊を残して、せめて遺品だけでも持ち帰る覚悟で再び洞窟に入ったそうです。
そして恐る恐る洞窟の奥まで戻ったところで……
……頭割られて死んでる大魔蟲に、大魔蟲の体液まみれで休んでいるコーイチローさんが居たんです。
まるで不死者と戦った時の冒険談かなにかのように言われたのがとても印象に残っています。
ちなみに当のコーイチローさんにも聞きましたが「どうやっても何も、普通に殴って倒しただけです」としか返ってきませんでした。
(やっぱり、人狼なのでしょうか?)
特殊な装備が無い素手の武闘家が単独で大魔蟲を倒すのは至難の業ですが、それが人狼であったならさほど難しくはないのかもしれません。
とは言え、人狼は月の光を浴びないと本来の姿になることは出来ないとも聞きます。
そうなるとコーイチローさんは人間の姿のまま倒したことになります。
(余計にわけが分からなくなってきました……)
もしかして、月の光を浴びなくても変身できる特殊な人狼とか……
そんなことを考えていると、コーイチローさんが突然、足を止めました。
「あ、ここでお休みで……」
呑気なことを言おうとして、コーイチローさんの表情に気づいて、わたしは黙りました。
「足音からして四つ足の獣が何匹か近づいてきてる。とりあえず、じっとしててくれ」
コーイチローさんの言葉にわたしは身をこわばらせ、ぎゅっとロバに捕まり、コーイチローさんを見ます。
コーイチローさんはごく自然に腰につけている鞄に手を入れて……
ぎゃうん!?
犬の悲鳴が辺りに響きました。
その音に反応したかのようにがさがさと、茂みが揺れて音を立てています。
「っ!」
揺れる茂みに向かって、コーイチローさんは続けて鞄から取り出した、投げやすい大きさの石を放ります。
そのたびに犬の悲鳴が聞こえて、茂みの揺れが止まります……全部じゃないですが。
「これで逃げないってことは、通りすがりの奴じゃないな。アリシアさん、少しの間、そこから動かないでくれ」
やがて街道のすぐ近くまで来た茂みの揺れが止まった直後、真っ赤な目をして牙を向いた魔犬が大きく飛び出してきます。
「はぁ!」
それを虫でも払うかのように手を振るっただけでコーイチローさんは倒してしまいました。
(やっぱり、強い!)
誰かが実際に命がけで魔物と戦う様子など、本の中でしか見たことが無いわたしですが、
次々と飛び出してくる魔犬を流れるような動きで次々に倒していくコーイチローさんがとても強いことは分かります。
素手で大魔蟲を倒せる武闘家、というのは本当だったのだという事実に、わたしは少しだけ余裕が出てきました。
コーイチローさんが守ってくれるから、命の心配はない。
そう思えるとやはり違うものです。ロバともども、身体ががくがくと震えてはいますが。
(やっぱり魔犬……ですよね)
コーイチローさんが触れただけで動かなくなる犬は、その真っ赤な目から間違いなく魔犬でしょう。
野犬が昼間にこんな数で襲ってくるのは不自然ですし、そもそも野生の獣は勝てないと判断したら逃げ出すと聞いたことがあります。
(変身する素振りはない……いえ、それ以前にまだお昼でしたね)
魔犬の群れを相手にしてなお、コーイチローさんがそのままの姿であることに、思い過ごしだったのかと思い、
それから人狼が変身する条件を満たしていないことに気づいて赤面します。
やはり、目の前の光景に動揺してるみたいです。
「……全滅したか」
そうしているうちに、魔犬の最後の一頭を頭から地面に叩き落として、一つ息を吐きます。
「……今度は、人型の生き物の足音が、一つか」
ですがまだコーイチローさんは油断を解かず、そっと、わたしを守れる位置に立ちました。
少しの間、緊張しているコーイチローさんとわたしの間に、重苦しい沈黙がおります。
「おお!無事でしたか!」
ガッシャガッシャと音を立てながら血まみれの鎧と聖印をつけた、壮年の男性が姿を見せました。
重い板金鎧を纏っているにも関わらず、走るのが意外と早いのは、鍛えられているからでしょうか。
「先ほど、動きのおかしい魔犬の群れを見掛け、もしやと思えば大当たりでした。
きゃつらに襲われて駆けつけるのが遅れたのでどうなったかと思いましたが、いや、間に合って良かった。
御婦人を守れなんだとあっては騎士の名折れですからな」
「……もしかして、貴方が聖騎士様ですか?」
その言葉でようやくわたしは目の前の人物が何者であるかに気づきました。
隣町に居るという、これから会いに行こうとしていた聖騎士その人です。
なんですぐに気づかなったのか。不思議なくらいです。
「ええ、見ての通り、神に忠誠を誓いし忠実なる神のしもべでございます……おお、申し遅れました。私の名は」
「動くな」
そのまま名乗ろうとした聖騎士様を遮るように……コーイチローさんが拳を構えて聖騎士様を睨みつけました。
「……どういうつもりですかな?」
「ちょ、ちょっとコーイチローさん!?」
その態度に、わたしは慌ててコーイチローさんをなだめます。
いくら護衛の冒険者さんだと言っても聖騎士様に対してやっていい態度ではありません!
「オレはこの世界については詳しくないんだが」
そんなわたしの言葉も、怒り交じりの口調で問い詰めてくる聖騎士様も無視して、コーイチローさんは良く分からない前置きをしてから、言い放ちました。
「……口元から人間なら耐えられないほど強い猛毒の匂いを漂わせてる奴を、オレは人間だとは思えないし、味方だとも信じない」
決定的な言葉を。
「……まさか気づかれるとはな……」
「……あ!?」
その言葉に、聖騎士様の口調が一変し、わたしは何故聖騎士様が聖騎士様だと思わなかったのか、その違和感の正体に気づきました。
魔犬と戦ったのですから鎧が返り血で汚れているのは、あることでしょう。激しい戦いの中で、いちいち鎧を磨くのが難しいというのは分かります。
ですが、聖印は別です。神の下僕である聖騎士様の、聖騎士様たる証である聖印は例え貴重な飲み水を使ってでも綺麗にするはず。
洗うどころか拭いもせずに血が付いたままだなんて、ありえないのです。
「不意を打って殺し、そこノ女は生きたママ犯しテ食らオウとデも思っテイたンダガ……」
ばきばきと。
不気味な音を立てて聖騎士様……いえ、聖騎士の姿をした化け物がその姿を変えていきます。
身体が膨らみ、鎧の留め金が弾け、顔が醜く……明らかに人ならざるものへと変わっていきます。
コーイチローさんの倍ほどの大きさの身体に乗っているのは、カエルのような顔。
……二足歩行のカエルのような顔を持ち、恐るべき毒の唾と吐息を使う魔界からの尖兵。
瘴毒の悪魔! ギルドの所蔵する怪物図鑑にも乗っているほどに有名で典型的な、下級悪魔です。
下級と言っても経験の足りない冒険者の一党程度なら単独で容易く壊滅させると言われている、恐るべき怪物です。
「……シネ!」
「あ……」
その名前の由来となる瘴毒の吐息……普通の人間が対策なしに受ければよほどの幸運が無ければ即死すると言われる猛毒を放つ口が大きく開かれたのを見て、わたしは間抜けな声を上げ、ここで死ぬのだと思い至り……
「ひゃあ!?」
何かに捕まれると同時に、悪魔の姿が突然遠ざかりました。
一拍遅れて、遠ざかった悪魔の周囲が緑色に染まり、それを吸い込んだロバが断末魔の悲鳴すら上げず横倒しになるのが、妙にゆっくりと見えました。
「……バカナ。ツキハ、デテオラヌ」
瘴毒の吐息をはいた悪魔が何故か空を見上げて、つぶやきました。
「キサマ、ナニモノダ?」
それからわたしを……いえ、わたしの後ろを見て悪魔が問いかけてきました。
その言葉で、わたしはようやく黒くて艶やかな毛に覆われた太い腕がわたしを抱きかかえていることに気づきました。
「……敵にわざわざ名乗るのは、オレの趣味じゃあないんだがな」
そして、わたしの頭の上からコーイチローさんの声で喋る……黒い人狼の声が悪魔に答えるのを聞きました。
その人は、コーイチローさんの声で喋っているのですから、コーイチローさんなのでしょう。
……それがたとえ狼の顔を持っていて、月の無い昼間に姿を変えられるのであっても、コーイチローさん以外ではありえません。
「……『怪人』サージェントウルフ5126号。コードネーム、光一郎」
コーイチローさんが改めて悪魔に名乗りを上げます。
それはまるで、英雄譚に出てくる、恐るべき悪魔をも恐れずに立ち向かう英雄のようでした。
「結社風に言うならば『この姿を見られたからには生かしては帰さん』だ……覚悟しろよ。カエル野郎」
まるで物語から抜け出したような、悪魔を恐れぬ一言と共に。
わたしたちは再び空を舞ったのです。
ただしその分だけ敵も強いものが出てくるのは、どこも一緒である




