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チート・クリミナルズ  作者: 犬塚 惇平
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Season2 Double Justice 08

プロフェッサーは、天才である。色々とうっかりする上に雑だけど。

銀の祝福亭の皆様に、部屋に入らないようお願いをした後、わたしたちは馬車に乗り、プロフェッサーさんが行きたがっていた本屋に向かいました。

馬に引かれ、ゆっくりと走る馬車の中は、御者台に聞こえるほどの大声でなければ、周囲から会話を聞かれる心配が無い場所でもあります。

……つまり、あまり他人に聞かれたくない話をするのにもってこいなわけです。

「……それで、本当なんですか。ベリルさんが、何者かにつけられてるって」

馬車が走り出したのを確認した後、わたしは先ほど《沈黙の命令》で告げられた事実を、コーイチローさんに確認します。

《沈黙の命令》ではアリシアやプロフェッサーの意見を聞けないので、こうして話し合いの場を作りたいと言ったのは、コーイチローさんです。

ベリルはまだ『どちら』なのか分からないのでとりあえず話を聞かれたくない、とも。

「ああ、まず間違いないだろう。奴隷の店の入り口で怪しい奴がいた。最初は偶然かとも思ったが、宿屋に出る時にも同じ匂いがする怪しい奴がいた。

 ただの盗人や強盗とは思えない、プロの動きだった……狙いは、ベリルだろうな」

その確認にコーイチローさんが頷き、肯定しました。

わたしたちには狙われる理由がありませんので、プロフェッサーさんの我儘と偶然が重なって購入してしまった新しい奴隷のベリルさんが怪しいのは、分かります。

コーイチローさんは、怪人サージェントウルフであり、盗賊のような技にも長けています……コーイチローさんを欺くのは国の密偵でも難しいでしょう。

「何故だ。我々はベリルを正当な商取引で手に入れたのだぞ? 何故それに密偵の類がつくのだ」

「いや、銅の認識票持ちの魔法使いと言うだけならともかく、普通にあの若さで死の首輪つきの奴隷とか、絶対訳ありだと思いますよ……」

プロフェッサーさんの素朴な疑問に、わたしは憶測ながら自分の考えを述べます。

釣り書きでは年齢は不詳でしたが、わたしの見たところでは、ベリルさんは成人して数年くらいだと思います。

その若さにも拘わらず、戦奴隷として死の首輪を巻いているのです。裏があると思っておいた方がいいでしょう。

魔法使いで、明らかにあまりお金に余裕が無い冒険者らしい恰好をしていたわりにそれなのですから、なおさらです。

「オレもそう思う……どんな因縁があるのかはまだ分からないけどな」

ため息と共にコーイチローさんが言います……やはり、こういう事態にもなれているようです。

結社での経験と言うものでしょうか。

「とは言え、ベリルさんを一人にしても良かったんでしょうか?」

銀の祝福亭の最上階ならば、向こうから侵入してどうこうするのは難しいでしょう。

……仮にベリルさんが向こうの関係者だった場合は、ひそかに取り付けた発信機なる装置で追えるそうです。

「案ずるな。調査用ドローンを改造した、対人類種を想定した防犯用照明器具を設置してある」

けれども、そんな懸念を述べると、意外なことにプロフェッサーさんがそんなことを言いだしました。

「ああ、さっき浮かべてたあの黒い物体ですか……」

「うむ。観測番号1872にて長期外出する場合、夜間の光源の確保が難しいという問題に気づき開発した」

思えば部屋を出る前にあからさまに怪しい物体を取り出して宙に浮かべていました。

正直怪しすぎる代物ですが、奴隷と言う立場ならば、主人の持ち物で正体不明な代物を如何こうしようなんてことは考えないでしょう。

プロフェッサーさんが作る物には、全く魔法の要素が無いらしいですし。

「……そう言えば、なんで今まで使わなかったんですか?照明器具ってことは、明かりの一種なんですよね、あれ」

と、そこまで考えて、ふとそんな疑問を浮かべました。

良く分かりませんが、光るのであれば、野営したときにでも使えば良かったような気がします。

「道中想定以上に疲労が激しかったため、今まで忘れていた。さっき思いだした」

「……そ、そうですか」

そして返ってきた答えがいかにもプロフェッサーさんだったので、諦めて話を進めることにしました。

「……ちなみにアレ、一体何が出来るんだ? 偵察用ドローンの一種だとは思うんだが」

続いてコーイチローさんがプロフェッサーさんに疑問を投げかけます。

……ていうかコーイチローさんも正体知らないんですか、あれ。

「音声および周囲映像の自動記録を行っている。私とのリアルタイム通信も可能だ。あとは防犯用にレーザーが出る」

「……おいまて。最後のはなんだ」

プロフェッサーさんの説明に、コーイチローさんの顔色がちょっと悪くなりました。

レーザーとは何でしょうか……まあ、プロフェッサーさんの作ったものと言う時点で、ちょっと察せますが。

「逃亡や侵入を防止するためのレーザーだ。アリシア・ドノヴァンに分かるように言えば、レラジェが使っていたライトニングと言う魔法が近い。直径が遥かに細いがな。

 一撃目は警告を兼ねて威嚇射撃を行う設定にしてある。あの部屋の扉から侵入および脱出をしようとすると頭部の横、右耳の上3㎜を貫くよう設計した。

 それでも出ようとした場合は、二撃目で左の太ももを貫き、行動不能にする。高密度の熱線なので貫通と同時に周囲組織を焼きつぶす仕様だ。流血による死亡の危険はない。

 再生能力が高い怪人には通じんだろうが、人類種ならばこれで行動不能に出来ると判断した。三撃目以降も六度までは手足を貫く。急所を狙うのは七度目からだ。

 ……どうだ? 過剰防衛にも配慮したぞ。文句はあるまい」

「……プロフェッサーさん。それ、ベリルさんは全く知らないわけですよね?」

ちょっとだけ嬉しそうなプロフェッサーさんの説明にわたしの顔色もちょっと悪くなりました。

まさかベリルさんも部屋から出ようとした瞬間、魔法を使用してない物体から《電光》で攻撃を受けるとか考えもしないでしょう。

それで正体不明のものに襲われ、混乱して逃げようとしたら、七回目に急所を貫かれて死ぬ可能性もあるようです。

「うむ。教えていないからな。外見から設計意図まで見抜くのは観測番号1872の人類種には不可能だろう」

……多分、必死に逃げようとして死ぬ可能性は考えても居ないんだろうなと言うことは、今までの付き合いで何となくわかります。

帰って黒焦げで死んでるベリルさんがいるとかすごく嫌ですし、今からでも戻った方が良いかもしれません。

「ちなみにそれ、間に人が居たりレーザーを避けようとするとどうなる?」

「……あ」

コーイチローさんの質問にプロフェッサーさんの顔色も悪くなりました。それは考えていなかったという顔です。

「……一旦戻った方がいいですかね?」

「……プロフェッサー、レーザー機能を今すぐ止めろ。出来るだろ」

「分かった。健康診断もしていないのに誤射で殺しては困るからな」

そう言いながら手元に光の板を出現させてレーザー機能とやらを止めるプロフェッサーさんはちょっと慌ててました。

……帰っても今回の件はベリルさんには黙っていましょう。言ったらこじれそうですし。


そんなちょっとしたお話合いをしているうちに、目的の場所につきました。


大きなお店の並ぶ通りを抜けた、少し狭い裏通りの端。

高級な店の並ぶ地域と、冒険者が盛んに出入りするような地域の境目部分に、本の専門店がありました。

店の奥にいる店主から、すべてが見渡せるくらいの店構えに本がつまった本棚が何個も並ぶ壮観な様子は、流石は交易都市であることを実感します。

「ここが、宿屋の人たちが言っていた本屋か……思ってたより、小さいな」

「……随分と少なくないか? 全部で千冊あるかも怪しいぞ」

……と思っていたら、なんとお二人の間からちょっと不満っぽい声が漏れ聞こえました。

どうやら、お二人はもっとたくさんの本がある場所を想像していたようです。

「えっと、お二人とも? 本ってそもそも簡単に売り買いされるようなものじゃないんですが」

そう、普通は伝手をたどって所持者から譲ってもらうか、借りて写本を作るなどしてようやく手に入るものです。

街の秋祭りの市場でもそうやって何人もの手が通ってボロボロになった魔法についての本を真剣に買う冒険者が何人も見られるものです。

「え?」

「本って一冊一冊手書きで書いてるんですよ? そんなものが沢山出回るはずないでしょう?」

不思議そうな顔をしているコーイチローさんに道理を説明します。そう考えればこの店のすぐに売れる本がこんなにあるのは、普通にすごいんですよ?

「……そういやこれ全部手書きなのか。そう考えるとすげえな」

「手作業による写本。文明レベルを考えれば、妥当か」

……地球では、手書きじゃないんですか? むしろそのことに驚くのですが。

「おや、貴方がた『銀の祝福亭』でお泊りのお嬢様方ですかな?」

そんな話をしていると、店の前に立つわたしたちの姿に気づいたのか、店主のご老人がわたしたちを見て聞いてきます。

昨今流行りだした、眼鏡とか言う金属の縁に、ガラスの板をはめ込んだ道具をつけています。

「ええ。そうよ。書物を購入したいのだけれど」

その言葉に反応して、プロフェッサーさんが一歩前に出て、貴族言葉で言います。

「はい。承っております。一体どのような本がお好みですかな? 私としましてはこの、王都で流行している流行の画家が挿絵を描いた恋愛物語の写本などがお勧めですが」

「法律に関する書をいただきたいわ」

店主の売り文句をきっぱりと無視して、プロフェッサーさんは己が欲するものを伝えました。

「ほ、法律、ですかな?」

「ええ。この王国の法律に関する書が欲しいの。出来るだけ情報量が多く、正確に書かれているものよ」

プロフェッサーさんの要求に店主はしばし考え、それから奥にいったん引っ込んで一冊の本を持ってきます。

「……それですと、こちらになりますな」

「でっか」

その本を見たコーイチローさんが思わず呟くほどに大きな本でした。

縦の長さがプロフェッサーさんの腰くらいまでありますし、横幅も大きいです。

ページ数もやたら多そうに見えます……辞典みたいなものなのでしょう。

「そりゃあ法律ってかなり複雑ですからね。詳しく書かれたものなんて、学者か上級文官かご領主様でもない限り必要ありませんし」

普通は何やったら何の罰を受けるか、それくらい知ってれば十分です。国や貴族同士のやり取りだとかなり重要なものになるとは聞きますが。

「ほう。ご明察。これは初代当主が勇者様のお仲間だったという宮廷魔術師の一族が代々の研究成果を記した書だそうです。

 その家が無くなったときに放出された品で、珍しいものですので買ってはみたものの、挿絵もほとんど無いし癖の強い暗号みたいな文字だらけなもので扱いに困っていましてな」

そう言いながらページを繰り、比較的綺麗な字が延々と綴られている辺りを開いて、言います。

「この辺りは、法律学者だった当主や正義の神にお仕えした神官の当主が書き残した部分です。

 この王国の法律と判例の研究をなさってた時期のもので、比較的この書の中ではわかりやすい部類かと」

なるほど。ちらりと見た感じでは、どんな法律があって、どんな法律が絡んで、どんな判決が出たかが書かれています。

普通に辞書としても、読み物としても良さそうです。プロフェッサーさんが猫のような目をして本を見ています。

「いただくわ。おいくら?」

「さすれば」

老店主もそれを感じ取っていたのでしょう手早く手元にあった計算機を動かし、値段を示してきます。

「……流石にいいお値段しますね」

確かにこの大きさと内容ならば妥当な金額だとは思いますが、やっぱり金貨単位の値段になっています。

もうちょっと値引き交渉とかした方がいいんでしょうか。

「買えるわね」

そう思ってたら即断即決で購入を決めてしまいました……まあ、プロフェッサーさんがそう言う交渉しない人なのは知っていました。

「……ご購入、ありがとうございます」

「ちなみに、この店の書籍すべてを購入するとお幾らかしら?」

店主の方も即決されるとは思っていなかったのか面食らっているところに、プロフェッサーさんは畳みかけていきます。

「す、すべてでございますか……いやはやお嬢様はご冗談がお好きですな」

「……いえ、確かにすべて、は要らないわね。内容が一定以上重複しているものは無駄だもの。選定は貴方にお任せするわ。

 違う内容の書籍を全種類、1冊ずつ用意してくださる?」

冗談だと思われてることなど微塵も気にせずに、条件を提示したことで、老店主の顔がみるみるうちに商売人の顔に変わっていきます。

「……それはとてつもない大金となりますぞ」

「構わないわ。おいくらかしら?」

老店主の念押しにも動ぜずにプロフェッサーは力強く値段を問います。

「……さ、さすれば」

それに後押しされるように、老店主が再び計算機を使って計算をして、値段を掲示します。

「……いや、これは流石にちょっと桁がおかしいと……いえ、数百冊と考えると……」

その合計金額は、金貨千枚を越えていました……ベリルさんの購入代金と合わせて金貨二千枚以上が一日で消えた計算になります。

……いや、お金を使うのが目的の旅とは聞いていましたが、こう一気に使われると、逆に怖くなってくるんですが。

「一品ものである本の売り買いを行う本屋は信用あってこその商売。誓って嘘はついておりませぬぞ。

 むしろこれほどの大量の書物が一度に売れるなど、この老いぼれの人生でも初めてですので、少々値引きさせていただいております。

 この金額でお譲りいたしましょう……いかがか」

眼光鋭く、本屋の老店主はわたしたちを……いえ、プロフェッサーさんをにらんでいます。

そんな老店主をプロフェッサーさんはまっすぐに見ながら。

「いただくわ」

やっぱり即断即決でした。そう言う人でした。

二人にとっては唐突に宝くじに当たったようなもんなので、執着は全くないらしい。

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