Season2 Double Justice 07
邪教集団に狙われている魔法使いの女の子と言うとてもテンプレートなヒロイン
残念ながら、アタシの人生はここで終わってしまったらしい。
ぼんやりと外を眺めながら、アタシは人生の終わりをひしひしと感じていた。
16歳になって家が破滅してからこっち、嫌なことばかり起きるろくでもない人生ではあったけれど、今回は最後に相応しいひどすぎる結末だった。
ここ数年の間上手くやっていた冒険者の仲間たちは、邪悪の輩に襲われて、死んだ。せめて天界や英雄国行きになってて冥府堕ちじゃなければいいなと思う。
一人だけ、頑張って逃げ切ったと思ったら貧弱な魔法使いが一人だけ逃げ切れるのはおかしいと『仲間殺し』の濡れ衣を着せられてあっという間に干上がった。
そうして生活のためにしたちょっとした借金……それがアタシではどうしようもない額になるのはあっという間だった。
冒険者として貧乏な暮らしに耐えながら数年かけてそろえてきたささやかなお気に入りの装備は、借金のカタに売られてしまった。多分二度と戻ってこないだろう。
そして、ついには債権奴隷落ちだ。本当に、冗談かなにかのように思う。
……おそらく一連の転落には『死の教団』が絡んでいる……なんていまさら言ってももう遅い。
来ている服は飾り気も何もない、清潔なだけが取り柄の簡素なワンピース。首には黒い魔獣の皮で作られた死の首輪。
そして買い手は『死の教団』と裏で繋がっているのは間違いないであろう、邪悪の輩。
……信頼ある奴隷商だと言っても、こちらに害意を示さず、まともにお金を払うのであれば、裏で後ろ暗い連中と繋がりがあるかどうかなんて些細な話。
売った奴隷側が何かしでかしたら店の評判に傷がつくが、買った側があれだったらしょうがない。まさかそんな方々だとは思わなかった。それで終わりだ。
(一体、どんな仕打ちが待っているのかしら……)
相手はアタシが『バークスタイン』の娘だと知っているのは、間違いないだろう。
この空色の髪はとても目立つし、正義の神を信奉する天才魔術師でもあったパパの所業は、邪悪の輩の間では大分有名らしいから。
「ベリル……君を買いたいというお客様が着ている」
そんなことを考えているうちに、ついにアタシの人生の終わりを告げる声が響いた。
予想よりも数日早い。ここの店主は足元を見て大分吹っ掛けたらしいから、お金の工面にもう少しは掛かると思ってたんだけど。
「ええ。行くわ。待ってて頂戴」
とは言え、ここまで来たら覚悟くらいは決めている。
今逃げようとするのは分が悪い。買われてから、教団の施設に移動するとき、その時が好機だ。
監視はあるだろうけど、多分この厳重な警備がある奴隷商よりは逃げるのはたやすいはずだ。
……死の首輪をつけられたのは、アタシにとってはむしろ幸運だっただろう。アタシは首が閉まったくらいじゃあ死なない、だから、相手は多分油断する。
そう思いながらドアをくぐって……アタシは、目の前のお客様に面食らう。
そこに居たのは、どこか薄気味悪い男とか、逆に如何にも善人そうな紳士とかじゃなく、艶やかな漆黒の髪に血のように赤い目を持つ、貴族然としたお子様だったからだ。
「えっと……アンタがアタシを買いたいって客なの?」
わざと無礼で不躾な態度を取りつつ、アタシは確認する……それで怒ってキャンセルしてくれるならそれはそれでありなのだ。
「ええ……貴女が、魔法を使える奴隷なのかしら?」
が、それは通用しないらしい。どこか猫を思わせる目でアタシを捕らえながら、確認する。
その目が魔法が使えるならそれ以外は何も求めない。そう言っているように見えて身震いする。
「あの、お嬢様。この人はやめておいた方がよろしいのではないでしょうか? 普通に態度悪いですし、おススメできません」
お付きのメイドの方は、アタシの思惑通り、アタシを買うことに難色を示した。見た目からして割と年増だろうし、普通の人のようだ。
所作が洗練されているから、貴族の出なのかもしれない。
「いや、あんまり畏まられてもそれはそれでやりづらいし……良くないか?」
もう一人の男の方は、あまり気にしてないようだ……背格好からして冒険者か冒険者上がりなのだろうか。
それならあまり礼儀作法にうるさくないのも納得がいく……そう思いつつ、認識票をさりげなく確認したら、上から二番目の証である聖銀だった。
あの若さでそれなら、騎士団からお誘いが来るレベルだ。多分、普通に勝てない。
「魔法が使えることについては保証いたしましょう。元は銅の認識票を持ち、冒険者の一党に加わっていたベテランの冒険者でもあります。
それに死の首輪がついている以上、お嬢様に逆らうことはできません……これから、仕込めばいいでしょう」
店主は、かなり熱心にお嬢様とやらにアタシを売ろうとしている……もしかして、すごく高い値段がついてたりするんだろうか?
自己評価では、普通の魔法使いとして買って金貨三百枚くらい、死の教団相手に売るなら四百枚くらいかなと思ってたんだけど。
「そうね……魔法が使えるのが確実なら、それでいいわ。頂こうかしら」
だが、お嬢様にはそれははした金らしい。即断即決だった。
「……あとで、宿にお金を取りに来ていただいてもよろしいですか? 流石に持ち合わせがありません」
「もちろんですとも」
とうとう説得を諦めたらしいお付きのメイドが、店主にそんなことを言っている。
……店主がそれを快諾するということは、相応以上のお金持ちなんだろう。
(世間知らずで我儘な大貴族か、もしかしたら他国の王族か姫君に、世話係のメイドに、聖銀級の護衛。そんなところかしら……嘘くさ)
得られた情報から考えて行ったらとんでもない結論になってしまったが、それが一番しっくりくるのがなんともおかしい。
まあ、それはどうでもいい。どうやらアタシは売れて、どう見ても死の教団が絡んでいるとは思えない『お嬢様』がアタシの女主人になったのだから。
「決まりね。貴女、お名前は?」
「……ベリル。見ての通りの魔法使い……ま、この格好じゃそうは見えないだろうけど」
取りあえず、今は様子を見ようと思いながらアタシは名前を答えた。
「そう。ベリルね。これからはわたくしが貴女の主になるわ……わたくしのことはプロフェッサーとお呼びなさいな」
……そして、そんな傲岸不遜なお姫様が、真面目に奴隷の名前を覚える気があったことに、少しだけ驚いた。
*
あのお姫様……プロフェッサー様ご一行が奴隷購入の契約と手続きをしている間に、ここを出る準備をしろと言うことで、アタシは着替え部屋に移動した。
「これに着替えなさい……貴女が着ていた服よ。洗っておいたわ」
この商会で長年働く女中頭が、アタシに服を渡しながら言う……一か月ぶりに見る、アタシの服だ。
「ありがとう、ございます」
相変わらず鉄面皮を貫く女中頭に素直にお礼を言って、服を受け取る。
この一か月、文字通り自分の家のようにここで暮らしていたので、色々と勝手は分かっている。
女中頭は、奴隷をしっかり奴隷として扱う厳しさはあったけれど、同時にアタシたちが商品として健康であるように、ちゃんとした気配りも出来る人だ。
商品価値を高めるためと言って、まだ幼くて文字がおぼつかない奴隷に時間を作って基本的な文字を教えたりしていることだって知っている。
そう言う意味では奴隷使いのプロだ。そういうの、嫌いじゃない。
アタシはワンピースを脱ぎ捨てて、いつもの服に着替える。
特殊な魔法がかかってるわけでも何でもない、古着屋で買ってからもう三年くらい着ている、ただの古着だ。だから売られずに商会に残されていたんだろう。
裾は擦り切れているし、お尻の部分には空いた穴をごまかすために裁縫が苦手なアタシが無理やり縫い付けた不格好な当て布もある。
靴下にもちょっとだけ穴空いてるけど、靴を履いてしまえば見えないからそれでいい……冒険者暮らしが長いせいですっかり貧乏するのにはなれてしまった辺りがちょっと悲しい。
もうちょっとしたら買いなおそうと思ってたし、一党のみんなにももうボロボロなんだから買い替えた方が良いとか言われてた服だけど、愛着と言うものがある。
ちょっと薄手だし、背中が出るデザインだから流石に冬場はちょっと寒かったけど、アタシの身体なら特に問題はなかった。
(あ、裁縫が直されている)
とは言え改めて着なおしてみてそのことに気づく……多分、やったのは素知らぬ顔をしている女中頭だろう。
ちょっと恥ずかしいと思いつつもアタシは鏡に映った自分を確認する。
いつもの服に、頑張った証である銅の認識票。そして、自分が奴隷であることを嫌でも思い知らされる、黒い革の首輪。
住処を追われた野良犬みたいにみすぼらしい恰好をして、さえない顔をした、アタシがいた。
(本当は、マントがあればもっと良かったんだけどね)
いつものマントがあればもっとよかった。
あれは随分無理して買ったお気に入りだけど、防火の魔法が掛かった魔法の品だったので、普通に売り払われてしまった。
まあ、いつものボロ服に着替えると、自分が奴隷であることをちょっとだけ忘れられたのは良かった。
「これは貴女の奴隷としての債権書よ……確認なさい」
……一瞬で現実に戻されたのは、まあ仕方ない。
そう思いつつ、アタシが奴隷であることの証明書である債権書を受け取る。
まあ、債権買戻しなんて普通は出来ないから意味が無いと言えば無いからと思いつつもついつい確認し……
「……なんで金貨一千枚とか書いてあるんですか、これ?」
法外な値段過ぎてびっくりする。相場の三倍以上だ……
「……先方のご意向よ。魔法が使えるなら金貨一千枚出す。ですって……良かったわね。怪しげな連中に売られずに済んで」
それで本当に一千枚で売られたのか。
「分かり、ました……お世話になりました」
アタシは、常識が全然通用しなさそうな人に売られたことに気づいてこれからがとても不安になりつつ、女中頭に礼を言って着替え部屋を出る。
案内役と共に歩いて一か月ぶりに商会を出て、豪華な馬車に乗る。
その馬車には先ほどの三人が乗っている。
プロフェッサーは何と言うか平然としているし、そのお付きらしいメイドはちょっと不自然な笑顔を崩さない。
護衛らしい、手練れの雰囲気を漂わせている男は窓の外を見ている……護衛らしく、周囲を警戒しているようだ。
これからお世話になる人にはちゃんと挨拶をしなさい。
パパから教わった教えを思い出し、アタシは改めて名乗る。
「魔法使いのベリルです。改めて、よろしくお願いいたします。プロフェッサー……様」
自分を金貨一千枚とか言う法外な値段で買った人だと思うと、自然と丁寧な言葉になった。
冒険者になってから大分たつけど、アタシだって元は貴族の生まれ育ちなのだ。冒険者として暮らしているうちに色々擦り切れちゃったけど。
「何故敬語になる? 様付けはいらん。それと敬語もいらん」
だが、その言葉に対する回答は、先ほどのお嬢様然とした姿からは程遠い、男の子みたいな喋り方で返された。
「え?なんで……」
「なんだ? 人間社会ではその場に相応しい態度を取るものではなかったか? ああいう場では、相応しい言葉遣いがあるのだろう?」
混乱するアタシに、プロフェッサーが当然のように言う……あれ?アタシがおかしいってこと?これ。
「……ああ、そういうことだったんですか」
「時々コイツの頭の中はどうなってるのか、開いて見て見たくなるな」
お付きの二人もプロフェッサーがそう言うものだと受け入れているらしい。平然としている。
「っと、そうだ。名乗ってなかったな。オレは光一郎だ。よろしくなベリル」
「アリシア・ドノヴァンです……よろしくお願いしますね。ベリルさん」
お付きの二人から名前を聞き、それから色々と話を聞く。
……どうやら、アタシは『戦奴隷』じゃなくて『家事奴隷』らしい。
これでも結構腕のいい魔術師で、《魔法の矢》とか《眠り》と言った基本から《身体強化》や《刃の呪縛》と言った割と高位の魔法も使えるのに、家事奴隷扱いで、家事をしろと言うことだ。
主なお仕事は、辺境の町からこの街に来たがプロフェッサーのお世話係が足りないので、そのお世話。
いずれはこの街を離れて辺境の町に戻って、プロフェッサーの世話と家事全般をすることになると言う。
元々は普通に家事奴隷を買うつもりだったのに、プロフェッサーが唐突に魔法使いの奴隷が欲しいとか言い出したので、アタシが売られたとかどうとか。
……うん。色々訳が分からない。
が、ものすごいお金持ちなのは間違いないなさそうだ……
王都にあった実家が没落と言うか破滅して冒険者になり、あっちこっち旅して随分経つのに一回も泊まったことがない高級宿の『銀の祝福亭』に連れ込まれてる時点で、それは分かる。
……こんなボロ着で銀の祝福亭の、最上階。一泊が金貨単位のスイートルームでしばらく暮らすことになるとか、冗談としか思えないんだけど。
「それじゃあわたしたちはちょっと出かけてきますので、ベリルさんはここでお留守番とお仕事をお願いしますね」
かつての実家を思い出す部屋で、あたしはアリシアから早速とばかりに仕事を頼まれる。
「……何をすればいいのかしら」
お嬢様、もといプロフェッサーに敬語を使うなと言われているし、アタシはアリシアに対してもいつもの調子で返すことにした。もう、どうとでもなればいい。
それに普通に従業員に元冒険者が居るらしい銀の祝福亭の最上階とか、どう考えても逃げ出すのは無理なのでアタシは諦めて仕事を引き受けることにする。
……まあ、奴隷とは言え馬小屋に一人だけ移動しろ、みたいなことを言われることも無く銀の祝福亭のスイートルームに泊まれるみたいだし、何もしないのもそれはそれで暇で気持ち悪い。
「では、こちらへ」
そう言いながらアリシアは、普通に魔法で強化されているらしい金庫を開けて中身を取りだす。
「……これ、全部金貨?」
「はい。全部金貨です」
中に入っていた大きな袋半分ほどに満たされたものが全部金貨なのに驚きつつ尋ねたら、普通に肯定されてしまった。
(確かに、これだけあったら金貨千枚とか普通に出せそうね……)
全部でいくらあるんだろうか、これ。とは言え、これだけの大金持ち歩いているなら、そりゃあ防犯がしっかりしてる宿を選ぶに決まってる。
「この金貨の中から貴女の代金……金貨千枚を数えてこの袋に入れておいてください。数え間違いをしないように気をつけてくださいね?」
「……わかったわ。やっておく」
なるほど、最初の仕事はわたしの能力や性根を見る試験を兼ねているらしい。
金貨千枚数えるのは普通に面倒で、難しい。魔法使いなら魔導書に書かれた文字が読める程度の学があるのは普通だが、計算の方は必要ないからと身に着けてないことも多い。
そして、これだけあるのなら一枚や二枚ちょろまかしても気づかれないはずと考えてしまう人は多分、珍しくないだろう。一応は正義の神の信徒でもあるアタシはやらないけど。
「では、行きましょうか。お留守番、頑張ってくださいね」
「ふむ。そう言えばこういうときのために作っておいたものがあったな」
そう言ってアリシアが部屋を出ていこうとしたとき、プロフェッサーが何かを思いついたように、部屋の入口まで歩いていき、白い外套の裾に右手を突っ込む。
そこから取り出されたのは……手のひらくらいの大きさをした黒い何かだった。
「えっと、なにそれ?」
アタシの知識にも全くない、完全に正体不明の物体……無論、この世にあるすべてのものを知っているわけでないことは重々承知だけど、全く正体が分からない。
そして、そんな呟きを完全に無視して、プロフェッサーは空中に光の板を浮かべ、その板に触れて何かをしたと同時に、ふわりと、プロフェッサーの手のひらから黒い物体が浮かび上がる。
「……いや、本当に何それ?」
「人類種を想定した防犯機能付きの照明器具だが?」
ふわふわと宙に浮かぶ謎の物体がなんなのかを尋ねたら、そんな答えが返ってきた。照明と言うことは松明とかランタンの一種らしい……
どの辺が照明器具なのかとか、なんで空飛んでるのとか、余計に疑問が増えただけだった。
「……そ、そう」
他にどう答えろと言うのか。
「では出かけるか。本屋に行かねばならん……ベリル。この部屋から出ようとするな。脚に穴が開くことになるぞ」
……なんとなく、本気で言っているのだけは理解できるその言葉と共に、三人とも、部屋から出て行ってしまい、アタシだけが残された。
「……とりあえず、出来ることから始めよう」
そう言いながら、アタシは体内の魔力を集めて、言葉を紡ぐ。
「我が瞳、宿る魔力、覗き見る……《魔法探知》」
まずはこの謎の黒い物体がどんな魔法で動いているのか調べようと思ったら、そもそも魔法が宿ってなかった……いや、本当に何なのこれ。
余計に謎が深まったが……収穫はあった。
アタシは目に映った、魔法の産物に対し、窓に駆け寄って窓を開けて指を突き付ける。
「魔力、矢となりて、どこまでも追う!……《魔法の矢》!」
指先に宿った、狙った獲物をどこまでも追尾する魔力の矢が、慌てて逃げようとした鴉を一羽撃ち落とす。
今頃死の教団では魔法使いが一人、使い魔を失った激痛で転げまわってることだろう。
「とりあえず、監視の排除は出来たわね」
ちょっとだけ、すっきりした。これで心置きなく金貨を数えるだけのお仕事が出来る。
まあこういうことは、冒険者なんて商売、ずっとやってきたら『いつものこと』だ。
行動もかねがねテンプレートである……肉弾戦苦手な魔法使いは油断すると死ぬのだから。




