Season2 Double Justice 04
基本的にこの世界の盗賊は、勝てると思った相手だけ襲うし、本気で殺しに来る。
結局昨日はほとんど眠れませんでした。
「アリシア……その、大丈夫か? なんかあったか?」
連れ立って歩くコーイチローさんがわたしの顔を覗き込み、言います。
……こういう時、すごく察しが良いのもちょっと困りものですね。
「いえ、大丈夫ですよ。ただちょっと眠れなかっただけです」
わたしは無理に笑顔を作り、横に首を振ります。
「……そっか、じゃあもし相談したくなったらいつでも言ってくれ」
それを見て、コーイチローさんはとりあえず、と言った様子で詳しく踏み込むのを辞めたようです。
……わたしとしてももうちょっと心の整理をする時間が欲しいところなので、正直、ありがたいです。
それから、無言でしばらく歩いて、もうすぐ交易都市が見えてくるという峠に差し掛かったころでした。
「……プロフェッサー、降りろ。多分鼻の利きは普通の奴だから、暫く身を隠しててくれ」
「うむ。想定パターン2だな」
唐突にしゃがみ込んだコーイチローさんが背中に背負ったプロフェッサーさんを下ろします。
プロフェッサーさんは少し慌てて近くの草むらに走り寄ってぺたりと寝転んで……
《透明化》の魔法を使ったかのように姿が見えなくなります。
……プロフェッサーさん曰く『こうがくめいさい』なるものの応用らしいのですが、かねがね似たようなものだと思っていいでしょう。
「……あ!? て、敵ですね!?」
その動きで、わたしは旅立つ前に聞かされていたことを思い出し、慌てて準備します。
まず、荷物を下ろして、そして擬態を……
―――隣に、正体不明の連中がいる。とりあえず、擬態はそのままで居てくれ。
……そうですね。隣にエリーさんたちがいるのですから、どう見ても怪物と誤認される怪人であることは隠した方が良いかも知れません。
わたしはそのままの姿で、コーイチローさんから教わったように、担いでいた荷物を下ろし、肩の力を抜いて辺りをよく見ます。
まだ、わたしにはどこに敵がいるかは良く分かりませんが、とりあえずはこれで大丈夫なはずです。
「あ、あの一体なにが……そもそも敵って」
わたしたちの急な動きに何が起きたのかと言った様子で尋ねてくるエリーさんにコーイチローさんが簡単に答えます。
「……待ち伏せがいる。囲まれてる。こりゃあ、プロだな。数は20。前が15。後ろに5。向こうも気づかれたのに、気づいてるはず」
「……て、敵襲!?」
その言葉にエリーさんが慌てて腰に挿した曲刀を抜きました。柄に正義の神の聖印たる天秤の紋章が刻まれた、綺麗な曲刀です。
刃の色合いが普通の鉄の剣と違っているのと、微妙に見覚えがある色合いですので、もしかしたら聖銀で出来ているのかもしれません。
「……コウイチロウ殿の情報が確かであれば、配置が手慣れておる。傭兵崩れの野盗の類であろう。襲ってくると見たが、どうか」
「ああ。敵さん、数が違いすぎるし、勝てると踏んだな。そんな感じの動きしてる」
エリーさんと同じように赤い握りの曲刀を抜いたミフネさんの言葉にコーイチローさんが頷きを返します。
なるほど、ミフネさんは見た目通りの戦士、それもエリーさんの師匠を名乗れるほどには凄腕のようです。
「鎧無き戦士と武術家に、戦士らしき女、それと素人らしき娘が二人……力量差を見抜けぬ程度の邪悪の輩であれば、そう考えるであろうな」
その瞬間でした。
お二人の手が怪人のわたしの目でも追いきれないほどの速さで動きました。
何事かと思い目を凝らし……わたしは信じられないものを見ました。
擬態化したままのコーイチローさんの手に握られた、短くて小さめで、黒い何かが滴る……恐らくは弩弓の矢と、ミフネさんの脚元に落ちている、真っ二つにされた黒い弩弓の矢を。
「……問答無用で殺すつもりで襲われたんだ、下手に見逃して不意打ちも食らいたくない……殺しても、問題は無いよな?」
「異なことを言う。命と財貨を奪わんと襲い来た邪悪の輩など、斬り捨てられて骸を晒すが当然であろう」
作戦がまとまるまでは、ほんの一瞬。
「だな。オレは、殺すつもりで来た悪党にも慈悲掛けられるほど強くも人間出来てもいない!」
次の瞬間には、コーイチローさんが手にした矢を振りかぶり投げつけるのが見えました。
同時に懐に手を突っ込んだミフネさんの手が消えたようにも見えます。
どさり、どさり
その一瞬で、二人の人間が……先ほど弩弓にて木の上からお二人を撃った野盗が倒れました。
二人とも眉間に何かが突き刺さっていますので完全に死んでいるでしょう。
「ほう、道具を使わずにあれほどの威力と精度で投げ矢を放つか。やりおるな」
「ミフネさんも、投げナイフなんて持ってたのか」
「手裏剣術は我が故郷では武芸十八般が一つ。当然収めておる」
お二人がそれぞれ頷きあうと、後ろを振り返り、言いました。
「アリシア、後ろを頼む! 前はオレたちが殲滅する!」
「エリザベス、後方の敵は任せる。傭兵崩れ風情、全員切り捨てて見せよ」
その言葉と同時に、がさがさと潜んでいた野盗たちが姿を現します。
「クソっ!? 思ったより厄介っぽいぞコイツら!?」
「構わねえ!こっちの方が数が多いんだ! 全員でやっちまえば殺れる!」
「女どもは殺すなよ。上玉揃いだ。高く売れるだろうからな!」
「ひゃっはあああああああああ!おんなだあああああああああああ!」
それぞれに武装した男たちが何人も姿を見せ、お二人を殺そうと掛かってきます。
あるものは武器を手に突撃し、あるものは持っている弓を構え、またある者は杖を掲げて呪文の詠唱に入ります。
「ぐぉ!?なんだこいつはべぇ!?」
「大いなる静寂司る死の神よ、彼のものらに、死のてっ!?」
真っ先に到達した毒塗りの短剣の男が瞬く間に距離を詰めたコーイチローさんの拳に吹き飛ばされ、
なにやら魔法を詠唱していたらしき男がミフネさんの投げた東方風の短剣に喉を貫かれて崩れ落ちていきます。
……向こうは、放っておいても何とかするでしょう。
そう思い、わたしは後ろから迫りくる一団に集中することにします。
「クソ!? 何なんだアイツら!? やべえぞ」
「向こうが全滅する前に逃げるしかねえなこりゃあ」
「いや、もう一個手がある。こいつら人質にしようぜ」
「そうだなあ。逃げるのは性にあわねえ」
「……この女ども、とりあえず餌にするぞ。あっちが全員死ぬ前にな」
……どうやら、わたしたちを逃がすつもりは無いようです。
「アリシアさん。二人くらいは、アタシがなんとかします……少し襲われるかも知れません」
「大丈夫です。覚悟は、出来てます」
そう言いながら、わたしはコーイチローさんに教わった通りに手を広げて持ち上げる形を取ります。
(人間との戦いは、相手が油断しているうちにどれだけ潰せるかが、大事……)
「は!やっぱり素人だな!女が素手で武器持った男どうにか出来ると思ってるのかい!?」
わたしの構えが所詮付け焼刃の素人と見た男が一人、わたしに襲い掛かってきます。
装備は鞘に入ったままの剣に、鎖帷子。動きも良いので手練れの戦士でしょう。
「まあ、ちょいと痛い目をがぁ!?」
肩口辺りに振り下ろされた鞘付きの剣で殴られた後、そのまま手のひらで突き飛ばしました。
……それだけで男は大きく弾き飛ばされて転がり、頭でも打ったのか、そのまま気絶しました。
「……なんだ、おまごぁ!?」
予想外の光景で動きが止まった男にそのまま走り寄り、身体ごとぶつかります。
本来の姿に戻れば、上級魔人ですら殺せるほどの威力がある体当たりは、三割程度しか力が出ない擬態状態であっても、
人間ならば助からない威力となります……わたしに跳ね飛ばされた男は数回地面を跳ねて、二度と動きませんでした。
(怪人と人間との大きな違い、それは基礎的な『身体能力』の差と、そこで変わってくる『前提』だ)
この三か月の間、わたしはコーイチローさんから戦い方……と言うよりも『基本的な身体の動かし方』を教わりました。
(怪人にとって、人間は『殺さない』方がはるかに難しい)
つまり『殺してもいい』相手ならば、今のわたしはかなり強いみたいです。
「……隙あり!」
「ば、化けぐぁ!?」
わたしの行動であっという間に二人動かなくなったことに驚いた隙をつき、エリーさんが一人斬り殺し、そのままわたしが気絶させた男の喉に剣を突き立ててとどめを刺します。
……武装した野盗を簡単に殺せる辺り、やはりかなりの訓練を受けた方なのでしょう。
「クソが!?こいつら、両方クッソつええじゃねえか!?」
「……喧嘩売る相手、間違えたか」
生き残った二人は、剣を構えながらも、かかっては来ません……どちらに挑んでも、死ぬ。そう思ったのだと思います。
そして、一瞬の後に男たちが取った行動は対照的でした。
「こうなりゃ自棄だ!てめえだけでも殺す!」
「やってられるか!あばよ!」
戦士として手練れらしい男がエリーさんに切りかかり、もう一人の、軽装の盗賊らしき男が逃げ出します。
「アリシア! そっち任せた! こっちはあたしが仕留める!」
「はい!」
エリーさんに戦士らしい男は任せ、わたしは盗賊の方を追います。
追い付いてぶつかれば、最低でも動けなくは、出来る。
そう確信したわたしは徐々に走る速度を上げていきます……
「……かかったな! これでもくらえ!」
……だから、唐突に振り向いた男が投げてきた短剣に、わたしは反応できませんでした。
(逃げるふりをして、それにつられて追ってきた奴ってのは、普通に正面からやるより、各段に倒しやすい)
以前、コーイチローさんに言われた言葉が頭をよぎりつつ、わたしは飛んできた短剣が致命的一撃として額の真ん中に吸い込まれるのを呆然と見ることしか出来ず……
額を指で強くつつかれたような衝撃を感じました。
「……は?」
必殺を確信していたのであろう盗賊の男が思わず呟いたそれが、盗賊が残した最後の言葉でした。
その直後に、いつの間にか戦士を仕留めてたらしいエリーさんの剣が致命的な隙を見せた盗賊の首を半ばまで切り裂きつつ、わたしに駆け寄り、言います。
「だ、大丈夫!? 今《治癒》と《解毒》を……?」
目が見開かれ、言葉が止まります。
先ほど短剣が直撃したわたしの額に、かすり傷一つ付いていないことに気づいたのでしょう。
「……言ったでしょう? 特殊な強化方法で強化されてると」
そう、魔犬に噛まれても傷一つ付かず、上級魔人の《火炎球》を受けても平然としていたわたしの……怪人の肉体。
それは全力の三割程度しか出せない擬態状態であっても、その硬さは板金鎧を遥かに凌駕します。
今のわたしの乙女の柔肌は、普通の短剣が刺さるほど柔らかくありません。
「え、あ……そんな、こんなの、おかしい……」
エリーさんは、わたしを見て困惑し、混乱しています。戦いが終わり、気が緩んだせいでしょうか。
わたしと、わたしの足元に落ちた短剣(黒っぽいので、何らかの毒が塗られているみたいです)を交互に見比べて……
「……正義の神よ、邪悪に犯されしものを、暴き給え!《邪悪看破》!」
混乱した勢いのまま、明らかに『怪物』を見る目をしながら、唐突に魔法を発動しました。
《邪悪看破》……確か、魔術や魔力を用いて人間に『化けた』怪物や、一度死を迎えた後に呪いや魔術で邪悪な怪物と化した不死者、
魔の力を宿す魔人や悪魔、心の奥底から邪悪に堕ちた邪悪の輩を見分けるために、神より授けられた神聖魔法だったはずです。
「汝は邪悪!……じゃ、ない……?」
「……エリーさん。それは流石にどうかと思いますよ?」
……つまり魔力を持たず、清く正しい生き方をしている『怪人』には全く反応しないんだろうなと言う予想は、間違っていませんでした。
「あえ、いや、これは……」
「《邪悪看破》は同意も確証も無しに人に向けて使ってはいけない。常識でしょう?」
そして、相手の同意も無しに使う《邪悪看破》は、外れだったら完全に敵対行為です。
相手が争いをあまり好まない半身人ならともかく、高貴な身分の人間や誇り高き妖精人、頑固な鍛冶人だったら侮辱されたとして殺し合いに発展してもおかしくない行為です。と言うか実際そう言う事件は過去に何度か起きています。
相手が間違いなく『黒』だと言う確証が無いなら使ってはいけない……神々の奇跡を賜った方々ならば常識ではないでしょうか?
「とは言え、冒険者とは聞いていましたが、まさか神より《邪悪看破》の奇跡を賜りし、神官戦士だとは思いませんでした」
「へ!? あ、いや、その……は、はい。実は正義の神を信奉する神官でもありまして!」
……気づいた真実はあえて指摘せず、ごまかすことにします。
下手に気づいたと知られるのは、それはそれで厄介なことになるのが目に見えています。
「おい、こっち、片付いたぞ」
「他愛なし」
そうこうしているうちに、コーイチローさんとミフネさんが戻ってきました。
「あの、それは?」
コーイチローさんの手には、怪しげな聖印らしきものが握られています……黒く染められた、人の骨で出来た印です。
「ああ、なんかの宗教の関係者だったらしくてな。さっき始末した連中の一人が持ってた」
その意匠に見覚えがあったわたしはそれがなんだったか考えて……
「この印は死の教団……確か、この世を死であふれさせることで、死を超越した清浄なる静寂が支配する世界にするとか言ってる、死の神を信奉する邪教のものですね。今までに街や村をいくつか滅ぼしたこともある、危険な邪悪の輩です」
冒険者ギルドが『邪悪の輩』と定めた、混沌の集団の一つであることを思い出しました。
「ああ、それならば教会で聞いたことがあります。世の破滅を願う、混沌に属する邪教の一つですね」
どうやらエリーさんも知っていたようです……そりゃあまあ『お仕事』の関係上、知っていて当然でしょうが。
「……なるほど、つまりはカルト教団か。それもテロとかする類の」
わたしの説明を聞き、何やら納得したらしいコーイチローさんが頷きながら言います。
「……かると?」
「いや、何でもない」
まあ、いつものように微妙にニュアンスが違う気がしますが、おおむね殺して良い危険な邪悪の輩だと伝わっていればそれでいいでしょう。
「ふむ。戦いは終わったようだな……全員、無事で良かった」
そうして身体を草まみれにして戻ってきたプロフェッサーさんの言葉と共に、わたしたちの旅が再開しました。
基本的にこの世界の盗賊が全滅するのは、住処を襲われたときと、襲う相手を間違えた時である。




