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チート・クリミナルズ  作者: 犬塚 惇平
23/95

ジャック・ローズには早すぎる2

オカマキャラは大体強いという常識。

配属が決まった記念に、怪人酒場で三人でメシを食おうという約束だった。三日ぶりに。


だから二人になってしまった僕らは結局りんごジュースを一杯飲んだだけで解散と言うことになった。

とてもじゃないが、そんな気分にはなれなかったんだ。

「ただいま、戻りました」

僕は、今の住処である上司の部屋に戻った。

内装も作りもどこのホテルのスイートルームなのか、そう思うくらい豪華な部屋だ。

訓練施設の、男女の区別すらない獣の匂いがする小汚い雑魚寝部屋とは比べ物にならない。

A級怪人の活動費は『消耗品』とは比べ物にならないくらい高いと聞いていたが、やっぱり金はあるところにはあるんだなと思う。

「あらぁ。おかえりなさい。早かったのね」

パタパタと、僕を出迎えたのは、赤いバラ色のスーツ着て、その上からバラ柄のエプロンつけたオカマ……もといナイスミドルだった。

スーツはいつもしわ一つ無いし、どこで買ってるのか分からない高そうな赤い革靴だって泥一つ付いていない。

髪だっていつみても整ってるし、なんか香水の匂いとかするし、髭も無い。

……本当に、オカマじゃなければ女の子にもモテただろうに。

「ご飯食べてきた? それとも、うちで食べる?」

そしてそんな、ドラマに出てくる母親みたいなことを言ってくるこの人、びっくりすることにA級怪人だ。


結社でただ一人の、男でバラの怪人、A級怪人ジャック・ローズ1号、コードネーム、ジョン・ドゥ。


とは言ってもコードネームの方で呼ぶ人はほとんどいない。何故なのかは、良く知らない。

多分それで困らないからだろう。何しろバラの女怪人クイーン・ローズは3人くらいいるが、ジャック・ローズはこの人1人だ。

すなわち、間違えようがない。5126号もいる僕らとは、わけが違うのだ。

……配属先が決まり、どんな人なのか期待と不安混じりに尋ねて出てきたのが服のセンスがアレだけどかっこいい男の人だったのに、

オカマ口調で話しかけられたときの衝撃は凄かった。

まあ、たかがサージェントウルフの僕にも優しくしてくれるのは、とてもありがたいことだとは思うけどさ。

「……頂いても、いいですか? ジャック・ローズ」

でも、そんなジャック・ローズを見ていたら、急に腹が減ったので、僕は素直に懇願する。

さんとか様は他人行儀だから嫌いだし、やめてちょうだいね。それとまだ若いんだから変な遠慮も無し。

そんな『命令』を受けたから、僕はそれを守ることにしている。

他にも身だしなみは整える、とか相手のことを思いやって行動するとか、色々。

……A級怪人には、ちょっと機嫌が悪いとあっさりサージェントウルフを殺す人だっている。そう聞いたことがある。

命令に忠実でいることは大事だ。死にたくなければ。

「もちろんよ。ちょっと待っててね。パピーちゃん」

「……だから、パピーちゃんはやめてくださいって」

何度目になるか分からない懇願をしてみる。サージェントウルフにとってはどうしても気になってしまうのだ。

「アンタが一人前の男になったらね」

だがそれをあっさりと無視するジャック・ローズは、まるでドラマに出てくる母親のようだった。


僕には母親って奴の知識はあるが、記憶が無い。いやまあそれが普通なんだけど。


脳改造を受けると、怪人になるまでの記憶が全部無くなる。そうすることで、劣等種たる人間だった頃の未練を消すらしい。

僕も18年生きてきたはずの、サージェントウルフになる前の記憶は全く残ってない。

その結果、あるにはあるんだけど全く自覚が無い、そんな感覚が前世がこうだったと言われるのに似てるからって言うので、

僕ら怪人の間では怪人になる前の自分のことを『前世』なんてよく言う。

結社のデータベースを見れば前世の記録は残ってるかもしれないが、普通に機密事項扱いだし、

わざわざ命の危険を冒してまで見るほどのもんじゃない。


……とは言え、まったくヒントが無いわけでもない。

人間としての常識を全く知らないで、社会に潜伏して活動する怪人は務まらない。

だから、知識だけは残る。どうやって覚えたかは決して思い出せないけど、覚えた知識だけは忘れない。


稀に、前世の知識が正しいならTVに出てて謎の失踪したアイドルとか、試合中の事故で死んだとか言われてた有名なスポーツ選手だとかと同じ顔した怪人が普通に基地を歩いてたりすることもあるが、まあそう言うのは言わないのが僕らの中ではお約束になっている。

結社がわざわざリスク犯して攫うくらいだから大体A級になるし、前世の知識通りの性格だと思ってなれなれしくしたら、死にかねないからね。


ちなみに僕が覚えていた知識は、高校生までの色々の他で主だったものだと、コンビニとファミレスで働くために必要な知識全部に、

孤児院における生活のルールと、保護者無しで大学に通う方法と、返済義務が無い奨学金の貰い方。

……前世の記憶があっても、母親って奴の記憶は無いかロクでもないものしか残ってなかったと思われるのはある意味では気楽だ。

消えたことを悲しまずに済む。


「それで、どうだった? お友達、元気だった?」

ジャック・ローズが手早く作ってくれたパスタを食べていたら、頬杖をついたジャック・ローズにそんなことを聞かれた。

「はい。二人とも、元気でした」

こういうときは、多分、こういうのが一番正しい。

誰だって、軽い話題のつもりで振った話でいきなり友達が死んだとか聞かされたくないと思う。

「嘘おっしゃい」

「……知ってたんですか?」

だが、そんな僕の嘘は一瞬で見抜かれた。

それだけでも、割と分かることはある。

「アンタね。アタシは結社でも最強クラスの怪人、A級怪人ジャック・ローズ1号なのよ? 

 アンタのお友達のことくらい、すぐ調べられるの」

「……じゃあ聞くなよ」

せっかくこっちが気を使ってるのに、これだ。

この人は、ひどくやりづらい。

「おバカ。知ってても聴くのがいい上司なのよ。部下が嘘つきかどうか分かるもの」

僕の呟きだって、怒るでもなく綺麗に流してしまう。なんかもう、こっちの心を完璧に読んでるんじゃないかとすら思う。

結社のデータベースではジャック・ローズに人の心を読む特殊能力(アビリティ)があるなんて書いてなかったぞ。

「……脱走事件。あれは何か危険な香りがするわ」

「危険、ですか?」

それからふと、ジャック・ローズが話題を変えてきた。どうやら僕の友達が死んだ件について、気になることがあるらしい。

「だって、ナノマシンの肉体改造だけ受けて脳改造を受けてない怪人なんて、聞いたことが無いもの」

「でもそいつ、アサルトローカスらしいですよ。そんなに強くないでしょ、あれ」

ジャック・ローズにたいして僕は先ほど仕入れた情報を披露する。

友達が死んだ事件の詳細くらいは知っておきたいとついさっき調べた。

逃げた怪人は、アサルトローカスらしい。確か蝗をベースにした怪人で、戦闘力評価はB。

もちろん僕らサージェントウルフとは比べ物にならないくらい強いけど、それでも怪人の中ではごく普通の強さってことになる。

そんなのに負けて死ぬとか、B級怪人ニンジャスパイダーはきっと大したことのない怪人だったんだろう……5127号の上司になったくせに。

「それが逆に怖いわ」

「どういうことですか?」

だが、ジャック・ローズの意見は違うらしい……多分、僕よりジャック・ローズの意見の方が正しいんだろう。

「考えてごらんなさいな……訓練も受けてないアサルトローカスが、単独で捕獲部隊を全滅させたってことよ?」

「あ……」

そのまま教え諭すようにジャック・ローズに指摘されて、僕も気づく。

そうだ。アサルトローカスが雑魚なら、捕獲部隊に負けなきゃおかしい。

「訓練無しで正規の訓練を受けて結社が選んだ捕獲部隊を単独で相手取ったら、それがA級だったとしても普通に負けるわ。

 力がいくら強くても、使いこなせないし、勝てるように選んで送り込んでいるんだもの」

脱走したてで訓練未了の怪人ってのは、弱いらしい。力があっても使いこなせない、と。

例外はいつでもあるが、きちんと自分の力量を把握したプロに勝てるのは例外だけ。

訓練でも、ジャック・ローズからもそう教わった。

「それは……そうですね」

「それに、全滅。これがもっと恐ろしいわ」

ジャック・ローズの意見に頷く僕に、彼は更に続ける。

「いや、力使いこなせるなら、全滅させようって思うんじゃないんですか?」

とは言えそれは、当然のことな気がする。

「……脳改造を受けていたならばね」

「え?」

ジャック・ローズからの指摘でまた気づいた。

「脳改造なしで、怪人を全員殺したのよ? つまり脳改造される前から、人間であっても普通に殺せるか……」

「……怪人なら容赦なく殺せる、おかしい奴ってことですか?」

そうだ。脳改造を受けたから僕らには良心の呵責ってやつの制限が無い。殺すのも平気だ。

……逆に言えば、そいつは、脳改造を受けても居ないのに怪人を殺せるのだ。ゴミみたいに。

「そうよ。やればできるじゃない。パピーちゃん」

僕の答えはジャック・ローズを満足させるものだったらしい。満面の笑みで褒められた。

……パピーちゃん呼びはそのままだったけど。

「脳改造はね、アタシたちから、殺すことへの抵抗感を奪うわ」

それから、ジャック・ローズはいつものように、子供に言い聞かせるように僕に教えを授けてくれた。

「それがたとえ子供であっても、アタシたちは躊躇なく殺せるわ。でもそれは脳改造を受けたから。

 それなしで戦えて、おまけ躊躇なく殺せるなんて、絶対に何かおかしいわ」

「じゃ、じゃあ、どうすれば」

そんな言葉に、僕はどうすればいいのか分からなくて、不安になる。

なんて言うか、ホラー映画の、絶対倒せない怪物に出会ったらどうすればいいのか、みたいな気分だ。

「……ま、とりあえずアタシたちには関係ないわ」

「……え?」

だから、肩を竦めて言ったジャック・ローズの言葉に、僕は拍子抜けした。

「だって、命令を受けてないもの。他の怪人、多分B級ね。それが抹殺のために送り込まれると思うわ。アタシたちの出番はなし」

「そっか……」

その言葉に、安心する。

人類では核兵器でも使わないと倒せないとか言われているA級怪人の一人であるジャック・ローズならともかく、

消耗品の僕じゃあ、そんなの相手が出来るわけがないのだ。


だから、抹殺とか始末とか言われないなら、それでいい。

そしてアレがまだ誕生したばかりの頃の話である。

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