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チート・クリミナルズ  作者: 犬塚 惇平
22/95

ジャック・ローズには早すぎる1

サジェウル業界の日常は、戦争映画のそれに似ている。

次々と脱落していく仲間たちを尻目に三か月の厳しい訓練の末に日本に戻ってきた僕らに課された『卒業試験』はコンビニ店員の拉致だった。

深夜にほとんど客が来ないくらいには人気のないコンビニに押し入って、通報される前に店員を全員無力化して結社に運ぶ。

殺したら訓練一か月やり直し。通報されたら三か月コース。

攫われた運の悪いコンビニ店員は偉大なる結社の一員に追加。多分普通にサージェントウルフだろう。

怪人とは言っても訓練だけ終えた素人同然の僕らがなんとかこなせそうで、

なおかつ結社の人員強化まで図れるという意味では実に合理的な試験だったし、僕ら三人は恙なくそれを終えた。


それが三日前の出来事だった。


僕は正式な結社の一員になり、周囲には荒野しか無かった(多分日本じゃねえなとは仲間うちで言い合ってた)訓練施設から

正式に基地に配属(失敗した人たちはまた飛行機に乗せられていた)され、初めての『活動費』を手に『怪人酒場』を訪れた。

結社の基地の内部に慰労施設として作られた怪人しかいない酒場。こんなところがあるなんて、普通の人間は知らないだろう。

脳改造を受けた怪人は残虐で、人間を苦しませたり殺したりすることに喜びを覚えるとか、人間社会のルールなど絶対守らないと誓っているとか、

四六時中悪事を働くことばかり考えてるとか、子供を見たら泣かせずにいられないとか、そういう邪悪な奴らだと信じているんだろうが、

僕らだって実はそこまで頭おかしくはなってない。

結社の命令には絶対逆らえないし、逆らう気がおきないし、人間だった頃には良心が咎めて出来なかったであろう色々が躊躇ゼロで出来るだけ。

つまり『やろうと思えば大概の犯罪は出来るが、だからって実際やるかはまた別の話』というわけだ。

……まあ中には無駄に人を殺して喜ぶような『壊れた』怪人が居るのは否定しがたい事実だけど。

「よう、三日ぶりだな5126号」

「やあ、元気だった?5125号」

先に入り、りんごジュースを手にテーブルを一つ占拠してまっていた5125号と訓練施設に居た頃のように挨拶を交わした。

律儀に初めての『上司』の指示に従っていたら遅くなり、5125号を待たせてしまった。5127号は、まだ来ていない。

「……まあ元気っちゃ元気だな。うん」

「……なんかあったの?」

三日ぶりに見る元同室の同僚は、何故か暗かった……いやまあ、多分上司が残念な結果に終わったんだろうなとは思うけど。

「ああ、聞いてくれるか?5126号」

「いいよ……すみません。僕にもりんごジュースを」

そばを通りかかった店員にりんごジュースを頼みながら、席に着く。

怪人酒場ではマスターの方針で20歳未満の怪人にはアルコール類は出してくれない。

およそあらゆる犯罪行為を行う悪の秘密結社のくせに、そう言うところは変にしっかりしている。

「まずな……俺の上司が『バクダン』だった」

「うわあ……それはきついね」

いきなり投下された『バクダン』発言に僕は顔をしかめた。


バクダンこと、B級怪人バーサークタウロス。


A級怪人ですら圧倒する強力無比なパワーと、恐るべきタフネス。

とんでもない不器用さ、そして何より怪人名の由来でもある、主に味方に恐れられる特殊能力《肉体狂化(バーサーク)

これら四つを兼ね備えた『味方殺し』兼『上司にも部下にも持ちたくない怪人、不動の一位』なバクダンの下に配属されるのは、

僕らサージェントウルフにとって文字通りの意味で命に係わる問題だ。

5125号には同情する。同情する以上のことは出来ないけれど。

「いいよなあお前は。最初の上司がA級怪人だなんて。ってか結社はどういう基準で選んでるんだ。1号の差で天国と地獄別れすぎだろ」

5125号は僕の配属先を知っているようだ。まあそれは分からないでもない。

僕だって怪人生に関わる最初の上司がA級怪人と聞いて喜んださ。ぬか喜びだったけど。

「くじ引きかなんかじゃない? 僕らどこに配属されても似たようなもんだし」

「……そんなこと言うなよ。なんか悲しくなるから」

気を取り直して、僕は冷静に指摘する。常に冷静であれ。それが訓練で覚えた大事なことだ。

他の怪人が三桁に到達してるのすらいないのに、サージェントウルフだけ五千を突破してるくらい作られているのには、わけがある。

基本的に命令聞いて、命令通り動くしか出来ない戦闘員をまともに動かすには《沈黙の命令(サイレント・オーダー)》が便利なのが、一つ。

大抵の人間にサージェントウルフに改造するためのナノマシンは適合するから、適当に攫った人間でもサージェントウルフにならまずなれるのが、一つ。

ロボットみたいにしか動けない戦闘員に出来ない雑用は全部サージェントウルフの仕事なのが、一つ。

……そして、たくさん作れる分使い捨ての『消耗品』扱いで問題ないのが多分一番の理由だろう。


人間よりは強いけど怪人と言うには物足りない、戦闘員よりはマシなC級相当の身体能力。

使い方次第では便利かも知れないが、使いこなせないと意味がなく、そして使いこなせる人は少ない《沈黙の命令》

『最良の量産型』なんて言う人もいるにはいるが基本的には『戦闘員に毛が生えた、戦闘員動かすための消耗品』

それがサージェントウルフのすべてだ。

そんなわけで個々の能力の差とか性格なんてものは、誰も気にしない。

「……実は、悪い知らせはまだあるんだ」

「そうなの?」

僕はいつの間にかテーブルに置かれていたりんごジュースを飲みながら、相槌をうつ。

5125号が割と愚痴っぽいのは今に始まったことじゃない。三か月の付き合いで慣れてる。

「お前さ、コードネームどうだった?」

「普通だよ。ちょっと古臭いけど、人間っぽいし、犬っぽくない」

僕はほんの数時間前に決まったコードネームを思い出しつつ、言う。

「普通か、普通なあ。いいよな、普通」

……もしかして、5125号のコードネーム、酷かったのかな。

その反応に、僕は身震いするほどの恐怖を感じて、コードネームが普通だったことを感謝する。


僕らの結社には、非常に恐ろしい風習がある。コードネームだ。

訓練を無事に終えて一人前と認められた怪人は、コードネームがつけられる。

怪人名と製造番号だけの味もそっけもない名称から、多少は人類に近い名前になれるのだ……僕らサージェントウルフ以外は。


サージェントウルフはバカみたいに数が多いせいか、作戦の記録には、サージェントウルフ何号としか書かれない。

大規模な作戦だとサージェントウルフ(10名参加。生還6名)とか、誰が死んだかすら分からないことすらある。

そんな事情と結社内の基本的人権すら何それ食えんの?レベルの上下関係の厳しさから、いつしかろくでもない風習が出来た。

サージェントウルフのコードネームは、最初の上司がつけるのだ。

他の、B級以上の怪人は、自分でつけるから基本的にはマシな名前になる。たまにネーミングセンスが素で壊れてる人は居るけど。

だけど、僕らのコードネームは、最初の上司、つまり他人がつけるのだ。

そして、どうせ自分の名前じゃないし、すぐ入れ替わるんだからと、コードネームを適当につける上司がたまにいるのだ。


『あ』『ああああ』『い』『銀河大爆発(ギャラクシー)』『犬』『シロ』『タマ』『シベリア超特急』……

僕らの間で半ば伝説と言うか怪談扱いになっている恐るべきコードネームの数々が頭をよぎる。


ちなみに犬の名前として真っ先に思い浮かべるであろう『ポチ』は逆の意味で伝説になっている。

大首領様が800号辺りであまりに同名が多すぎるからとサージェントウルフのコードネームを『ポチ』にするのを禁じたのと、

すごい勢いで増えては消えていく消費速度の結果、今や結社に『ポチ』はたった1人しかいない。


サージェントウルフ88号、コードネーム、ポチ。


結社が出来た最初の頃から生きていて、いくつもの作戦を生き延びてきた『ラスト・ポチ』は僕らサージェントウルフが目指すべき道しるべの一つなのだ。

具体的にどんな人なのかは、僕も知らないけど。


閑話休題。


「……で、どんな名前になったの?5125号」

場合によっては今後も5125号と呼ぼうと心に誓いながら、僕は恐る恐るコードネームを聞く。

「健太郎。健康の健に、太郎で、健太郎」

が、予想に反して5125号改め健太郎はとても普通の名前だった。人間っぽいし、犬っぽくない。

「なんだ、普通じゃん」

「いや、土下座してなんとか漢字だけ変えて貰った」

拍子抜けしたところで、再びの爆弾発言が降ってきた。

「……つまり、犬に太郎で犬太郎だった?」

「あの人ネーミングセンスおかしいんだよ!?」

一発で正解を引き当てた僕に、犬太郎、もとい健太郎がブチ切れた。

「犬っぽい名前だけはやめてくれっつってんのに、まんま犬とか書くなよ!? そう考えると後ろの太郎も犬っぽく思うじゃん!?」

「確かに、それをやられたら僕も落ち込むなあ」

心から同情して、僕は頷いた。

脳改造される前の『前世』の記憶は知識しか残って無いけど、いやだからこそ、僕らにだって心もあるし、譲れない一線がある。

コードネームに人間っぽくない名前と、犬っぽい名前は、厳禁。

僕らサージェントウルフが狼がベースであるからこその拘りって奴だ。

「大体、本人のコードネームだって、俺はバーサークタウロス28号。28号だから『テツジン』だ。とかどや顔で言うんだぞ!? 

 わけが分かんねえよ!? どこに鉄の要素があるんだよ!? しかもすぐ殴るし、殺す気かよ!? てめえのパワー考えろよぉ!?」

「ほらほら落ち着いて、深呼吸してグッと一気にこれ飲んで」

僕はとっさに5125号に半分くらい残ってるりんごジュースを渡して飲ませる。

このまま5127号が来るまでずっと愚痴を聞かされるのはごめんだ。

「……ふう。なんかごめんな。熱くなってた」

「いいってことよ。気にすんな」

りんごジュースが効いたのか、健太郎はおとなしくなった。

熱くなりがちな5125号と、無駄に醒めてる5126号、そしてそれをまとめる5127号のトリオは、仲間うちじゃあ有名だった。

「で、お前のコードネームはどんなんだったんだ?」

気を取り直して僕のコードネームを聞いてきた健太郎に、僕はちょっとだけ躊躇してから言う。

「……光一郎」

「へえ。カッコいいじゃん。人間っぽいし犬っぽくない。完璧だ。ちょっと古臭いけど」

健太郎の言葉に、僕は素直に頷く。僕だって最初はそう思ったさ。最初はね。

「……なんかその割に嬉しくなさそうだな」

僕の顔を見て、健太郎は何かを察したらしい。

今度は僕の番だ。僕は健太郎に愚痴を言う。

「僕の上司はさ、僕のコードネーム絶対呼ばないんだよね。自分でつけといて」

そう、それが不満だ。不満過ぎる。

「じゃあなんて呼ばれてんの? 5126号とか、アレとかこれとかおいとか?」

それだったら僕だって不満はない。そう言う呼ばれ方するサージェントウルフが多いのは、知ってる。

書類上だけでもまともな名前ならそれで満足できる……犬っぽくなければ。

「……パピーちゃん」

だが、僕の呼ばれ方は寄りにもよってパピーちゃんなのだ。ふざけんなって、思う。

「はぁ!? それって超、犬じゃん。子犬じゃん!?」

「だろ!? 超ふざけんなって思うじゃん!?」

幸い、健太郎は僕の怒りを分かってくれた。やっぱり持つべきものはサージェントウルフの友だ。

「……はぁ。パピーちゃんな。悪かった。パピーちゃんとか普通に犬太郎よりありえねえわ。パピーちゃんなあ」

「連呼しないで。恥ずかしいから」

こんなに恥ずかしいなら、素直に《沈黙の命令》で話しとけばよかったんだといまさらながら思う。

あれは、サージェントウルフ同士の話にはもってこいだ。なにしろ他の人に聞かれる心配が無い。

「それより、5127号遅いな。何してるんだろう?」

話をそらすために話題を提供し……僕は、健太郎の顔が泣きそうになるのを見た。

「……お前まさか知らなかったのか」

「……死んだの?」

そっか、だからあんなに怒ってたのかと、今更ながら思う。

こういう顔をした同僚を見たら、どういうことかくらい、僕だって知っている。

「ああ、今日出撃して全滅したらしい。なんかさ、脳改造受ける前に脱走した怪人捕獲する任務だったって」

「……まさか、3日で死ぬなんて」

唐突過ぎる友達の死に、僕も死ぬほど落ち込んだ。

サージェントウルフの平均寿命は1年切るとは知ってたけど、まさか配属3日で死ぬなんて、普通思わないじゃないか。

「まあ、しゃあないさ。サージェントウルフだもんな」

落ち込んだ僕を、健太郎が慰めるさっきとは逆の構図。

なんかこう、パピーちゃん以外で落ち込んでたのが馬鹿らしく思えてきた。

いいじゃん。上司が身だしなみにすごくうるさいのと、オカマなことくらい。素直にそう思う。

それだけ怪人の世界は過酷なんだ。


脳改造を受けた怪人である僕らは、狂ってるのかもしれない。でもそうじゃなかったらきっともっと狂ってた。そう思う。

特撮のお約束を忠実に再現しようと頑張った、過去編と言う名の、コメディ

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