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チート・クリミナルズ  作者: 犬塚 惇平
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Season1 Welcome to Sword World 01

……ああ、わたしの人生、ここで終わるんですかね。


真っ赤な目を持つ黒い魔犬(バーゲスト)に睨まれながら、短剣を構えつつ、わたし、アリシア・ドノヴァンは人生の終わりというものをひしひしと感じていました。


目の前に居るのは魔犬……元々は野犬や町に住まう野良犬が邪悪なる『魔力』に犯され、狂気と力を得たれっきとした怪物(モンスター)です。

特殊な力はありませんが、きちんと武装した戦士であってもあまり経験のない新人さんが不意を打たれたせいで首を食いちぎられて死んだ、

という話は職場で何度か耳にしました。

そんな怪物に、戦いの訓練を受けたこともないし魔力なんて便利なものも持っていない、

それどころか人並み以下の体力しかないギルド職員のわたしに勝てと言う方が間違いなのです。そもそも普通の野犬にまず勝てませんし。


(ジョニー……)


故郷の両親から護身用にと渡された聖銀で出来た短剣を構えながら、わたしは魔犬の下に転がっている元同僚のことを思います。

ジョニーは男で、少なくともわたしよりは体力もあったし、一応は貴族の子ということで剣術の訓練を受け、護身用の剣だって持っていました。

最近は邪悪の輩の動きが活性化してて、夜道は危ないからと護衛をかって出てくれたほどです。


……たぶん、魔犬の方もそれが分かったから不意打ちはジョニーに襲い掛かったのでしょう。


身動き一つしない……恐らく、もう生きてはいないのでしょう。

職業柄、知り合いが死ぬのには割と慣れているわたしですが、やっぱり目の前でさっきまでそれなりに親しかった同僚が死んだのはこたえました。

今現在、股間に嫌な生暖かい感触が広がっているのなんて些細な問題と感じるほどです。


「こ、来ないで! さ、ささ刺しますよ!」

短剣を掲げながらわたしは精一杯、虚勢を張ります。

聖銀(ミスリル)の武器は魔界の影響を受けた怪物や悪魔、蘇った死者に特段の効果を持ちます。

斬りつければ肌がただれ、熟練者の技があれば魔法すら切り裂き、鋼の剣による攻撃をモノともしない魔人(デーモン)をも殺すという、聖なる武器です。

魔に近い怪物(モンスター)にとっては恐るべき武器なのです……使い手が優れた剣士であるならば、という非常に重要な但し書きがつきますが。


(ど、どうすれば……)


魔犬はわたしが持つものが自分を傷つける武器だと気づいているのでしょうか。

飛び掛かってきたりせず、唸り声を上げながら、じっとわたしを見つめています。

その真っ赤な目を見ているだけで、手が震えだします。何度も取り落しそうになり、わたしは手の感覚が失せるほどぎゅっと短剣を握りしめます。

ここで短剣を手放したらどうなるかくらい、考えるまでもありません。


……しかし、剣の扱いなど学んだことが無いわたしに、どうしようもない限界が訪れようとしていました。

(て、手が……)

聖銀で出来た短剣は、意外と重いものでした。徐々に重みと疲労に負けて、手が下がっていきます。

今の膠着状態は決して長くは続かない。そのことは、わたしにも分かります。


(どうしよう……)


絶望の状況の中で、わたしは考え続けます。

一度でも判断を間違えれば、間違いなく死にます。引き釣り倒されて食いちぎられるでしょう。最悪とどめすらさされず生きたまま魔犬の餌です。

そんな死に方するのは、嫌です。だから、手がだるくなってきたのを無視して、どうすればいいかを考え続けました。


逃げる? 女の自分の脚では逃げきれないし死ぬのが目に見えています。後ろから飛び掛かられたらどうしようもありません。

戦う? それで勝てるなら世の中に聖騎士も騎士も兵士も冒険者さんもいりません。


諦めて……死ぬ?


(それだけは、イヤ!)


―――今だ! しゃがめ!


そう思い至ったからでしょうか。

どこからか飛んできた『声』にわたしは迷わず従いました。

風を切る音がして、頭の上を黒いものが通り過ぎます。

魔犬。それがちょうど自分の喉笛の高さを通り過ぎたのだと気づいて、わたしは思わず短剣を取り落しました。

短剣が地面に落ちて甲高い音を立てるのと一緒に、爪が石畳を叩く音がしました。

必殺の一撃を外した魔犬が再びわたしの方に向き直ろうとしているのでしょう。

わたしは必死にそっちを見ました。


ギャワン!?


そしてそれが魔犬の最後でした。

何か、黒いものが魔犬の背中の上に正確に飛び降りてきました。それは背中を踏みつけて体制を崩すと同時に、魔犬の首を思い切り踏み砕いたのです。

魔犬の目から赤い魔力が消え、だらりと舌を出して痙攣しだします。どう見ても、死んでいます。

(た、助かった……?)

魔犬が死んだ。つまりは助かった。

そう思い至って、わたしは安堵し、目線を上に向け……再び股間に生暖かい感触を感じました。


目の前にいたのは、大きな人型の生き物でした。月明かりを浴びて輝く漆黒の毛皮で覆われた、黄色い瞳に狼の顔を持つそれは……

人狼(ウェアウルフ)……!?)

月の光を浴びて人から獣の姿へと変わる、銀の認識票レベルの冒険者さんたちか軍隊、それか聖騎士様でも無いと倒せない強力な怪物です。

わたしは助かったわけではなく、もっと危険なものに対峙したのです!

「こ、来ないで……」

助かったと思い、気を緩めたのがいけなかったのでしょう。

腰が抜けて立ち上がることすらできず、必死に後ずさることしか出来ませんでした。


「……」

そんなわたしを見ながら人狼はわたしをちょっとだけ見たあと。

「……怪我はないみたいだな」

大きなため息を一つ付くと、先ほど自分が殺した魔犬を担ぎあげ、屋根の上まで飛びあがりました。

「……え?」

その光景にわたしもまた、呆けた声を上げました。人狼はわたしに構うことなく、そのまま屋根を伝い、姿を消しました。


何がどうなっているのか……わたしには、よく理解できません。

遠くから、衛視たちが騒ぐ声が聞こえてきます。

目の前には、先ほど死体になった同僚だけ。


……とりあえず、死ぬのだけは避けられたようです。

そのことを認識した瞬間、わたしはどっと疲れて意識を手放しました。

次回はまた明日。

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