Season1 Welcome to Sword World Last
例え君になんの力も無いとしてもだ、人々と街を救うために立ち上がることが出来たなら、君はヒーローを名乗ってもいい。
戦いが終わってしまえば、あとは日常に戻ってくるのが、世の中の常と言うものです。
わたしたちギルド職員は、支払われた報酬で宴会を繰り広げる冒険者さんたちを見ながら事務仕事に励んでいました。
何しろギルドが寄りにもよって名付きの上級魔人に乗っ取られかけ、あまつさえ危うく街が滅亡していたという、
非常に重大な不祥事を起こしたのです。
……一歩間違うと連帯責任と言う一言で街のギルド職員は総入れ替え、わたしたちはあっさり首になりますので、
なんとかそれを避けるためにみんな必死だったのです。
とはいえそのお陰で、上級魔人を見事討ち果たした冒険者さんと『非情に親しい関係』を築いているギルド職員がいる、
と言う噂が出たのは良かったです。
今後は、彼に関する案件は、ギルド側のサポートを円滑に行うために、ギルドの職員が一名、
ギルドの仕事を休んで同行しても良いという許可も出ました。
ギルドとしても単独で上級魔人倒せるような『勇者様』を王国やら騎士団やら教会やらに取られるのは大いに痛手ですからね。
そんなこんなで、わたしたちが仕事に励んでいる間、この街を救った冒険者さんたちは多額の報酬を手にして大いに楽しんでいました。
こっちは忙しくしているのに、手に入れた金で真新しい装備を買ったり宴会にふける冒険者さんたちの姿に、
向こうは気楽なものだと思う一方、いくつかの一党の卓で、元々は誰かが座っていたのであろう椅子が余っているのを見て、
大変だなとも思います。
冒険者さんは命を懸けて大金を稼ぐその日暮らしをして、
ギルドの職員は安定しているけど退屈であまりお給金も良くない事務仕事をずっとする。
どっちも必要で、どっちも羨ましいと思うのは当然なのかもしれません。
それから訪れたのは、冒険者さんの一党大再編でした。
メンバーが足りなくなったので解散する一党が出る一方で、足りないメンバーを補充するための勧誘が繰り広げられ、
一党が解散してあぶれた人たちが新たな一党を作ったり、今回の事件を機に引退を決める人が出たり、
逆に今回の事件を聞きつけて自分も一旗上げるんだと真新しい新人がやってきたり、
一党まるごと別の町に旅立って行ったり、逆によそで活躍していた一党が着たり……
ギルドの受付をしながら、様々な人間模様が繰り広げられるのを見るのは、意外と楽しいものでした。
特に犬も怪物ももう怖いからおうち帰る!実家に紹介するからついてきて!と泣く僧侶の少女と、
俺が絶対守るからずっと一緒に居てくれ!一緒に冒険を続けよう!と懇願する腕に包帯を巻いた戦士の少年の、
一党崩壊を掛けた説得劇は、他人事としてはなかなかの見ものでした。
……その翌朝、共に顔を真っ赤にして同じ寝室から手をつないで出てきた二人を目撃したときは、滅べばいいのにとちょっと思いましたが。
そんなこんなしているうちに一か月が過ぎてギルドの仕事がひと段落したところで、
それまでの間ずっと仕事一筋に頑張ってきたわたしは休暇をいただき、コーイチローさんと食事に行くことにしたのです。
コーイチローさんが連れて行ってくれたのは、街でも評判の高級料理のお店でした。
着ているものはいつもと違って怪人の姿を戻ることを考えていないのであろう、貴族風の仕立ての服。
胸元に揺れるのは、あの日の功労者であった短剣の破片を鍛冶人に加工して貰って作った、聖銀の認識票。
……その動作も冒険者さんとは思えないほど洗練されてます。
「アリシアさん。その服、初めて見たけど綺麗だな。良く似合ってる」
「ふふ。ありがとうございます」
わたしのほうも、今日という日を迎えるために準備してきました。
15の成人の時に仕立てて貰ったお祭りのときくらいしか着ない社交用のドレスに、コツコツ貯めたお給金で思い切って買った装飾品。
下着だって今日は新しく買った絹製の薄手で繊細で高価なものです。女としての勝負をかける日として、妥協は許されませんでした。
「それで……お話ってなんですか?」
「ああ……それな」
高級料理店の、中での話が漏れないようになっている密室。
二人きりでお料理を待つ間に、わたしは本題を切り出しました。
そう、今日のお誘いはコーイチローさんからでした。
話したい事があるから会いたいと……これは期待してもいいですよね?
そう思い、休暇届けを書いたのです。途中で力み過ぎて筆を三本折りましたが。
それからこの日をじっと待ち、ついに来たのです。コーイチローさんからの言葉を聞く日が。
「その……ごめんな」
「…………はい?」
ですから、コーイチローさんの口から飛び出したのが謝罪だったことに、わたしは固まりました。
どういうことでしょうか?
ギルド職員とは住む世界が違うから付き合えないとか、他に好きな人が居るとか、実はプロフェッサーさんが本命だとか、
うっかりで手を握りつぶしそうな子はちょっと、とか色々な可能性が頭を巡ります。
「な、なな、何が、ですか?」
お、落ち着きましょう。ここで焦っては良いことはありません。
……行き遅れの年増とは付き合えないとか言われたら、ちょっと自分を押さえつける自信がありませんが。
「プロフェッサーから聞いた。アリシアさん、オレを助けに行くために怪人になったんだろ?」
「ああ、そのことですか」
だから、次に続いた言葉がいまさら過ぎることに内心胸をなでおろしました。
勝負はまだついていない。それでとりあえずは十分です。
「全然気にしないでください。そのお陰で狩人の魔人も討伐できましたし、わたしだって怪人になってからは熱一つ出ない丈夫な身体になれたんですよ?」
ここは気にしてないことを伝えるべきと判断し、嘘偽りない言葉を伝えます。
そう、それはうれしい誤算でした。
怪人になったおかげか、後始末の激務のあいだ、わたしは体調一つ崩しませんでした。
普段なら寝込んでいたであろうわたしの頑張りっぷりを、他の職員がなにか気味が悪いものでも見たような顔をしてたのは、心の棚にしまい込んで気にしないこととします。
「でもその、怪人だぞ……?」
「そんなのどうでもいいんです!」
なるほど、どうやらコーイチローさんはわたしが怪人になってしまったことが気になっているようです。
わたしとしては予想通り、心は変質しなかったし、怪人になって今のところ損をしたこともあまり無いので文句は無いのですが。
「いいのか?」
「もちろん! 街を守れて、健康になれたんです。ちょっと人間じゃなくなったくらい、どうってことありません!」
それでもなお気にしている様子のコーイチローさんに力強く断言します。
「……そうか。怪人になったのちょっとで済ませられるのか。アリシアさんはすげえな」
……偽りなき本音を口にしたはずなのに、何故にそんなに感心されているのか。
自分で怪人になると決めてなったわたしと、無理やり怪人にされたコーイチローさんの違いなんでしょうか。
「アレと戦って結社が滅んで、プロフェッサーに助けられて、死にたくなくて、それでこっちに来て。ずっと、オレは気にしっぱなしだ。
結社は跡形も無く潰されたのに、根っからの怪人であるオレが、普通に生きてていいものなのかってな」
それから、コーイチローさんは自分の心情を教えてくれました。
やはりコーイチローさんにとって、かつては邪悪の輩だったという事実は重く、他にもわたしには“まだ”立ち入れない過去があるようです。
「……それ、暗に怪人になったわたしにも死ねって言ってません?」
だから、わたしは今できることとしてちょっと意地悪な冗談を言ってみました。
「……悪い。そんなつもりはなかった」
わたしからの思わぬ反撃に心から反省したようにしょぼくれるコーイチローさんを、わたしはちょっと可愛いと思いました。
「まあコーイチローさんがいた世界では怪人は邪悪の輩の化身だったのは、分かりました。
だからってこの世界……観測番号1872でしたっけ? とにかくこの世界でも怪人が邪悪の輩の化身である必要がどこにあるんですか」
気を取り直して、わたしはコーイチローさんに自分の正直な考えを伝えます。
怪人だから悪だとか、怪人なんだから死ねとか言われても、わたしはまだまだ生きるつもりですし、いまさら後戻りも出来ないんですから、困るのです。
「……お、おう」
ですが、コーイチローさんはその発想は無かったって顔をしてます。
「それに、この世界には今のところ怪人はコーイチローさんとわたししかいないわけです。
だったら、この世界の怪人がどんなものか決めるのはわたしたち。それでいいじゃないですか」
わたしはコーイチローさん以外の怪人がどんな方々だったかなんて知りません。
だから、わたしにとっての怪人とはすなわち、わたしをずっと守ってくれて、怪物を打倒し、
ついには恐るべき狩人の魔人から街を救ったコーイチローさんなのです。
「……そうだな」
「……それで? コーイチローさんは、怪人として何になりたいですか?」
コーイチローさんの心のガードが緩んだのを見て、わたしは一気に攻め立てます。
わたしは怪人になったのを気にしないのだから、コーイチローさんにも怪人かどうかなんて些細なことと考えて欲しい。
そう、思います。
「……笑わない?」
「笑いません!」
ちょっと探るように言うコーイチローさんに笑顔を向けて、再びの断言です。
男の人なんですから夢の一つや二つ持っていてもいいと思います。
……本当に無理そうだったら時間をかけてでもそれとなく諦めさせますし。
そして、コーイチローさんは『自分の夢』を教えてくれました。
「……正義のヒーロー」
「……っぷ。あはははははは!」
物凄く照れ臭そうに言うコーイチローさんの顔と、あまりに予想外の答えに、笑わないと約束したのに、わたしは思わず噴き出してしまいました。
「ちょっ、おま……なんだよ!? おめえ笑わないっつっただろ!?」
その様子にちょっと狼狽して、怒ったように言うコーイチローさんにわたしはひとしきり笑った後に言い返します。
「……いやだってそれ、すっごく普通の夢じゃないですか!」
恥ずかしそうに言うからもっとこう、新たに国を興して王になって大陸制覇とか、魔術を極めて不老不死を越えて真理に到達とか、
神話の時代から伝わる伝説の秘宝を探し出すとか、魔界の奥底まで行って魔神を倒すとか、いっそ天界に登って神になるとか、
荒唐無稽で壮大な夢が出てくるのかと思ってました。
だからこそ予想外で……一緒に歩めそうな普通の夢だったのがうれしかったのもあります。
「普通……普通か……?」
「そりゃまあ。いいですか? コーイチローさんは、怪人であると同時に冒険者さんでもあるわけです」
ギルドの職員として冒険者さんたちをたくさん見て来て……わたしもなりたいってずっと思っていたから、分かることもあります。
「冒険者さんに夢はなんですかって聞いたら大抵はお金持ちになりたいか、強くなりたいか、出世したいか。
……そして何より英雄になりたいかのどれかですよ?」
そう、夢を見ないならそもそも冒険者になんてならないんです。
安定してて堅実な普通の暮らしを捨ててまで心躍る冒険に出る!なんて危険な道選ぶ人たちは、
大抵はカッコいい活躍をして、その活躍を各地を巡る吟遊詩人に歌ってもらって、
ずっと語り継がれる英雄の一人になりたいって思ってます。
「……だから、コーイチローさんが英雄になりたいって言うなら、気にしないで目指していいんです!」
だからその1人がコーイチローさんだったとしても、わたしは良いと思います。
と言うかわたしだって、そう言う気持ちがないわけじゃないのですから。
「そうか。ありがとうな」
わたしの言葉が本気だと分かってくれたのでしょう。
コーイチローさんの顔から、険しい表情が取れて、柔らかな顔でお礼を言われました。
「……じゃあ、感謝したところで、人生相談に乗った分、個人的に報酬頂いてもいいですか?」
「……まあ、オレに出来ることならな」
それが酷く照れ臭かったので、わたしは冗談めかして、お願いをすることにします。
「じゃあ、その……わたしのこと、呼び捨てにしてもらえませんか? 大事に扱ってくれるのは嬉しいですけど、他人行儀過ぎると思うんです。
わたしたち、今や『仲間』ですよ。怪人仲間です……だから、その、お願いします!」
そのお願いはわたしなりの第一歩。守られるだけじゃなく、一緒に道を歩く『仲間』に近づくために必要なこと。
正直、両親にギルド職員になるって言った時より緊張してます。
「……分かった。これからも、よろしくな。アリシア」
だから、コーイチローさんがそれを受け入れてくれたときはとてもうれしくなりました。
わたしにもついに、同僚でも友人でもない、一緒に夢を見る『仲間』が出来たのですから当然です。
「はい。よろしくされました」
そんな気持ちを悟られないよう、わたしは精一杯の柔らかい笑顔で答えを返しました。
……こうしていまはまだ世界に2人しかいない怪人であるわたしたちの冒険物語が始まったのです。
そして、何考えてようと人々と街を救ったのなら、それはもうヒーローで良いと思う。




