Season1 Welcome to Sword World 15
狩人の魔人の敗因『人間との戦いは想定していたが、怪人と戦うことを想定していなかった』
ついにわたしたちは戻ってきました。今回の話の始まりの場所。
先ほどコーイチローさんが窓を突き破ったギルドの支部長室に。
「イラついてるな」
「苛立ちが見えますね」
しゃがんで見つからないように気をつけながら、小声で話をしつつ、魔人の方を観察します。
魔人の周囲を囲むように多数の魔犬が見えます。どこから近づいてもすぐ気づかれるでしょう。
そして当の本人は、わたしたちがまだ見つからないことにいら立っているようです。
「そう言えばさっき、なんで狩人の魔人は直接乗り込んでこなかったんでしょう?」
その様子にふと、そんな疑問を覚えます。
狩人の魔人は、怪人と比べても決して見劣りしないほどに強い、恐るべき怪物です。
直接わたしたちを探して追ってくれば、もっと早く決着がついていたのではないでしょうか。
「……あいつ、確か数百年生きてる化け物なんだろ」
「ええまあ」
そんなわたしの疑問に、少し考えた後、コーイチローさんが答えてくれました。
「そうなると多分修羅場も結構な数くぐってるだろ」
「そうですね、高位の冒険者さんとか聖騎士様の討伐隊とか、国の軍隊とかと戦ってると思います」
確かに数百年もの間、国と神殿を敵に回して生き続けているのですから、戦闘の経験では、
わたしどころかコーイチローさんをも遥かに凌駕するでしょう。
「だから、何してくるか分からんオレたちが待ち伏せしてる部屋に自分自身で乗り込むなんて危ない真似は避けたんだと思う」
「なるほど……知能の高い怪物が巣食う迷宮に入るときに罠を警戒するようなもの、ですか」
そう言われると、なんとなく分かる気がします。
今回の依頼の怪物は所詮雑魚だからと侮ったまま出かけ、そのまま帰ってこなかった冒険者さんを、わたしは何度も見ました。
経験を積んだ上位の冒険者さんたちは大体すごく慎重で、準備を入念に行うのも知っています。
「それにオレだけならともかく、自慢のファイアーボール食らって平然としてて、
馬車軽々とぶん投げてくる良く分からん新手がいる状況だしな」
コーイチローさんはそう言ってちょっとだけ笑います。
「……わたし、コーイチローさんと比べればただ力が強いだけの普通の怪人なんですが」
「向こうはそれを知らないし、実際アリシアさんがいないと今の作戦は出来なかったからな」
そう、向こうは知らないのです。わたしが誰か、とか戦いに関しては素人だとか。
だからこそ、奇襲が通じるのでしょう。
「……そういえば、倒しきれなかったらどうするんですか?」
ですから、これで倒しきれないと、次からはもっと倒すのが難しくなると思います。
そうしたとき、コーイチローさんはどうするつもりなんでしょう。
……諦めず、最後まで戦うのであれば、お付き合いする覚悟は、あります。
「逃げる」
「え? 逃げるんですか?」
ですが、コーイチローさんの回答と来たら、ひどくあっさりとしていて身もふたもないものでした。
思わずわたしが問い返してしまうほどに。
「後々狙われるかも知れないことを考えるとここで確実に抹殺しておきたいんだが、流石にこれ以上は身体がな……
あ、もしかして冒険者ギルドって国の組織だっていうし、グレーターデーモンはギルド職員が責任もって、
命に代えても絶対に討伐しないとダメとかそう言う?」
「ギルドを何だと思ってるんですか!? そこまでやりませんしそんなお給料は貰ってません!
ギルドのお仕事はあくまで冒険者さんの登録を管理して依頼の裏取って斡旋するまでです!」
ある程度以上の読み書きが出来れば戦闘経験なんて全く無くてもなれるギルド職員に戦闘能力を求めないでください!
と言うか名付きの上級魔人とか、準備が万全じゃなかったら軍隊でも逃げるのが許されるレベルの相手です。
逃げないのは訓練された聖騎士様くらいでしょう。
「冗談だ」
「……もう」
こんなときに冗談を言うなんて、と言う気持ちと、こんなときでも冗談を言ってくれることへの嬉しさが混ざり合います。
……やっぱりこの人はとてつもなく『心が強い』んだなと思いました。
「まあ、そう言うわけだから、やるだけやってダメだったら逃げよう」
「コーイチローさん、案外……その、適当ですね」
魔人を倒すのは諦めても、生き残るのを諦めるつもりは無い。
それは上級魔人を倒さんとする勇者様とは思えない言葉だと思いますが……わたしはその考え方は嫌いじゃないです。
正直、上級魔人と戦うのが怖くてしょうがなくて、コーイチローさんと一緒なら逃げたいのも事実ですから。
「そうじゃなかったらとっくに死んでるって。そもそも怪人になる前のオレはただの民間人だったんだぞ。覚えてねえから多分だけど」
そう言って笑ったあと、真面目な顔に戻ったコーイチローさんは、言い放ちます。
「オレたちには、色々あって化け物と戦う羽目になっただけの、ちょっと特殊な能力持ってるだけの冒険者と公務員だ。
正義のために死ぬまで戦う必要はないし、街の平和のために命捨てる義理もないし、化け物を命に代えてでも殺す使命も無い」
「……そうですね。わたしたちは勇者様でも領主様でも聖騎士様でも無いんですし、そんなもんですよね」
そう言われるとなんだかちょっと馬鹿らしくなると同時に、気が楽になります。
そうです。わたしも……多分コーイチローさんもちょっとズルしてすごい力を持っただけの普通の人なんです。
「そういうこと……じゃ、行くか」
カッコいい英雄みたいなお話は、神様に選ばれた特別な人たちに任せて、わたしたちは死なない程度に頑張る。
それくらいがちょうどいいのでしょう。
そう思いながら、わたしは立ち上がり、頑張って用意した水がめを持ち上げます。
―――アリシアさん! 投げ落とせ!
「はい!」
コーイチローさんの指示に従い、外に向かって放り投げます。
中身一杯にガラクタを詰め込んだ水がめは地面にたたきつけられた瞬間に砕け散り、中身を飛び散らせて魔犬を蹴散らしました。
「な、なんだ!?」
狩人の魔人は突如空から降ってきて炸裂した破片に顔をかばいながら叫びました。
周囲に侍らせていた魔犬は水がめの衝撃で吹き飛ばされるか、破片を浴びて倒れたのが見えます。
「逃がさねえぞ! 化け物!」
それに合わせるようにコーイチローさんが、松明で火をつけた布を突っ込んだ瓶や壺を放り投げます。
中に入っているのは、厨房で見つけた油がたっぷり。
わたしと違い抜群に物を投げるのが上手いコーイチローさんが投げた瓶や壺は狙い通りに狩人の魔人の周囲に落ちて、
炎が引火した油が辺りを火の海にします。
これで……少しの間ですが魔犬の余計な邪魔は入りません!
「はっ! なにかと思えば、この程度で僕が殺せると思ったのかい!?」
狩人の魔人はこれが自分を倒すための策だと思ったのか、炎に包まれながらも余裕を見せてコーイチローさんを嘲笑います。
ちょっとの炎くらいで自分を倒すことなど出来ない。そう思っているのでしょう。
「思ってないさ」
そんな狩人の魔人を嘲笑い返すように、コーイチローさんが2階から飛び降り、そのまま狩人の魔人の前に立ちます。
「……もう一匹はどこだ!?」
「教えると思うか?」
―――そこでしゃがんで合図があるまで待機!
わたしの姿が見えないことにわめき散らす狩人の魔人を無視して、コーイチローさんがすっと身を低くしつつ命令を飛ばしてきます。
(了解です)
わたしはそっとそれに心の中で答え、最後の仕上げに取り掛かりました。
コーイチローさんの指示通り、わたしはじっと待つことにしました。
あれだけ自信満々で出て行ったコーイチローさんが負けることない、そう信じて。
「……いいだろう! まずは君を葬り去って、それからもう1匹はじっくりと狩ってやろう!
瘴気、矢となりて、どこまでも追う、《腐蝕の矢》!」
流石に魔人は切り替えが早く、わたしを探すのを諦めた狩人の魔人が、コーイチローさんを殺す魔法を放ちました。
「そんな攻撃……」
コーイチローさんは頭を狙う《腐蝕の矢》をよけようともせずに突進していきます。
「当たっちまえば、どうってことねえんだよ!」
そんな言葉と共に、腐蝕の矢を遮るように左手を突き出しました!
当然のように腐蝕の矢が左手を突き抜けたあと、頭に届く前に消滅します。
「馬鹿な!?自分から当たりに行っただと!?」
腐蝕の矢に貫かれ、傷口が腐り落ちたコーイチローさんの左手を見て、狩人の魔人が驚いたような声を上げます。
「このエネルギー弾でオレを殺せるのは頭か心臓のどっちか。
ホーミングするっつっても心臓に届かないような体勢取ってまっすぐ突っ込んでくるやつの心臓を正確に狙うのはまず無理。
そこまで分かってるんだ。一発だけなら防げるさ」
「くっ!瘴気、矢となりて、どこまでも……」
「残念。時間切れだ」
そのまま止まらずに走り抜け、詠唱が完成する前に接近したコーイチローさんが、
狩人の魔人の胸元に残った右腕を突き出しました!
握りしめた拳とは違う、五本の指をピンと伸ばした、まるで刃のように鋭い手の形。
走りぬけたことによる速さを乗せたその手が狩人の魔人の胸を貫き、体内に達したのが見えました。
「……馬鹿め! そんな攻撃……が……?」
コーイチローさんが突き刺さった手を抜いた瞬間、あっという間に狩人の魔人の傷が塞がりました。
聖銀の短剣が残っていたなら、トドメを刺せたかもしれない攻撃。
しかし、魔力も帯びていないただの突きでは怪人の力を以てしても狩人の魔人にはほとんどダメージを与えられません。
そのはずなのに……
「が!? ぐあ!? 胸が、胸が痛い!? 何故だ!?」
狩人の魔人が、何故か胸を掻き毟りながら苦しんでいます。
そしてそれを、コーイチローさんはこうなるのが分かっていたというように言い放ちます。
「……怪我をした時に、一番怖いのはな、身体の中に砕けた破片が残ることだ。どんだけ再生力があっても取り除かないとその部分だけ絶対治らないからな」
多分コーイチローさんはそんな経験をしたことがあるのでしょう。変な実感が籠っているのがちょっと怖いです。
「それで、だ。ミスリルだっけか? お前らにとっては触っただけで変な煙が上がるような危険物。肺の中にぶち込まれた気分はどうだ?」
そう言いながらコーイチローさんが見せつけたのは、先ほど折れ……『先端』を失った、聖銀の短剣でした。
「きさまあああああああああああああああああ!」
種明かしを聞き、狩人の魔人が口があるのであろう辺りから煙をこぼしながら絶叫します。
その声には怒りと、絶対にコーイチローさんを殺してやるという意思が籠っていました。
―――今だ! オレに向かって、飛び降りた後、全力で、走れ!
そして成り行きを見ていたところにコーイチローさんの指示が飛んできて、わたしは迷わず動き出します。
ギルドの2階から飛び降りてすぐ、全力でコーイチローさんに駆け寄ります。
怪人、バーサークタウロスである今のわたしの全力での走りは横に飛んで避けたコーイチローさんを一瞬で通り過ぎ、
狩人の魔人までの距離を一気に詰めて……
あれ? これ思いっきり狩人の魔人にぶつかりませんか?
そう思った瞬間、わたしは怒り狂いながら胸を掻き毟っていて接近するわたしに気づかなかったらしい狩人の魔人に頭からぶつかりました。
「いたっ」「あがぁ!?」
十分に勢いをつけたわたしは止まることが出来ず、狩人の魔人ごと壁にぶつかり……そのまま壁を突き破ります。
「あが!?ごあ!?が!?ごべ!?」
衝撃と共に悲鳴を上げる狩人の魔人と一緒にわたしは二枚、三枚と壁を突き破り、五枚目を抜けた辺りでようやく止まりました。
止まった瞬間、己の身体で持って五枚目の石壁を砕いた狩人の魔人が瓦礫の上に崩れ落ちます……なんかもう可哀そうなくらいにボロボロでした。
―――アリシアさん、凄い威力の一撃ならば、物理攻撃でも通じるって言ってただろ。
目の前の、これが本当に恐るべき魔人なのかとボロボロになってびくびくと痙攣する狩人の魔人を呆然と見るわたしに、コーイチローさんが言葉を送ってきます。
―――だったらコンクリの壁だろうと戦車の装甲だろうと紙みたいにぶち破る、バーサークタウロスの『ぶちかまし』が通じないはずがない。
……どうやらわたしたちは、狩人の魔人を討伐することに成功したみたいです。
最後の一手が体当たりと言うのが、あんまり格好良くないのが難点ですが。
そんなことを思いながら、わたしはコーイチローさんと共に狩人の魔人を見下ろします。
「あ……が……」
驚いたことに、狩人の魔人はまだ死んではいないようです。
とは言え肉体は再生できる上限を超えたのか手足が明らかに人間ではありえない方向を向いた状態で痙攣を続けていて、
肺の中の聖銀の短剣の破片が中をずたずたにしたのか口らしき場所からは細々と煙を吐き続けていて、
何も出来ない状態のようですが。
「……バーサークタウロスのぶちかましをまともに食らって生きてるとか、こいつ、スゲエな。
普通ならまともに直撃したら怪人でも一発でミンチだぞ……もしかしてこいつ、A級様並のやべえ奴だったのか」
「どうしましょう?」
人間ならば一生起き上がれるかも怪しい傷ですが、上級魔人なら数日もあれば回復するでしょう。
……逆に言えば、今、このときであれば何やっても抵抗できないわけです。
「また狙われたら困るし、このまま始末しちまおう。
プロフェッサーが抜かしてた生体サンプルとやらは、そこから再生とかしたらやだから、無視で」
わたしの問いかけに、コーイチローさんがあっさりと決断します。
それから、残った聖銀の短剣の柄の方の刃を、仰向けになった狩人の魔人の心臓の真上に置いて言いました。
「オレの世界での話なんだが、この手の化け物ってのは心臓に杭を打つと死ぬらしい」
「……心臓に杭を打たれて死なない生き物なんているんですか?」
その言葉に、コーイチローさんがやろうとしていることを理解したわたしが問いかけました。
上級魔人なら、打たれた杭がただの木や鉄だったならばそれでも死なないのかもしれませんが、
聖銀の杭だったら、流石にダメだと思います。
「だよなあ。俺もそう思う。だからまあ、グレーターデーモンとやらもそれで死ぬだろ、多分……
ダメだったら、もうどっか人のいない遠くまで運んでプロフェッサーの持ってる核で爆破でもするさ。アリシアさん、手伝ってくれ」
「分かりました。どうすればいいですか」
どこかのどかな、間が抜けた会話に、心が落ち着いていきます。戦いが終わったことを感じているのです。
「この短剣の尻の部分に左手添えて、その上に右手置いて……そう、それでいい」
「や、やめ……」
狩人の魔人も、わたしたちが何をしようとしているのかを察したのでしょう。
弱弱しく、止めてきました。
「そのまま、全力で押し込んじまえ」
「……はい!」
と言ってもコイツに『ついで』で殺されかけたわたしには、辞めてやる理由は欠片もありませんが。
ぎゃああああああああああああああああああああ!
わたしが渾身の力を込めて短剣を押して、心臓を貫いて柄の部分まで全部埋まりこんだ瞬間、凄まじい絶叫が辺りに響き渡りました。
正直今のわたしでも恐ろしいほどの絶叫です。
「ひゃ!?」
その絶叫が途切れると共に、狩人の魔人が青い炎に包まれました。
青い炎に焼かれ、真っ黒な煙が上がり……煙がどこからともなく現れた真っ黒な穴に吸い込まれていきます。
煙は必死に手から逃げようとしているように見えますが……穴から伸びてきた手に掴まれて引きずり込まれていきます。逃げることは出来ないみたいです。
(ああ、これが……)
魔人は死ぬとその魂を契約に基づいて現れた魔神に奪われると言いますが、今まさにそれが起きているのでしょう。
「なんとか、抹殺できたな……あんだけ派手に死んだっぽいのに実はこっから生き返りますとか言われたら、流石に泣くぞ」
やがて、狩人の魔人の身体が全部灰になり、煙がすべて穴に吸い込まれ、穴が消えたのを確認して、コーイチローさんが擬態……
慣れ親しんだ人間の姿に戻りました。
「コーイチローさん、案外心配性ですね。灰になった状態から蘇った上級魔人なんて、流石に聞いたことありませんから、大丈夫ですよ」
それに合わせて、わたしも慣れ親しんだ人間の姿に戻ります。
素足をはしたなく晒しているうえにあちこちが破れて血にまみれたボロボロのギルドの制服は少し乙女心に恥ずかしくはありますが、
そんなどうでもいいことを気にできるようになったことをちょっとうれしく思います。
「……んじゃまあ、他の奴らの手伝いに行くとするか」
「そうですね……ギルドとしてはこれからが大変ですよ」
コーイチローさんの言葉に頷き、これからのことを思ってちょっとげんなりします。
何しろ色々ありすぎましたし、倒しきっていない魔犬や獄猟犬の掃討、報告書作成、狩人の魔人討伐の報奨金の申請に新しい支部長派遣の要請……
やることは山積みです。悪い悪魔討伐して声援と共に颯爽と街を去っていくのが許されるのは勇者様だけなのです。
「……あ、そうだ。一つ言い忘れてました」
ああ、でもその前に、やらなきゃいけない大事なことがあるのを思い出しました。
「コーイチローさん」
「なに?」
コーイチローさんに向き直り、呼吸を整え、笑顔で一言。
「……ギルド職員護衛の依頼、達成おめでとうございます!」
そう、依頼の達成の確認、報酬の支払い、そしてねぎらいの言葉は、冒険者さんを迎え入れるギルドの受付が決して欠かしてはいけない義務なのです。
ファンタジー的にとてもテンプレートな終わり方。次回で1章完結予定。




