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チート・クリミナルズ  作者: 犬塚 惇平
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Season1 Welcome to Sword World 10

ウェブ小説では、レイニー止めは良くないらしい。

突然、光の板が消えました。

「おい。撤退するぞ。死にたくないなら一緒に来い。アリシア・ドノヴァン」

コーイチローさんが危険なときに何事かと思っていると、プロフェッサーさんが無慈悲に言い放ちました。

「撤退!? そんな、コーイチローさんは!?」

「奴とて戦場で生き残ることに関しては専門家だ。あの様子なら撤退を選択するだろう……成功率がどの程度か見積れんがな」

撤退の成功率……?

「じゃあ、撤退できなかったら?」

「死ぬだろうな」

プロフェッサーさんはあっさりとその言葉を口にしました。

「……助けに行かないんですか?」

「行かん。光一郎救援のために私自身が死ぬかもしれんというリスクを犯すつもりはない」

その言葉は、間違いなく本気でした。この人は、コーイチローさんを見捨てるつもりなのです。

「そんな、コーイチローさんは、大切な部下じゃないんですか!?」

コーイチローさんが死ぬかもしれない。そう思ったら、自然と声が荒くなってしまいました。

ですが、そんなこと気にしている場合じゃありません!

「奴との関係は、この世界で生存するための、利害の一致に過ぎない。私にとって光一郎はその程度の存在であり、それは奴にとっても同じだろう」

プロフェッサーさんは冷徹が言い放ちました。

コーイチローさんを使い魔に出来るくらいすごい魔術師なのに、力があるのに……見捨てるなんて、酷いと思います。

なんとかして、助けに行くよう、この人を説得しなきゃ。そう思って何かを言おうとしたそのときでした。


「……アリシア・ドノヴァン。お前が、光一郎を助けに行くというのなら、私は止めない。お前の救援が何の役に立つかは知らんがな」


なにかを言おうとした口が止まり、血が上った頭が、一瞬で冷えました。必死に何か言おうとして、考えて……


「…………無理、です」


出てきたのは自分でも悔しくなるくらい情けない言葉でした。

「無理、とは?」

「だって、わたしは、ただのギルド職員で、冒険者ですら無くて、でも相手はコーイチローさんでもかなわないくらい強い恐ろしい上級魔人で、魔犬だって沢山歩き回ってて……きっとコーイチローさんのところにたどり着くことすらできません」

言い訳ばかり次々と出てくる自分が嫌になります。でも、例え命を懸けようともどうしようもないのは事実だと、頭の中のどこかにいる自分が指摘してきます。


知っていたはずでした。わたしは、おとぎ話や英雄譚のように華々しく生きられるほど、誰かを助けられるほど恵まれた人間じゃないって。


「助けに行けるだけの、力が、無いんです。わたしは、弱い。行っても、何の役にも立たない……

コーイチローさんの助けになんて、どうやってもなれない……」


なのに、認めた瞬間、涙が止まらなくなりました。


「……つまりお前は、救助に向かう意思はある。

 だがたどり着くだけの戦闘能力がないため、光一郎の救援に向かうことは不可能である。そう主張するのだな?」

「そうですよ。わたしはコーイチローさんを見捨てて逃げたくなんて、無いです……だけど、なのに……」

プロフェッサーさんの言葉が容赦なくわたしをえぐります。

例えどんな困難や危険が待ち受けていたとしても、本当にお前が助けに行きたいと願うなら、行けばいい。

考える前に体が動くのが英雄の条件だと、おとぎ話に歌われる勇者がかつて言っていたそうです。

……絶対に死ぬから行ってもどうしようない、なんて考えて一歩も動けないわたしは、やっぱりただの人間なのでしょう。


考えるのが嫌になるくらい長い時間を過ごしたベッドの中で、いつかは健康な身体になって、すごい冒険者になるんだなんて考えてて、

そのために、将来に備えてベッドの中でも出来ることをやろうとお城に務めている下級役人だったお父様がお城から借りて来てくれた本ばかり読んでいた、

バカだけど取りあえず前を向くことだけはできていた子供だったわたしは、もうとっくに擦り切れて、消えてしまいました。


英雄譚やおとぎ話に出てくる勇者様は、結局のところ神様が選んだ特別で、そうじゃない人間は、どこまで行ってもただの人間で……

ある日突然、健康な身体も、すごい力も手に入れるなんてことはあり得ない。


そんな秩序の(ルール)に逆らうような反則(チート)は誰も……神様だって許してはくれない。


そんなこと、とっくの昔に知っています。

「念のため、確認する。お前は、光一郎を、本気で、助けたい。その意志はあるのだな?」

「……だから、そう言ってるじゃないですか!」

そんな分かり切ったことをしつこく確認を取ってくるプロフェッサーに、わたしは思わず怒鳴り返します。

プロフェッサーさんやコーイチローさんのように神様に愛されてて、才覚に恵まれてて、すごい力を持ってる人間には……

きっとわたしみたいな何もないただの人のことなんて分からないんです。

「よろしい、次の質問に移ろう。お前は、自身の肉体を被験体として提供できるか? アリシア・ドノヴァン」

だから、真剣な目で問い返された時、私は戸惑いました。

その目は、まるで……

「被験体……?」

「そうだ。アリシア・ドノヴァン、お前は光一郎の助力が出来るだけの戦闘能力を得るためになら、人間をやめられるか否か。答えろ」

わたしに、助けに行けるだけの力をくれると言っているように聞こえたから。

「人間を……やめる?」

いつの間にか、涙は止まっていました。

なにか、とんでもないことが起きようとしている。

その予感だけがどんどんと膨れ上がっていきます。

「どちらだ。さっさと答えろ!……すまん。私としたことが、説明が不足していたな」

そして、その予感に答えるようにプロフェッサーさんがその言葉を口にしました。


「私は、人間を怪人に改造する技術を有している」


唐突に明かされた事実にわたしは混乱し、目を見開きます。

「先日お前に怪人が何かを教えたな。そのときに、あえて言わなかったことがある。

 怪人は、人類種をナノマシンで改造することで作られる……私ならば、お前を怪人に改造することが可能だ」

「え? えっと、その、つまり、怪人って、え?わたしが……?」


―――わたしが、コーイチローさんみたいになれる?


わたしの無言の問いかけに対してプロフェッサーさんは……無言のままに、あの猫のような目で頷くことで返しました。


「人類種1872-1を使用した怪人は過去に事例がない。つまりお前が記念すべき第一号と言うことになる。

初の臨床例となるが、今回は血液サンプルの事前提出があったため、ナノマシンの調整は完了している。

 最も適合率が高かった怪人に改造する場合の事前シミュレーションでの成功率は99.99%以上だ。

 だが、お前には保険を掛けさせてもらうぞ。脳改造を受けない怪人を作るのだ、反逆の可能性は潰さねばならん。

 具体的には、怪人化処理の際にナノマシンの処理に手を加えて『自爆処分』が可能になるように改造する。

 私たちと敵対した、私と光一郎の両方がそう判断したその時には、ナノマシンを暴走させ、爆発四散させて痕跡すら残さん。

 我々に生殺与奪の権利を譲渡する形となるが、よほどのことが無い限りは使わん保険だ。それは保証してやる。

 グレーターデーモンと呼ばれるあの生き物は、魔法なる超自然能力を扱う能力が異常に高い。

 恐らく戦闘力評価Aの怪人に匹敵するだろう。奇跡でも起きなければ、C級怪人単独での撃破は難しい。


 だが、過去の実績を鑑みるに、共に戦う怪人がいれば勝算は大きく上がる。

サージェントウルフ5126号……光一郎とは、そういう怪人だ」


そのまま、あまりの衝撃に動くことすらできないわたしに対し、流れるように説明してきます。

……正直、わたしが怪人になれるという事実が重すぎて、全然説明が頭に入ってきませんでしたが、

怪人になればコーイチローさんに勝ち目が出てくる、と言うことだけは理解できました。

「で、どうするかね?」

最後に、わたしに問いかける形で沈黙します。

後に残るのは、先ほどまでとは違う真剣さを帯びた、どこか冷めているのに強い……獲物を前にした猫のような視線だけ。

その視線にさらされながらわたしは必死に考えて……

「……プロフェッサーさん、わたしを、怪人にしてください」

……ついに自分から、その言葉を口に出してしまいました。

「……同意したとみなす。これより人類種1872の怪人化実験#1を開始する。

 実験経過記録開始。被験体情報、人類種1872-1。雌性体。肉体的成熟完了済。個体名、アリシア・ドノヴァン」

プロフェッサーさんが呪文を呟きながら懐から緑色に光る筒を取り出すと、手元と目の前に光の板を出現させて、高速で指を躍らせます。

その動作に反応し、今まで緑色に光っていた筒が、今度は血のように赤く輝きだしました。

真っ赤に輝く筒をわたしに向けてさしだし、プロフェッサーさんは言い放ちます。


「活性化は完了した。これを首筋の動脈部に当て、この引き金を引けば、改造の準備は整う。

 血流によって全身にナノマシンが回り、およそ300秒後にお前は怪人となるだろう。

 改造処理が開始された後の中止は不可能。改造完了後に人間に戻すことも不可能。

 改造先はお前の適正を元に最も成功率が高いものを選定した。

 改造が完了した場合の戦闘能力の暫定評価はB。カタログスペック上の性能でならば、評価Cの光一郎よりも強い。

 

 説明は以上だ。お前が本当に怪人になるつもりがあるならば、注入しろ。お前自身の意思でな」


どうやらプロフェッサーさんは、どこまでもわたし自身に決めさせたいみたいです。

脅された、無理やりだった……自ら望んで神をも恐れぬ禁忌に手を出す以上、そんなことは絶対に言わせないとでも言うように。

「……怪人になったら、コーイチローさんを助けられるんですね?」

真っ赤に輝く、人間を辞めるための筒だというものを見ながら、震える声でわたしはたずねました。

「知らん。怪人化したお前を送り込めば勝算は上がるのは間違いないが、勝利するかどうかなんて結局はあいつと、お前次第だろう」

「……分かりました。ありがとうございます」

そして、こんなときでも勝利なんて約束してくれないプロフェッサーさんに苦笑しながら、わたしは真っ赤に輝く筒をプロフェッサーさんの手から受け取ります。


―――お父様。お母様。先立つ不孝をお許しください。


覚悟は、決めました。それが人としての終わり、やってはいけない反則だったとしても、わたしは『怪人』になろうと、決意しました。


プロフェッサーさんは知らないようですが、わたしたちの世界には、プロフェッサーさんと『似たようなこと』を行う恐ろしき存在が居ます。


魔神(デビル)……


異なる次元に住まい、邪悪な儀式によって呼び出され、死後、自らの魂を売り渡すという『契約』を代償に、

因果を歪めて『人間』を『魔人』へと変える禁忌を自在に操る、邪悪の輩が崇拝する恐るべき混沌の神。

そう、あの狩人の魔人もまた、魔神に魂を売り渡した人間の成れの果てなのでしょう。


そう言う意味では『人間』を『怪人』に変える秩序の(ルール)を逸脱した反則(チート)を平然と行うプロフェッサーさんは魔神のごとき存在と言えるでしょう。

そして、それを理解したうえで反則を犯そうとしているわたしも、もしかしたら魔神に魂を売り渡すような邪悪な心を持っているのかもしれません……

だけど、一つだけ、魔人と怪人の違いについて断言できることがあります。

(……コーイチローさんは善良な人です)

そう、例え『怪人』であっても『邪悪』とは限らないことを、コーイチローさんを見てきたわたしは知っています。

だからきっと『怪人になったわたし』の肉体は人ならざるものだとしても、その魂は『人間のわたし』のままなんだろうと、信じられました。

(だったら、わたしは力が欲しい……)

コーイチローさんの……死地へと赴いた『はじめて好きになった男の人』の危機に、指をくわえてみてるだけ。

自分の力が無いことを嘆き、力を持った冒険者さんのような方々を妬み、わたしをただの人にしかしてくれなかった世界を恨む。

そんな人生は、もう嫌です。

それ以外の生き方を選ばせてくれるというのなら、それが秩序に逆らう反則であっても、重い代償を払うことになっても……

自分で困難を打ち砕ける力が得られるのなら、わたしはその道を選びます。


そう思うと、不思議と震えが止まり、筒の先を首筋に充てることが出来ました。

顔は自然と笑顔になり、相変わらず猫のような目をしたプロフェッサーさんの目を強く見返して、言います。


「わたし、人間を辞めますね。プロフェッサーさん」


ぷしゅん、と。小さな音がして、首元に何かが流れ込んで、血の流れに乗って流れていきます。

驚くほど静かな人間を辞めた瞬間にわたしは少し拍子抜けして。


直後に襲ってきた産まれて初めての激痛に崩れ落ちました。

どうせやるなら、クリフハンガーにしろって。

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