1872へ行け
ごく普通の青年が、死にかけたところを美少女に助けられて異世界転移。そんなお話。
ついに終わりの時が来たのか。
その日、俺がいだいたのは、そんな感想だった。
―――基地の自爆まで、あと1216秒……基地内の人員は全員、その場に留まり偉大なる大首領様と運命を共にしましょう……
さっきから淡々と時間をカウントする、狂ったアナウンス。
だが、周りに転がっている戦友たちは誰も動かない……どうやら生きているのは俺だけのようだ。
もっとも、『あれ』のすさまじい蹴りで下半身が千切れ飛んだ俺の寿命はおそらく、基地の自爆まで持つかどうかなのだが。
……これが、終わりか……
劣等なる人類種から進化を遂げた優良なる『怪人』たちによる世界支配を目論む結社は、今まさに滅びようとしている。
ちょっとした不始末が重なり脳改造を施す前に結社から逃亡した『最悪の失敗作』1人の手で。
……結局、4戦4敗か。とうとう勝てなかったな……
全世界に散らばった俺たちの中から選りすぐられた俺たち10人のサージェントウルフは、この基地に乗り込んでくる『アレ』に備え、出来る限りの準備をした。
A級どころかS級であった『暴君閣下』すらも倒した化け物と言っても、相手はアサルトローカスたった1人だ。
『群れ』となり万全の準備を整えた俺たちならば倒せる。
そういわれて集まったはずだった俺たちは、アレに対して手も足も出なかった。
対怪人用毒ガスを吸い込んでなお動くことができ、仕掛けた罠を次々と食い破り、
拳一つで腹を貫いて頭を砕き、蹴り一つで胴体を両断するあれ相手には、戦術もクソも無かった。
組織の区分けではあれが平均的な強さであるB級怪人扱いだったことなど、それが単独で同じB級どころか
A級、S級の怪人を何人も屠ることに成功した化け物には無意味であることを思い知らされた。
……まさか大首領まで殺すとはな。
結社を裏切り、始末するために送り込まれた怪人をすべて返り討ちにし、
いつの間にか人間相手に協力を取り付けて、基地一つ壊滅させて手に入れた機材で
脳改造を受けていない怪人を生み出して『協力者』だとか抜かし、
結社の作戦を次々に失敗させたアレを確実に殺すため、結社は準備を重ねてきた。
世界各地で協力者を抹殺し、活躍を重ねてきたエース怪人や、圧倒的性能を誇るA級怪人たち。
それら二つを兼ね備えた結社の幹部怪人に、結社の支配者にして最強の怪人であった大首領。
それらが裏切り者のあれ、ただ一人を倒すために全力を尽くしたのだが……
結果は、さっきからうるさくわめくスピーカーが教えてくれている。
……なんにせよ。これでもう、終わりだな。
不思議と清々している。あれだけ守ろうとしていた結社も、大首領も、不思議とどうでもよくなっていた。
眠い。寝よう。そう思い、目を閉じた。そんなときだった。
「やっと見つけた。サージェントウルフ……5126号か。もう少し単独性能に優れたものが良かったがこの際贅沢は言ってられんな」
甲高い、若い女の声が聞こえてきて、俺はゆっくりと目を開けた。
……なんだこいつ。
それは結社に似つかわしくない少女。俺よりは10歳は年下の華奢な体つきに、結い上げた黒い髪。
気が強そうで、どこか眠そうにも見えるネコみたいな目がじっと俺を見ていた。
着ているものは白い……結社の研究部門に属する連中が着る服だ。そして胸元には結社のマークをかたどった勲章。
……まさか、幹部クラスなのか?
「ほう。死にかけているのにその目。なるほど選りすぐりのサージェントウルフ10人の生き残りは伊達ではないということか。
思ったよりも期待できそうだ」
―――俺に、何の用だ。
「うむ。手短に言おう。貴様を助けてやる。代わりに結社ではなく、私個人の指揮下に入れ」
そう言いながら女は懐から小瓶を取り出す。中身は謎の光を放つ、緑色の液体だ。
―――まさかそれ、再生剤か……?
怪人の、どんなに酷い怪我でも治療できるナノマシン活性効果を持つ薬。
噂には聞いていたが、使い捨ての『消耗品』であるC級怪人には絶対回ってこないものであるため、見るのは初めてだ。
「そうだ……少し痛むぞ」
そう言いながら女が瓶の中身を俺にぶちまける。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
熱い。焼けるように熱い。復活の痛みだ。
体中の傷がふさがり、先ほど吹き飛んだ下半身が生え変わる。
その急激な熱さと痛みに耐えながら、俺は立ち上がり、警戒する。
「お前……一体何者だ?なぜ、俺を助けた」
助けてもらった恩はあるが、この結社の連中……
ことに研究部門で幹部クラスになるやつが何の意味もなく助けたりはしないくらいは俺でも知ってる。
「助けられた感謝より先に助けた理由を尋ねるか」
「ああ、気持ち悪くてしょうがない。人の体を実験台にしたり怪人にしたり、怪人にわけのわからん改造を施すのが仕事の奴に、
命を助けられるなんてな」
―――基地の自爆まで、あと1006秒……基地内の人員は全員、その場に留まり偉大なる大首領様と運命を共にしましょう……
延々流れ続けるアナウンスを背景に、俺は問う。それどころじゃない、という考えが頭をよぎったが、無視。
一度は諦めた命だ。こんな状況だからこそ、わけもわからぬまま従いたくない。
「よかろう。手短にすまそう」
それだけ言って、女は理由を口にする。
「私はここで死ぬつもりは毛頭なくてな、脱出する準備をした。
移動先は観測番号1872。失敗作どもや官憲の手の届かぬ場所だ。
当初は私一人が生き延びられれば、それでいい。
そう思い厳選した研究資材とともに脱出しようとしたのだがな。問題が発生した」
「問題?」
そう、問いかけた俺に女は、真顔で答える。
「ああ、私が厳選に厳選を重ね、最低限ながら問題なく研究を続けられるように選んだ資材。
重量たった300kgのそれが私には運べなかったのだ。
私の仕事に不要な筋力について、私が特段優れていないことは分かっていたのだがな、持ち上がりすらしないのは想定外だった」
「……は?」
思わず、アホかと問いかけたくなるような答えを。
「ああ、言いたいことは分かる。300kgなどそれこそ戦闘員でも余裕で運搬できる重量だ。
だがな、考えてみれば私は怪人化処理を行っていない、人間なのだ。300kgの重量を運べないのは当然のことだろう?」
「その、お前もしかしてバカなんじゃないか?」
ああ、コイツは、研究室に籠りすぎて頭が腐ったバカなんだなと分かり、率直に言う。
本来ならば幹部クラスに一介の怪人が言えば『廃棄』すらあり得る暴言だが、結社が自爆しようとしているこんなときまで気にするようなことじゃない。
舐められるくらいなら、強気にいくべきだ。
「失敬な。問題に気付いたのが少し遅かっただけだ。
その問題の解決法だってすでに実行済みだ。問題はない」
どうやら目の前のガキも自覚はあったらしい。頬を染めつつもふくらませ、薄い胸を逸らせて言う。
「つまり……俺に荷物持ちをしろと?」
話の流れで、大体言いたいことは分かった。つまり俺は、荷物持ちをやるために再生させられたらしい。
「そうだ。サージェントウルフ5126号。お前にとっても悪い話ではあるまい」
自信満々にふんぞり返る、ガキ。とは言え言ってることは間違ってない。
このまま基地の自爆に巻き込まれるのはごめんだし、仮に何とかして無事に基地から脱出できても
その後の人生は一生あれにおびえて過ごすことになる。
おまけに世間では俺は改造された7年前に死んだことになってるはずだ。
あれの手が届かない場所に行けるならまあ、荷物持ちくらいはやってもいいだろう。
「分かった。話に乗る。オレのことは光一郎と呼んでくれ。それで、どこへ行けばいい?」
「承諾する。研究地区の4階にある私の研究室だ……ついでだ。私を担ぎ上げて運んでくれ光一郎。
ここまで来るのに疲労しているのでな」
俺は無言でガキを担ぎ上げ、崩壊が始まった基地を走る。
ガキはガキらしい軽さで、怪人である俺には何の苦にもならない重さだ。
「ああそうそう。私のことはプロフェッサーと呼んでくれたまえ」
担ぎ上げたガキ……プロフェッサーがそんなことをいうと同時に。
―――基地の自爆まで、あと706秒……基地内の人員は全員、その場に留まり偉大なる大首領様と運命を共にしましょう……
残り時間があまり残っていないことを告げるアナウンスが俺たち以外動くもののいない基地に響いた。
今回は初回特典で一挙二話掲載。
一応第1章は出来上がってたり。