忘れ去られる物語
「時は金なり」とよく言われている。実際、時と金は密接に関わっているだろう。銀貨1枚(1000円)を稼ぐのにあなたは何分かける?ある人は一時間と答え、ある人は二十分と答え、またある人は一時間半と答える。この差は何だろうか?仕事の出来が悪い?いや、違う。
自分がどれだけ付与価値を持っているかだ。例えば、有名な高等学校を出ており、魔法師の資格を持っています。と、農民で文字の読み書きができず、財産は土地と家で将来は農民確定です。ならどちらの収入が多くなるのか?と言う質問など容易くわかる。
この時、前者は月に金貨十二枚(12万円)で後者は、年間通して金貨一枚(一万円)に届かない。この場合、時間効率が良いのは前者であり、人生の勝ち組と呼ばれる人であることは間違いない。
俺は、あの時、農民より負け組。生まれた瞬間から決まっている未来。ゆっくり、されどノンストップに進み続ける列車に乗っていた。
そして、現在、勝ち組に成り上がる為の戦いが始まろうとしている。
勝ち組に上がるために足掻き続けた結果が見えようとしている。
それが圧倒的な絶望と闇に呑み込まれることを知らずに………
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俺は、十二才の頃まで奴隷だった。農奴というやつで売りに出される寸前だった。ただ、他の奴隷とは違い俺は少し運が良かった。同じ部屋に入れられている元冒険者で片腕と片目を失ったオッサンが肉体トレーニングを行ってくれたことだ。オッサンはどこかで見抜いたのだろう。元々傷の治りが人の三倍はやく、力が人の倍強かった俺はオッサンの的確な指導によりバキバキの肉体を手に入れていった。
オッサンは俺が十歳の時に衰弱死してしまったがオッサンの遺言が「トレーニング続けろよ」だったこともあり、トレーニングをし続けた。
そして、十二才の時俺は、ある奴隷商に買われて今がある。
それからのことで
一番心に残っている言葉が
「私と戦え!(斬りかかりながら)」
なのは笑えないが
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何の商人か最初はわからなかったが、買われた直後にコロシアムの闘者を調達する商人だと聞いた。闘者とはコロシアムで戦い、金銭を得る者のことを言い、コロシアムを運営している貴族や商人に買われた奴隷のことを指す。
コロシアムでは殺されることは原則ないが、どれだけ金を稼いでもあるイベントで優勝しなければ闘者から解放されることはない。コロシアムでは最初は基礎鍛練を行いつつ下働き(闘者の檻の部屋の掃除、料理など)をする。
コロシアムはランクがあり、それが上がるほどに待遇が良くなる。そんな環境で同じ部屋になったのが「私と戦え!」と言ってきた女だ。
そこで俺は、初めて魔法と言うものを知ることになる。
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初対面でいきなり斬りかかってきた女の名前はリファーラ。その時のリファーラの剣は俺から見てもお座なりで簡単にあしらえるものだった。
剣速が遅くナンダコイツ?何て思いながらリファーラの剣をさばいていると、さばいた剣の裏が光った目がチカッとして視界が無くなる。その、一瞬の内に剣が首に突きつけられていた。
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それからと言うもの、自分の未熟さを思い知らされよりいっそう鍛練に励んだ。大人の闘者に頭をさげて教えてもらいながら、リファーラが毎日挑んでくるのでその魔法の技術を見て学んだ。
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リファーラとの出会いから一年と少したった。今日もまた夕方、決まった時間にリファーラが勝負を仕掛けてくる。現在、53勝、278負け、42分けだ。
「私と戦え!」
この、掛け声と同時にいつも思いっきり斬りかかってくる。今回は、左下から右上に斬りかかってきた。それを闘者から教えてもらったパリィとか言う技術で跳ね返す。成功した!と思ったら真上から風の斬撃が。それを俺は、魔力で強化した剣で叩き斬りつつリファーラ目掛けて猛ダッシュし、勢いそのままに剣で突く。
が、寸前の所で思いっきり叩き下ろされた。こーんと言う木と木がぶつかり合う音がした。リファーラはニヤリと笑い、「輝け!」と言った。ただ、この手の技はリファーラの十八番。五回に一回は使ってくる技なので対応が出来る。風の動きから予測して突き刺す、が当たらなかった。
「な、なんだ?」
目を開いたら、周りを光る球体が囲んでいた。ドッ!と言う音と共に急速に体から力が抜けていった。
黒星が一つ増えた。
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それから、二年たちリファーラと俺は日常でも会話をするようになった。二人共闘者デビューをしており、ランクも2つ上がった。二人部屋になったがまだ、同じ部屋だ、
ここまで来ると外出の許可が降りるようになり数日に一回は町にでて何かを買ったりすることが出来るようになった。
また、リファーラに魔法を教えてもらったり、俺が剣を教えたりした。
俺と、リファーラは順調に仲を深めた。
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何もなく穏やかな三年の時が過ぎた。
この頃リファーラの様子が変だ。いつもなら「戦え!」やら、「どこか食べにいきましょ」やら言ってくるのにそれが二週間ほどない。今のリファーラは何処に出しても美人と言われるほどになっており、戦闘の腕も抜群。魔法の腕もコロシアムの貴族が誉めるほどだ。
そして、数日が過ぎたとき、リファーラが今までにない悲痛な顔でいつも、夕方に戦っていた所にたっていた。
「どうしたんだ?」
流石にここまで不機嫌で悲しいそうな顔をしていたら気になってしまう。
「私、奴隷としてベルダム伯爵に買われることになったわ。」
は?ベルダム伯爵と言ったら、巷で有名なあの、貴族か。強気な女を壊すことに快楽を覚えた、人害伯爵。
「リファーラの有り金で買い戻すことは?」
リファーラは、静かに首を横にふった。
「俺の金も全て使えよ」
あんなのに買われたらコイツの努力が無駄になっちまう。それだけは、それだけは絶対に阻止しなければ。
「そんなんで足りると思っているの?あなたも知ってるでしょう?魔法が使えて、性奴隷にもなる奴隷がどれだけ高価か。」
「だ、だが。知らないうちに売られたんだぞ!」
「闘者にそんな人権があるはず無いでしょ?ある程度自由があっても結局は奴隷なのよ。」
彼女は涙を貯めながら、だからと、続けた。
「あなたとはもう、お別れ。もし、会えたら今度こそ私の物にする……」
そう、言って去っていった。棒立ちすることしか出来なかった。
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この、コロシアムには今は使われていないあるシステムがある。
その名も「下克上チャレンジ」コロシアムを運営する貴族や商人に物申すことが出来る。もし、チャレンジ成功したら要求を100%のむ必要がある。なお、チャレンジを受ける側のみ代理を立てることが出来る。
俺は、このシステムを使いリファーラをベルダム伯爵の手から離させることにした。すぐ下克上のこうしんは受理され、一週間後になった。
ただ、これは、本当の死合い。どちらかが命尽きるまで行う。
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一週間後。
相手が誰かわからないが、全身全霊で勝つのみだ。
いつものようにコロシアムに上がる。違うのは観客の数だ。
俺の正面にたったのは、リファーラだった。
俺は、失念していた。人生、最大にして最悪の失敗。
「あなた、バカじゃないの!?ベルダム伯爵に仕掛けたらこうなるのはわかりきった話しよ!」
悲痛という言葉では言い表せないような深い悲しみとその絶望が表れている。
「クソガッ!」
「私は死ぬ気で戦えと命令されたから………」
泣きながらリファーラは剣を構える。数年前から戦いに導入された氷の2対の剣を浮かべながら。
戦いは平行線を極めた。お互い切り傷は増え続けるが致命傷になるような物がない。あらゆる方向からくる剣を避けたり、流したりしながら攻撃をする。
息が切れてきたころ、リファーラが距離を取った。
「次で、決める」
その、目は魔力を通した時に現れる奥深い光が宿っていた。
彼女の周りに魔力が渦巻く。俺の周りに魔力の玉が浮き出できた。
二人は同時に地面を蹴りつけ急速に接近する。一撃目。ドバッンという到底金属をぶつけたとは思えない音がなり響き、周りを暴風が襲う。流れるようにして2撃目。次はギュインという音がして周りを引き裂く。勢いそのままに3撃目。最後は剣同士がぶつからずリファーラの剣は俺の心臓に、俺の剣はリファーラの胴体を3分の2斬った。
「ごめんなさい、さようなら」
俺は、そういった。
残ったのは静かになったコロシアムと、大量の出血跡だった。
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これは、穏やかな風にすら負ける小さな小さな物語。
輝く未来をもった少年少女が権力によって玩具のように弄ばれた、そんな物語。
少量の雨風により流されてしまう歴史を今、ここに。