5話 それなら殴っとけばよかったわ
僕と楓さんは一緒に廊下を通り会場へと戻る。
舞台裏ではメンバーとスタッフが円を作り談笑していた。僕達はゆっくりと近づき僕達の為に空けておいてくれたであろうスペースに入り両隣の人と肩を組む。
円陣なんてライブ前には欠かせない在り来たりな儀式だが、学生時代にこれといった部活動をしてこなかった僕にとってこういう「チーム」という存在を感じれる場は憧れだった。いつまで経っても飽きない、というか未だにお気に入りな時間の1つだ。
ふと左隣にいる撤平の顔を覗く。いつもと変わらず、至って普通といったところかな。
凄いなぁ…。ステージに上がらない僕ですらこれだけ緊張しているというのに。
僕は徹平に小さく声をかけた。
「徹平、緊張しないの?」
「してるよ。」
「そうは見えないけど。」
「そう?まぁ、どちらかと言えばワクワクしてる方が強いのかも。」
ワクワクって…凄いメンタルだな。
あの雑魚とは大違いだ。よく見えないとは言え、向こうにいるのは1万人だぞ?クラス替えの時の自己紹介とは訳が違う。
「…あれ?楓さん、掛け声は?」
と璃音くんが口を開く。
「今日は…そうだな…おい、徹平。お前がやれよ。」
一瞬、皆の動きがピタリと止まる。
あのリーダーが犬猿の仲である徹平に掛け声を任せる?そんなのあり得ない。
多分皆もそう思ったのだろう。
みんなの視線が一気に徹平に集まる。
「…おう。」
徹平自身も少し驚いたのだろうか?一瞬眉をピクリと動かしたように見えたが表情を変えることなく、大きく息を吸い込んだ。
「うしっ!!!初の武道館公演!!!!」
「…おぉ!!!!」
皆、戸惑いながらも掛け声が始まる。
「向こうにいるのはたかが1万人!」
「おぉ!!!!」
「こんなんでビビってたら絶対上になんていけねーぞ!?」
「おぉ!!!!」
「やり通すぞお前ら!!!」
「おぉぉぉぉ!!!!!!!!!」
超熱い。
流石に今日はいつもと違う。いつもやっている事にも関わらず、男ばかりのチームってこんなに熱いのかと再認識してしまうくらい、気合いに満ち溢れ、それぞれを鼓舞している。
バッチーンッッ!!!!!!
!?!?
さっきまで冷静だった徹平も何を思ったのか、いつものリア充スタイルのハイタッチではなく、喝という名のビンタを僕にお見舞いしてきた。
僕はステージに上がらないんだから気合は必要ない。見守る事と怒られる事くらいしかもう仕事は残っていない。
一瞬、何が起こったのか分からず怯んでしまったものの、それが余りにも理不尽な行為だと気付き反撃しようと思った。
が、これからステージに上がるアイドルの頬を張れさせてはいけないと思い、振り上げた右手をそっと仕舞う。
「スタンバイお願いします!」
というスタッフ声につられメンバーはそれぞれステージへと向かう。その途中で徹平は喝を入れるように、今度は力一杯自分の両頬を叩くのが見えた。
あ、それなら殴っとけばよかったわ。
と思いつつも会場の明かりが消え、今まで聞いたことがないような歓声と見たことがない程の彼らの頼もしい後姿に自然と目頭が熱くなる。
会場のボルテージは一瞬にして最高潮に達し、空気を裂くように足元から心臓を突き抜けていく重低音が轟き渡る。メンバーを纏うように音の粒が煌めき、そこにはまるで彼らの努力と苦悩の日々が映し出されているようだ。
やっとだ。
やっと彼らの努力が報われる。
社長とプロデューサーが勝手に選んだ価値観も個性もまるでバラバラのメンバーで構成され、「アイドルになりたかった人間が一人もいない」という最悪な状況から始まったグループ。想像以上にチームワークはなく、絶えることのない喧嘩に、マネージャーである僕は勿論のこと、関係のない他グループまで巻き込んだ事もあった。
けれども
そんな寄せ集めも少しずつではあったものの、アイドルとして頂点を目指す意義と価値を見つけ、お互いを認め合い、遂にここ音楽の聖地「武道館」まで上り詰めた。
でも、ここはゴールではない。
チャートは2位止まりでまだトップは取れていない。
5万人規模のドーム公演も行なっていない。
レコード大賞も…
ゴールドディスクも…
他にもまだまだ僕達には目指すべき頂がある。
それでもここまで来れたんだ。
これから彼らの…いや、違う。
僕ら皆んなで作り上げてきた
イグレシアの時代の幕を開けるんだ。
1章終わり