4話 スパイダーマン
「はい。これ落し物。このスマホケースって確か聡太のだったよね。」
「かか、か、楓さぁぁぁん!!!あ、ありが…ん?」
え、僕のスマホの待受画面をスパイダーマン仕様にしたの誰よ。
なんか画面をフリックするとボロボロとガラスが零れ落ちるし、指に刺さるし。
…てか、痛いし。
「…。」
「あー。なんかさ、さっきスタッフが見つけてくれたみたいでさ。今日たくさん資材やら機材があるからね。多分押し潰されたんじゃないのかな。普通こんな壊れ方しないよね…。」
「…。」
僕は電源ボタンを長押ししようとする。
「あ、意味ないよ。何度試しても電源入らなかったから。」
「…。」
僕はカバンの中から充電器を取り出そうとする。
「あ、コンセントに繋げても意味ないと思う。充電の問題じゃない。壊れてるんだよ。」
僕に残された微かな希望をこれでもかと先読みして摘んでゆく楓さん。
「大丈夫?」
「うーん…うん!大丈夫ですよ!もうどうでもいいです!」
全然大丈夫じゃないがしょうがない。もうお手上げだ。今落ち込んでも焦っても、怒られるのは既に確定している。確定しているなら今考える必要はない。怒られた時に落ち込めばいい。
「矢野さん!マネージャー!こんなところにいたんですね!そろそろお時間です!舞台裏までお願いします!」と、若い女性スタッフが僕達を呼び出しにきた。
「おう。」
と僕は振り向き様に普段使いもしない口調に合わせて眉を動かす。僕の仕事は雑務と頭を下げる事が大半で、列記とした下っ端だ。多分このスタッフさんと立場は大して変わらない。状況的にもカッコつけてる場合じゃないが
相手が女性であるという事
久々に敬語を使われた事
そしてこの武道館公演をするアイドルと並べられて呼ばれた事によって少し気持ちが大きくなってしまったようだ。
「フフ…」
あぁ、楓さんに笑われてしまった。
「あ…今の応え方完全に間違えましたよね。調子乗ってしまいました。勘違い野郎でごめんなさい。」
「ハハ、良いと思うよ。でも、聡太も変わったよね。いい意味でね。」
「そうですか?」
「うん、初めは璃音みたいにいつもビクビクしてたよ。多分言いたい事も言えなかったけど、今はそうでもないでしょ?」
「どうなんですかね。なんか、いまいちピンとこないです。…自分じゃわからないものですね。」
でも確かに、高校卒業と同時に上京してすぐこのプロダクションに入社した右も左もわからない僕をこの会社は全く子供扱いせず、鬼のようなパワハラとブラックスケジュールを与えてくださった。自分じゃ具体的にどう変わったかまではわからないとは言え、たった2年であろうと、多少なりともプラスの変化は出てくるだろう。
次回予告
5話 それなら殴っとけばよかったわ