影武者の護衛での稼ぎ方~4日目~
彼女が言った。
「おはようございます、師匠」
その声に目を覚ますと、彼女の顔が目の前にあった。
警戒のため一晩中起きているつもりだったが、寝てしまったようだ。
オオカミたちが居たので、少し気が緩んでしまったか。
それにしても、彼女の顔が近い。
そして後頭部に柔らかな感触がある。
これは・・・膝枕だな。
「気持ちのいい朝だ」
「ええ、本当に」
オレと彼女の言葉の真意には違いがあったかもしれない。
しかし敢えて指摘する必要もないだろう。
暫くそのままで居ると、オオカミたちが顔を舐めてきた。
そろそろ起きることにしよう。
オレたちはパンで簡単に朝食を済ませ、王都へ出発した。
オオカミたちが付いてこようとするので困ったが、
説得(?)の末、思い留まらせることに成功した。
律儀に見送ってくれるオオカミたちに別れを告げ、王都へ向かう。
◇
無事、王都に着いた。
中へ入るのに時間が掛かるかと思ったが、それは杞憂だった。
彼女の持っていた紙切れ一枚で門番は最敬礼だ。
さすが影武者候補。事前に何か渡されていたのだろう。
久しぶりの王都だが、やけに騎士様が目立つ。
物々しさも感じ、何事かと思っていたら。
「お祭りだそうですよ」
なるほど。騎士様は警備に当たっているのか。
最近は王都でも良からぬ輩がいるのだろうか。
どうも見られている気がして、落ち着かない。
とは言え、最後まで見届けるのが冒険者だ。
王都までが依頼だが、城まで送り届ける。
その旨を伝えると、彼女は喜んだ。
「出店を見ながら向かいましょう!」
王都のお祭りは人出も出店も多く、とても賑わっている。
彼女は興味津々に、あちらこちらに走り回っていた。
オレも1つ買い物をして、彼女の後を追った。
「安物で申し訳ないが」
それを彼女に渡した。
「髪飾り・・・」
「ああ、プレゼントだ。
新米初の冒険達成のお祝いにな」
「・・・有難うございます。
本当に有難うございます」
彼女は大事そうに髪飾りを胸に抱いた。
喜んでいるようで良かったと、そう思った。
◇
城が近づくに連れ、彼女の足取りは重くなる。
そして、そのときは訪れた。
「着いて、しまいましたね」
「オレはここまでだ」
城の門を前に、彼女にそう告げた。
すると彼女は言った。
「依頼があります」
「・・・駄目だ」
彼女の申し出を、内容も聞かずに断った。
聞かずとも内容は分かる。彼女のために断った。
オレの返事を聞いて、暫く彼女は無言だった。
「お別れですね」
「そうだな」
「もう・・・会えませんね」
俯きながら寂しげに言った。
だが、オレの考えは違う。
「何を言っている。
その気があるなら、また会える」
「会える方法なんてあるのですか?」
にわかに信じられないようだ。
ここは教育係として新米の憂いを取り除くか。
胸を張って少し戯けながら、一言告げた。
「オレは冒険者だ」
彼女は一瞬で笑顔になった。さすがに理解が早い。
そう、またオヤジの宿に依頼を出せばいいのだ。
依頼にオレを指名すれば、また会える。
「困ったことがあったら、いつでも呼んでくれ。
何をおいても、真っ先に馳せ参じる。
タダというわけには――」
言い終わる前に、彼女が飛び込んできた。
そして頬に柔らかな感触を感じる。
「きっと、きっと依頼します!
またお会いしましょう、師匠!」
彼女は城の中へ駆けていった。
呆然とするオレをその場に残して・・・。
◇
私は窓から城下を眺めていた。
見えるはずもないが、まだあの人が居るかもしれない。
そう思うと胸が締め付けられるような気持ちになった。
だが同時に彼の言葉を思い出し、温かな気持ちにもなった。
「失礼致します」
部屋に私の数少ない味方が入ってきた。
私は問う。
「宿場町の酒場で捕らえた者たちはどうでした?」
「はい、全てを話しました。
やはり彼の者たちは騙されていたようです。
今後は絶対の忠誠を誓うと申しております」
その報告を聞いて、安心した。
「そうですか、それならば良かった。
召し上げた馬車の御者にも手厚いお礼をお願いします」
「心得ております。
時に、一つ宜しいでしょうか?」
「何でしょう?」
「その髪飾りは、どのメイドの選定でしょうか」
いけない。髪飾りに目を付けられたようだ。
彼に頂いたことだけは悟られないようにしないと。
「些か気分を変えようと思い、私が選びました。
似合わないでしょうか?」
「いえ、大変お似合いでございます。
実は孫娘の誕生日が近いものでして・・・」
聞くと、孫娘へのプレゼントの参考にしたいそうだ。
私は安堵したが顔には出さず、彼に告げた。
「少し考えたいことがあります。1人にしてください」
「はい、それでは失礼致します――王女様」
メイドも下がらせ、私は再び城下を見遣った。
そして決して高価ではない髪飾りに触れながら、心に決めた。
「またお会いしましょう、きっと・・・師匠」
◇
一方、その頃。
彼女が見えなくなって我に返ったオレは、帰途に着いていた。
「結局、報酬は望みのままだったのかが気になる」
そんなはずはないのだが、一縷の望みを捨てきれない。
宿に帰ってから、オヤジに確認するとしよう。
答えは一言と溜め息で終わりそうだが。
今回の依頼・・・結局、危険はなかった。
予想外の出来事はあったが、被害はかすり傷程度だ。
楽で実入りのいい依頼とは、まさに今回の依頼のことだ。
冒険者をやっていて、本当に良かった。
そう、オレは冒険者。
王都を離れたあとも、まだ頬の感触を忘れない。
高嶺の花には縁がないと思っている――ニヤけた冒険者さ。
~次の依頼へ続く~