影武者の護衛での稼ぎ方~3日目~
オレは言った。
「綺麗な星だ」
満天の星空を見上げ、星の瞬きを楽しんでいた。
すっかり日が暮れ、街明かりは見えない。
今夜は野宿だ、楽しいな。
「すみません、私のせいで・・・」
申し訳なさそうな声に、オレは我に返った。
目の前の女性に、慌てて声を掛ける。
「気にするな。寒くはないか?」
「ええ、大丈夫です」
オレたちは焚き火に当たっている。
冷える時期でもないが、女性への気遣いは大事だ。
「師匠の仰ったとおりでした。
町にもう一泊しておけば・・・」
◇
今朝。
オレは昨晩の哀れな連中に謝罪しようと思っていた。
部屋を訪れたが反応はなく、宿の主人に尋ねてみると。
「それが早くに出立されたようなのです。
私も気になって部屋へ行ったのですが、既に荷物もなくて」
あんなことがあったのだ。
怒り心頭に発して、早くに出ていったのかもしれない。
居ないものは仕方がない、謝罪は諦めた。
彼女のほうは、とても良く眠れたようで。
「昨晩ですか?何かありました?」
とのことだった。
もう深くは考えまいと、心に決めた瞬間だった。
そのあと身支度を整え、オレたちは手配した馬車へ向かった。
が、待ち合わせ場所に肝心の馬車が見当たらない。
辺りを見回していると、御者が困り顔で話しかけてきた。
「すまないが、馬車を出せなくなったよ」
話によると、王都の騎士様が馬車を召し上げたそうだ。
何でも急な話で、お尋ね者を連行したいと。
「それなら仕方がありません。お気になさらず」
あっさりしたものだったが、事情が事情だ。
文句を言うにしても、相手が違うのも確か。
しかし今日の馬車には、もう乗ることができない。
もう一泊すべきだと提案すると。
「歩きましょう、師匠。
急げば夕刻には王都に着けるでしょうから」
さすがに考えが甘いと反対した。
歩き慣れているオレなら大丈夫だが、新米には無理だと。
努力の甲斐なく強行軍となるが、このときは気づけなかった。
この説得こそが彼女の負けん気を煽っていたのだ・・・と。
◇
「オレの言い方がマズかったか」
宿場町で買っておいた干し肉を焚き火で炙りながら、苦笑した。
勇んで宿場町を出発はしたが、結果はこの通りだった。
責任を感じて落ち込んでいる彼女を見て、話しかけた。
「きっと王女様もお美しいのだろうな」
「え?」
突然の話に主旨を図りかねているようだ。
「影武者候補と言えば・・・だろう?」
オレは自分の頬骨辺りを、指先で軽くトントンと叩いた。
「い、いえ!私なんて、そんな・・・」
言わんとすることが理解できたようで、慌てて彼女は首を横に振る。
「確かに王都へは辿り着けなかった。
だが、お陰で高嶺の花と満天の星空を見ていられる」
「お上手なのですね」
「偽らざる本音だ」
場を和ませる意図はあったが、本心だった。
彼女も少し気が楽になったようで良かった。
オレたちの間に穏やかな空気が流れた。
その次の瞬間。
「できるだけ静かに・・・傍に来てくれ」
焚き火を消しながら、彼女に言った。
「は、はい」
誤解を招きそうな言い方だったが、理解が早くて助かる。
炙っていた干し肉は手早く布で包み、荷物袋に突っ込んだ。
オレは何かが近づく気配を感じていた、しかも複数だ。
相手が何者なのか分からないが、此処はマズい。
剣と荷物袋を持ち、彼女を庇いながら少しずつ移動した。
だが、おかしい。
相手がこちらに合わせて移動している気がする。
こちらからは相手が見えないが、向こうは見えているのか?
夜目が効くのか、それとも僅かな音か。
答えは、その両方だったのかもしれない。
暗闇から一斉に躍り出てきた奴等は――。
「オオカミか!」
疾い!一気に距離を詰められた!
先頭の一匹が飛びかかってくる!
「ッ!」
剣を薙いだが、速さと暗さで外してしまった。
しかも、荷物袋を手にした腕を少し傷つけられた。
「大丈夫ですか!?」
「心配するな、下がっていろ!」
次のオオカミがオレに襲いかかってくる。
ダメだ!奴等は星空の下でも見えにくい!
剣は虚しく空を斬り、傷の辺りに体当りされた。
「ぐッ!」
体当たりの衝撃で、地面に倒れ込んでしまった。
ダメージは大きくないが、ここままではマズい。
すぐに立ち上がって、周囲を確認する。
不幸中の幸い、まだ彼女は襲われていない。
狙いはオレのようで、悲しいことに取り囲まれていた。
「師匠!師匠!」
「大丈夫だ!いざとなったら逃げろ!」
「そんなことできません!」
心配してくれるのは嬉しいが、それでは困る。
このままでは、いずれ彼女もヤバい。
何とかコイツらを追い払わなければ。
そもそも襲われる理由は何だ、恨みでも買ったか?
――いや、待てよ。思い当たる節がある。
「そうか、もしかして先程の・・・」
大事なことを思い出していた。
その間にもオオカミたちはジリジリと近づいてくる。
ふと振り返ると、彼女の泣きそうな顔が目に入った。
安心しろ、そう伝えたくて優しく微笑んだ。
そのままオレは、時を刻む時計のように。
ゆっくりと、だが確実に、荷物袋に手を入れた。
そして目当ての物を掴むと――。
「そーれ!取って来ーーーい!!」
ちょうど良い火加減の干し肉を、思いっきり投げた。
オオカミたちはそれを見て、一斉に干し肉を追いかけた!
「・・・へ?」
オオカミが走り出すのを見て、彼女はへたり込んだ。
何が何やら分からない様子で、目を丸くしている。
オレは傍へ行き、彼女に怪我がないか確認した。
「えっと、師匠?一体何が?」
「要はお腹が空いてたってことだ」
そう、話は単純明快。
オオカミが狩りをする理由は1つ。餌だ。
お腹を空かせたところに、干し肉を炙る良い匂い。
きっと辛抱堪らん匂いだったのだろう。
荷物袋の近くを攻撃されたのも頷ける。
彼女に説明していると、オオカミたちが戻ってきた。
「ほら、全部やるよ」
残りの干し肉を出すと、オオカミたちは戯れてきた。
感謝の意を伝えているのかもしれない。
そう考えながら彼女を見ると、座ったまま眠っていた。
無理もない、疲労が極限に達したのだろう。
オレも腰を下ろし、満足げなオオカミたちと彼女を見守ったのだった。