影武者の護衛での稼ぎ方~2日目~
オヤジが言った。
「しっかりな、師匠」
いつからオレはオヤジの師匠になったのだ。
次の日の朝、そう宿の前で思った。
そんな思いは露知らず、オヤジが話を続ける。
「馬車の手配はしておいた。
それに乗れば夕方に宿場町へ着く」
「お心遣い、有難うございます」
オレの代わりに、依頼者が丁寧に答える。
一晩、一つ屋根の下で過ごした成果は・・・出なかった。
いっそのこと、そのままで行こうと方針を変えたのだ。
オレと彼女の関係は、冒険者師弟という設定だ。
新米が丁寧な口調で師匠と話しても、ごく自然なこと。
なので、新米にも荷物を持ってもらうし遠慮もしない。
先程のオヤジの師匠発言は、そういうことだ。
オヤジが続ける。
「宿場町から王都までも馬車が出ている。
そっちは自分たちで手配してくれ」
「分かった」
依頼者の体力面が心配だったが、徒歩の必要はない。
馬車なら大丈夫だろう。
「王都に向かう人は多い。
宿場町に着いたら、すぐに手配しろ」
「と言うことだ。分かったな、新米」
「大丈夫です、師匠!」
こんな感じの冒険者師弟だ。
さて、そろそろ行くとしようか。
「それじゃ行ってくる」
「あ、お弁当です。持っていってください」
馬車乗り場へ向かおうとすると、娘さんが宿から出てきた。
弁当を受け取るとき、娘さんがそっと手を握ってくれる。
「どうか気をつけて」
「ありがとう。行ってくる」
宿を後にするオレたちを、オヤジと娘さんは暫く見送っていた。
◇
心地よい風が吹く中、馬車は宿場町へ進んでいる。
周囲の見晴らしは良く、何かあっても十分対応できる。
オレは馬車の上でのんびりしていた。
彼女のほうは、ゆっくりと移り変わる景色を飽きずに見ていた。
そんな彼女に声を掛けてみた。
「そんなに物珍しいか?」
「はい、屋敷から外に出る機会が滅多になかったので」
さすが影武者候補と言うべきか、かなりの箱入り娘らしい。
何でもない景色も、彼女の目には新鮮に映るのだろう。
そして王都に着けば、もう外の景色を見ることはない。
そう考えると、少し胸が痛んだ。
「師匠は色々な場所を知っているのですよね」
「この稼業をやっていれば、それなりにな」
「羨ましいです」
本当に新米冒険者であれば、掛ける言葉は決まっているのだが。
その言葉を口に出すことはできず、こう言った。
「冒険者なら、望めば誰でもできることだ。
何よりも自由を求めるのであれば」
「自由・・・」
「ツケに縛られることはあるが」
「ちゃんとお仕事しないとダメですよ、師匠」
ごもっとも。
笑顔で話す彼女の心は、もう決まっているのだろう。
人様の決心にとやかく言える立場ではない。
「私、決して忘れません」
その言葉で会話が途切れ、しばらく静かに時が流れた。
◇
オレたちは明日の馬車の手配を済ませ、宿の一室に共に居た。
新米と教育係の設定はもとより、護衛である以上は致し方ない。
宿に来てから挙動不審な彼女には申し訳ないが、我慢してもらおう。
「・・・飯にするか」
とりあえず部屋に二人きりという状況を変えようと提案した。
「そそ、そうですね!そうしましょう、師匠!」
彼を信用はしている、信用はしているのだが。
という心の声が聞こえてくる、分かりやすい返事だ。
お腹が膨れれば少しは落ち着いて・・・くれ。
この宿はオヤジの宿と同じで1階が酒場、2階が泊まり部屋だ。
1階に降りてきたオレたちは、空いているテーブルに座った。
さすが宿場町の酒場。このテーブルで満席のようだ。
騒いでいる連中、静かに飲んでいる連中、様々だ。
品書きを見て、適当に注文する。
「見たことのない料理ばかりです」
出てきた料理にも興味津々の様子だ。
「不味くはないと思うから、好きなものを食べてくれ」
「はい!では、遠慮なく」
経費は彼女持ちなので、遠慮もなにもないのだが。
オレも飯を口に運びながら、明日のことを考えていた。
馬車の手配はできている。それに乗って王都へ向かう。
さすがに王都周辺で野盗や妖魔は出ないとは思う。
とは言え、最後まで油断は禁物だ。
「ねーちゃん!イケる口だねぇ!」
「この飲み物、とっても美味しいですぅ」
明日の護衛について考えていると、他の客と意気投合していた。
そして顔が赤い。これは間違いない。
酒 を 飲 ま せ や が っ た。
「お、おい・・・」
「ししょー!ししょーも、これ飲みましょ~!」
「おお、どんどん飲め!」
止めようとしたが、彼女を中心に周囲が大盛り上がりだ。
「わたしはー!おうじょ様なるぞぉ~!」
「うおー!王女様、最高ー!」
「王国、万歳!王国、万歳!」
テーブルの上に登って、マズいことを口走っている。
幸いなことに、酔った人間の言葉なんぞ誰も信じてないようだ。
今のうちに、彼女を連れて部屋へ戻らねば。
「そこのー!辛気臭いやつらぁ~!」
酔っぱらいは静かに飲んでいる連中を指さした。
「楽しく飲まないやつは~、全員ひっ捕らえろぉ~」
「いえっさー!!!」
「いえっさー!!!」
「いえっさー!!!」
静かに飲んでいた連中には何の罪もない。
きっと世の無常を感じながら、ぐるぐる巻きにされたに違いない。
そのまま2階へ連行されるのを、オレは為す術もなく見送った。