海賊退治での稼ぎ方~その5「一歩」~
用心棒は言った。
「どげっ!」
女海賊を抱きしめたまま後ろを振り返ると、用心棒の頭には樽が見事に直撃していた。そして次々と落ちてくる樽や木箱に、あっという間に押し潰される。そのありさまを見て、オレは胸を撫で下ろした。しかし、まだ油断はできない。注意深く用心棒の動きに警戒する。
「う、ぐ・・・」
覆いかぶさる樽や木箱の下で藻掻いてはいるが、這い出ることはできないらしい。オレは立ち上がると、女海賊の手を取った。
「アンタがやったのかい?」
「たまたま狙いが的中しただけだ。派手にすっ転んだお陰だな」
久しぶりに“転んでもただでは起きない”を体現してしまった。大の字にすっ転んだとき、その衝撃で積み上げられた樽が今にも落ちてきそうに揺れているのが見えた。そのときに閃いたのだ、上手く用心棒を誘導すれば樽をぶつけられるのではないかと。しかし、こちらも巻き込まれては堪らない。安全な場所まで移動してから隙きを見せるつもりだったが、女海賊が思いのほか近くにいて焦ってしまった。お陰で自然に隙きを見せられはしたが、巻き込まれないかとヒヤヒヤした。
女海賊の手を引いて、立ち上がらせる。そして下敷きになっている用心棒の先を睨むと、貿易商が震え上がっていた。誰も呼ばないところを見ると、他に連れてきた者は居ないようだ。用心棒が負けるとは万に一つも考えていなかったのだろう。
「ヒ、ギヒィィィ!」
貿易商は変な叫び声を上げると、倉庫から逃げていった。オレたちは追いかけることもなく、その背中を見送る。これでいい。あの貿易商は、どこかへ助けを求めに行くはずだ。おそらく用心棒の本当の雇い主のところへ。そして、その雇い主が王家の品を横流ししている相手だろう。
「オレたちも行こう」
オレは用心棒が動けないことを念入りに確認すると、女海賊を連れて倉庫を出た。
◇
辿り着いた屋敷の周りを多くの兵士たちが取り囲んでいた。この数なら蟻1匹、屋敷から出ることはできないだろう。王家の品が絡んでいるだけあって、王国もこの件には力を入れて協力してくれるらしい。そう考えていると、1人の少女が兵士の中から現れた。
「冒険者さん、お待ちしておりました」
目を輝かせて声を掛けてきたのはお姫様だった。まさかお姫様直々にお出ましになるとは。いや、本当は少しだけそんな予感がしていたのだが。実は依頼者にはオレのことを王国に伝えてもらっていたのだ。さすがと言うべきか、恋する乙女は耳も早いらしい。
そう、オレが依頼者に頼んだのは王国の協力を取り付けてもらうことだった。王家の品を横流しする連中を一網打尽にするためにだ。そして密かに港町の到るところに兵士を配置してもらい、あの貿易商が逃げ込む場所を特定してもらった。オレたちがここまで来られたのは、その兵士たちの案内があったからだ。
「お久しぶりです、お姫様」
「お姫様!?」
片膝を付きながら挨拶をするオレを見て、女海賊は素っ頓狂な声を上げる。だが周りの兵士たちの物々しい雰囲気とオレの行動を見ては疑う余地もないようで、オレに倣って片膝を付いた。お姫様はそんなオレたちを窘め立ち上がらせると、柔らかく微笑んだ。
「お久しぶりですね。積もる話もありますが、まずは不届き者を片付けてしまいましょう。お言いつけどおり、この屋敷に貿易商が入ってから誰も出しておりません。今が絶好の機会かと思います」
そして兵士のほうを見遣ると、1人が近づいてきて報告を始める。
「全員、所定の位置に着きました! いつでも突入できますっ! ご命令を!」
報告を聞いて、お姫様はオレを見る。オレが目で答えると、お姫様は大きく息を吸いこみ兵士たちに向かって叫んだ。
「皆の者! 突入じゃ! 中にいるものは全員ひっ捕らえい!」
お姫様の号令を合図に兵士たちは雄叫びを上げ、屋敷への突入を開始する。おそらく裏手のほうからも屋敷に雪崩れ込んでいるに違いない。屋敷の中から次々に扉を蹴破る音がする。ここからでも窓を通して兵士たちの行き交う姿が見えた。
しかし時間が経つにつれ、オレは違和感を感じ始めていた。確かに兵士の姿は窓から見える。だが、それ以外の人影が全く見えないのだ。激しい抵抗を予想していたのだが、貿易商たちは観念して大人しく捕まっているのだろうか。
やがて屋敷から音が聞こえなくなると、1人の兵士が慌てて駆けてきた。
「ひ、姫様! 急ぎ、中へ!」
オレとお姫様は顔を見合わせ、女海賊とともに屋敷の中へ駆け込んだ。すると屋敷の中はもぬけの殻、生活感も一切ない。その中で貿易商が1人だけ捕らえられているが、どうも様子がおかしい。何が起こっているのか全く分かっていないふうだ。
「あ、あの・・・これは一体・・・私は何故ここに居るのでしょう?」
――!?
オレと女海賊は目を見合わせた。見た目は確かに先ほど倉庫で会った貿易商だ。だが、雰囲気が全く違う。まるで別人だ。演技で謀るつもりかと勘ぐっていると、お姫様が貿易商の前で仁王立ちになり非難の言葉を浴びせる。
「とぼけるでない! お主が我が王家の品を運ぶ船を襲わせ、いずこかへ横流ししたのであろう! 証人もおるのじゃぞ!」
「ひ、姫様!? そんな、何かの間違いでございます! 私は真面目だけが取り柄の貿易商でございます!」
貿易商の慌てふためく姿、そして必死の形相で弁解する姿は、とても演技をしているようには見えない。倉庫での貿易商と目の前の貿易商との落差に化かされたような思いに陥ると、ふと依頼者の言葉を思い出した。
――ひと頃から評判の下がっていた貿易商でしたが・・・
「ひと頃から」? と言うことは、以前は評判が良かったのか? つまり目の前の貿易商こそが本来の貿易商? まさかとは思うが、念のため貿易商に質問してみた。
「今日が何日か分かるか?」
「今日ですか? 今日は・・・」
貿易商が口にした日にちは100日以上前の日だった。それを聞いて、お姫様は戸惑いの表情を見せる。
「冒険者さん、これはどういうことでしょうか? この貿易商が船を襲わせた不届き者ではないのですか?」
「この者と一緒に、確かに目と耳で確認しております。この貿易商で間違いありません。ですが・・・もしかすると記憶を消されたのかもしれません。おそらく今まで誰かに操られていたのだと思います」
「記憶を消す・・・操る・・・そのようなことが可能なのですか?」
「分かりません。何かの薬か・・・あるいは魔法の可能性もあります」
「魔法・・・ですか・・・」
人の記憶を操作する魔法なんて聞いたことはない。だが、ありえない話とも言い切れない。良きにつけ悪しきにつけ、何事も日進月歩で進んでいるのだ。記憶を操作する魔法が編み出されいても、おかしいことでない。そうなると王家の品に関する手がかりはここまでだろう。オレは貿易商に優しく声を掛けた。
「何も分からず不安だと思うが、少し王国の取り調べを受けてくれ。今の貴方が何も罪を犯していないことが分かれば、すぐ元の生活に戻れる」
「わ、分かりました・・・仰る通りに致します」
オレの言葉を聞いて、貿易商は少し安心したようだ。その様子を見たお姫様は兵士に命令する。
「この者を連れて行くのじゃ。但し手荒な真似は一切せぬように。まだ不届き者と決まったわけではないぞ」
「はっ! では、こちらへ来ていただけますか」
兵士が貿易商を連れて行く。そのとき貿易商のポケットから紙切れが落ちた。拾って返そうとしたのだが、その紙切れを見た瞬間、衝撃が走った。
「お姫様、これを御覧ください・・・」
「この模様は・・・!」
その紙切れは符牒だった。デイジーのときに手に入れた符牒の一部だ。と言うことは、裏組織がこの件に関わっている!? お姫様も同じことを考えたようで、再び兵士たちに命令する。
「この屋敷を隈なく捜索するのじゃ! そして怪しい物は全て押収じゃ!」
お姫様の命令により、兵士たちが慌ただしく動き出す。だが、オレは目ぼしいものが出てくるとは思っていなかった。この符牒を残したのは、おそらくワザとだと考えていたからだ。そんな相手が自分たちに繋がるようなものを残していくはずがない。そう、貿易商の記憶を含めて・・・。
◇
あれから30日ほど経った。オレはお姫様に呼ばれて、また隣国を訪れていた。本当なら真っ直ぐに王城へ行くべきなのだが、その前に港町に寄っている。そして知り合いを見つけ、声を掛けた。
「よう、兄弟。海賊を捕まえたらしいな」
「おお、兄弟! もう知ってたのかい! 元海賊は伊達じゃないってことよ!」
相手は嘘の暗号を信じた人のいい海賊だ。と言っても、今も海賊船に乗っているわけではない。あのときの依頼者の元で仕事を手伝い、船員兼心強い護衛として貿易船に乗っているのだ。つい最近の航海で海賊を捕まえ、さらには更生させてしまったと依頼者から聞いていた。この調子なら、いつか海賊はいなくなるのかもしれない。
「首領・・・じゃない、船長はどこにいる?」
「ああ、船長ならあそこだよ」
船員が指差した先に海を眺める女船長が立っていた。オレは礼を言うと、女船長の元へ歩いていく。そして隣に立つと暫く一緒に海を眺めた。やがて、ふと女船長が呟く。
「アイツ・・・今ごろ何をしてるのかね・・・」
「どうだろうな」
女船長の言う“アイツ”とは用心棒のことだ。あのとき屋敷の捜索を兵士に任せ、お姫様と女海賊(今は女船長)と倉庫に戻ったのだが、用心棒の姿はなかった。仲間に助け出されたのか、自力で脱出したのかは分からない。残念だが唯一の手がかりを失ってしまったのだ。ちなみに例の貿易商は取り調べのあと、無罪放免で真っ当な貿易商に戻っている。
「もしアイツに会うことがあったら、代わりにぶん殴っておいてくれるかい? 目を醒ませって」
「もう相手にしたくないのが本音だが。また会うことがあれば、できるだけ期待に添えるように努力しよう」
そう言うと女船長は笑った。それに釣られてオレも笑う。ひとしきり笑うと、遠くから声を掛けられた。
「船長ー。そろそろ出港しますぜー!」
女船長は船員に向かって手を上げる。そしてオレを見ると頭を下げた。
「色々と・・・世話になったね」
「気にするな。依頼者から2倍の報酬も貰った。それにオレにはそうするだけの理由があっただけだ」
「どうせ胸を掴んだ詫びだって言うんだろ?」
「そうだな、それもある・・・だが、それだけじゃない」
「他に何があるって言うんだい?」
何を想像したか知らないが、女船長は顔を赤くして拳を握りしめる。その様子を見てふっと笑うと、理由を教えた。
「世のためになろうとする人を助けるのが冒険者だ」
「・・・!」
オレの言葉に女船長の頬には一筋の涙が流れる。そして、それは留まることを知らぬように溢れ出した。少しでも気持ちが和らげばと、女船長の肩に優しく手を置くと彼女は体を預けてきた。
「そんな優しいこと言ってくれるのはアンタだけだよ・・・」
世のためだとやってきたことが実は悪行だった。それを知ったときの心境は如何ばかりであろうか。咎める者が誰もいなくとも、この人のいい女船長は今まで思い悩んでいたに違いない。だが、思い悩むだけでは前に進めない。これからは海の安全を守る船乗りとして、世のためになる第一歩を踏み出すのだ。そのためならば、力を貸してくれる者がいつでも現れる。オレはそれを伝えたかった。
「また泣きたくなったら、胸を貸してくれるかい?」
女船長は涙を拭うと、照れ笑いをしながら訊いてきた。そんな彼女にオレは力強く答える。
「そのときは依頼してくれ。依頼者の心の憂いを取り除くのが冒険者の仕事だ」
そう、オレは冒険者。2倍の報酬を掴み取るだけが全てではない。たまには人の良さに手を貸すのも悪い気はしない――浪漫が好きな冒険者さ。
~次の依頼へ続く~




