海賊退治での稼ぎ方~その4「鞫問」~
女海賊は言った。
「それじゃ頼んだよ。話がついたら、根城に戻っとくれ」
その言葉を聞くと、小舟の漕手は町のほうへと走っていった。ここは夜明け前の港町。海賊の根城から小舟を使って戻ってきた。もちろん女海賊を利用している貿易商に会うためだ。とは言え、直に夜が明ける。会うのは今夜ということにしておいた。
「まずはオレの依頼者のところへ行こう。それでオレが言ってることが嘘ではないことを証明する」
「分かったよ、案内してくれるかい。もし本当だったら、相手に謝らなきゃならないしね」
やはり人のいい女海賊のようだ。ちゃんと謝罪のことを考えている。これなら依頼者に会わせても大丈夫だろう。そう思いながら依頼者の建屋へ向かった。
到着する頃には日が昇り始めていた。さすが貿易商と言うべきか、建屋では既に多くの人や荷が出入りしていた。こんな朝早くから忙しいとは恐れ入る。そんな人だかりの中に依頼者を見つけると、オレは女海賊を連れて側に駆け寄った。
「ただいま戻りました」
「おお、冒険者さん! ご無事でしたか! 船員から海賊船に運び込まれた話を聞いて心配しておりました。戻られたということは・・・もしや早くも海賊の首領を捕まえたのですか!?」
依頼者はオレが戻ったことを素直に喜んでくれる。そして依頼が果たされたのかと期待の目でオレを見た。確かに海賊の首領は連れてきた。だが、それだけでは依頼を果たしたことにはならない。
「その件でお話があります。お忙しいところ申し訳ないのですが、お時間を頂けますか。できれば・・・」
言いながら、オレは周囲の人だかりを見やる。その動作で依頼者は言わんとすることを察してくれた。
「・・・分かりました。では、中へどうぞ。そちらの女性もご一緒に」
依頼者は女海賊を見ると、建屋の中へ入っていく。その後ろに続いて、オレと女海賊も建屋の中に入った。女海賊のほうは俯いて唇を噛みしめている。オレの話が本当だったことを少しずつ理解し始めたようだ。そして応接室に入ると開口一番。
「すまねぇ! アンタの船を襲ったのはアタシだ! 本当にすまねぇ!」
そう言って女海賊は床に座り込み、依頼者に頭を下げた。突然の行動に驚いてしまうが、依頼者のほうは落ち着いた様子で女海賊を見ていた。オレが連れてきたことで薄々は感じ取っていたのかもしれない。少しの間そのまま空気が止まったが、やがて依頼者はオレのほうを見た。オレは依頼者と視線を合わせると、ゆっくりと頷いた。
「どうぞ頭をお上げください」
「ダメだ! アタシはとんでもねぇことをしでかしちまった! こんなもんじゃ足りねぇ!」
依頼者の好意を受け付けない女海賊。だが、このままでは話もできない。まだ全てが終わったわけではない。話を進めなければ。
「頭を上げろ。依頼者は話を聞きたいのだ。ここでも困らせるつもりか?」
少しキツめに諭すと、女海賊はようやく頭を上げた。そして依頼者の勧めに従い、長椅子に腰掛けた。オレと依頼者も座ると話を切り出した。
「もうお察しとは思いますが、海賊の首領を連れてきました」
「やはり、そうですか。では、船を襲った理由をお聞かせ願えますか?」
依頼者が女海賊に問いかけると、女海賊は全てを話した。依頼者とは別の貿易商から世のためだと吹き込まれたこと、言われるがままに依頼者の船を襲っていたこと、別の貿易商の船を襲ったのはあくまで振りで援助物資を受け取っていたこと、その貿易商に王家の品を渡していたこと・・・。
「そうでしたか、あの貿易商が・・・」
「その貿易商の目的に心当たりはありますか?」
「おそらく王家の品の貿易権が狙いなのでしょう。私どもの評判を下げることによって、自分たちが王家の品を扱えるようになると考えたのだと思います。ひと頃から評判の下がっていた貿易商でしたが、ここまでするとは思いもしませんでした」
どこにでも悪党はいるものだ、オレはそう思った。詳しい話は当の本人から聞かせてもらうとして、依頼者にはある頼みをしないといけない。それもあって、ここにやってきたのだ。
「今夜、その貿易商と会う手はずを整えています。そこで1つお願いがあります」
「それは構わないのですが・・・冒険者さんに依頼したのは海賊の首領を捕まえることです。そして依頼を立派に果たしていただきました。これ以上、危険を犯していただく必要はありません」
依頼者は優しく言ってくれたが、オレは静かに首を横に振った。
「いえ、まだ依頼は果たせていません。私が受けた依頼は“海の安全を取り戻す”ことです。この女海賊は何も知らずに利用されていただけで罪はない。元を断たねばなりません」
オレの主張に依頼者は暫く考える素振りをしていたが、やがて口を開いた。
「分かりました。最後まで宜しくお願いします」
その言葉を聞くと、オレは依頼者にあることをお願いした。
◇
夜になり、オレと女海賊は倉庫の中に立っていた。依頼者の倉庫は整理整頓されていたが、この倉庫は樽や木箱が乱雑に積み上げられている。縄で固定もされていない。まるで、あくどい貿易商の心が写し出されているようだ。衝撃を与えると崩れ落ちてしまいそうで、オレたちは周囲に注意した。
「グヘヘ、話ってのは何だぁ?」
オレたちと相対するように2人が姿を現した。1人は脂ぎって太った男。こいつが貿易商のようだ。そしてもう1人、殺気に満ちた目でこちらを睨みつける男には見覚えがあった。
「オ、オマエ・・・!」
女海賊が驚くのも無理はない。そこに立っていたのは、もう根城に戻っているはずの小舟の漕手だった。腰に長刀を帯びて、貿易商を守るように立っている。そう、まるで用心棒のように。鋭い目つきから、かなり腕が立つことが分かる。そうか、船の護衛に10人もの冒険者が居たにも関わらず、それでも海賊を追い払えなかった理由はコイツか。
「話があるってぇから、こんな時間に会いに来てやったんだぞぉ。早く言えぇぃ。もしかして遊んでくれるのかぁ。グヘ、グヘヘヘヘ」
貿易商は下卑た笑いを浮かべながら女海賊を見る。いつまで経っても親離れできない子供のような話し方が癇に障る。女海賊の言うように下品な男だ。だが、これも相手の手なのかもしれない。オレは冷静さを保ったまま、女海賊を見て頷く。それを見て、女海賊は話し始めた。
「聞きたいことがある! オマエの言っていた貿易商、ソイツは本当に王家の品を密輸するようなあくどい貿易商なのか!?」
女海賊の質問に貿易商は下卑た笑いを浮かべたまま答えた。
「嘘だよぉ」
そう来たか。どうやら嘘で取り繕う気もないようだ。反省の色を見せるフリぐらいするかと思ったが、その気もないのであれば相手は既に出方を決めている。オレは用心棒の動きに集中した。
「騙してたのかい!」
「今ごろ気づくなんてぇ。頭が悪いなぁ」
「この・・・外道が!」
叫びながら女海賊は舶刀を抜こうとする。しかし、オレはそれを制止した。女海賊は何故という顔をするが、貿易商に確認することがある。
「この海賊から受け取った王家の品はどうした?」
オレの質問に貿易商だけでなく用心棒までも眉をひそめたのを見逃さなかった。この用心棒、ただの用心棒ではないのか? そう考えていると、貿易商が愉快そうな声を出す。
「グヘヘ。王家の品ねぇ。それはねぇ・・・」
貿易商が何かを言いかけたが、用心棒が睨みつけると口を閉ざした。やはり、ただの用心棒ではないようだ。そして、このままでは何も聞き出せないらしい。戦うしかなさそうだ。覚悟を決めて、ゆっくりと腰を落とす。すると用心棒は即座に反応して、短刀を投げつけてきた!
――剣で払い落と・・・いや、駄目だ!
飛んでくる短刀を剣で払い落とそうと思った。だが所狭しと乱雑に積み上げられた荷物が邪魔で、剣を振るうだけの空間がない! オレは女海賊に抱きつき地面に伏せた。
「くっ!」
判断の誤りで動きが遅れ、短刀はオレの背中を掠めていった。少し切れているようだが、大丈夫だ。動きに支障はない。
「冒険者、大丈夫かい!」
「ああ、気にするな」
立ち上がりながら、女海賊に声を掛ける。この用心棒、この空間の狭さを利用して短刀を投げたのか? だとしたら手強い相手だ。地の利は向こうにある。このままではマズい。
オレが剣を抜くと、用心棒も長刀を抜いた。この狭い空間では相手も剣を振ることはできない。ましてや長刀だ。一見すれば相手のほうが不利に見えるが、そうではない。おそらく用心棒が狙っているのは・・・。
「串刺しになれ!!」
やはりか! 刃の長さでは、とても敵わない。こちらが剣で突いても相手には届かないだろう。とにかく避けるしかない!
「後ろに下がれ!」
オレは背中で女海賊の体を突き飛ばして、距離を取らせた。そして剣で用心棒の長刀を捌く。だが用心棒は長刀を活かした狭い空間での戦いに慣れているのか、素早く何度も突きを繰り出してきた。
「くあッ!」
「冒険者! 今、助けるよ!」
「駄目だ! 来るな! オレから離れていろ!」
防戦一方のオレは捌ききれなくなってきた突きに切創を負い始めていた。そんなオレを見て耐えられなくなったのか、女海賊は助力を申し出る。しかし、この狭さで2人一緒に戦うのは無理だ。とは言え、何か・・・何かしなければ結果は目に見えている。この状況をひっくり返すには・・・。
突然、用心棒が後ろに飛び退いた。何事かと思ったら、肩で大きく息をしている。あの突きを永遠に続けることは流石にできないらしい。こちらも距離を取ろうと思い、用心棒を睨んだまま少しずつ後退する。だが足が絡まってしまい、派手にすっ転んで大の字に倒れてしまった。慌てて立ち上がると、まだ用心棒は息を整えている最中だった。幸運に感謝しつつ、また後ろに下がっていくと背中に何かが当たった。用心棒に注意しつつ後ろを確認すると、女海賊が不安そうに立っている。しまった! もっと離れているものだと思っていた!
「馬鹿め!仲良く串刺しになりな!」
女海賊の姿を見て動揺したオレの隙きを用心棒は見逃さなかった。長刀を突き出したまま、一気に走り出してくる。オレは女海賊を庇うために抱きしめると、地面に倒れ込んだ。




