影武者の護衛での稼ぎ方~1日目~
オヤジが言った。
「何をしている」
オレは部屋の窓から外出するところだった。
窓に足をかけ、今まさに自由の世界に羽ばたこうとしていた。
「今日は天気が良い、出かけるところだ」
「ここは2階だぞ。空でも飛ぶつもりか?
・・・それにツケの催促じゃない」
「外出は今度にしよう」
オヤジの気配を感じ、即座に外出しようとしたが、取り止めた。
天気が良い日は今日だけじゃない。
また次の機会にするとしよう。
「全く。ツケの催促が嫌なら、その前に依頼を受けろ」
「英気を養ってると言ってほしい」
微妙にズレてる受け答えだが、言いたいことは伝わるだろう。
「もう充分すぎるほど、英気を養っとるだろう!」
オヤジは怒り出してしまった。
残念なことに上手く言葉が伝わらなかったようだ。
このままでは話が前に進まない。
「ところで何の用だ?」
「・・・依頼だ。お前に任せたい」
今度の依頼はオヤジからのご指名か。
楽で実入りのいい依頼だと嬉しいのだが。
◇
1階の酒場の奥、オヤジと娘さんの部屋に来た。
娘さんは出掛けているのか、部屋には居ない。
代わりに若い女性と初老の男性が居る。今回の依頼者か。
「お待たせしました。依頼を受ける冒険者を連れてきました」
「受けるも何も、まだ話を聞いていない」
オヤジらしからぬ台詞に、オレはキッパリと言った。
すると初老の男性が口を開く。
「報酬はお望みの額をお支払いしよう」
「帰らせていただく」
魅力的な話だが、こういう話には必ず裏がある。
こちとら、命あっての物種が信条だ。
天気の良い日に外出できなくなるのは困るからな。
長居は無用と、オレは部屋を出ようとした。
それを横目で見ながら、オヤジが依頼者に言った。
「こういうヤツですので、ご安心ください」
「・・・人を試すとは趣味が悪いな、オヤジ」
オレは溜め息を付いた。
「どうかご無礼をお許しいただけないでしょうか」
若い女性が立ち上がり、頭を下げた。
それは息を呑むような――凛とした立ち振舞だった。
その姿に圧倒される思いだったが、何とか冷静を装って答えた。
「依頼に必要なことだったと理解しました。
オヤジ、話を聞かせてくれ」
オレは女性の謝罪を受け入れ、オヤジに依頼の内容を確認した。
「こちらの女性を王都まで護衛する、それが依頼だ。
彼女はな、王女様の影武者候補だそうだ」
◇
「お父さん、買ってきたわよ」
娘さんが帰ってきた。
どうやら買い物に出かけていたようだ。
「ああ、すまんな。
着替えも手伝ってあげてくれるか」
娘さんが買ってきたのは、依頼者用の女性服だった。
見た感じ冒険者風の服なので、変装ということだろう。
どちらにしても依頼者二人の服は旅の装いではない。
着替えなので、男性陣は部屋の外に出る。
「私はこれで失礼する」
初老の男性は、そのまま宿を後にした。
どうやら依頼をオヤジに持ってきただけのようだ。
つまり女性が本来の依頼者であり護衛対象なのだ。
オヤジは初老の男性を見送ってから、オレに話しかけた。
「王都まで無事に送り届けろよ」
冒険者を送り出すときの、いつもの目をオヤジはしていた。
送り届ける、つまりオレも王都に辿り着けということだ。
護衛が必要なぐらいだ、危険があるのかもしれない。
「ああ、引き受けた依頼だ。必ず送り届ける」
危険があろうとなかろうと、やることは変わらない。
オヤジに答えながら、冒険者として決意していた。
そう言えば、大事なことを確認しなければならないな。
「――着替え、終わったわよ」
そのとき娘さんが部屋のドアを開けて、そう告げてきた。
部屋に入ってみると、見た目は冒険者の依頼者が立っていた。
着慣れない服に、少し落ち着かない様子だ。
「見た目は、ですな」
オレと同じことを思ったのだろう、オヤジが苦笑した。
「すみません・・・」
「いえ、謝ることじゃありませんよ。
とりあえず口調だけでも変えましょう。
他人行儀は止めて、今からは冒険者仲間として」
「分かりました、いえ、分かったわ」
ぎこちないが、変えようとしている様は見て取れる。
オレも、ここからは依頼者と普通に話そう。
「1つ確認をしておきたいのだが」
「何でしょう?」
口調が変わっていないが、オレはそのまま続けた。
「報酬が望みのままというのは本当か?」
「・・・馬鹿もん」
オヤジが溜息を付いた。