海賊退治での稼ぎ方~その2「潜入」~
依頼者は言った。
「到着しました」
隣国王都の風光明媚な港町。貿易商である依頼者の馬車に乗り、ここまでやってきた。さすがに王都の港町だけあって活気がある。行き交う人々が溢れ、立派な建屋も多い。この港町が王都の経済の中心なのかもしれない。
「さ、こちらへ」
依頼者が、とある建屋に案内してくれた。この建屋が依頼者の社屋のようだ。冒険者の宿の何倍もの大きさなので驚いた。気前が良いのも頷ける。
建屋の中に入ると立派な応接室に通された。向かい合って長椅子に腰掛け、すぐに依頼の話に入る。
「さて、依頼の件ですが」
「はい、道中にもお話しましたがお願いしたいことがあります。1つは貿易船の船荷に紛れ込ませていただくこと。もう1つは海賊の身なりをお聞かせいただくこと。最後は依頼の証文を準備していただくことです」
「もちろん、どれもお安いご用なのですが・・・本当にお1人で海賊の根城へ行くおつもりですか?」
そう、船荷に紛れて海賊の根城に潜入すること。それがオレの考えていた計画だった。船を襲うときの海賊は集団、しかも戦闘準備万端だ。それならば根城のほうが油断を突けると考えた。さらに海賊の首領が自室を持っていれば1人になる機会もある。そこを狙えば押さえやすいという期待もあった。
海賊の身なりの真似は潜入の基本中の基本だろう。海賊に見つかっても、少しは時間を稼げるはず。
最後の依頼の証文は本物の海賊と間違われないためだ。首領の捕縛に成功して戻ってくることができたとしても、海賊の仲間と勘違いされてはオレまで投獄されかねない。もちろん一見して証文と判別できないよう細工は必要だが。
「はい、これも依頼を果たすためです。宜しくお願いします」
計画を頭の中で反芻しつつ頭を下げる。依頼者はそんなオレを見て、慌てて声を掛けた。
「あ、頭をお上げください。危険を顧みない冒険者さんに心を打たれました。必要なものは全て揃えますのでご安心ください」
「有難う御座います」
紛れ込む船の出港は夕方。上手く海賊の根城に潜入できることを願うばかりだ。
◇
その晩、オレは船荷に紛れて船倉の中に居た。
「一発で当たりか」
甲板のほうから喧騒が聞こえたかと思ったら、すぐさま剣の交わる音が次々に聞こえ始めた。船を襲ってきた海賊と戦闘になってるようだ。
「やっちまえー!」
「怯むな!海賊どもを追い返せ!」
可能なら戦闘に加わって他の冒険者を助けたい。だが、ここで出ていけば計画が水の泡になる。オレは歯を食いしばって、じっと耐えた。暫くすると徐々に戦闘の音は小さくなり、やがて静かになった。が、すぐに荒々しい足音が船倉に雪崩れ込んでくると、次々と手際よく船荷を運び出す音がする。オレが入っている樽も持ち上げられた。
「さあ、とっとと運び出せ!」
「動くんじゃねえぞ、テメエら!」
甲板に出たのを感じ、空気穴から外を見てみた。船員も護衛の冒険者も腹ばいになっている姿が見える。聞いていたとおり、全員命に別状はないようだ。荷は奪っても命は奪わないのが信条なのかもしれない。海賊とは言え、その点だけは感心できる。
「よーし、よく聞け! オマエたちの命を奪うことはしない! だが追ってくるのなら話は別だ! 命が惜しければ素直に港へ帰れ!」
オレが入った樽も含め、全ての船荷が海賊船に移されたようだ。そして大声で怒鳴るのが聞こえると、海賊船は動き始めた。
――どれぐらい経ったであろうか。
海賊船が陸地に到着したようで、次々と強奪品が運び出される。オレが入った樽もどこかしらに運び込まれた。そのまま待つと人の気配を感じなくなり樽から出た。
「ふぅ・・・」
体を大きく伸ばし、開放感を得た。大きめの樽だったとは言え、さすがに窮屈だった。周りを見ると、強奪品の数々が積まれている。ここは倉庫のようだ。
のんびりもしていられない。倉庫の扉に耳を当て外の気配を探る。近くに誰も居ないことを確認し、素早く外へ出た。左右を見ると、なかなかに廊下が長い。周囲に気を配りながら慎重に歩を進める。
壁伝いに進んでいると行き止まりに辿り着いた。そこに扉があるが、おそらく外に出るのだと思う。向こう側に見張りが立っているような気配がする。ここは戻るとしよう。そう思って、もと来たほうへ向き直る。
――しまった!
廊下に人影が見える! しかも、こちらのほうに近づいてきている! 身を隠せる場所がなく扉から外に出ようかとも思ったが、意を決して廊下を戻ることにした。目当ては海賊の首領だ、外には居まい。虎穴に入らずんば虎子を得ず!
「よお!」
廊下を戻り、海賊と鉢合わせると気さくに声を掛ける。顔は笑顔を装っているが、心臓は早鐘を打っていた。海賊のフリで何とか逃れなければならない。
「よお、兄弟。まだ寝ないのか?」
「外のヤツに言伝てがあってな。もう伝えたから戻るところだ」
間を空けないように、すかさず返事をする。返事に窮すると相手に怪しまれてしまう。上手く会話を繋げられたと思うが、不自然に思われなかっただろうか。
「そうかい。それなら早く寝なよ」
よし、上手く行ったようだ! あとはこの場を立ち去るのみ!
「ああ、そうさせてもらうよ。じゃあな、兄弟」
そう言って手を振り、そそくさと立ち去ろうとした。
「おい、待て」
・・・が、そうは問屋が卸さなかった。気が急いてしまい不信を抱かせたのかもしれない。恐る恐る海賊のほうを振り返る。
「一応、決まりだからな。合言葉を言ってくれ、兄弟」
合言葉!? なかなか手の込んだ真似をしてくれる海賊だ! 合言葉なんて知るはずもない、どうする!?
「おい、なんで黙っている? 合言葉だよ、今夜の合言葉を言え」
何も言わないオレに海賊は怪訝な顔をする。このままではマズい、何か答えなければ。合言葉・・・合言葉・・・そうだ!
「もしかして知らないのか? その合言葉だよ、さっき外のヤツに伝えたのは」
「どうかしたのか?」
「その様子だと知らないようだな。今夜の合言葉が急に変わったんだ。そのことを教えて回ってたんだよ」
一度決められた合言葉が急に変更されるだろうか。普通に考えれば、そんなはずはない。頻繁に変更される合言葉は合言葉になっていない。ここから何としても話を繕わなければ。
「そうだったのか。で、新しい合言葉は?」
信じてもらえた!? この海賊、もしかして人がいいのか? 何にしても上手く行ったのだ。この流れに乗じて、早くこの場を立ち去ろう。
「新しい合言葉は“頭は”に“悪い女”だ」
「そうかい、ありがとよ」
嘘の合言葉を信じた海賊は礼を言って去っていく。この海賊は遠からず辛い目に遭うことになるだろう、そう思いながら背中を見送った。




